王宮の夜1
腿で鞍をしっかりと挟み込んで腰を上げ、木槍を左脇に寄せるようにして構える。ミミは相手がこちらへ進みはじめてから、ようやく翼の動かし方を変えた。ほんの少しの傾きから、右へ抜けようとしているのが伝わる。相手のグリフの動きから目を離さず、交差する寸前で木槍を引いて相手の槍を絡め取った。
「オラァやる気あんのかコラァー!!!」
「なんだゴラァー!!」
グリフたちの威嚇に負けないように声を上げる中で、かすかに笛が聞こえてきた。弧を描いて地上に戻る。
「アデルに一本。ムジス、お前はそもそも気合いで負けてるだろうが!! こいつみたいにデカい声だけで威圧できるくらいにならんか!!」
「はい!!」
「アデル、お前は身体が鈍りすぎだ!! 俺の下にいた頃はもっと鋭く動いてただろうが!!! いくら近衛に入ったからといってそんな軟弱な精神に成り果てろとは言ってないぞ!!」
「好きで入ったんじゃねえんじゃごらであります!!!!」
「声がうるせえ!!」
第四王子から教育隊に行って飛獣の訓練をしてもいいと言われて戻ってみたら、教官に「丁度いい」と肩を叩かれた。その時点で嫌な予感がしたけれど、私は訓練に混ざるというよりは見本にさせられていた。卒業したのだから他のやつに一度たりとも負けるな、常に理想の動きを見せろ。そんな無茶を言われて、私は週3回夕方からの参加でもそれなりに疲労困憊になっていた。カミナリハゲ、自分が楽したいからって人に12連戦させるなんて非道だ。
「よし、解散!! 明日の演習に供えてとっとと飯食って寝ろ!!」
「ありがとうございました!!」
これから押し合いへし合いの夕食、入浴、そして就寝が待っている騎士見習いたちを懐かしく見送ってから、私も訓練隊長に頭を下げた。
「失礼します!!!」
「待て」
思いっきり暴れてご機嫌なミミに乗ろうとすると引き止められる。
「アデル、お前注文した獣槍の支払い元を指定してねえそうだな」
「あっ」
「あっじゃねえ馬鹿者!! 他の奴は全員払い始めてるんだぞ!! 中央教育隊に泥を塗るような真似すんじゃねえダァホ!! すぐに手続きしやがれ!!」
「申し訳ありませんでした!!!」
前線に行くつもりが近衛隊になってしまったという地獄の体験のせいで、注文した獣槍のことをすっかり忘れていた。
槍獣部隊は、教育隊を卒業してようやく刃の付いた武器を私有できる。もちろん騎士になったばかりのペーペーに金があるわけはないので、あらかじめ槍を注文しておいて所属先が決まったらそこの給料から月々天引きで払うのが慣習だ。
もちろん私も立派な獣槍を卒業試験前に注文していたけれど、支払い元を教える手続きをすっかり忘れていた。試験前の説明では、入隊直後に支払いの案内をされるからそこで手続きしろと言われていたのだ。近衛隊ではもちろんそういう説明がなかった。
注文を取り消しされたら困る。私は急いで王宮へと戻った。
「武器の月賦払いをしたいんですが、どういう手続きをしたらいいんでありますか」
ちょうど夕食の時間だったので、先にテーブルについていたいつもの面々に問いかけると、4人はそれぞれ顔を見合わせた。
「月賦? ええと、毎月少しずつ支払うのかい?」
「はい。給料から天引きする手続きがあると聞いたんですが」
「使ったことがないなあ……一度に支払うのじゃダメなのかい?」
「ひと月の給料じゃ足りないんであります」
「へえ、そうなんだ。それなら確かに分割して払わないとだね」
ローナン先輩が笑顔で頷く。その隣に座っているルーサー先輩が首を傾げた。
「近衛の給料は他よりも高いというけれど、武器というのは随分高額なんだね?」
「……近衛の給料は他と違うんでありますか?」
「そう聞いたことがあるよ。もちろん、階級によっても違うけれどね」
前線にも出ないでのんびりしている近衛騎士の給料が他より高いのはなんか納得いかないけれど、給料が高いなら月賦もすぐに払い終えるかもしれない。
「近衛の給料ってどれくらい頂けるんでありますか?」
私が尋ねると、4人はまた顔を見合わせて首を傾げた。
「……さあ?」
「どうなんだろうね」
「手続きは家に任せたから」
「額を気にしたことはない」
「えぇ……」
私は軽く目眩を覚えた。入隊したのにそのあたりのことをすっかり忘れていた私も私だけれど、私より長い間在籍している先輩方が揃って給料を把握してないのも大概ではないだろうか。貴族って、野良猫にすら駆逐されそうだ。
「先輩方は、買い物するときはどうしてたんでありますか?」
「どうって……普通に選んで買ってたけど」
「お金は持ち歩かないんでありますか」
「持ち歩く? どうして?」
「あ、騎士アデルさんは街で買うときのことを言ってるんじゃないか? ほら、小さい店はその場で払ったりするだろう」
「ああ、そういう場合はお付きの者がやるね。普段は家に商人が来るから、品物を選ぶだけなんだよ」
さらに気が遠くなった。
わざわざ品物をたくさん持って商人が家に来るの、効率が悪すぎやしないだろうか。全ての品物が家に入るわけでもなし、財布を持って店に行った方が早い気がする。いや貴族の家には市場全部の品物が入るくらいの広さがあるんだろうか。
とりあえず、お金そのものにすら触れたことがあんまりないという先輩方が月賦の手続きを知らないということはわかった。
「殿下なら規則に詳しいからご存じじゃないかな」
「いや、絶対知らんであります。王族だし。街とか歩いたことないんじゃないでありますかあの人」
「そうかな? 王陛下なら街へお降りになると大事だけれど、殿下方はお忍びでいらっしゃることは多いみたいだよ」
「あ、そういえばそうだった」
「えっ見たことあるの?!」
第四王子、前に赤猫亭にいたときはそこそこ馴染んでいた。あそこは前払いなので、酒を手にしていたということは少なくとも金を持っていたのだろう。いやリュネが払ったという可能性もあるか。
「今日はフィフツカ指導隊長がお出掛けでいらっしゃるから、夜に殿下に聞くのが一番早いと思うよ」
「じゃあそうしてみるんであります」
「そうだ騎士アデルさん、僕昨夜は腕立て10回できたんだよ! そろそろ片手でもできるかな?」
「ワイズ先輩は体幹が甘いので、片手でやりたいなら腕以外も鍛えないとダメであります」
「そうなの? 騎士アデルさんは軽くやってるように見えるんだけど難しいんだなあ」
始めたばかりの体力作りは、大変ながらも先輩方の生活に刺激を与えたらしい。走るときの靴やら家での腹筋の練習やらあれこれと話している4人の話を聞きながら、私は給仕係に手を上げて肉のおかわりをした。




