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わずかな変化4

 神経質そうな眉、生まれつきの高慢を表す目、常に見下しているように高い鼻、そして口角の下がった唇……。

 腸詰めを噛んで飲み込んでから、私はリュネの様子を窺った。


「本物……だよね?」

「殿下の御前でそんなにあからさまに疑わないの」


 やっぱり本物らしい。

 確かに、深々とした溜息はなんだか聞き覚えがある気がする。声もこんなだった。よく見ると体幹の弱そうな体や長い割に全然筋肉がない手足もそんな感じだ。

 なるほど。第四王子ってこんな顔だったのか。


「えっいやなんでここに。なぜここにいるのがバレてるんでありますか」

「貴様自ら言ってたんだろうが。半日前のことすら忘れるのか」

「そうだっけ……いやそれにしてもなんでここに」

「部下の様子を見るのも上司の務めだろう」


 全然思ってもなさそうなことを言った第四王子は、手元の酒を飲み干した。模様のついた銅の盃は、赤猫亭で最も高い酒の印だ。


「そんな……尾行されてたなら気付くはず、っていうか殿下みたいなヒョロの足じゃついてくるなんて無理なのに」

「そこの学友、こいつはいつもこうやって頭の悪い失言ばかりしているのか?」

「大体は。グリフに乗ること以外、基本的に向いてないんですの」

「リュネッ」


 私が真剣に悩んでいるのに、殿下はまた見下し、リュネも笑顔で頷いていた。


「あのね、殿下はアデルがぐずぐずしてる間に先に来てたのよ。ギルが寝たすぐ後くらいにね」

「グズグズしてないし……」

「大体、店の前にご立派な馬が止まってたのに気が付かなかったの? 誰のものだってあちこちの男が話題に出してるでしょうに」

「他の話なんて聞いてないし……」

「常に視野を広く周囲に警戒をって習ったでしょ。教育隊長が嘆くわよ」


 リュネは隣に第四王子が座っていることを知っていて、わざと話題に出したようだ。もし私が失礼なことを言って不敬罪で首を刎ねられてたらどうするつもりだったんだろうか。そうなったらリュネも道連れにするのに。

 私が睨むと、リュネはそれを知らんぷりして殿下に微笑んだ。


「申し訳ありません。お酒の席ですからアデルもハメを外していて」

「子供でも酔わないような酒をうんと薄めていてそうなのか」

「ハァ?! 薄めてないであります甘くしてるだけであります」

「野生の獣みたいなものなので酒の苦さがダメなのです。もし宴席に出ることがあったら気を付けてあげていただけるとありがたいですわね」

「リュネーっ!!」


 また腸詰めを口に詰め込まれた。ニコニコと愛想が顔に張り付いたリュネは、第四王子と話しては鈴を転がすような声で笑っている。あの本性を少しも見せない笑い声で、どれだけの男が落ちてきたことか。魔術師ならではな暗い目がデレデレするかもしれないと思ったけれど、それくらいで生来の高慢ちきは取れなかったようだ。リュネに対して答えてはいるものの、表情は変わることがない。


「それで? アデルの様子を観察していかがでした?」

「腹立たしい性格はしているが、表裏を考えるほどの頭がないことはわかった」

「そうでしょう? 腹芸とはかけ離れてますの。宮殿で30年閉じ込めても染まることはないと保証します」

「リュネ、バカにしてるよね」

「アデルがまっすぐだと褒めてるのよ」


 どう聞いても褒めてない。


「そう怒るな。腹に一物あるような人間は腐るほど溢れている。貴様が約束を破らずグリフに乗せるなら、多少うるさかろうが失言だらけだろうが気にはせん」

「私も最低限の筋肉が付いていて、ミミに好かれるような上司であれば、魔術師だろうが高慢ちきだろうが気にしないであります」

「それは有難いことだな。今日言われたものなどすぐにこなすようになるから、次の鍛錬についても考えておくがいい」

「ああ、魔術で誤魔化すつもりでありますか? そんなもんちゃんと鍛えてる者にはすぐにわかるであります」


 高慢な言い種に張り合っていると、リュネがまあまあと宥めてきた。


「お互い、協力する気持ちはあるようで何よりですわね。安心しましたわ。そろそろお開きにしましょうか。ギル?」

「フガッ?!」


 細い指が鼻を摘んで捻ると、ずっといびきをかいていたギルが起き上がった。目を白黒させながら周囲を見渡していたけれど、第四王子を見た瞬間に立ち上がって最敬礼する。

 なんでギルまでちゃんと顔を覚えてるんだろう。


「……失礼致しました!」

「構わん。酒場で寝るなど珍しいことではないだろう。座れ」


 きっちり礼をしてから座ったギルが、私を肘で押しながら「なんつーお方連れてきてんだバカ」と小声で文句を言ってきた。私が連れてきたんじゃないと反論しながら肘を押し返す。


「ギルもさすが貴族の一員ねえ。不意打ちでも礼は完璧。儀礼についてもギルの方が成績よかったものねえ」

「……私だって悪くはなかったから! てかできるし!」


 ハッとギルにまで見下されて、私は奴の脇腹にもう一発肘打ちを入れた。

 別に敬意とか礼儀なんてどうでもいいけれど、ギルに負けるなんて悔しすぎる。私はフィフツカ指導隊長に教えられたことを完璧に覚えてギルを負かすことを誓った。


「……学友、これの扱いが上手いな」

「棘がないからよく転がりますのよ」


 まだ喋ってるリュネたちを置いて、もう帰ることにする。

 今日は徹夜だ。






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