王宮の夜3
「大変なんだよ騎士アデルさん!!」
「どうしたんでありますかローナン先輩」
夜、フラフラと筋トレしフラフラと帰っていった先輩方は、朝、追い詰められた顔をして頭を抱えていた。
「警護なんて……警護なんてやったことないよ!! それに、総夜会……陛下もお出ましになられるこの国で一番大きな夜会なんだよ!」
「毎月そんなデカい夜会してるんでありますか」
「何もできないよ〜!」
前菜にも手を付けず顔を覆うローナン先輩の背中を、ルーサー先輩が撫でている。そのルーサー先輩も心なしか顔色が悪い。
「そんなに大変な仕事なんでありますか?」
「そりゃそうだよ。警護なら、警護する方に付いて回ることになるでしょ。第四王子に付いてまわる……つまり他の王族や侯爵なんかの御前に……うっ」
言葉を詰まらせたローナン先輩のかわりに、ワイズ先輩が言葉を継いだ。
「騎士アデルさんは知らないかもしれないから教えておくけれど、俺らは貴族の中でもそんなに身分が高くないんだ。俺らと王侯の方々なんて、もう生活からして違うんだよ」
「先輩方も立派に貴族であります。弱いし」
「よ、弱い……腕立て伏せ10回できるのに……」
「み、身分だけじゃないんだ。警護に就く近衛騎士なんて、それこそ超優秀なんだよ。騎士アデルさんに勝るとも劣らない猛者たちだよ。僕らなんかが警護してると、殿下に汚名が……ううお腹痛くなってきた……」
いつも通り前菜のおかわりをしている私とは違い、4人ともあまり食欲がないらしい。夜会の警護はそれほど胃に悪いものなんだろうか。6リブレももらえるのに。
「優秀な警護が付いてるんなら、うちの第四近衛にも警護のための優秀な騎士がいるんでありますよね? その人に色々教わったらいいかと」
「そんな騎士いないよ……そもそも第四殿下は警護の騎士なんか付けないんだよ……」
「え? そうなんでありますか?」
仮にも王族で、専属の近衛騎士がいるというのに。
私が聞き返すと、ワイズ先輩が肩をすくめた。
「殿下は魔術師として飛び抜けて優秀でいらっしゃるからね。およそのことならご自分で対処なさるんだよ。それに魔術師の部下もいらっしゃるから、俺らみたいな落ちこぼればっかりでも問題なかったのさ」
「じゃあつまり当日は他の魔術師もいると……うげぇ」
「そうだろう? 騎士アデルさんも怖いだろう?」
ローナン先輩が涙目で頷いた。
怖くはないけれど、飛獣騎士と魔術師は相性が悪い。夜会で揉め事があるとは思わないけれど、あの黒ローブが群れをなしているかと思うと6リブレの輝きもくすむように思えた。
「何もできない僕らが、夜会でどう見られるか……」
「大丈夫であります。見たところ、王宮内でそれほど手練れと思うような人間はかなり少数であります。群れになってかかってこないかぎりは暴漢が出たとしても私だけで対処できるんで先輩たちの手を煩わせることはないんであります」
「ああ、うん、そこはね、そういう危険についてはまあ夜会だから心配ないんだよ。むしろ騎士アデルさんにはその、立ち回りはご遠慮願いたいくらいでね」
「そうそう。俺らも頑張るから、ぜひとも夜会では静かに、前みたいなことは決してないようにしよう」
「私だってクソ無礼なことをされなければ静かにしておくんであります」
「騎士アデルさん、言葉がね、ちょっと乱れてるからね」
そこで、今まで黙っていた2人のうちルーサー先輩が長い髪をかき上げながら言う。
「そもそも、騎士アデルさん。失礼だけれど、夜会用の服は持ってるのかい?」
「…………これ」
「それは一般用の近衛隊服だよ。儀礼用の正装は、別途頼むのだけれど」
白く、柔らかい割にやたらと動きにくい騎士服を指すと、ルーサー先輩が首を横に振った。
「総夜会はかなり格式高いから、必ず正装でないといけないんだ。それに、銀の装飾品も。ああ、儀礼用の剣もいるかな」
「何もかも持ってないんでありますが」
「そんな気がしたよ」
まつ毛を伏せて頷くルーサー先輩を前に、今度は私が頭を抱えた。
正装に使うような騎士服、銀の装飾品、儀礼用の剣。6リブレ前借りしたって足りそうにない。もし足りたって、そんな夜会警護以外に全く何の役にも立たないようなものを高い金出して買うなんて絶対に嫌だ。大体金を稼ぐために金を使うってなんだ。ミミだってそんな理不尽は言ってこない。
「今から……断りましょうか」
「無駄だよ騎士アデルさん、今朝確認したら総夜会の警護名簿に名前載ってたよ……みんなでね……」
テーブルに沈黙がのしかかる。
給仕された大きな肉の塊さえ、色褪せたように見えた。




