新しい訓練6
「その、朝は悪かったと思って、お詫びの印というか」
な、と先輩が振り返ると、他の3人も頷いていた。
何のお詫びなんだろう。
「先輩方を転ばせてしまったので、詫びはこちらがすべきかと思います。失礼なことを言われたとはいえ、カッとなってしまいすみませんでした」
「いや、いや、あの、僕が失言したのが悪かったし……普通の騎士があんなに強いとは思わなくて……その……、騎士の誇りを傷付けてしまってすまなかった」
先輩に、それも4人もの先輩に頭を下げられるのは気まずい。やめるように頼むと、先輩方はおずおずと顔を上げた。
「その、僕らは三男坊とかが多くて、いわゆるコネで入れてもらったようなもんなんだよ」
「そうみたいでありますね」
「第四王子は強い魔術師だから身辺警護なんて形ばかりだし、公式の場に出る場合も同じ魔術師が侍ることが多いから……第四部隊はあってないようなもんなんだ」
魔術師は腕立て伏せひとつできないけれど、魔術を操ることで攻撃や防御ができるらしい。第四王子はああ見えて実力者のようなので、平和な王都では民衆の前に立つときでさえ騎士の助けは借りないのかもしれない。
王子のために編成された部隊にもかかわらず、王子本人から必要とされていない。騎士として、これほどやる気を削ぐ部隊もないだろう。
「隣国との戦争が起こっている今、騎士はどれだけいても足りません。先輩方は、もっと騎士として働ける部隊への転属は望まないのでありますか?」
「えっ?! い、いや、だから俺たちは落ちこぼれだし」
「我々の訓練隊では、その辺のヒョロい子供が2年で一端の騎士に仕上がります。やる気さえあれば、もっと実力がつくかと」
「ははは……」
先輩はやる気のない笑いを見せた。訓練する気はなさそうだ。
戦いにおいて、貴族出身の人間が剣を持つことはほとんどない。いるとしたら弱小貴族で家から放り出されるとわかっている三男坊以下の独身男か、指揮隊長という名目で姿が見えない後方にいるご老体くらいだ。
王都で暮らすような貴族からしてみれば、たとえ騎士だったとしても戦争なんて参加するものじゃないのかもしれない。これほど弱いなら、敵前に出ないほうが国のためにもなりそうだし。
「とにかく、これは受け取ってよ。同じ部隊として、これから仲良くしてくれると嬉しい。……できれば投げ飛ばさないでいてくれたらありがたいんだけど」
「ではありがたくいただきます。お気遣い感謝いたします」
「うん」
「私も申し訳ありませんでした。第四部隊として、これからもご指導ご鞭撻…………あの、王宮のしきたりなど教えていただけると嬉しいです」
「それは任せて」
私が頭を下げると、先輩方はホッとした顔になった。大猿に果物をやって大人しくさせたような安心感だろうか。
目上の相手にブチギレたというのは流石に私も気まずかったので、こうして先輩の方から訪ねてきてくれて助かった。第四王子に対する怒りですっかり忘れてたけど、本来なら私が詫びに行かないといけない立場だったのだ。
第四部隊の騎士たちは、優しくていい人のようだ。すごく弱いけど。
「殿下は本音を話さないお方だけれど、アデル嬢……いや騎士アデルさんは殿下が希望して配属されたみたいだから、きっと目をかけてるんだと思うよ。騎士としても信頼してるんじゃないかな」
「全然まったく一切そういったことはないと思いますが」
「そんなことないよ……たぶん……えっと、じゃあ、明日は食堂に来るよね?」
「はい、先輩方とご一緒させていただきます」
「うん、あ、僕はローナン・ノヴィツ……ローナンでいいや。こっちはワイズ、ルーサー、一番端がウダン。よろしくね、騎士アデルさん」
「よろしくお願いします。さん、はいりませんが」
「うん……いや……まあ……じゃあおやすみ……」
笑みを浮かべたローナン先輩たちは、そそくさと行ってしまった。ドアを閉めてテーブルに果物の入った籠を置き、紙を取り出して墨棒を取り出す。ローナン、ワイズ、ルーサー、ウダンと名前を書いておいた。ローナン先輩が胸ぐらを掴んだ人で、髪型は正面で二つに分けた肩上までの金髪。あとウダン先輩が一番背が高かった気がする。特徴はしっかり覚える暇がなかったので、後で書き足していこう。
騎士らしからぬ精神に最初は怒ってしまったけれど、悪い人たちではなかった。後輩としてありえない態度だったのに許してくれたのだから、人格者といってもいいかもしれない。近衛に長居するつもりはないけれど、体力面以外は先輩として尊敬できそうな先輩なのはありがたいし、関係を大事にしていきたい。自然とそう思えるような部隊に入れたのは幸運かもしれない。……第四王子が最悪だけれど。
「………………」
思い出したらまたムカついてきた。
ローナン先輩は「本音を話さない人」と言っていたけれど、確かにそうだ。なぜグリフに乗って西方に行くつもりなのか、という質問に対して答えは返ってきたけれど、行動の理由は語られなかった。……もしかしたら、私が戦う理由に騎士の決まり文句を使ったからだろうか。
あのとき第四王子が一瞬見せた視線を思い出す。
魔術師は戦争を好まない。誰だって戦争を好まないが、土地が侵略されれば戦うし、命令されれば相手を追いやるために制圧作戦にもいかなきゃならない。けれど魔術師になった者は魔術という強い力があるにも関わらず、王都を守ることにしか使わない臆病者だ。強い光は飛獣の邪魔になるので前線に来なくたって全く構わないけれど、それはそれで国を守る力があるのに使わないのはなんか腹が立つ。
第四王子は、本当に前線で魔術を使うつもりなのだろうか。
魔術を使った戦争って、なんかダメだった気がするけれど。法科の授業は一瞬の暗記で乗り越えたのでほとんど覚えていない。
ともかく、ミミが殿下を気にいる様子もないし、そのうち私も解放されるだろう。
その時に備えて体力を落とさないようにしないと。槍獣部隊のワズルド部隊長になんとか会えないかも考えよう。