昭和21年 春 幸子誕生
映画またはドラマの脚本です。
ここでの登場人物
岡田鶴子(小鶴)17歳 幸子の母親 関西のとある陸軍飛行場で
勤労奉仕をしていたが 戦争が終わって
大阪の街を放浪している
ミチコ 18歳 戦災孤児のリーダー
タマエ 17歳 戦災孤児
トクコ 16歳 戦災孤児
山田一郎 30代 従軍記者
復員兵 40代
産婆 60~70代
90大阪の焼け跡(昭和21年 春 夜)
汚れた身なりをした鶴子がふらふらと歩いている
それをミチコが物陰から見ている
ミチコ 「あんた?」
鶴子 虚ろな目でミチコを見て無視して歩いて
行く
ミチコ 「(鶴子を追って)今日の ねぐらあるん
か?」
鶴子 立ち止まる
ミチコ 「お腹 減ってる?」
鶴子 うつむく
91バラック小屋の中
鶴子 夢中ですいとんを食べている
数人の荒んた少女達 それを見ている
ミチコ 「そんな 慌てんでも 誰も 取らへん
(と 微笑む)」
× ×
鶴子とミチコ ゴザの上に座っている
ミチコ 「(少女達を見て)ここに居る子は
あんたと一緒 戦争でひとりぼっちに
なた子ばったりや」
鶴子 脅えた目で少女達を見る
ミチコ 「あんた 名前は?」
鶴子 首をかしげる
ミチコ 「あんた・・・ 言葉 忘れたん?」
鶴子 うつむく
ミチコ 「空襲におおたんやろ?背中がカチカチ山に
なってる子供 内臓が飛び出た妊婦さん
頭の無い赤ちゃん そら あんなもん見
せられたら ものも喋れんようになる
な」
鶴子 うつむいている
ミチコ 「これからの日本は食うか食われるかや
でも 心配しんとき 女はな この身体
さえあったら喋れんでも ちゃんと生き
て行けるしな」
鶴子 ミチコを見る
ミチコ 「今日は ここで寝てええさかい その覚悟
が出来るか ゆっくり考えよし」
鶴子 うなずいて 少女達を見る
92バラック小屋の中(朝)
隙間から朝日が差し込んいる
ミチコ 空き缶を棒で叩いて
ミチコ 「起床! 起床! 何時か分からへんけ
ど! 朝やでー! 起きやー!」
ゴザに包まった鶴子が目を覚ます
ミチコ 「整列!」
少女達 一列に並ぶ
ミチコ 「番号!」
少女達 「1 2 3・・・」
ミチコ 「あれっ? タマエは?」
トクコ 「お便所やと思います・・・」
タマエ 入って来て ミチコに頭を下げて並んで
タマエ「(トクコに)新聞紙で拭くん地獄やなぁー」
ミチコ「(微笑んで)タマエ! 今日 どっかから
ちり紙 盗っといで!」
タマエ うなずく
ミチコ「(鶴子に)どや? 覚悟はでけたか?」
鶴子 うつむいている
ミチコ 「(前に立って)みんな 新入り紹介する」
鶴子 おどおどしながらミチコの横に立つ
ミチコ 「な 名前は・・・名無しの権兵衛さん
や!」
少女達 笑う
ミチコ 「みんな 仲よう したってや!」
少女達 「(小さな声で)はい・・・」
ミチコ 「声が小さい!」
少女達 「(大きな声で)はい!」
ミチコ 「よし!」
鶴子 頭を下げる
ミチコ 「さあ ちゃっちゃと 支度して 食べさせ
てもろといで! それから ついでに 何
か貰ろといでや! 貰えへんかったら 盗っ
といで! 解散!」
少女達 各々 支度をする
ミチコ 「(鶴子に)今は 今日一日 生きて行くの
が 精一杯や 男も 遊ぶ金なんかもっ
とらへん 男に金が回って来るまで う
ちらも生きていかんとな」
鶴子 少女達を見る
ミチコ 「まあ その内 ここにも アメ公が来るさ
かいに アメ公が来たら こっちのもんや
あっちの方は万国共通やしな タマエ!
この子にやり方教えたり!」
タマエ 「(支度をしながら こっちを向いて)はー
い!」
× ×
割れた鏡にずず黒いタマエの顔が映っている
タマエ 「(顔に炭を塗りながら)何にも難しいこと
はあらへん ただ みすぼらしいかっこ
で 死にそうな顔して歩くだけや それで
親切な人が声かけてくれたら お涙 頂戴
の身の上話の一つでもしたら たいがいの
人は何か食べさせてくれて 運がよかった
ら お土産の一つでも くらはるわぁー」
鶴子 うなずく
タマエ 「それから スケベそうなオッサンは 太も
もでも見せてらイチコロやし でも まだ
ミチコさんから命令が出るまでは 身体は
売ったらあかんえ」
鶴子 うなずく
93とある路上(数週間後 昼)
鶴子 死にそうなふりをしてふらふらと歩いている
ガラの悪そうな復員兵が鶴子に近寄って
復員兵「あんた 腹へってるんか?」
鶴子 うなづく
復員兵「可愛そうに(カバンを叩いて)このカバン
にお芋さん入ってるから あそこの小屋で
食べさせたろ」
94小屋の前
小屋の中から 鶴子の悲鳴がしている
通りがかった山田が異変に気づき戸を開けると
鶴子が飛び出して山田の後ろに隠れる
復員兵「(小屋から出て来て 山田に)なんや あん
た!」
山田 「嫌がってるじゃないですか!」
復員兵「こいつが腹減らして死にそうやったから
芋 食わしてやる代わりに やらせてくれて
ゆうただけやないか! 何が悪いんや!」
鶴子 山田の背中でぶるぶる震えている
復員兵「このご時世に しょうむない女やで 姉ち
ゃん! 女は身体売らへんかったら生きて
いけへんで!(と唾を吐いて歩いて行く)」
山田 「(振り返って)大丈夫?(と 鶴子を見て)
き 君!」
95空襲で壊れた建物の前
瓦礫に鶴子と山田が座っている
山田 「世の中って狭いね あれから 君 どうして
たの?」
鶴子 うつむく
山田 「今 僕は(瓦礫を見て)こなになってしまっ
た日本の人や街を記録している 子供や君の
様な若い人が苦しんでるのを見ていると 今
の僕には何にもしてあげられないし 胸が締
め付けられるけど これが僕の使命だから」
× ×
二人 夕陽に照らされて座っている
山田 「あっ! そうだ! (カバンの中をあさっ
て)持って来てないなぁー」
鶴子 不思議そうに山田を見る
山田 「写真 ほら 飛行場で撮った写真!ごめんな
さい・・・ 少女倶楽部に載せられなくっ
て・・・」
鶴子 微笑む
山田 「明日って また ここに来れる? 今 ぐら
いの時間に持って来るから」
鶴子 うなずく
と タマエが走って来て
タマエ「ど どやった?(と 山田を見て)この人
は?」
山田 「従軍・・ いや ただの記者です」
タマエ「記者って シュシュポポの?」
山田 「(微笑んで)じゃなくて 新聞記者」
タマエ「新聞記者・・・(鶴子に)で あんた この
人から 何か貰ろたん?」
鶴子 微笑む
山田 「そうだ!(カバンからカメラを出して)
写真 撮りませんか!?」
タマエ「写真?」
山田 「はい!」
タマエ「ええけど・・・ ただではあかんで!」
山田 「そ そうだよね(カバンの中をあさって)
これでどう? (と ドロップを 差し出て
缶を振って)まだ 少し残ってるみたい
(と 微笑む)」
× ×
鶴子とタマエ 瓦礫の前で立っている
それに向かい合った山田はカメラを構えている
山田 「笑って! ハイ チーズ!」
96バラック小屋の前(夕)
少女達 帰って来る
少女達 各々に「ご苦労さん 疲れたぁー どやっ
た? ぜんぜん」
タマエ「ただいま 今日は湿気てたわぁー せっか
くケツ見せたったのに(ふところから玉ね
ぎを出して)これ 一つやで(ドロップの
缶を出して振って)後 これ(笑う)」
ミチコ 小屋から出て来て
ミチコ「ご苦労さん ご苦労さん あれ 名無しの
権兵衛はんは?」
タマエ「(周りを見て)あれ!? あれ!? さっき
まで ついて来てたのに・・・」
と トクコが遠くから叫ぶ
トクコ「えらいこっちゃ えらいこっちゃ えらいこ
っちゃ!」
ミチコとタマエ 顔を見合わせる
97道端
鶴子 しゃがみ込んで吐いている
タマエ 「大丈夫かぁー? あんた 何か 腐った
もんでも食べたんとちゃうかぁー?」
ミチコ 「これは 違うわぁー」
タマエ 「違うって?」
ミチコ 「つわりや・・・」
タマエ 「つわり?」
ミチコ 「(鶴子の額に手を当てて) それに
酷い熱」
苦しそうな鶴子の顔
98空襲で壊れた建物の前(翌日の夕)
山田 夕陽に照らされて立っている
99バラック小屋の中
鶴子 寝ている
とミチコが唄う「ダンチョネ節」が聞こえて来る
鶴子 目を覚ます
ミチコ「ゴメン うるさかった?」
鶴子 首を横に振る
ミチコ 「もう だいぶん ようなって来たみたいや
な」
鶴子 うなずく
ミチコ 「あんた お腹が大きい事 知ってたん?」
鶴子 うなずく
ミチコ 「その子の父親は?」
鶴子 うつむく
ミチコ 「まあ 何があったんかしれへんけど 今
生まれて来る子が これからの日本を作って
くれるんやさかいに 大事にせんとな」
鶴子 うなずく
ミチコ 「もう あんたは 外には出んでもええさか
い この辺の廃品回収と洗濯とかみんなの
身の回りの世話でもして(近くにいる タ
マエを見て)この子が あんたの食べるも
んは 盗ってくるし」
タマエ 「うちに まかしとき!」
鶴子 トクコを見て微笑む
100バラック小屋の前(数ヶ月後)
鶴子(臨月) 洗濯している
タマエ以下数人の少女達(派手な服装)が
出て行く
鶴子 笑顔で手を振って 突然 痛がる
少女達 驚いて戻って来る
101バラック小屋の中
苦しがって寝ている鶴子の足元で産婆が赤ん坊
を取り上げようといている その周りに 心配
そうにミチコ タマエ以下数名の少女達が見て
いる
産婆 「もっと きばって! もう 一息や!
あんた お母さんになるんやろ!
頑張り!」
と 大きな産声がして 少女達が喜ぶ
産婆 「(赤ん坊を抱いて)あんたに よう似た女の
子や!」
鶴子 赤ん坊の顔を見る
102バラック小屋の前(一ヶ月後 朝)
少女達の色とりどりの洗濯物が朝日を浴びて風で
なびいている
鶴子 赤ん坊(幸子)をおんぶして
「ダンチョネ節」を ハミングしながら洗濯物
を干している
ミチコが寄って来て
ミチコ 「その歌 移ったな」
鶴子 うなづく
ミチコ 「この歌な 実は 特攻隊で死んだ うちの
旦那が よう 唄とてたんや」
鶴子 驚いてミチコを見る
ミチコ 「旦那 ゆうても 店の客やったんや
何や 相性がおおて こんなうちでも
嫁にするって ゆうてくれてな まあ
初めっから 死ぬって分かっていたさかい
嫁さんにしてくれたんやと思うけど うち
一生 お嫁さん何かになれへんて思てたか
ら 一夜妻でも 何や 嬉しゅうて でも
いざ 後家さんになってしもうたら寂しい
もんやな」
ミチコ しゃがんでタバコを咥えてマッチを擦って
タバコに火を付けて吸う
ミチコ 「うちの家はな 奈良の百姓やってん それ
が うちが十五の時 不作で食べていけん
ようになって 弟や妹・・・ うち 六人
も下に兄弟おったんよ 親は その兄弟を
食べさせなあかんし うちは 廓に売られ
たって言うこっちゃ」
鶴子 目に涙を溜めてミチコを見ている
ミチコ 「泣いてくれて ありがとう こんな話する
ん あんたが初めてや」
鶴子 微笑む
ミチコ 「それはそうと その子の名前 そろそろ決
めんと あんたみたいに 名無しの権兵衛
では可哀そうや 何か考えてる?」
鶴子 首を横に振る
ミチコ 「うーん そやな・・・ この子のお父さん
の名前は何ちゅうの?」
鶴子 ミチコの横にしゃがんで木の枝を持って地面
に「幸夫」と書く
ミチコ 「これ何て読むん?」
鶴子 ひらがなで「さちお」と書く
ミチコ 「さちお・・・ そやったら この字 取っ
て さちこってどう? 何か単純かな?」
鶴子 首を横に振る
ミチコ 「名前は単純な方が幸せになるらしいで
(鶴子の背中の赤ん坊を見て)さちこちゃ
ん! ええ名前やね!」
鶴子 微笑む
× ×
二人 草むらに座っている
ミチコ「あんた これからどないするつもり?
あんたは こんなとこに居る人やないよう
な気がする とゆうて うちには何にもで
けへんけど・・・でも この幸子ちゃんの
為にも ここに居たらあかんと思う あん
たには もっと違う命の使い方があると思
う」
鶴子 ミチコを見つめる
ミチコ「(鶴子が腰に付けている お守りを見て)
きっと そのお守りが あんたと幸子ちゃ
んを 守ってくらはるわ!」
鶴子 不思議そうな顔でミチコを見つめている
ミチコ「(瓦礫を見て)この国 これから どないな
るんやろなぁー」
103バラック小屋の中(翌日の朝)
少女達 いびきをかいて寝ている
ミチコ 目を覚まして辺りを見渡すと 鶴子の姿
がなく 鶴子の寝床を見ると一通の手紙
が置いてある
手紙「私は このお守りを信じようと思います。
奇跡は信じた人にしか起きません。昨日の
ミチコさんの言葉を聞いて このお守りが
その奇跡を起こしてくれそうな気がして
命の使い方を探す決心がつきました。
いろいろとお世話になりました。不義をお
許し下さい。みんなに宜しく。お元気で。
岡田鶴子
それから 幸子って ほんまに ええ名前
ですね。」
ミチコ「(目に涙を溜めて 空き缶を棒で叩いて)
起床! 起床!」
つづく