新しい訓練3
黄色い大きなクチバシが、真後ろを向いて翼の手入れをしている。大鷲の前肢は地面を踏みしめたままだけれど、獅子の後肢はおすわりを横に崩した形になっていた。ぶるぶると翼を震わせると、私に向かってピャーッと鳴く。
「殿下、ミミが退屈してるんでもう訓練に行ってもいいですか?」
「貴様の訓練は私をこのグリフに乗せることだ」
「飛獣騎士の訓練はグリフと空を駆け自在に戦えるようにすることであります。殿下を乗せる訓練をするなら、さっさとミミに信頼されるよう願います」
「……」
第四王子は、じろりと私を睨んだだけで何も言わなかった。
言う言葉がない、と言った方が正しいだろう。
洗った髪と頭がすっかり乾いてしまうほどの時間が経っても、第四王子は暇そうなミミの周囲でジリジリ回っているだけで、触れてすらいないのだから。手を近付けようとするだけで、ミミはわずかに羽毛を逆立ててじっと殿下を睨む。大きなグリフにそうやって見つめられれば、軽々しく動こうと思う人は少ない。殿下は少なくとも、己への過信や無知から無理に近付いてミミに転ばされるような馬鹿ではないというのはわかった。
「グリフの信頼を得るにはどうしたらいい」
「一般的には、グリフの近くで生活して警戒心を解きますね。3ヶ月くらいかかりますけど」
「時間が惜しい」
「えー、あとはー、稀に、縄張り争いとかで苦戦してるグリフに対して、加勢しに入って一緒に相手を追い払えば仲良くなれますよ」
「王都で縄張り争いをするグリフなど聞いたことがない」
「人が乗るグリフは訓練されてますからね」
私が片足を伸ばし始めると、ミミも立ち上がってのびーと体を伸ばした。前後に動いた後に、翼と前脚を片方ずつ横に伸ばしている。
訓練生ならこの時間は飛び回って訓練していた。昨日も飛ばなかったので、早く思いきり体を動かしたいのだろう。
「殿下、ミミが運動したいそうなので、この辺を走ってきていいですか」
「グリフを遠ざけるつもりか」
「いえ、ついてきたいならどうぞ」
眉間に皺を寄せた第四王子は、しばらく迷った後に「行こう」と頷いた。マントの懐から本を3冊出して近くのベンチに置く。どんな構造なんだマント。
「…………」
「ミミ、あったかくて気持ちいいねー」
「…………」
「この辺で引き返そうかー」
「…………」
警備兵にジロジロ見られながらも王宮の裏側を端っこまで走り、振り返ると離れた場所で殿下が膝に手をついて俯いていた。軽い駆け足だけれど機嫌が治ったらしいミミは、帰りは飛ぼうと前脚を上げている。
「殿下、何やってるんですか?」
近付くと、殿下が顔を上げた。
真っ青な顔色に汗をかき、そして死にそうなほど息を切らしている。
「…………」
「…………」
ここまで、軽い駆け足しかしていない。
「…………少し待て」
「はあ」
やっぱり魔術師ってひ弱なんだ。
せめてマントを脱げばいいのにと助言したけれど、殿下は無言で首を横に振っただけだった。