新しい訓練5
ゆっくりと立ち上がった殿下が、私を見ながら問うた。
黒だと思っていた目が、黒に近いほど濃い青だと今更気がつく。
「……貴様はどうなんだ? なぜ貴様は前線配属をそこまで熱望する。飛獣に乗りたいだけなら、その辺の辺境で見回りだけしていればいいだろう」
「騎士たるもの、国家に忠誠を捧げ国を守るのが使命だからであります。西方制圧なくして国土安定は成し得ません」
私が答えると、殿下の目がすがめられた。一瞬、その視線に侮蔑のようなものが込められたと思ったのは気のせいだろうか。
「魔術師も国を守るのが仕事だ。小競り合いばかりしている飛獣騎士の代わりに国を守る策を立てる」
「はぁっ?! 飛獣がいる場所に魔術師が来ていいわけないでしょっ!! であります!!!」
「そんな決まりはどこにもない」
魔術師が前線で魔術を使う?
ありえない。
私が首を振ると、第四王子は黒マントの襟元を直しながら意地悪そうな顔で笑った。
「グリフの訓練が済み次第、西方最前線へ向かう。貴様の行きたかった場所なのだろう、精々喜んで手を貸せ」
「……イヤだーっ!!!」
「明日も訓練をする。時間通りここへ来るように」
「イヤダアアアアーッ!!!」
私の渾身の拒否を鼻で軽く笑い飛ばした殿下は、そのまま踵を返して王宮の方へと行ってしまった。呆然とする。
その夜。
「なぁああああにが小競り合いじゃっ!! 飛獣のっ! 神聖なっ! 戦いがわからんのかバカ王子っ!! アリドネの竜に勝てるのはグリフしかいないんだっつーの!!」
部屋の床に付けた左手のひらの指先まで力を込めながら私は悪態をついた。
「魔術師が入り込む隙なんかないんじゃっ!! アホっ!! あんな! ヘロヘロな動きは! 腕立て伏せとは呼ばんのじゃーっ!!」
じわじわゆーっくり負荷をかけて左腕を曲げ、またゆっくり伸ばす。背中側に回している右手にも力が入って仕方ない。片腕に負荷をかけゆっくりと筋肉を鍛える。これが正しい腕立て伏せのありかただ。
どれだけ鍛えようとムカムカが治らないので、私は素早く腕立て伏せをして筋肉を追い込むことにした。もう一回右腕からやり直してやろうか。
40回ほど素早く伸縮をしたのちに筋肉が熱くなった左腕を伸ばして休めていると、ノックが聞こえてきた。
ドアを開けると、朝に見た顔が並んでいる。
近衛第四部隊の先輩だった。一番手前にいるのは私が胸ぐらを掴んだ先輩だけれど、他の3人もいる。私の顔を見た先輩は、顔を引き攣らせたような笑顔を浮かべた。
「や、やぁ……」
「招集でありますか」
「違う違う。その、今時間いいかな……もし忙しくないなら、でいいんだけど」
やけに下手に出ているのが気になるけれど、私は頷いた。ミミと飛び回っても発散しきれなかったイライラを筋トレで解消していただけなので、暇といえば暇だ。
「そう! よかった。こんな時間にご婦人の部屋を訪ねるのはよくないけど、その、いつ帰ってきたかわからなくて。僕たち、夕方から下で待っていたんだけれど。夕食に行ったときにすれ違ったのかな」
「いえ、窓から入りましたので」
「窓から?! 5階だよ?! どうやって?!」
「グリフがおりますから」
「あぁ……へぇ……」
先輩は、驚いたように頷いた。飛獣騎士としては特に何の変哲もない帰り方だけれど、近衛隊では珍しいようだ。ここは外壁が上りやすいので飛獣なしでも登れると思うけれど、そういう人はいないのだろうか。
そうなんだ、へえ、と繰り返している先輩たちは、お互いに目配せをしたり私に愛想笑いをしたりしている。
「何か用事でありますか」
「いや、あの、用事ってほどではないんだけど、これを……」
後ろの先輩が持っていた籠を、手前の先輩が私に手渡した。持ち手のついた籠には、色んな種類の果物がぎっしり入っている。どれも大きくてよく熟れているようだった。甘い匂いがする。
「……毒入りでありますか?」
「違うよ! 全然違うから!! 投げ飛ばさないで!!」
思いっきり慌てた先輩は両手を上げながら後ろへと下がった。そんなにホイホイ投げ飛ばさないから怯えないでほしい……と思ったけど、実際投げ飛ばしてしまった手前言っても信じてもらえなさそうだ。