わずかな変化3
「第四王子といえば、魔術師塔のトップでしょ。顔よし、頭良し、お血筋よしで、政治としては慎重派。近隣の国からも結婚の申し込みが来てるんだとか」
歌うように言ったリュネは、そこでクッと赤猫酒を飲み干した。通りがかったミチルにコップを掲げ、コインを投げてから私に視線を戻す。
「実際に間近で見てどう? やっぱり顔はいいの? ギルよりも?」
なんでギルが出てくるんだろう。床に頬をくっつけて爆睡している顔は間抜け極まりないのに。この顔は見張りの交代時間になっても起きない寝方をしてる顔だ。
「どう?」
「どう、って……」
しばし悩む。
「どうだろう」
「噂ほど美形じゃないってこと?」
「いや……顔はよく見てないし……」
第四王子と聞いて思い浮かぶのは、黒いローブ。ヒョロヒョロの体。そして高慢ちきな態度、以上だ。
「はあ?! もしかしてあんた、顔、覚えてないの?」
「だって上司だから顔を真っ直ぐ見ることも少ないし……しっかり見たいと思ったこともないし……」
「アデル、そのうち人違いで王族に話しかけて不敬罪で首取れても知らないわよ」
「あっ、黒いローブに金の刺繍があった! あと宝石はごちゃごちゃ着けてた気がする!」
「魔術師はみんな黒いローブだし所属の刺繍がしてるの! 宝石だって魔力の関係でジャラジャラ着けてるのが普通なの!」
「そうなんだ。魔術師ってフラフラ歩くから、特徴がわかりにくいよ」
「顔以外で判別するクセは直しなさいな」
硬い干し肉をガミガミと噛み、リュネの知識に感心する。リュネは呆れたように溜息を吐いていた。
「顔はいいとして、性格は?」
「それこそ知らないし知りたくもないし!! 高慢ちきだし常に上からな態度だし!!」
「王族だからしょうがないわよ。ミミに乗りたいんだっけ? 乗れそうなの?」
「ヤダ!!!」
答えになってないでしょと一蹴したリュネが干し肉を奪った。声を上げると、ギルがフガッとまた鼻を鳴らす。まだ起きる気はないようだ。
「ミミに乗る以前の問題だし!! ヘロッヘロなんだよ、新兵の方がまだ体力あるよ」
「魔術師なら体より頭使ってるものねえ」
「………………根性は、あるかもしれない」
どれだけ私が無理だと言っても、第四王子はミミに乗ることを諦めない。貧弱な魔術師のことだから体力面で現実を見せてやれば諦めるかと思ったら、第四王子は貧弱なりに訓練をしようとしている。高慢ちきだけれど、注文だって腹立つほど多いけど、訓練をする気がある、らしい。
魔術師なら、バカにしてすぐに諦めると思ったのに。
王族なら、甘やかされてるから弱音を吐くと思ったのに。
そう言うと、リュネはコップを傾けながら微笑んだ。
「なんだ、なかなか認めてるんじゃないの、殿下のこと」
「認めてはない! そもそも腕立てすらできてないんだから! ただやる気はあるなと思っただけで!!」
「アデルがこう言うときはかなり認めてるときなんです。少しはご安心いただけましたか?」
「は?」
リュネが急に隣に座っている知らない人に話しかけたので、私は眉を顰めた。
ぎゅうぎゅうに混んでるテーブルの近い距離にいたその相手が顔を上げる。茶色のローブで隠れていた顔がゆっくりとこちらを向いた。
長い黒髪をひとつにまとめて、不機嫌そうな顔をしている男は、私をじっとみてフンと鼻で笑った。
「顔を覚えていないというのは本当らしいな」
「……だっ、」
第四王子!!!
そう叫ぼうとした私の口を、リュネがちょうど届いた猪の腸詰めをこれほどかと詰め込んで塞いだ。




