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滝を斬る  作者: ninjin19
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9

 森を東へ抜けるのは、生まれて初めてだ。

リチャードからは、森の東を抜けては絶対にならないと、厳しく言われていた。

今、自分の正体が分かると、リチャードの言い分は、もっともだと思うが、幼い頃は、どうして西は良くて東はダメなのか、意味が分からなかった。

ただ、教えを守らなければ、本当に殺されかねないという恐怖感があった為に、これまで、森の東を抜ける事は無かった。

森の東を抜けると、ルーガンの国境に出る。

そして、関所が設けられていた。

マイラにとって、関所を通るのは初めての体験だ。

テルプルには、関所が無い。

マイラに、変な緊張感が生まれた。

関所で順番を待つ間、マイラは、平静を装うのに苦労していた。

「次! 」

マイラの順番が来た。

「通行手形を」

マイラが、立ち止まると、高圧的な態度で警備兵に命じられた。

「どうぞ。」

マイラは、腰低く、首にかけていたプレートを警備兵に見せた。

「ルーシー・ポウ。ルーガニア出身。下級騎士…。国境警備の兵役明けか。よし、通れ。」

警備兵は、ゲートを開けた。

「ありがとうございます。」

マイラは、ゲートを通過した。

「ふー。ドキドキした。」

マイラは、ルーガニアへ続く街道を歩き始めた。

しばらく歩いていると、12才か13才くらいの少年が、ルーガンの兵達に、囲まれていた。

「おい、まだ子供じゃないか。離してやれ。」

マイラは、兵たちに声をかけた。

「あ?何だ、お前は?」

兵達は、マイラの方を睨んだ。

「私はルーシー・ポウ。ルーガニアの騎士だ。」

マイラは、兵達に名乗った。

「女のくせに勇ましいな。こいつは、俺達に石を投げてきやがった。どうせゲリラの子供か何かだろう。」

兵達は、少年を捕縛した。

「そうか。子供に石を投げられるとは、よほど、お前達は、嫌われているのだな。」

マイラは、兵達を蔑む目で見つめた。

「何だと!てめえ、女でも容赦しねえぞ。」

兵達は、少年を蹴り飛ばすと、マイラの方へ向かってきた。

「場外での決闘は、斬ったもん勝ちだぞ。いいのか?」

マイラは、荷物を下ろすと、布に巻いた剣を背中に背負った。

城外の騎士同士での決闘は、双方が剣を抜いた時点で成立する。互いに命を奪われても遺恨なしというのが国を越えたルールだった。

「それは、こっちの台詞だ。謝るなら今のうちだぞ。」

兵たちは、剣を抜いた。

「抜いたな。」

マイラは、そう呟くと、自分も剣を抜いた。

その瞬間、一人の兵が斬りかかって来た。

上段から勢いよく飛び込んで来た相手を、マイラは、柔らかく避けて、兵は、前に態勢を崩した。

マイラは、その兵の首筋を横から手刀で打った。

兵は、そのまま、前に倒れ込んで、気絶した。

「どうする?まだやるのか?今度は、斬ってしまうかも知れないぞ。」

マイラは、剣を構え直して兵達に近づいていった。

「野郎!」

今度は、数人で向かってきた。

マイラは、それを見て、自分から先に斬り込んで、低い姿勢から、まず一人を斜め下から太ももを斬り裂き、姿勢を戻して、もう一人の兵の剣を持つ腕を貫いた。

蹴りを入れて、その勢いで剣を抜いて蹴り飛ばすと、残る一人の首先に剣先を突きつけた。

「剣を捨てろ。」

マイラの警告に、兵は、震えながら頷いて、剣を捨てた。

「去れ。」

マイラが刃に付着した血を速い素振りで飛ばすと、血吹雪が震える兵をの顔に点々と付着した。

兵は、悲鳴のような声を上げて、足を斬られた兵に肩を貸して逃げ出し、腕を貫かれた兵も、傷口を抑えながら、逃げていった。

しばらくして、気絶していた男が、ハッと目を覚まして、仲間が逃げたのに気づいて、慌てて這いずった後で立ち上がって走り去った。

マイラは、剣を鞘に入れると、少年の縄を解いてやった。

「大丈夫か?」

マイラは、手を差し伸べて少年を起こしてやった。

少年は、薄汚れた服装に、泥まみれの顔だが、顔立ちは、美しく、いい目をしていた。

「ありがとうございます。」

少年は、頭を深々と下げた。

「お前は、この辺りの者か?」

マイラは、尋ねた。

「はい。近くの村の者です。」

少年は、そう答えた。

「歩けるか?」

マイラは、尋ねた。

「はい。」

少年は、一言、答えた。

「そうか。気をつけて。」

マイラは、そう声をかけると、歩き始めた。

「お待ち下さい。」

少年がマイラに声をかけた。

「えーと、ルーシーさんでしたよね。この先は、峠を越えなければなりません。峠には関所があって、夜になると閉まってしまいます。途中、宿はありませんし、今日は、家で泊まっていってください。」

少年は、マイラに、そう提案した。

「私は、ルーガンの兵だぞ。お前は、ルーガンを嫌っているのだろ?」

マイラは、少年に尋ねた。

「助けてもらったのです。敵味方は、関係ありません。」

少年は、そう答えた。

「名前は?」

マイラは尋ねた。

「リック・ストレクト。さあ、ついてきて。」

リックは、手招きして歩き始めた。

マイラも、それについて歩いていった。

「この先に村があるんです。」

リックは、指を指して説明した。

確かに、小さな村が見えていた。

「この辺りは、昔はサリバーの領地か?」

マイラは、周辺を見渡した。

「はい。この辺りは、今でもゲリラが抵抗していて、治安の悪い場所です。」

リックは、街道に繫がる道を下って、村に向かっていった。


村に入るのにも関所を通らなくてはならなかった。

しかし、関所は、焼け崩れていて、そこには役人はいなかった。

山と畑に囲まれているこの地域は、点々と農家があり、長閑な時間が流れていた。

しかし、焼け崩れた家屋もあり、確かに、ここで戦乱があり、まだその傷が残っている事を物語っていた。

「この村は、ゲリラとの戦闘が激しかったから、ルーガンの役人も寄り付かないんです。でも怖がらないでください。みんな良い人ですから。」

とんでもない所に来てしまった。

マイラは、気持ちを引き締めた。

「母上、只今、戻りました。」

リックの家は、小さな茅葺きの質素な家で、古びた納屋が見えていた。

「おかえり、リック。」

粗末な服は着ているが、品の良さそうな婦人が、リックを出迎えた。

「初めまして。ルーシー・ポウと言います。」

マイラも、後ろから中に入った。

「リック、この方は?」

婦人は、少し警戒したような目でマイラを見ると、リックに尋ねた。

「母上、ルーシーさんは、ルーガンの兵に絡まれていた私を助けてくれたのです。」

リックは、婦人に、そう事情を説明した。

すると、彼女は、警戒を解いて表情を柔らかくした。

「それは、それは。私は、リックの母親のメアリ・ストレクトです。この村の先は峠で、宿もないのよ。今夜は、泊まっていきなさいな。」

メアリは、そう言うと、どうぞとマイラを出迎えた。

「すみません。では、お言葉に甘えて。」

マイラは、この母子の申し出を受ける事にした。

「狭い家で、ごめんなさいね。」

メアリは、マイラを中に案内した。

家の中は、粗末な台所にテーブル。そして、二人の部屋。

それだけだった。

「いえ、お世話になります。」

マイラは、テーブルのイスに座った。

「あら、あなた、女の子なのね。髪が短いから気が付かなかったわ。それじゃあ、今夜は私の部屋で一緒に寝ましょう。」

メアリは、微笑んだ。

「ありがとうございます。」

マイラが礼を言うと、リックが水を出してくれた。

「ルーシーさん、僕は、畑から野菜採ってくるから、しばらくゆっくりしていて。」

リックは、そう言うと、外に出ていった。

「メアリさん、私は、実はルーガンの騎士なのです。もし、不快でしたら、リックがいないうちに立ち去ります。」

マイラは、メアリにそう申し出た。

「あなた、元々は、サリバーの生まれでしょう?」

メアリは、微笑んだ。

「ええ。でも、どうしてそれを?」

マイラは、少し、警戒した。

「ルーガンの人は、この辺りの人を助けたりはしないわ。誰がゲリラなのか、分からないから。

この辺りでは、まだルーガンに抵抗している人達が、たくさんいるの。それに、あなた、サリバーの方言が出てるわよ。」

メアリは、笑いながら、台所仕事をしながら話してくれた。

「そうなのですね、それにしても、方言ですか?これからは、気をつけます。それで、リックは、メアリさんの事を母上と呼んでいましたが、ストレクト家は、本当は、騎士の家系なのではないですか?」

マイラは、メアリの背中に尋ねた。

「ええ。ストレクト家は、サリバーの近衛兵の騎士団に属する名門でした。リックの父親のジャックは、サリバーが滅んだ後も、ルーガンに抵抗していました。でも、戦いで負傷して、この村に落ち延びて来て、農民の娘だった私と知り合い、リックが生まれました。ジャックは、怪我が元で、リックが生まれてすぐに亡くなりました。私は、農民の娘で教養もありませんから、せめて、リックには、騎士の息子だという事だけは、言い聞かせているのです。」

メアリの背中は、とても寂しそうに見えていた。

「そうでしたか。」

マイラは、かける言葉もなかった。

「でも、私の力では、その日、食べるのがやっとで、リックには可哀想な思いをさせています。」

メアリは、そう呟いた。

「そうだ、これを使ってください。」

マイラは、持ってきていた肉の燻製をメアリに手渡した。

「まあ、こんな高価な物を。」

メアリが驚いていると、マイラは、微笑んだ。

「テルプルでは、商いが盛んで、手頃に買えるのです。」

マイラは、気にしないで、そう言った。

「そうなのね。ルーガンは、飢えは無いけど、物の値段は高いの。助かるわ。ありがたくいただきますね。」

そんな会話をしていると、リックが帰ってきた。

「採れたてだよ。」

リックは、畑で採れた野菜をマイラに見せた。

「これは、美味しそうだな。」

マイラは、野菜を手に取りながら呟いた。


日も暮れて、夕食の準備ができて、三人は、テーブルを挟んで、食事を摂り始めた。

パンにスープ、そして、マイラの持ってきた燻製。

質素ではあるが、美味しい食事だった。

「ルーシーさん、僕は、来年、13才になる。何とか仕官したいんだけど、やっぱりテルプルに行った方がいいかな。」

リックがマイラに尋ねると、メアリが、それは、いけません、そう、はっきりと言った。

「リック、あなたは、サリバーの騎士の息子です。サリバー再興の為に働かないのであれば、ここで、農民として生きるのです。」

メアリは、そうリックを諭した。

「でも、母上、もうサリバーの後継者は、おられません。それに、農民と言っても、この村では、いつか戦乱に巻き込まれてしまいますよ。」

リックは、納得行かない様子だった。

「サリバーには、まだ姫君が、ご健在です。お年も16を過ぎた頃。もし、姫君が立ち上がった時こそ、仕官するのです。その上で、姫君がテルプルに下るなり、ルーガンに下るなりしたとしても、姫君にお仕えしていくのです。」

メアリは、毅然とした態度だった。

「しかし、ご自害なされたと国からの告示が出ていたではありませんか。」

リックは、納得できない様子だった。

「いいえ。あれは、国策で流された告示でしょう。旧サリバーの方々からは、姫君は、ご健在だと聞いています。リック、良いですか?あなたは、サリバーの騎士である事を忘れてはなりません。」

メアリは、リックを諭した。

「リック、大事なのは、自分が、どうありたいかだと思う。お前は、ルーガンの騎士に石を投げた。その時の気持ちを思い出すといい。」

マイラは、そう付け加えた。

その後は、談笑しながら夕食を摂り、楽しい時間を過ごした。

夕食が終わると、皆で片付けをして、順番に、風呂は無いが、洗い場で、お湯を浴びた。

そして、リックは、おやすみ、そう言って、自分の部屋に入って行った。

「さあ、私達も休みましょう。」

「はい。」

メアリとマイラは、メアリの部屋に入っていった。

「ベッドが一つしか無いからね。狭いけど、我慢して。」

メアリは、そう言って、ベッドに座った。

「いえ、私は、床で大丈夫です。幸い、木の床ですから、毛布さえあれば。」

マイラは、微笑んだ。

「何を言ってるの。夜中は、冷え込むから。恥ずかしがる事なんて無いから、いらっしゃい。」

メアリに促されて、マイラは、素直にメアリと一緒に、ベッドに並んで寝た。

「私は、両親を知りません。母の温もりとは、このような物でしょうか?」

マイラは、メアリにそう話しかけた。

「あなたが、そう思えるのなら、そうなのでしょうね。」

メアリは、そう優しくマイラの耳元で囁いた。

「このような温もりは、初めて感じました。」

マイラは、天井を見つめながら呟いた。

「先日、旧サリバーの知り合いが訪ねて来ました。マイラ様は、生きておられると。長い後ろ髪を自ら、お切りになって、死んだものとして、テルプルに落ち延びられたと。そして、しばらくが経って、最近、その知り合いが、また訪ねて来ました。そして、事情は、分からないが、マイラ様は、テルプルを出たと話してくれました。マイラ様は、何をお考えなのでしょうね。」

メアリも天井を見つめながら、そんな独り言のような事を話し始めた。

「何故、私に、そんな事を?」

マイラは、尋ねた。

「後ろ髪を切った若い女性と言えば、シスターくらいです。それに、女性の騎士自体は珍しくありませんが、やはり、後ろ髪が肩より短いなんて事は、ありません。そして、あなたは、ルーガンの兵からリックを助けた。勘繰りたくもなります。」

メアリは、天井を見つめたまま答えた。

「今日は疲れました。おやすみなさい。」

マイラは、それだけ言って目を閉じた。

「おやすみなさい。」

メアリも、灯りを消すと、目を閉じた。


朝陽が窓から漏れていた。

その微かな眩しさを感じて、マイラは、目を覚ました。

そして、メアリを起こさないように、そっとベッドから出た。

剣を持って外に出ると、吐く息は、真っ白になっていた。

季節は、確実に冬に向かっていた。

マイラは、素振りを始めた。

「滝をイメージして。」

マイラは、水平に剣を振り抜く。

そして、剣を振り上げて、垂直に振り下ろす。

「分からない…。斬るイメージが沸かない。」

マイラは、何度も素振りを繰り返した。

「テルプルを救う為だけでは、ダメだ。サリバーも救う気持ちが無ければ、人は動かない。」

サリバーの騎士の妻として、子として生きる母子を目の当たりにして、マイラは、心を決めなければならない、そう思いながら、一心不乱に剣を振った。

朝陽が昇って来ると、メアリとリックが起きて、外に出てきた。

「神々しい。」

メアリは、朝陽に輝くマイラを見て、思わず声を漏らした。

「リック。私と共に来るか?」

マイラは、剣を鞘に入れると、柄の部分の蓋を取って、ビューラー家の紋章を二人に見せた。

「あなた様は…。やはり。」

メアリは、片膝を付いて胸に手を当てた。

「どういう事なのです、母上。何故、跪くのですか?」

リックは、メアリに尋ねた。

「リック、この方は、父上がお仕えしていたサリバーの姫君、マイラ・ビューラー様です。さあ、あなたも跪くのです。」

メアリは、キョトンとしているリックに言った。

リックも慌てて、状況を掴めないまま、跪いた。

「この子も、もう13になります。叶うならば、あなた様の家臣の一人にお加えください。」

メアリは、丁寧に頭を下げた。

「二人共、立って。」

マイラは、躊躇する二人に近づいて、手を差し伸べると、さあ、そう言って立ってもらった。

「私には家臣は、一人もいない。領土も、城も、与える金も無い。それでもいいなら、私の最初の家臣になってくれないか。」

マイラは、リックの手を握って、そう訴えた。

「母上、僕は、ルーシーさん、いや、マイラ様と一緒に行くよ。何ができるのかは分からない。でも、行かなければならない気がする。」

リックは、そうメアリに言った。

「メアリさん、それでよろしいか?」

マイラは、尋ねた。

「もちろんです。そして、リック、よく決意しました。亡くなられた父上も、さぞ、お喜びでしょう。母の事は、忘れて、奉公するのです。」

メアリは、リックの両肩に手をやって涙を流した。

「はい。」

リックも涙を堪えながら答えた。

「さあ、朝ごはんの用意をしましょう。」

メアリは、そう言って、家の中に入っていった。

「いいのか?母上を一人残していけるのか?」

マイラは、尋ねた。

「必ず、母の恩に報います。さあ、中へ。」

リックは、マイラに言った。

「ああ。」

リックとマイラも家の中に戻って行った。


朝食を済ますと、メアリは、昼食用の弁当を作り、リックの旅支度を手伝っていた。

その間、マイラは、ずっと外で剣を振り続けた。

「これで、本当に良かったのか?でも、今も尚、ビューラー家に仕える事を誇りとしているストレクト家にしてやれる事は、これだけのような気がする。」

マイラは、迷いを振り払うように、剣を振り続けた。

どのくらい、時間が経ったのか、リックが旅支度をして、外に出てきた。

「お弁当と水です。マイラ様。粗末な物で申し訳ありません。」

リックは、そう言ってマイラに差し出した。

「すまない。メアリさんは?」

マイラは、家の方を見て尋ねた。

「あれ?見送りに出てくるはずですが…。」

リックは、中にメアリを呼びに行こうとしていると、メアリが何か持って出てきた。

「リック、これは、亡き父上様の剣です。持っていきなさい。」

メアリは、包を解くと、リックに手渡した。

「母上、ありがとうございます。必ずや、サリバー再興の為に、手柄を立てて、母上を迎えに参ります。」

リックは、剣を腰に下げると、メアリにお辞儀した。

「マイラ様、リックをよろしくお願いします。」

メアリは、マイラの両手を握り、頭を下げた。

「こちらこそ、ありがとう。」

マイラが答えると、リックが、さあ、参りましょう、そう言った。

二人は、メアリに見送られて、旅立った。


ルーガニアに向う為には、峠を越えなければならない。

二人は、街道に戻ると、峠道を目指した。

「リック、そう言えば、家に、お父上の馴染みが、よく来ていたそうだな。」

マイラは、尋ねた。

「ああ、ジーマさんの事です?ジーマさんは、父と同期なんです。よく、父の話をしてくれたものです。峠の途中に砦があって、そこは、旧サリバーの皆さんが関所を守ってるんてす。」

リックは、笑顔で答えた。

「ジーマ?ジーマ・ウィロボーンか?」

マイラは、尋ねた。

「え?ご存知なんですか?」

リックは、驚いた顔をした。

「そうか、それなら話が早い。寄っていこう。」

マイラは、いたずらっぽい笑みを浮かべると、先を急いだ。

「リック、私は、ルーシー・ポウって事になっているから、くれぐれも、忘れないように。」

マイラは、リックに命じた。

「はい。ルーシーさん。」

リックは、微笑んだ。

二人は、峠の関所の手前で食事を摂ると、一休みする事にした。

「ここから、ルーガニアは、遠いの?」

マイラは、尋ねた。

「そうですね。歩いて二日という所にですかね。ルーガンは、東西に長い国ですから。」

リックは、そう説明した。

「ルーガンの北は?」

マイラは、更に尋ねた。

「シナンという海の無い山国があって、そこの騎馬隊は、恐ろしく強いそうです。今は、ルーガンと同盟を結んでいますが、いつかは、戦う事になるでしょうね。」

リックは、木の棒で土に地図を書きながら話した。

「リックは、詳しいんだな。」

マイラは、感心していた。

「父が残してくれた書物のおかげです。」

リックは、得意そうに答えた。

「そうか。リックの父上に感謝しないといけないな。」

マイラは、微笑んだ。

「ところで、ルーシーさんは、テルプルに住んでいたのですよね。国王のカーツ様は、どのようなお方なのですか?」

リックは、マイラに尋ねた。

「カーツ様の事?何というか、一言で言えば、恐ろしいお方。」

マイラは、カーツの事を、一言で、そう評した。

「ルーガンでは、破天荒な服装と行動で、愚か者との噂ですが。」

リックは、ふーん、そんな顔をしている。

「それは、見せかけというか、民の暮らしに溶け込む仮の姿のようなものだな。私を野に放したのも、何か計算あっての事だと思うよ。」

マイラは、さあ、行こう、そう言って立ち上がった。

「あ、はい。」

リックも立ち上がって、関所は、こっちと指さして歩き始めた。

「リック、一騒動起こすから、木の陰に隠れてて。」

マイラは、リックに、そう指示した。

「ルーシーさん、何をするつもりですか?」

リックは、私もお供しますと、ついていこうとした。

「いいから。ここは主の言う事を聞いて。」

そう言うリックを木の陰に押し込んで、マイラは、関所に歩いていった。

「通行手形を」

マイラは、門番に、そう声をかけられた。

「これだ。」

マイラは、通行手形を懐から取り出した。

「ルーシー・ポウ。云々。よし、通れ。」

門番は、そう言って、通行手形を渡した。

「ハハハ。さすがだな。偽物の通行手形も見破れないのか。」

マイラは、高笑いをした。

「マイラ様、なんて事を。」

木の陰からリックは、息を飲んだ。

「貴様、どういうつもりだ!」

門番が剣を抜いて立ち塞がった。

「この砦にジーマがいるだろう。マイラが尋ねて来たから出迎えろと言いに行け。」

マイラは、動じずに門番に言い返した。

「マイラだと?まさか、あのマイラ・ビューラー様とでも言うのか?」

門番は、ほくそ笑んだ。

「その通りだ。」

剣を鞘に入れたまま、マイラは、門番の脇腹に峰打ちを食らわした。

「うお!」

門番は、もんどりを打って倒れた。

何か騒動が起こったと周りの者たちも木がついて、マイラの前に立ち塞がった。

「マイラ・ビューラーである。道を開けよ。」

門番達が10人以上、集まってきた。

「何だと!怪しい奴!捕えろ!」

どこからか声がして、門番達が剣を抜いて襲って来た。

マイラは、それをかわしながら、剣を鞘に入れたまま、次々と相手の剣をかわして、次々と脇を打って、倒して行った。

そして、数分のうちに門番達を打ち倒して、上役のような立場の者が、異常を知らせる笛を鳴らしながら逃げていくと、砦から騎士達が駆けつけてきた。

「これは、これは。随分と派手に暴れたものだな。」

騎士団の中から、リーダーと思われる男が前に出てきた。

「ジーマでございます。お前ら、頭が高い。」

ジーマが跪くと、騎士達も、一斉に跪いた。

「リック、もういいよ。」

マイラは、リックを手招きした。

「あ、はい。」

リックが慌てて、走ってきた。

「リック、お前、どうして?」

ジーマは、驚いた顔で尋ねた。

「僕は、マイラ様に仕官したんです。」

リックは、ジーマに、経緯を説明した。

「そうか。ジャックの導きってやつかな。」

ジーマは、黙って、それを肯定した。

「ルーサーの奴から、おおよその事は聞いてますがね。姫様、一体、何の用です?」

ジーマは、訝しげに尋ねた。

「リックとジーマが知り合いだと聞いて、ハンに取り次いでもらおうと思ったんだ。」

マイラは、頼む、そうジーマに言った。

「何を企んでおられるのか知りませんが、分かりました。ご案内します。」

ジーマは、マイラとリックを砦の中に案内した。

「ルーサーが来たの?」

マイラは、ジーマに尋ねた。

「ええ。ルーガンが侵攻したら、寝返れとね。カーツ様は、サリバー再興を約束している。でなければ、逆にテルプルに討たれるってな。」

ジーマは、呆れ顔で言った。

「それで?ハンは?」

マイラは、尋ねた。

「考えておく…だけです。」

ジーマは、呟いた。

「ルーサーの事だ、ゲリラにも声をかけてるんでしょうね。」

マイラも呟いた。

「でしょうな。いずれにしても、ルーガン軍が、アンゼスを越える前に何とかしたいというのがテルプルの本音でしょう。籠城するという情報が来てますが、勝つ為には、それはない。ルーガンの物量はテルプルより遥かに大きい。兵糧が途絶える事はない。」

ジーマは、そう分析した。

「さあ、ハン様の部屋に着きましたぜ。」

ジーマは、部屋のドアを指さした。

「リック、待っててくれ。」

マイラは、そう言うと、ノックをして中に入って行った。

「マイラ様は、何を考えておられるのでしょうか?」

リックは、ジーマに尋ねた。

「さあな。凡人の俺に分かるはずもないさ。」

ジーマは、苦笑いした。


「久しぶりね。ハン。」

マイラは、ソファに座るハンに声をかけた。

ハンが膝を付こうとすると、挨拶は抜きで、マイラは、そう言ってソファに座った。

「まさか、また、お会いするとは思っておりませんでした。」

ハンは、感慨深げに呟いた。

「それは、私も同じです。テルプルを追い出されるとは、思っていませんてしたから。」

マイラは、冗談っぽく言うと、二人は、笑った。

「それで?私に用とは?」

ハンは、尋ねた。

「あなたの配下に加えて欲しいの。」

マイラは、単刀直入に申し出た。

「これはまた。」

ハンは、苦笑いした。

「あなたの配下でいた方が、動きやすいの。」

マイラは、ハンを見つめた。

「動きやすい?」

ハンは、尋ね返した。

「私は、ギーゲン公を討つ。」

マイラは、はっきり意思表示した。

「うーん…。」

ハンは、腕組みして考え込んだ。

「お前たちは、ルーガン軍に属していればいい。迷惑はかけない。」

マイラは、さらに、強くハンを見つめた。

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