新しい訓練9
「ローナン先輩、ワイズ先輩、ルーサー先輩、ウダン先輩、槍獣第一部隊のワズルド部隊長ってご存知でありますか?」
私が尋ねると、先輩たちは顔を見合わせた。
「ワズルド……ってワズルド・ラギエフ男爵のことかな。ラギエフ伯爵家の?」
「貴族かどうかはわからないであります」
「多分そうだろうね。確か、グリフに乗るとても強い方だろう?」
「そうです!」
「社交界に出てこないからよく知らないけれど、武人として有名らしいね」
「かなり大柄な方だったと思う」
第一線で活躍しているワズルド部隊長が、貴族出身の人だとは知らなかった。私と同じ中央訓練隊出身というのが有名なのでてっきり普通の人だと思っていたけれど、ワズルド部隊長もギルと同じように、わざわざ庶民の訓練隊に入ってグリフの乗り方を教わった変わり者だったようだ。
「男爵がどうしたの?」
「ワズルド部隊長は最前線で戦う槍獣第一部隊の部隊長であり、槍獣部隊を実質的に統率している猛者ともいわれています。自らの部隊に入るものは、自らの目で実力を見定めるらしく、今、新人訓練のために王都へ戻ってきているのであります」
「そうなんだ。今の時期は夜会もあまりないから知らなかったよ」
「私は槍獣第一部隊への転属のために、どうしてもワズルド部隊長にお目通り願いたいんであります!!」
「えっ」
肩近くまであるまっすぐな髪を払いながら聞いていたローナン先輩が、私の言葉で目をむいた。他の人たちもそれぞれ目配せしている。
「あの、でも、騎士アデルさんは、第四王子をグリフに乗せるために配属されたんじゃ」
「望んで近衛に来たわけじゃないんであります。私はずっと槍獣第一部隊で戦いたいと思って訓練してきました。ミミを誰かの乗り物にするためじゃないんであります」
「えぇ……自分から戦争に……? そりゃ騎士アデルさんは強いけど……」
「近衛なら安全だし、将来も保証されてるのにわざわざ戦いに行くと?」
「騎士になったのは、グリフに乗り槍を持って戦う技術を知るためであります」
先輩たちは、理解できない、と言いたげな顔をしていた。私にとっては騎士になったのにこんなとこでのんびり暮らす意味の方がよくわからないのと同じで、先輩たちも私のしたいことが理解できないようだ。
それでもいい。近衛騎士が朝から酒を飲もうが弱かろうがそれでいいから、私は戦いに出たい。
「そ、そうなんだ……えーと、じゃあ、ワズルド部隊長に会って転属を願い出たいんだね」
「はい。ワズルド部隊長がどこで訓練しているのか、知ってたら教えてください」
「すぐには答えられないね。俺たちはみんな弱小貴族だし、派閥が違うから」
「派閥でありますか?」
ルーサー先輩が薄い唇で微笑みながら頷いた。
「うん。ラギエフ男爵は自ら戦場にでられるくらいだから、戦争派だね。戦争で周辺国を制圧して国の安定を図ろうという人たちだよ。第二王子が筆頭」
「王家みんなが戦争したいわけじゃないんでありますか?」
「違うよ。国王陛下ももちろん制圧には賛成しているけれど、どんどん領地を広げようってお方ではない。戦争はやればやるほどお金がかかって民の不満も溜まりやすいからね」
「なるほど……あの、ちなみに第四王子は……?」
「戦争には消極的な穏健派……というかまあ、弱腰派とでも言おうかな。我々には影響が少ないけど、殿下は第二王子とは対立している立場ではあるね」
「なぜでありますか!!」
「うわ、うん、ほら、魔術師ってそもそも争い事が嫌いだし、第四王子は国中の魔術師の頂点みたいなお方だから……じゃないかな」
目の前にまだ肉の残ってる皿がなければ、突っ伏して脱力したいところだった。
ワズルド部隊長は、第二王子と同じ戦争賛成派。そして私がいる第四部隊が守るべき第四王子は、その第二王子と対立する立場をとっている。
なぜ。
なぜよりにもよって、前線とは正反対のところに配属されたのか。
「なぜ…………」
「ま、まあまあ騎士アデルさん、そう落ち込まないで」
「私は戦争に行きたいんであります……」
「うんうん、そうなんだね。アデルさんは僕らと違って本当の騎士だからね」
「対立っていっても、あからさまに敵対してるほどじゃないから。な、ルーサー」
「そうだよ。僕らの家でも頼み込めば、ラギエフ男爵に繋ぎを……とるのは難しいけど、部隊が練習している場所くらいはわかるかもしれない」
「近衛部隊の繋がりでもなにか情報が入るだろう」
先輩に慰められてしまった。
本当にいい人たちだ。弱いけど。
「ありがとうございます先輩方、図々しい頼みで申し訳ありません」
「いいよいいよ。ほら、次は礼儀作法だろう? フィフツカ指導隊長は時間に厳しいお方だから、早めに行くといいよ」
私が頭を下げると、ローナン先輩たちは穏和に笑って促した。私は慌てて残りの朝食を片付ける。
「あの、ついでに王宮の礼儀作法について、何かコツとか予習すべきこととかを教えていただけたら嬉しいのでありますが……」
戦いの訓練ならいくらでも来いと言えるけど、礼儀作法については苦手意識しかない。これこそ先輩たちの得意分野なのでは、と訊いてみると、4人は顔を見合わせて不思議そうな顔をした。
「うーん、コツ、というようなものもないんじゃないかなあ」
「きちんと作法を守ればいいだけというか」
「王族に対する礼儀も求められるから、その辺を意識してれば大丈夫だよ」
「騎士としての振る舞いは、あまり細かくないから緊張しないでいればいい」
あ、これ貴族マナーが自然にできてるが故に何が難しいのかわからないやつだ。
貴族と庶民という壁を感じつつ、私は礼儀作法の訓練へと挑むことになった。