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わずかな変化7

 ピャーッ! とミミが主張する。


「うんうん、退屈だよね。ミミは我慢してえらいね。明日の夕方は思いっきり訓練しようね」


 ククク、と喉を鳴らしたミミが、王宮の方へとゆっくり体を傾けた。今日は霧がまだ残っていて、湿った服に風が当たって少し冷える。王都の中心は建物ばっかりで、白い屋根に朝日が反射して少し暖かかった。

 東の遠くを飛ぶ群れは、教育隊のものだ。堂々と槍を持って訓練する姿が羨ましい。

 砂粒の大きさになるまで見送ってから降りると、裏庭には白い人影があった。ミミが降りようとすると、その姿はそれぞれ柱の後ろに隠れる。ミミの背から私が飛び降りると、人影がソロソロと近付いてきた。


「先輩方、珍しく早いでありますね」

「うん、おはよう騎士アデルさん。……あのごめん、なんかグリフが怒ってるんだけど」

「ミミは散歩に満足して楽しい気持ちになっているだけであります」


 ピャーと鳴いてはローナン先輩にクチバシを寄せるミミは、とてもご機嫌なようだ。ミミは機嫌がいいと、たまに他の人間に対して近寄っていく。苦楽を共にした教育隊だと仲間によく懐いていたけれど、近衛に来てから他の人間に寄っていくことは少なくなった。


「そのままじっとしていると、たまに頭をクチバシで咥えてくるであります」

「え?! 怖いよ! 騎士アデルさんお願いだから止めてくれるかな!」

「甘噛みでありますよ。ミミは賢いので、グリフの顎が人間の頭蓋骨くらい簡単に砕くことをよくわかってるであります。力加減はお手のものであります」

「余計に怖いんだけど……」


 ローナン先輩、ウダン先輩、ルーサー先輩、ワイズ先輩と順番に寄っていき、全員に逃げられたミミは、ちょっと不満そうに鳴いてから私の頭をカポッと咥えた。首筋を撫でてやると満足したようだ。ローナン先輩はドン引きした顔をしつつも、腕を精一杯伸ばしてハンカチを貸してくれた。


「す、すごいね……こんなに大きな獣を怖がらないなんて……どうやって慣れるの?」

「子供の頃からグリフと走り回ってたんで、気が付いたらそうなってたんであります」

「そうなんだ……騎士アデルさんの家はグリフ使いの家系なんだね」

「私からすると、敬語と礼儀に慣れているローナン先輩の方がすごいんであります」

「慣れだからなあ……そうか、同じようなものなんだね」


 騎士の腕は頼りないを越しているけれど、先輩は4人とも、王宮の生活については完璧に熟知していた。

 何本もあるナイフとフォークを使う順番、言葉なしで希望の飲み物を頼む方法、ハンカチを駆使した意思表示、それから複雑な人間関係と、それを避けるための気配の消し方。

 そういった、フィフツカ隊長からは教えられないようなことを先輩方は細々と教えてくれた。かなり気を使った言い回しのことが多いのも、衝突をよしとしない王宮での処世術のようだ。真似はまだできていないけれど。


「あ、あのね騎士アデルさん!」

「なんでありますか」

「あの、ほら、その……もし、もし迷惑でないなら、でいいんだけど……」


 ローナン先輩が、肩までの髪をやたらといじりながら言葉を躊躇っている。そのまま待っていると、ウダン先輩がその言葉を受け継いだ。


「もしよかったら、俺たちも仲間に入れてくれないか」

「先輩方も第四部隊の一員でありますが」

「いやそうじゃなくて……体の鍛え方を教えてほしい」


 面食らってしまった。

 自称他称ともに「落ちこぼれ」の近衛第四部隊で名実共にそんな感じだった先輩方が、体を鍛えたいと。


「……もしや先輩方も前線に出ようと」

「いやいやいやごめんそんな心意気は全然ないんだ本当にごめん!!」

「ですよね」


 志願を必死に否定したローナン先輩が、咳払いをして髪を耳にかけた。


「その、騎士アデルさんが殿下を鍛えてると聞いて……殿下が、朝晩と体を鍛えてらっしゃるのを見てその……」

「血湧き肉躍るものを感じたと」

「いや、俺たちもやらないとダメなんじゃないかなと」


 今までは上司が運動しないので自分達もサボり放題だったものの、第四王子が運動を始めたことで何かしらの焦りを感じたらしい。


「もしやりたいんなら好きに鍛えたらいいと思うんでありますが、別にやりたくないんだったらやらなくてもいいんでないかと。別に殿下も気にしてないと思うんであります」

「いや……流石にちょっとは思うところあるんじゃないかなあ」

「そんなん何も考えてないと思うんでありますが、どうですか殿下」

「エッ殿下?!」


 私が先輩方の後ろへ声をかけると、4人は飛び上がった後にわたわたと礼をした。

 相変わらず寝不足そうで根暗そうな顔が私を見下す。


「蟻に猿の考えていることがわからぬように、貴様には私が何も考えてないように見えるんだろうな」

「そんなに嫌味ばっかり覚えて、魔術師は嫌味の訓練でもしてるんでありますか」

「貴様もたまには頭を使う訓練をしたほうがいいぞ。鍛えてやろうか」

「いらんであります」


 ハッと鼻で笑ってから、殿下は先輩方の方へ向いた。


「鍛えようが鍛えまいが私は知らん。自分のすることは自分で考えるべきだ。見返りを期待してやるなら無駄だが」


 バッサリ言い切った殿下に返事をしたのはウダン先輩だった。


「……見返りのためでなく、己を鍛えたいと思い願い出ました」

「なら好きにするといい。だが容赦ないことを言い出すから気をつけた方がいいぞ」

「私が容赦ないんでなく、殿下の体力が途方もなく無に近いだけであります」

「騎士アデルさん」


 ウダン先輩をはじめ、4人が私に頭を下げた。


「我々もあなたから見たら頼りないだろうが、ぜひよろしく頼む」

「……」


 別に、誰かに指導するのはそれほど好きじゃないけど。

 やる気になってるのはいいことだ。騎士は鍛えてなんぼだし。


「じゃあ、とりあえず殿下と同じメニューで。朝は走って夜は筋肉を鍛えて肉食って寝るんです。詳しいことは殿下に聞いてください」

「おい貴様、私に説明を押し付けるのか」

「私もこれから走り込むんであります。殿下の倍の速さで、殿下の倍走るんであります。どう考えても同じ速さの人が説明した方が聞き取りやすいんであります」


 同じルートを走っているので私が説明してもいいけれど、追い抜かす前後しか声が届かないんだから効率が悪い。そう言うと、殿下は苦虫をいっぱい噛み締めた顔になった。先輩方は固まってビビっている。


「いやあの騎士アデルさん、殿下のお手を煩わせるのも申し訳ないし説明は朝食の折にでも」

「大丈夫でありますローナン先輩。おそらく先輩の方が殿下よりも体力あるので、しばらくすれば先輩が殿下に教える方に回るんであります」

「より恐縮するよねそれは?!」


 教育隊では訳もわからぬままに倒れるまで走らされ怒鳴られるままに体を動かしてるうちに鍛え方を覚えたから、私はかなり丁寧な方だと思う。

 でももっと丁寧にするのは面倒なので、あとはよろしくと言いおいて私はミミと一緒に朝の走りを始めることにした。






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