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わずかな変化6

 第四王子と朝以外に顔を合わせるようになったのは、それから5日後のことだった。

 夕食後の裏庭、力とヒマを持て余しているミミと地上戦ごっこをやって遊んでいると、ドアが開いて黒いローブが近付いてきた。魔術師のローブは陰気な色が夜に溶け込んでいてますます不気味だ。

 一応姿勢を正して待っていると、殿下はふと横を向いた。


「おい、あれは何だ」

「これは鹿肉であります」

「だろうな。何故そんなものがここにある」

「獲ってきたからであります」

「そうじゃない」


 そうじゃなくない。神経質な視線の先にあるのは、木の枝にぶら下げられたもも肉だ。


「夕方に森で遊んだときにミミが狩った鹿のもも肉であります。ミミは優しくて賢いグリフなので、時折こうやって分けてくれるんであります。まあ鹿肉は脂が少なくミミもそんなに好きじゃないので押し付けてるんでありますが」

「何故王宮まで持ってきた」

「燻製にしようと思ったんであります。そろそろ持ち歩き用の非常食が尽きるので、手作りしておかないと」

「貴様は野生の獣か。食べ物は買え」

「野生の獣は燻製なんかしないんであります」

「まさか貴様、自分の部屋で燻そうなどと思ってないだろうな。バルコニーもやめておけ。ここですら見つかって問題になるぞ。せめて厨房に持っていって頼むがいい」

「これから塩漬けにするので、燻すのはまだ先でありますが、こういうのは自分でやるもんであります」

「……ならせめて王宮の人間に見つからないようにしろ」


 第四王子は深々と溜息を吐く。燻製は離れたところでやることにした。頷いた私の腕を、ヒマそうなミミがクチバシでアグアグ咥えて遊んでいる。


「まあいい。朝の鍛錬は慣れてきた。そろそろ夜の鍛錬も追加する」

「両手腕立て伏せができたくらいで、やや時期尚早かと思われます。顔色も悪いですし」

「疲労感はない。グズグズやるだけ貴様もここに留まることになるぞ」


 明らかに虚勢が混ざってはいたが、それでも第四王子は私が課した練習を着実にこなし始めていた。腕立て伏せはまだまだ体勢は崩れがちだけれど地面に腹をくっつけてしまうことはなくなったし、しゃがみ運動も後ろに転ぶようなことがなくなった。薄暗い部屋の苔同然な魔術師にしては過剰な運動なのに、たった5日やそこらで驚異的な進歩だ。


「練習の割によく効果が出てますが、魔術師の技かなんかで筋肉を増強してるんでありますか?」

「貴様、治癒目的以外での肉体に関する魔術が禁じられているのは知らんのか? 第一、そんな都合のいい魔術があれば今頃騎士の教育隊など解体されているだろう」

「教育隊の訓練は筋肉を増やしてからが本番であります!」

「大きな声を出すな馬鹿者」


 魔術でズルをしているわけではないようだ。それならば、元々素養があるのかもしれない。王族はかつて土地を統一する筆頭として戦った一族という意味なんだから、第四王子にも何らかのものが受け継がれていてもおかしくはなかった。


「といっても、まだ始めたばかりであります。もう少し様子を見て、余裕が出てきてから負荷を増やすのが最良でありますが」

「貴様の古巣である中央訓練部隊飛獣教育隊に連絡を付けておいた。鍛錬を追加すれば……そうだな、明日より週に3回、夕方の飛獣訓練に参加する許可をやろう」

「殿下の類い稀なる体力ならもっと鍛えるのがいいであります!!」

「鮮やかな変わり身だな」


 近衛には飛獣隊がない。それどころか訓練もろくにしていない状態でミミも退屈していたし、私も身体がなまりそうで心配だった。教育隊は今思い返すだけでも吐き気がする訓練が多かったけれど、たった週3回、しかも夕方からならぜひとも参加したい。

 ミミも体を動かせることを知ったのか、ピャーッと嬉しそうに鳴いた。


「ではそうですね……走り込みを3倍にしましょう。で、朝は走るだけ。夜に筋肉を鍛えるんであります。きちんと柔軟して肉食って寝ればよく回復するんであります」

「貴様、渋っていた割には容赦ない増やし方だな?」

「どうせもっと体力を付けないとミミには乗れないんであります。まだ血反吐吐きそうなほどの負荷ではないんで、第四王子ならやってくれると信じてるんであります」

「……いいだろう」


 第四王子はそう言うと、踵を返して戻ろうとした。


「殿下! 鍛錬すると言ったそばからどこに行くんでありますか!」

「……夜は筋肉を鍛えるんだろう。今日はもう鍛えたが」

「それは前の鍛錬。もう今は新しい鍛錬が始まったんでありますから、指示通り夜は鍛えて肉食って寝るまでやるべきであります」

「……貴様……」


 しばらく私を睨んだ第四王子は、それでも大人しく腕立て伏せを始めた。ミミが首を傾げながらもその場に座って殿下を観察し始めたので、私も付き合うことにした。


「殿下! ケツを上げんなって言ってんであります! あともっとゆっくり!」

「貴様……!!」

「ほら回数数えてない! 口に出して数えてない場合は1からやり直しであります!!」

「覚えていろ……!!」






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