新しい訓練7
朝、ミミとの散歩と自主練を終えて帰ってくると、隊舎の入り口でちょうど食堂に行くらしい近衛の制服集団とかち合った。その中の1人が話しかけてくる。
「おい庶民! 着替えがあるなら着替えてこい。淑女らしからぬ汗臭さだぞ」
笑い声が上がった。
なんかあまりいい雰囲気ではないな、と思いながら、話しかけてきた騎士を見つめる。
「……」
「おい、なんとか言えよ。腕ばかり鍛えて言葉をなくしたのか?」
この騎士、昨夜部屋に来た騎士のひとり……ではないよね。
少なくともローナン先輩ではないけれど、他の先輩の顔に似ているといえば似ているし、違うといえば違うような気もする。6人ほどの集団なので違うかもしれないけれど、うちの隊の人数をまだ確かめていないし、もしかしたらローナン先輩が抜けて夜勤組が入った第四部隊の先輩方という可能性もなくはない。
「な、なんだよ、生意気に睨みやがって……」
どちらにしても、穏便に済ませて早く朝食を食べたいところだ。一応フルーツのお礼を言っておいて、無難に立ち去るか。
「昨日はいいものをどうもありがとうございました」
「ど、どういう意味だ?! お前、俺たちが弱いってバカにしているのか?!」
私を見て笑っていたはずの集団が今度は怒り出した。
どうやら第四部隊の人たちではなかったようだ。昨日騎士食堂で乱闘に加わってきた他部隊の人たちだったようだ。
新人は、名も顔もしらない先輩ができて大変だ。近衛隊は人数が少ない分他の隊との距離も近いようだから、第四部隊だけでなく他の部隊の先輩たちも覚えておいたほうがいいかもしれない。
「先輩方、お名前をお聞きしてもよろしいでありますか!!」
「怒ったぞ!」
「お、お、俺たちの名前を聞いてどうする気だ?!」
「おい、これ以上刺激するな! 行くぞ!」
白い制服の集団が走り去ってしまう。
嫌な雰囲気だったので、何か理不尽に仕事を押し付けられたり理不尽に訓練を増やされたり理不尽に殴る蹴るの教育を受けるのかと思ったけれど、ただ嫌味を言いたかっただけだったのかもしれない。近衛騎士は貴族が多いだけに品がいい。
名前も言わないままに行ってしまった。あとでまた聞き直そう。ついでに昨日のことも謝りに行かないと。
腕を持ち上げて袖を嗅いでみる。
汗臭いというよりはグリフ臭い気がするけれど、慣れないと気になる匂いだろうか。一度羽毛に顔を埋めて嗅いでみると、この匂いが癖になるのに。下半身の獣部分との匂いを嗅ぎ分けるのが楽しいのに。
私は空腹を抱えながら、着替えるために階段を登った。
「騎士アデル」
「はっ!」
「昨日よりは小さいが、まだ返事が大きい」
着替え直して騎士食堂へ降りると、テーブルに案内される前にフィフツカ指導隊長に話しかけられた。
近付いて気を付けの姿勢を取ると、休めと声を掛けられる。
「殿下のお付きより伝言が来た。今日はご多忙でこちらに来られるのが何時になるかわからないので、他の訓練をしておくようにとのことだ」
「了解であります!!」
「そんなに喜びを顔に出すものじゃない。騎士アデルにはグリフの訓練より礼儀作法の訓練が先に必要だ。朝食を終えたら2階奥の部屋に来なさい」
「了解であります……」
「イヤそうな顔もするな。一通りの作法を見るから、訓練隊で習ったことを思い出してから来るように」
それだけ言うと、フィフツカ指導隊長はそのまま食堂を出て行ってしまった。
礼儀作法の訓練。
訓練隊で一通りは習ったはずだけれど、王宮で通じるほどではないのは明らかだ。
私は深く溜息を吐いて、案内されるがままに椅子に座った。