昭和39年 祇園祭宵山 夢が叶った日
映画またはドラマの脚本です。
ここでの登場人物
岡田鶴子(小鶴)
幸子の母親 関西のとある陸軍飛行場で勤労奉仕をしている 17歳
三浦幸子 場末のキャバレーのホステス 18歳
木村雅幸 幸子の幼馴染 キャバレー「ラッキー」のボーイ 18歳
売店の女 50代
50隊長室の前
鶴子 少女達が来て顔を見つめてトキがドアを
ノックする
隊長(声)「入れ!」
51場末のキャバレーの控室
(昭和39年7月15日 深夜)
ドアが開いて 幸子が入って来る
タバコを吸っていたエマが幸子を見て
エマ 「何や 帰って来たん? 帰ってこんで
よかったのに」
幸子 「・・・」
エマ 「逃げたんやと思てた」
幸子 「私が逃げたら エマちゃんに迷惑かけ
るし・・・」
エマ 「(微笑んで)リリー 真面目やな」
幸子 「エマちゃん?」
エマ 「えっ?」
幸子 「一つ お願いがあるやけど?」
エマ 「お願いって?」
幸子 「明日のお昼から一人で外出したいんや
けど・・・」
エマ 「外出?」
幸子 「(うなづいて)私! 絶対! 逃げへん
から! ちゃんと 夕方には帰って来る
し! お願い!」
エマ 「(親指を立てて)これかぁー?」
幸子 うつむく
52高瀬川の水面がキラキラと朝日を受けて光っている
53幸子とエマのアパートの部屋
(昭和39年7月16日 朝)
額に汗をにじませて半裸で寝ているエマに朝日が
当たっている
エマ 「暑つ・・・」
エマが目を開けると 幸子が鏡台の前で自分の
顔を見つめている
エマ 「何や もう 起きてたん」
幸子 「うん・・・何か 早よおに 目ー覚めてしも
て」
エマ 「(起き上がって)何んか 遠足に行くみたい
やね」
幸子 「(うなづいて)ちょっと 聞いて ええ?」
エマ 「えっ?」
幸子 「オードリーヘップバーンって どんな感じや
った?」
エマ 「オードリーヘップバーン!?」
× ×
鏡に映った鶴子の顔
エマ 雑誌を見ながら 鶴子の髪をセットしてい
る
エマ「ここをこうやって・・・こうしたらどうかな?」
幸子 「エマちゃん 上手やね」
エマ 「密かに 美容師の勉強してるから」
幸子 「えっ?」
エマ 「来年ぐらいに 店 辞めて 美容師の学校行こと
思てるん」
幸子 「へー」
エマ 「それっぽい 服も 貸したげよか?」
幸子 「う うん! ありがとう!」
× ×
エマ 幸子の唇に真っ赤な口紅を塗る
54木屋町通り
遠くから祇園囃子が鳴っていて 浴衣姿の人達が
行き交っている
雅幸 高瀬川に架かる小橋の上に立って周りを
キョロキョロと見渡している
と 後ろから幸子の手が雅幸の肩を叩く
雅幸が振り向くが誰もいない
雅幸 下を見ると幸子が しゃがんで微笑んでいる
幸子 「ばれたか!」
幸子が立って ペロッと舌を出す(袖をロールア
ップした白いブラウスとベージュのスカート ヘッ
プバーン風の髪とメイク)
雅幸 「(驚いて)さ さっちゃん!?」
幸子 「(くるっと回って)どう?」
雅幸 「えっ?」
幸子 「(くるっと回って)どう?」
雅幸 「えっ?」
幸子 「もう! 何回 回らせるゆもり!?」
雅幸 「・・・」
幸子 「誰かに 似てると思わへん?」
雅幸 「誰かって? 誰?」
幸子 「(くるっと回って)オードリーヘップバーン
やんか! ローマの休日やろ?」
雅幸 「あー」
幸子 「(怒って)あーは ないわ あーは!」
雅幸 「また 怒った!」
幸子 「もう 知らん!(と 速足で歩いて行く)」
雅幸 「ちょっと 待ってよ! 自転車 取って来
る!」
幸子 「(振り返って)マーボー まさか デートに
自転車で来たん?」
雅幸 「う うん あかんかった?」
幸子 「(微笑んで)まあ ええけど 早よ!」
雅幸 うなずいて自転車を取りに行く
幸子 橋の上から高瀬川を見つめる
雅幸 自転車を押して戻ってくる
幸子 「早よ!」
雅幸 「えっ?」
幸子 「ほら またがって!」
雅幸 「う うん(と 自転車にまたがる)」
幸子 後ろにまたがって雅幸の肩につかまって
幸子 「レッツゴー!」
55知恩院門前辺りの白川の柳並木
青々とした柳並木の下を二人乗りの自転車が
疾走している
雅幸 必死に自転車をこいでいる
幸子 「ほんまに ローマの休日みたいやぁー
飛ばせー!」
柳並木の下を二人乗りの自転車が疾走して行く
56円山公園
しだれ桜の前で二人乗りの自転車がぐるぐると
回っている
幸子 「(楽しそうに)目ー回るー!」
× ×
二人 ベンチに座っている
雅幸 「喉 乾いた ラムネでも 飲まへん?」
幸子 微笑んでうなずく
× ×
売店の前に雅幸がやって来て
雅幸 「おばちゃーん!」
売店の女「(奥から出て来て)あら マーボー
久しぶり! 元気にしてたか?」
雅幸 「うん 見ての通り 元気やで ラムネ
二つ 頂戴!」
売店の女「ラムネ二つやな(ラムネを用意しなが
ら)それはそうと お母さんは元気に
し たはんんの?」
雅幸 「うん ぼちぼち」
売店の女「あんた 親孝行しな あかんで マーボ
ーのお母さん 女手一つであんた育ては
ったんやから(雅幸にラムネを渡して)
はい ラムネ二つ!」
雅幸 「(受け取って)ありがとう!(ポケットに
手を入れて)いくら?」
売店の女「かまへん かまへん 久しぶりにマーボ
ーの元気そうな顔 見れたし 今日は
おばあちゃんのおごりや!」
雅幸 「ありがとう!」
売店の女「でも 二つって もう一つ 誰が飲む
の?」
売店の女 少し離れて後ろを向いて立っている
幸子を見て
売店の女「(小指を立てて)彼女?」
雅幸 「(恥ずかしそうに)えっ? ちゃうちゃう!
そんなんと ちゃうよ!」
売店の女「ちゃうかったら 誰やな?」
雅幸 「お お姉ちゃん・・・」
売店の女「へー お姉ちゃんって マーボー 一人
っ子とちごたっけ?」
雅幸 「あー う うん・・・生まれてすぐ
ロ ローマに行かはったから・・・瓶 また
返しに来るし!」
雅幸 慌てて幸子へと走って行く
売店の女「(それを見て首をかしげて)ローマ・・」
57円山公園の近くの石畳の道
蝉がうるさく鳴いている
幸子と雅幸が立ってラムネを飲んでいる
幸子 「(怒ったように)そーかぁー うちは
ローマから来た お姉ちゃんかぁー」
雅幸 「何や 聞こえてたん!?」
幸子 「うち 地獄耳やし!(舌を出して)
べーだ!」
雅幸 「また 怒った!」
幸子 「うち 最近 怒りんぼやもん!」
雅幸 「瓶 返して来るわぁー(と 幸子から瓶を
受け取って走って行く)」
58円山公園の売店の前
売店の女 暑そうに団扇を扇いで椅子に座っている
雅幸 瓶を持って走って来て瓶を差し出して
雅幸 「はい 瓶!」
売店の女「おおきに・・・ それはそうと さっち
ゃんの事 知ってる?」
雅幸 「えっ?」
売店の女「知らんのん?」
幸子 「う うん・・・」
売店の女「1年前 お母さんが病気で死なはって
お父さんも いっぱい借金があったみた
いで それを苦にして 電車に飛び込ま
はったんやで まあ 実の親とちゃうけ
どな」
雅幸 「(啞然として)へー」
売店の女「それから さっちゃん 高校辞めて
木屋町のキャバレーで働いてるって 近所
の人から聞いんやけど・・・ なんや
可哀そうでな」
雅幸 「そ そうなん」
売店の女「うちも さっちゃんのお母さんとは友達
やったし さっちゃんの事が心配で心配
で マーボー また 何か分かったら教
えてな」
幸子 「う うん・・・ わかった・・・」
雅幸 慌てて走って行く
59円山公園の近くの石畳の道
幸子 立っている そこへ 雅幸が駆け寄って来て
雅幸 「(幸子の顔から眼を反らして)ぎ 祇園さ
んでも行く?」
幸子 「(うなずいて)うん」
雅幸 速足で歩いて行く
幸子 「どないしたん!?」
雅幸 「どうもせえへん!」
幸子 首を傾げて追う
60八坂神社 本殿
二人 歩いて来て
雅幸 「(幸子のハンドバックを見て)そのお守り」
幸子 「えっ?」
幸子のハンドバックに古いお守りが付いている
雅幸 「そのお守り 確かランドセルにも付けてたや
んな」
幸子 うなずく
雅幸 「それ祇園さんのお守り?」
幸子 「多分 違うと思う」
雅幸 「じゃあ どこの?」
幸子 「知らん! 拝も!」
雅幸 「う うん・・・」
二人 鈴を鳴らして柏手を打って手を合わせる
幸子 目を閉じて手を合わせている雅幸に
幸子 「何 お願いしてんの?」
雅幸 「そんなん 言えるかいな」
幸子 「アホ!」
雅幸 「アホって?」
幸子 「今日 いくら お願いしても 神さん お旅
に出てはって ここには いやらへんよ
アホ!(と 速足で歩いて行く)」
雅幸 「もー(と 幸子を追う)」
61鴨川の土手
浴衣姿の人達が行き交っている
幸子 雅幸(自転車を押して)歩いている
幸子 「マーボーは 夢って何?」
雅幸 「夢って?」
幸子 「ほら 野球の選手とか パイロットとか
いろいろ あるやん?」
雅幸 「あー それやったら やっぱり 歌手かな」
幸子 「そやったな マーボー 昔から歌 好きやっ
たもんな」
雅幸 「うん」
幸子 「その夢 叶いそう?」
雅幸 「うーん まだ わからへん いろいろ 頑張
ってはいるんやけど やっぱり 厳しい世界や
わ」
幸子 「ふーん」
雅幸 「で でもな 次の金曜日 ラッキーで歌う事
になってん!」
幸子 「えー 凄いやん!」
雅幸 「大阪から演歌の人が来はるんやけど その前
座の前座やけど」
幸子 「そうかぁー 頑張ってな!」
雅幸 「ありがとう! で さっちゃんの夢は?」
幸子 「う うち?」
雅幸 「うん」
幸子 「そんなん どうでもええやん! ほっとい
て!(と 微笑んで速足で歩い行く)」
雅幸 「うわ! また 怒った!(と 慌てて幸子を
追う)」
62木屋町通り
薄暗くなっている通りを浴衣姿の人達が行き交って
いる
幸子 雅幸(自転車を押して)歩いている
どこからか祇園囃子が鳴っている
幸子 「(呟く様に)ココンチキチン コンチキチ
ン・・・」
雅幸 「(思い切って)ところで さ さっちゃん
今 何 してるん?」
幸子 うつむく
雅幸 「ゴメン・・・」
幸子 首を横にふる
人混みの中を歩く二人の後姿
× ×
高瀬川に架かる小橋の上に 二人が立っている
祇園囃子が鳴っている
幸子 「今日は 付き合ってくれて ありがとう
楽しかった!」
雅幸 「うん! 僕も楽しかった また デートして
くれる?」
幸子 微笑んでうなずく
雅幸 「(思い切って)こ 今度の金曜日 見に来てく
れる?」
幸子 「えっ?」
雅幸 「ラッキー 支配人に頼んだら 裏から入れて
もらえるし」
幸子 うつむく
雅幸 「い 忙しいんやな」
幸子 うなずく
幸子 「(思い切って)マーボー うちの分まで
夢 叶えてな!」
雅幸 幸子を見つめる
幸子 「うちは 夢は寝て見るし マーボー 夢に
出てな! はな 行くわ!(微笑んで)バイ
バイ!」
と 幸子 目に涙を溜めて 両手を後ろで組んで
後ずさりする
雅幸 「(微笑んで手を挙げて)うん! バイバイ!」
祇園囃子が大きく響く
幸子 路地に走って 路地の前で振り返って
幸子 「(目に涙を溜めて大きな声で)こんな普通の
デートしたかってん!」
橋の上に立っている雅幸が
雅幸 「(大きな声で)何! 聞こえへん!」
幸子 「(目に涙を溜めて大きな声で)夢 叶えてくれ
て ありがとーう!(と 路地に入る)」
雅幸 橋の上から見つめている
63暗い路地の中
幸子 泣きながら走る
つづく