王宮の夜4
悩み事があると、存分に飯の美味さを堪能できない。
王宮は食べ物の味だけは保証できる。食べたことのないような料理でも美味い。量の問題も、相談したら解決した。いつもなら楽しい朝食のはずなのに。
「そもそも、正装を今から注文して間に合うのかい?」
「半年前くらいに仕立て屋が出入りをしていなかった? あれが発注だったんじゃないかな……」
「夜会のない時期なら対応してくれただろうけど、今はねぇ……うちの仕立て屋もとても忙しそうだよ。総夜会前に全ての注文を仕上げなくちゃいけないんだから。うちは姉妹が多いから、ドレスの調整で毎日のように来てる」
先輩方の話では、正装というのは作るのにとても時間がかかるらしい。今着ている白い騎士服を支給されたときは、教育隊の時と同じ、すでに完成されているものから自分に合うサイズを選んだ。教育隊の3サイズしかなくそれぞれ自分で詰めたり広げたりするものとは違い、近衛隊はほんの少しずつ大きさが違う騎士服が部屋にずらっと並べられていて圧倒された。しかしあれでも簡易なものだったようだ。
たとえ金があっても間に合わないとなると、殿下も見逃してくれないだろうか。そう思っていると、ずっと黙っていたウダン先輩が咳払いをした。ローナン先輩が「ウダン、どうしたんだい?」と促すと、彼は一呼吸置いた後に口を開く。
「近衛の正装は、もしかしたら用意できるかもしれない」
「えっそうなのかい?」
「なんだ、早く言ってくれたらいいのに。よかったね騎士アデルさん」
「本当でありますかウダン先輩!!」
ウダン先輩は、堅い面持ちでわずかに頷いた。
「私の家は近衛騎士を多く輩出している。使わない正装服もあったと思う……が、騎士アデルさんには不快な思いをさせるかもしれない」
「夜間演習で潜伏しろといわれたのがふかふかの腐葉土で、芋虫と一晩過ごすくらいの不快感なら慣れてるんであります!!」
「ひぃっ」
「き、騎士アデルさん静かに! 食事中だからね! 他の方々に聞こえちゃう!」
「なんてひどい拷問なんだそれは……すまない誰か、僕の皿を下げてくれないか」
ローナン先輩、ワイズ先輩、ルーサー先輩は一斉に顔を青くした。ウダン先輩も固まってしまう。
「……そ、それほど不快ではない、とは思う」
「なら安心であります」
「しかし、侮辱はされるかもしれない」
「なんででありますか?」
一番ガタイの大きいウダン先輩は、厚い肩を丸めるように俯いた。私の隣に座っているワイズ先輩が口に手を寄せて囁いてくる。
「ウダンの家は将軍や一流の近衛騎士を輩出するほど武芸に恵まれた一家でね……その中でウダンだけ、才能に微笑まれなかった。つまり家族からも微笑まれなくなってしまったんだよ」
「……武術の腕が悪いだけで、家族が笑わなくなるんでありますか?」
「優れた一族であればあるほど、そうでない者を排除したがるからさ。うちみたいな貴族だと贅沢する才能さえあれば褒められるけど、ウダンの一族であるパルダシス家はまともな貴族だから」
将軍を出すような家柄なのにこの第四近衛部隊に配属される人間というのは、侮辱されて当然という雰囲気があるらしい。そのせいでウダン先輩は入隊以来ほとんど実家に帰っていないそうだ。家族とのやりとりも、使用人を通しているとか。
まったくわからない世界すぎてピンとこない。
「あの、ウダン先輩。そんな状況なのに、私の服なんかのために行きたくない実家に行ってくれるんでありますか?」
「騎士アデルさんそんな直接的な……」
「もっと柔らかく、行きたくないなんて外聞が悪いからもっと優しい表現で」
私の質問に、ウダン先輩が顔を上げた。目を見て頷く。
「騎士アデルさんのおまけという形だが、殿下から警護騎士として任命された。家名の汚れも少しは薄くなるだろう。ありがたく思っている」
「おまけというか、お目付役であります。先輩方が真面目に鍛えているので、第四王子も見直したんでないかと思うんであります」
「えっ僕たち殿下に見直されてるの?」
「腕立て10回できるようになったからだ!」
「確かに、走るときはご一緒することが多くなったからね……殿下と少しは親しくなれた気がする」
ローナン先輩たちがきゃっきゃとはしゃいでいる。
体力という点ではついたといえるほどはついてないし、4人もついでに第四王子もまだまだ貧弱そのものだ。
「最初はすぐに根を上げてやめると思ってたのに、まだ続けてるんであります。先輩方は、意外と根性があるんであります」
「そ、そんなこと初めて言われたよ」
「そりゃつらいけどね。腕立て伏せだって11回目が全然できないし」
「みんなでやってるからできるのかもね。殿下も騎士アデルさんも自分に厳しくやってるのを見てるし」
「どんな理由でも続けたら筋肉は付くし、練習すれば強くなるのが騎士であります。他の部隊でサボってる近衛騎士よりは、毎日鍛えてる先輩方の方がよりまともな騎士であります」
一撃で倒せるという点では、コネで入った近衛騎士はどれも同じようなものだ。家によって配属される先が違うだけ。そんな騎士なら、王直属の第一部隊に入ってなお何もしてない奴よりも、第四部隊で頑張ってる先輩方のほうがちゃんとした騎士だ。
そう言うと、4人は黙ってしまった。視線が集中してやや気まずい。
「……もしそうならば、それも騎士アデルさんのおかげだ」
ウダン先輩がそう言うと、3人は黙ったままコクコクと頷いた。
「そうだよ。今までなら、総夜会のときだって何の仕事もなく出番もなく、みんなで遊んで過ごしてたんだから」
「せっかく出るなら、なるべく頑張ろう。俺も家をひっくり返したら、儀礼用の剣なら出てくるかもしれない」
「銀の装飾なら、うちで合うのが見つかるかも。正式なものじゃないけど、騎士アデルさんはご婦人だから柔らかい風合いものでもきっと似合う」
それぞれの目に輝きが戻ってきた。総夜会に対するやる気が燃え上がってきたようだ。
近衛隊の中では、第四部隊というのは見下される対象になりがちだということはなんとなく私も感じていた。もしかしたら、ウダン先輩だけでなく、ローナン先輩もワイズ先輩もルーサー先輩も、落ちこぼれの第四部隊でどこか劣等感を持っていたのかもしれない。そこで奮起せずにいたのはさすがにのんびりしすぎだとは思うけれど、貴族だからそんなものと思っていたのだろうか。
中央訓練隊みたいなとこに放り込んだら逃げ出すかもしれないけれど、先輩方は素直なので無理せずに素直に頑張れば成長できるはず。そして根はいいので、助け合いができるのは騎士としては優れた部分だ。
やる気を出せば騎士は強くなる。これは教育隊のカミナリハゲもよく言っていた。
「先輩方、ありがとうございます。よろしくお願いします」
「うん。総夜会の警護、みんなで頑張ろう」
「はい。とりあえず、ウダン先輩の家に殴り込みにいったらいいんでありますね」
「騎士アデルさんちょっと待ってくれるかな?」
私のやる気は4人がかりで止められたのだった。




