悪夢の配属3
身分の高い人間は、足音が違う。
高級な靴は底が硬く、踵が厚く作られていて、かつ柔らかい革を使っているからだ。
カツカツと響く音を聞きながら、私は立つかこのままでいるか迷った。高貴な人間の前で頭を上げると、不敬罪で首を刎ねられたりすると聞いたことがあるからだ。最敬礼の角度は体に染み付くほど教えられたけれど、起き上がっていいのかは教えられていない。この場で一番頭が低い位置にいるのは私だけれど、這いつくばったままでいるのも失礼に当たるのだろうか。
「起きんか馬鹿者」
静かに、しかし鋭く叱責する囁きが聞こえて、私は背中を持ち上げられた。フィフツカ指導隊長は意外と腕力があるようだ。私は持ち上げられた勢いを活かして片膝を立て、跪いた礼へと変身を遂げた。
「殿下」
「フィフツカ。新人が入ると聞いてきたが」
低くてなめらかな声だった。怒鳴り慣れている胴間声とは全く違う。身分が高い人は声帯まで違うらしい。
「まさが“それ”じゃないだろうな」
それ、だとぅ。
「……ご紹介申し上げます。今季中央訓練部隊次席卒業の騎士アデルでございます」
上官のつま先が私のつま先をコツンとやったので、私は黙ってさらに深く礼をした。頭を戻すついでに、チラッと前を見る。
まず目に入ったのはピカピカの黒くて短い靴。それから折り目がピシッと入ったトラウザーズの裾。そしてそれを隠すたっぷりとした漆黒の布。
……布?
訝しんで見上げると、光沢のある黒いマントを纏った男性がこちらを見下ろして立っていた。ローブを結ぶ胸元には、王家を示す紋章が入ったゴテゴテの留め金が付いている。その周囲には赤い宝石らしい石もついていた。長い黒髪を結んだ頭部から、冷たい視線が刺さっている。
うげぇ。
心の中で呟いたのか、実際声に出してしまったのかはわからなかった。
黒いマントと宝石を身に纏っている者。
「魔術師……」
「見ての通り、殿下は我が国最高の魔術師であらせられる。無礼のないように」
「最高ではない。限りなく最高に近いだろうがな」
「恐れながら、現役の魔術師としては間違いなく国一番かと」
うげぇー!!!!
今度こそ声に出したかと思った。
魔術師の上に、自惚れ屋だ!! 最悪だ!!
「アデル、挨拶をしなさい」
いやだー!!!
駄々をこねてしまいたい気持ちと、不敬罪で首を飛ばしたくないという気持ちがせめぎ合って、後者の方が僅かに勝った。
心の中のうげぇを必死で制しつつ立ち上がり、敬礼をする。
「ただいま紹介にあずかりました、中央訓練部隊、飛獣教育隊第一班出身、飛獣騎士アデルであります!!!」
「堅苦しい挨拶はいらん。長々しい肩書きも好かん。過去のものならなおさらな」
バッサリ切り捨てられた。
黙ってじっとしていると、第四王子がフンと鼻を鳴らした。
「先程の騒ぎが外にも聞こえていた。お前、近衛隊から外れたいようだな」
「……は、はいっ!!」
分厚い扉の向こうにまで話が聞こえていたらしい。
それほどまでに行儀が悪い近衛騎士はいらん、と言ってくれるのだろうか。
期待を込めながら見上げると、また冷たい視線が返ってきた。
「こちらとしては騎士など誰でも構わん。ある程度飛獣に乗れる者が欲しいと言っただけだからな。似たような技術のものがいるなら配属を変えてやる」
「……!!!」
言うだけ言った第四王子が、またカツカツと靴を鳴らしつつ去っていった。
ある程度だと。
似たような技術だとう。
完全に閉まった扉に背を向け、私は猛然と走った。
「おい、アデル!! どこに行くつもりだ?!」
飛獣の背に乗るのがどれだけ難しいか。
飛獣を操って戦える技術を身につけるのが、どれだけ大変なことなのか。
筋肉すら動かさないような魔術師のくせに軽く見やがって。
でかい窓を乗り越えて、ゴテゴテした枠を蹴って空に身を投げる。
太陽の光を遮った美しい獣が走ってきて、たちまち私の体を受け止めた。
ぐんぐん登るミミの背中で吠える。
「やっぱり近衛隊なんてイヤだー!!!!!」