新しい訓練12
「また面倒を起こしたそうだな」
「私は何もやってないであります」
撫でられて一応満足したらしいミミは3階にある半円形のバルコニーにむっちりとおさまり、日差しを浴びてうとうとしている。ときどき目を開けては、私がいるか中を覗いて確かめていた。
私はというと、色んな人のお説教を経て今は第四王子に冷たい視線を投げかけられていた。
「グリフの件については、フィフツカが各所に話を通している。いきなりやってきても攻撃するなとは伝えてあるが、王宮内には入れるなよ」
「十分な訓練ができるのであれば、ミミもこんな狭い場所には入りたがらないのであります」
「一応言っておくが、王宮近くで飛行訓練もするなよ。射落とされるぞ」
私は頷いた。どれだけ射かけられようとも地上からの矢が届くほどミミはのんびりしていないけれど、波風は立てないほうがよさそうだ。またお説教で昼飯抜きになるのも困る。
「しかし殿下、王宮の安全のためには、私を槍獣第一部隊へと転属させるのが最善策かと」
「貴様を転属させるつもりは今もこの先もない」
「イヤダアアアア!!」
「煩いやつだな。グリフの方が大人しくしているぞ」
気持ちよくうとうとしていたミミが、片目を開けてピャーッと怒った。うるさくしてごめん。
「なぜでありますか!! 私は誰より強い飛獣騎士になれます!!」
「なろうがなるまいがどうでもいい。貴様は私を後ろに乗せない限り、いつまでも王宮留まりの役立たず騎士のままだぞ」
「一生ここで朽ちていくのはイヤじゃあああ!!」
「おい、それは私が一生グリフに気に入られないと思っているのか」
「腕立て伏せすら出来ないやつをミミがどうやって信頼するんでありますか!!」
ムッとした顔をした第四王子に、私は正論を叩き付けた。
「グリフに乗るには腕と足腰がとにかく丈夫なことが必須であります! 片手で自分の体重くらい持ち上げられなければ、逆さになっても両足でグリフの腹を挟んでしがみつけなければ、振り落とされて終わりであります! 荷物みたいに放り投げていいんならそうしたい気持ちは山々ですが! 流石に第四王子を落として死なすとか罪に問われますであります!」
「一応言っておくが誰を落としても罪になるからな」
「私のかわいいミミに乗ろうとしている奴は殿下しかいないのであります。もし権力もない他の奴がそんなこと言い出したらぶっ飛ばして西の川に浮かべてやるであります」
「私に権力があることは理解できるほどの頭はあるらしいな」
しばし睨み合う。
「いいだろう。グリフに乗るのに必要だと言うなら、私が鍛えるべき部位をすべて挙げ、効率的な方法も教えるがいい。言っておくが、非効率的な方法を教えれば貴様の前線行きが遠のくだけだからな」
「鍛えるべき部位って……殿下、あの、鍛えるべき部位しかないんですが。それに、鍛えるならごくごく弱い負荷でやるべきであります。魔術師みたいな人間が我々騎士の鍛え方についていけるわけがないんであります」
殿下の顔がヒクリと引き攣った。
「……では私に合った方法を考えるがいい」
ひょろひょろのヘロヘロだし、上から目線だし、魔術師だしで、このまま窓を開けてミミと飛んでいきたいほどにめんどくさいけれど。
殿下はミミに乗るために体を鍛える気はあるようだ。
自らを鍛えようとしているならば、それを手助けしないのは騎士の名がすたる。
私は溜息を吐いてから、殿下の体力向上に必要な練習を考えた。
「……おい貴様……! 私に合った方法を考えろと言っただろうが! そんなことすら覚えてないのか!」
「私が教えたものは全部負荷のごくごく軽いものであります!! これ以上軽いものは体を鍛えることにならないんであります!! オラ腰下ろしきるんじゃねえであります!!」
「貴様もフィフツカに敬語を習え!」
軽く足腰を鍛えるような動作を教えただけで、殿下はやっぱりヘロヘロになった。私なら1000回やってようやく筋肉に届くくらいの負荷である。ここまで筋力の差があると、同じ人間なのか心配になる程だ。やっぱり王族とド田舎の庶民だと、体の作りも違うのかもしれない。
がくりと崩れ落ちた第四王子に、今日はここまでと告げる。殿下の腕は、昨日の腕立て伏せ1回のせいでガクガク震えるほど疲労しているようなので明日以降に先送りだ。
「本当は朝晩鍛えるもんなんでありますが、なんか無理そうなので殿下は訓練の時間以外は体をお休めになるといいと思うであります。つらいとこは風呂でよく揉んで、飯をよく食ってよく寝るといいであります」
「……貴様が夜も鍛えているなら、私もやろう」
「そんな小鹿の足腰じゃ逆効果になるんであります。あと私は今夜飲みに行くんで今夜の鍛錬はやらないんであります」
「王宮内での騎士の酒盛りは、食堂以外では原則禁止だぞ」
「あっ、そこは大丈夫であります。大通りの赤猫亭で中央訓練隊の同期と飲むだけでありますので! ちゃんと今日の仕事は終わらせてから行きますので!」
「ならば結構。騎士アデル、礼儀作法の続きをしますよ」
「うげっ」
いつの間にか部屋の扉を開けたフィフツカ指導隊長が私を促した。地獄だ。
その隊長の隣から、黒いローブの人物が3人ほど入ってくる。
魔術師だ。
「殿下!」
「……大袈裟にするな」
だだっ広い部屋の真ん中で倒れ伏している第四王子を見て心配そうな声を上げた3人は、私を睨みながら殿下の方へと駆け寄った。どうやら殿下の部下らしい。一番後ろにいた魔術師は、睨むだけでなくさりげなく肘を当ててきた。私を押しやりたかったようだけれど、体幹が違うのでもちろん私には何の影響もなかった。押してきたのはだいぶ小柄な、私と同じくらいの年頃の女の子だったので、私がひ弱でもそんなに影響はなかっただろう。
3人がこのまま殿下を運んでいってくれそうなので、私はフィフツカ隊長と地獄の訓練へ向かうことにした。




