王宮の夜2
「近衛隊のツケ払いは聞いたことがないが可能だ。近衛主室に訪ねれば書類は出てくるだろう。ウィスタという中年の男が詳しかったはずだ」
第四王子はアッサリと答えをくれた。さすが文字を食って生活しているといわれる魔術師だけあって、さまざまな決まりごとに精通しているらしい。
背後にいる先輩4人が「よかったね」などと安堵していた。
「あまりに金額が多いと許可が降りん場合があるが、いくらつぎ込んだんだ」
「60リブレであります」
「なら3ヶ月といったところか。その程度は後見がなくとも許可が降りるだろう」
「えっ?!」
私が聞き返すと、第四王子はうるさそうな顔になる。
「あの、殿下、私の給料っていくらなんでありますか?」
「最初に配られた規則集に書いてあっただろうが。少しは文字を読むことを覚えろ。近衛新兵は25リブレだ」
「えっ?! そんなにもらえるんでありますか!!!」
「静かにしろ。また警備騎士に怒られたいのか貴様は」
一般的に、軽さと強さを求められる獣槍は武器の中でも値段が高い。60リブレはまだ安い方だ。新兵が毎月5リブレずつ、1年かけて支払える額だからである。
飛獣騎士は人生のおよそ給料の半分は武器に持っていかれる、というのは、教官や先輩から聞いていた。だから新兵の給料はおよそ10リブレ程度だと予想していたけれど。
25リブレは、その2倍半。普通の飛獣騎士でもうんと昇進しないともらえないような額だ。
「そんな額を……こんな何もせずにふらふらしてるだけで貰えるなんて……」
「言っておくが、近衛にもまともな騎士はいる。ごく一部だがな」
「屈辱であります……でも助かるであります……!!」
王宮の暮らしは、庶民とは桁が違う。一般に近衛騎士に憧れて騎士になる人間が多いのも頷けた。ちょっと訓練を頑張ったくらいで一生この楽な生活が手に入るなら、そりゃやる。
「庶民の貴様は散財しても5リブレ程度だろう。20リブレ払えば3ヶ月で間に合う」
「いえ、10……いや5ヶ月くらいで組みたいんであります」
「さらに武器を買う気か?」
「いえ、仕送りをするんであります。4リブレほどしか仕送りできてなかったんで、倍以上送れるならありがたいんであります」
教育隊では5リブレの支給があり、消耗品を買う1リブレ以外は仕送りに回していた。25リブレ貰えるなら、手元に2リブレ残してミミにいいものを買ってやりたい。
月賦で12リブレ、手元に2リブレなら、11リブレは仕送りに回せる。かなりの贅沢だ。
私がそう言うと、第四王子は虚をつかれたような顔になった。
「貴様、仕送りをしているのか」
「はい。うちはクソど田舎なんで、飯は畑と森で賄い、家は森の木で建てるんであります。でも国境が近いんで、備えるために金がいるんであります」
「……西側の生まれか」
「はい」
黒い目が、何も言わずにじっと私を見た。
やがてそれはふいと逸らされる。
「来週から総夜会が始まる。その夜会に警護騎士として参加するなら手当を増やしてやろう。ひと月に一度、一晩6リブレだ。やるか?」
「やらせてください!!」
「声がうるさい」
近衛に入って初めての、ちゃんとした仕事。しかもたった一晩で6リブレだ。ふた月出れば月賦が1ヶ月分減る。なんて素晴らしいんだ近衛の仕事は。
「ぜひよろしくお願いします殿下!!」
「貴様から今初めて敬意を払われた気がするな。おい、この世間知らずに警護の仕事を教えておけ。この際だからまとめて当日参加してこいつが暴れないよう監視するように」
「……はい殿下、了解いたしました」
「先輩方よろしくお願いします!!」
私が頭を下げると、ローナン先輩たちは引き攣った笑顔になった。




