悪夢の配属2
近衛隊の騎士服は白い。シワのない厚布は動きにくく、そしてベルトが細いので軽くて小さい剣しか佩くことができない。ズボンには小さなポケットとベルト通ししかついていないので、飛獣に乗るときに繋ぐ腰綱金具をベルトに通すことになった。金具がベルトに当たってゴワゴワしているしガチャガチャする。
「2名、入れ」
私と隣に立っていた白髪の新入り騎士が呼ばれ、やたらめったらに豪華で巨大な扉の向こうへと足を踏み入れた。ミミと一緒に暮らせそうなほど高い天井から、白く太い柱が並ぶ壁までが全て絵で覆われている。白い衣を着た老人とグリフが描かれていることから、創世記の絵なのだろう。老人とグリフの絵はだいたい創世記の絵で間違いない。
指示されて、上官らしき人の斜め後ろに控えて立つ。今日はミミがいないので人間との距離が近い。目の前には、同じような真っ白の服を着た人々がお上品に立っていた。
「我が近衛隊にも新しい仲間が加わった。仲間として優しく迎え入れ、国の要を守る栄誉と覚悟を厳しく教えよ」
きちんと髪を梳かして整えた上官がこちらを向く。胸元にはやたらと徽章が輝いていた。槍獣部隊ならこんなキラめかしい徽章はない。光に反射すると相手に狙われやすくなるからだ。少しでも反射しそうな刃物や金具には油と雪砂を塗り込んで色を濁らせるのに。
「私が近衛隊指導隊長ラクルフ・フィフツカだ。新入り2名、今日から君らも栄誉ある近衛隊の一員となる。速やかに新入り気分は捨て、先輩と肩を並べて王族を守れる実力を示すように」
「はっ!」
隣の白髪の騎士が張り切った声を出したので、私は弱めに声を出して敬礼をした。ほとんど聞こえないような声で返事したのに怒られないとは。近衛隊が非常に甘い部隊なのか、訓練隊がアホほど厳しい部隊だったのか。
「各々、自己紹介せよ」
「はい! 本日から近衛隊第一部隊配属の栄誉を賜りました、私の名はグルス・タフィトスと申します。白の貴族第十三家に名を連ねており、父は……」
積極的な同期は、貴族の出身だったようだ。道理で見たことがない顔だった。
近衛隊に入隊できる騎士は、1年にひとりかふたりと言われていた。その噂通り、私と同じ訓練部隊から近衛隊に入隊した同期はひとりもいない。ひとりくらいいてくれたら、なんか病気とかそんな名目で辞退できたかもしれないというのに。あのカミナリハゲは全く何を考えているのだろうか。
「次」
「はっ!!」
考え事をしていても、上官の命令には反射で従ってしまう癖がついた。
「中央訓練部隊、飛獣教育隊第一班出身、飛獣騎士アデルであります!!!」
足を肩幅に開き、手を後ろにして返事をすると、わんと声が空間に響いた。それと同時にしんと先輩方が静まり返る。
フィフツカ指導隊長がやや眉を寄せて口を開いた。
「……そんなに声を張り上げずとも聞こえる。王宮内ではなるべく大声を出さぬように」
「失礼致しましたっ!!」
「もっと静かにしろ」
隣にいる騎士グルスがじろっとこっちを睨んでくる。
「まあいい。騎士アデル。家名は?」
「ありません!!」
「庶民の出身か」
「はい!! 野蛮なクソ辺境出身であります! このような部隊には向かない性質と自覚しております!!」
「だから静かに喋れと言っているだろう。訓練部隊での返事は忘れろ。囁け。我々の耳を壊す気か」
腹から声を出すと怒られるなんて、大変な場所に配属されてしまった。しかも上官が注意とともに繰り出してきたのは、持っていた紙束を私の頭に柔らかく叩くという教育である。その場腕立てもなければ、その場駆け足待機もない。静かすぎてむしろ不気味だった。
「騎士グルスは王陛下、王太子殿下を守る第一部隊、騎士アデルは第四王子を守る第四部隊への配属となる。そのため質問は」
「はいっ!!」
「抑えてそれか? 貴様の声は抑えてそれなのか?」
フィフツカ指導隊長はまた柔らかい紙束で私の頭を押さえつつ質問を許可した。
「私は飛獣教育隊出身であります! お貴族を守るための訓練は受けておりません!!」
「王族だ馬鹿者」
「適材適所という言葉の通り、私は近衛隊でなく槍獣第一部隊への転属を希望致します!!」
「また声がでかい。入隊初日に転属を希望する大馬鹿がいるか。却下に決まっているだろう。訓練を受けていないなら今から訓練しろ」
上官はささやきといっていいほど静かに言葉を返してくるけれど、内容はなかなかに冷酷だった。腕立て伏せがない分、精神的なダメージが全身に回るように感じる。隣に立っている騎士グルスがまた顔を歪ませてこっちを見た。
「名誉でしかない近衛部隊より、使い捨ての槍獣部隊がいいだと……? 庶民の命は軽いものだな」
「上官! 口論発生であります! このような揉め事を起こした罰として飛獣部隊への左遷をよろしくお願いします!!」
「今のはただの嫌味だ。自分から左遷を希望するんじゃない」
「どうか! どうかよろしくお願いします!!」
「土下座で左遷を願う騎士は初めて見たぞ」
槍獣部隊へ行けるなら、床で這いつくばることなど屁でもない。泥も石もないこんな綺麗な床なら、舐めろと言われても舐める。その覚悟で頭を下げたけれど、フィフツカ指導隊長は転属を許してはくれなかった。
「立て、騎士アデル。貴様はその能力を評価され第四王子の近衛騎士として選ばれたのだ」
能力がなんぼのもんじゃい。ミミに乗れない仕事なら、私の能力なんか24分の1程度しか発揮されやしない。
なにとぞなにとぞと這いつくばりながら頼み込んでいると、再び大きな扉が開く音がした。それと同時に、その場にいた近衛兵の全員が敬礼をする音が聞こえる。
「第四王子、ご入場!!」
高らかに響いた声とともに、硬い靴の音が近付いてきた。