新しい訓練11
「うわああああ!!」
騎士グルスが悲鳴を上げて走り去っていった。大きな窓を覆うくらいに大きいグリフが、ギシギシとその体で窓を軋ませる。
このままでは窓が壊れてしまう。カギを外すために私が近寄ると、フィフツカ指導隊長が細い剣を抜いて私に叫んだ。
「騎士アデル! 危ない!」
「あ、大丈夫です。これはミミです」
大きくて曲がっている黄色いクチバシが窓に当たって大きな音を立てる。そしてピャーッという大きな声も窓越しに聞こえてきた。カギを外して両開きの窓を全力で押すと、ミミは押されたことに文句を言いながら体を後ろへ逸らせた。バサバサと大きな翼が外壁をこする音がする。
「ミミ!」
ピャーッ! と返事をしたミミは、私の頭をカポッと軽くかんだ。それから今度はクチバシを閉じて、自分の頭を私に擦り付けようとする。私が喉を撫でてやり、口を開けて黄色い目の間のところに齧り付いてやると、ミミはクルルと嬉しそうに鳴いて尻尾を揺らした。それからぎゅうぎゅうと窮屈そうに窓枠に体を押しやり、中へ入ろうとする。
「アデル! グリフを中に入れるんじゃない!」
「落ち着いてください隊長、ミミは人間を攻撃しないのであります。こんなとこでフンもしないし、飽きたら出て行きますから」
「飽きたら? 貴様は飛獣騎士なんだろう! 少しは言うことを聞かせたらどうなんだ!」
「こんなデカいグリフに無理矢理言うことを聞かせるなんて無理であります。ヒマで遊んでほしいっていうミミの気持ちがおさまれば、また言うことを聞いてくれるようになるであります」
「制御しきれないというのにグリフを扱っているのか……!」
たまに誤解されるけれど、飛獣騎士は飛獣を完全に服従させているわけではない。グリフに無理矢理言うことを聞かせるなんて、神様にだってできないと思う。
飛獣騎士は、グリフに協力してもいいと思ってもらえるような関係を築いているだけだ。そのために飛獣騎士は早朝から世話をするし、グリフが気にいるような鞍を探し回るし、座学の途中であろうと撫でろと言われたら外に出て撫で、窓の外から講義を聴く。
ミミは私の邪魔をするようなワガママはあまり言わないけれど、ほったらかしにするとこうやって押しかけてくる。いつだろうが、どこにいようが、ミミには関係ないのだ。グリフは一度仲良くなった相手には強い執着を持つ。馬車で身を隠して逃げようが船に乗ろうが、グリフは見つけて追いかけることができる能力で、撫でろかまえと押しかけてくる。
「そんなことで近衛騎士が務まると思っているのか!」
「思ってないんであります!! そもそもグリフと飛獣騎士はこんな王宮みたいなとこで暮らせないんであります!! だからフィフツカ隊長、どうか転属の言葉添えをしてください!!!」
「やかましい! 貴様が叫ぶとグリフも叫ぶのをまずやめさせろ!」
ピャーッ!! と私に加勢をしたミミに、フィフツカ隊長はまだ剣を握ったまま叫んだ。隊長がしっかり距離を取っているのは賢明だ。武器を持った人間が近くにいると、ミミは気まぐれに剣を奪いかねない。グリフのクチバシでぐんにゃり曲げられると、その剣はもう使い物にならなくなる。
「よしよしミミ、かわいいねー。遊びにきたんだねーヒマだったもんねー」
ピャーッ!!
「そうだね。こんな一人でやる訓練より、槍持って飛ぶ訓練がいいんだもんねーミミは飛ぶのが上手だからねー」
ピャッ!!
「よくこの部屋にいるってわかったねーミミは天才だねえ。誰よりも賢いグリフだもんねー?」
ピャーッ!!
わしわし撫で、茶色い羽毛の頭にかじり付き、翼の内側を掻いてやると、ようやくミミは満足したようだ。猫脚のイスやらテーブルやらをお尻で押しのけて、ごろんと転がって満足そうに撫でられている。
私が仰向けになっているミミの前足とグーパーして遊んでいる間に、フィフツカ隊長は駆けつけた騎士に事情を説明して解散させ、誰も近寄らないようにと指示をして、家具に傷を付けないように窓際に寄せながら見守ってくれた。
「見ている分には大人しくよく甘えているが、飛獣騎士以外には気を許さないグリフが王宮の中に入り込むのは困る。これも王宮にグリフを配置しない理由のひとつか」
「すみませんフィフツカ隊長。ミミとは毎日何時間も飛んで訓練をしていたので、こんなに別行動するのは初めてなんです。礼儀やらの訓練の合間でいいので、1日に何度か訓練のために飛ばせてください」
「……やむをえんかもしれんな。どれほどの休憩があればいいんだ」
「そうですね……2時間飛んで、1時間戻ってくるというのは?」
「舐めているのか貴様」
かなり怒られた。
それでも、人を乗せる飛行は訓練が欠かせない。万が一のことがあれば、後々第四王子を乗せるかもしれないのであればなおさら、より大きい負荷に耐えて飛行する練習も必要になる。
そうやって懇願すると、フィフツカ隊長は飛行訓練を認めてくれた。
「ただし、決してグリフに王宮内を我が物顔で歩かせるな。最悪処分の声が上がるかもしれん。降り立って良いところと悪いところをきちんと教えろ。我々の規則を乱すことは許されない」
「ありがとうございます!!」
「……王宮警備にグリフの話を通さねばならん。正式な許可が出るまでは特に! 反対されないようにせいぜい大人しくしておくように」
「はっ!!」
「喜ぶんじゃない。貴様には後で第四部隊の方からも指導がいくからな。この件は殿下にも相談させてもらう」
満足したなら早く帰らせろ、と言い置いてから、フィフツカ隊長が部屋を出て行った。
近衛騎士の細かいスケジュールでは、早朝か深夜しかミミのための時間が取れなかった。
第四王子に怒られようが、先輩から責められようが、ミミとの訓練の時間を確保できるなら何でもいい。たぶんかなり怒られるだろうけれど、ミミが押しかけてきてくれて助かった。今日の舞踊の練習も有耶無耶になったし。
「ミミ、ありがとう」
私の髪をクチバシで噛んでいるミミを撫でると、ピャーッと返事が返ってくる。
近衛騎士にも王宮にも恨みはないし、迷惑をかけたいわけでもない。やっぱり飛獣騎士はここには合わないのだ。
「早く転属していっぱい戦おうね」
私がミミの目を見つめてそう言うと、ミミはクチバシを開けてカポッと私の頭をくわえた。