新しい訓練4
前屈みに息切れをしたり、汗を拭ったりすると、黒マントを着ていても何となく体格がわかった。この第四王子、思ったよりもヒョロい気がする。
「……殿下、もしかして腕立て伏せもできないのでは?」
「できないことはない」
「じゃあやってみてください」
小さいハンカチで汗を拭いていた殿下が眉間に皺を寄せて私を睨みつけた。
「無意味にやるつもりはない」
「無意味ではありません。グリフは運動がよくできる者が好きであります」
「嘘を吐け」
「本当であります。ともに駆け回れるような人間を好きになるので、飛獣騎士は人一倍体を鍛える訓練をするんであります。グリフは図体はでかいものの身軽なので、一緒に駆け回るには走りながら木登りをしたり近くの足場に飛び移ったりする必要がありますので」
「……私に猿の真似をやれと?」
「グリフに気に入られたいなら、そうであります」
ウソじゃない。本当にグリフはかけっこが好きなのだ。まだ幼いグリフなど、かけっこで自分よりも速い相手がいると嬉しくてそれだけで心を許してしまうこともある。起伏の激しい道を並んで走るのは、グリフの体の調子を確かめるためにも、グリフと息のあった飛行をするためにも必須なのである。
私が説明すると、胡散臭そうに聞いていた第四王子がため息を吐いた。
「ならば後で見せてやろう」
「なんで後なんでありますか? 今でいいと思いますが」
「この地面でやれというのか?」
「地面以外のどこでやると?」
しばし、目つきの悪い殿下と見つめ合う。
「……いいだろう」
袖捲りを始めた殿下を眺めたところで、私は「もしかして貴族って外で腕立て伏せしないのかな」と思い至った。王族は地面に手を付けたりしないのかもしれない。だとすると、屋内に行った方が良かったのか。
「……一、」
「殿下、待ってください。腕立てといったら普通片手でやるもんであります」
「そんな普通は知らん。両手でやるものだ」
顔を上げて睨む殿下とまた無言で見つめ合った。
もしかして、殿下って片手で腕立て伏せをやったことがないんだろうか。
「では両手で…………ちょーっと待ってください殿下その体勢はなんでありますかっ!! 手はもう少し広げてっ!! 腹を下げないケツを上げないっ!! アゴが地面に付かないうちに戻ろうとは何でありますかっ!! かといって首だけ下げてどうするんでありますかっ!!」
「貴様……!!」
本当に腕立て伏せをやったことがあるのだろうか、と思えるような動きをし始めたのでつい口を出すと、第四王子は震えながらこちらを睨んだ。怒りに震えているというよりは、筋力の問題のようである。
1回腕を曲げ伸ばしした殿下は、2回目の半ばで体が地面にへばりついた。黒マントに土埃が付く。庭木の実を齧ろうとしていたミミがちらっとこっちを見た。
「殿下……あの……病み上がりか何かでいらっしゃったんでありますか?」
「呪われたいのか貴様。年中体しか働かせていない騎士と筋力を比べる方がおかしい」
まだ起き上がれていない殿下だけれど、口だけはまだ元気だったらしい。誰が脳筋だ。私が上官だったら殿下の両手が震えるまで腕立てをさせてやるのに。
「殿下はなんでそんなに筋力も体力もないのにグリフに乗りたいと思ったんでありますか。あの背に乗るのは騎士の仕事であります。西方侵攻作戦は我々がやるのですから、魔術師は今まで通り大人しく王都の守りでも強化してればいいのに」
明らかに向いていない。おそらく、式典以外でグリフを見ることもなかったようなお方のはずだ。なのにどうして、わざわざ向いていないことをしようとするのか。
問いかけると、殿下は右手で土を掴んで私を睨み上げた。