新しい訓練10
「……まあ、今日のところはこれでいいでしょう」
指でこめかみを抑えたフィフツカ指導隊長がそう言う。その言葉に溜息を吐くと、ちょうど隊長と同じタイミングになってしまった。睨まれたけど、溜息くらい許してほしい。
朝食後から昼前の今まで、ずーっと、ずーっと同じ作法の繰り返しだったのだから。
入室、挨拶、礼、敬礼、最敬礼。貴族に対する敬礼、上級貴族に対する敬礼、王族に対する挨拶。
死ぬかと思った。
「騎士グルスは中々よろしい。最敬礼の角度だけ復習してから休憩しなさい」
「はい」
「騎士アデルは今日言ったことを全て復習して暗記しておくように。今から教える夜会の作法についても同様」
まだやんのか。もう無理じゃ。
「そこ! 顔に出さないと何度言ったらわかるんです。相手に感情を悟らせない。相手にこちらの手を読ませない。近衛騎士としての王宮礼儀だけでなく、剣をとる騎士としても重要なこと。誰に対しても丁寧に、柔らかい物腰を忘れずに対応しなさい」
「わかりましたー」
「その顔のどこがわかってるというのだ貴様」
礼儀の訓練ということで、見本として丁寧な口調で教えていたフィフツカ上官も、なんだか言葉が雑に戻ってきた。これくらいフランクでいてくれれば私だって生きやすいというのに。なんで王宮は意味なくめんどくさい言い回しや地味に違う敬礼が溢れてるんだ。暇なんかここの人ら。
「舞踏の経験は?」
「長槍の演舞なら少々。グリフに乗るやつなら、代表に選ばれました」
「あれは武術の一種で舞踏ではない。夜会でやるような男女のものは?」
「夜会に出たことないんでわかりませんが、武器を交えない踊りは人間と組んだことはないであります」
「組んだことはございません」
「ございません」
「敬語の本も読むように」
喋るだけで課題が山のように増えていく。これが腕立てや外周走り込みの回数が増えるだけなら文句はないのに。
夜会で踊るのは、男女一対で両手を組んで踊るものが多いらしい。その他にも同数の男女が並んで相手を変わりつつ踊ったりするものもあるのだとか。踊りの種類、どういう曲でそれぞれの踊りが踊られるか、曲の変わるタイミング、時間帯、夜会の種類なども覚えないといけないらしい。もうメモをする紙がなくなりそうだった。
「隊長、私は飛獣騎士なので、踊る必要性は微塵もないでございます!!」
「貴様は近衛騎士。王宮で起こりうるすべてのことについて学びなさい。騎士グルス、相手役を」
「わかりました」
私と同じ新人騎士で、近衛第一部隊に配属された騎士グルスが、椅子から立ち上がって私の前に立つ。その目はどう見ても「なんでお前なんかと」と文句を訴えていた。
隊長、こいつも感情が顔に出てます。
「まずは互いに手を組み、片手は腰に……騎士アデル、嫌がらない!」
お互いにやりたくない気持ちを抑えながら、教えられる通りに足を動かす。くるりと向きを変えたところで、部屋がふっと暗くなった。
窓を見る。大きな影が窓を覆っていた。
「ミミ!」
ピャーッ!! と大きな声と、それに騒ぐ人々の声が聞こえてきた。