4-20
白旗を掲げた馬車が、テルプル軍の陣を通り抜け、オーガニアの城に向かっていく。
ナンシーは、緊張しながら、馬車を護衛している。
オーガニアの城下の防衛線では、白旗を掲げる馬車が近づいていると報告が入り、伝令が、城に向かった。
報告を聞いたアーサーは、道を開けるように指示し、攻撃は禁止すると、厳命を通達した。
通達は、またたく間に全軍に伝わり、馬車の通行を妨げる者は、いなかった。
城門の前に、馬車が到着すると、厳戒態勢の中で門が開き、指示に従って、王宮の玄関前まで誘導された。
中には、マイラ、ナンシー、エリーザが入り、ナンシーとエリーザは、別室に通され、マイラは、アーサーとマリアンヌの住む居住区のリビングに通された。
「マイラ!あなたが来てくれたのね!」
マイラの顔を見るなり、マリアンヌは、駆け寄って、マイラを抱き締めた。
「マリアンヌ様、お元気そうでなによりです。」
マイラは、マリアンヌに微笑みかけた。
「姉上、お久し振りです。シス川でのお働き。感服致しました。さあ、どうぞ、こちらへ。」
アーサーは、マイラをソファに案内した。
「真紅のドレス、本当によく似合っているわ。髪も肩よりも伸びて、素敵だわ。」
マリアンヌは、マイラを見つめて、微笑んだ。
「これは、マリアンヌ様にいただいたドレスです。でも、正装は、窮屈で疲れるわ。私は、甲冑の方が気楽でいい。」
マイラは、苦笑いをした。
「女王が、何を、言ってるの?でも、本当に素敵よ。マイラの美しい姿を見ることができて、嬉しいわ。」
マリアンヌは、マイラの手を取って言った。
「姉上、そろそろ本題をお話ください。」
話の尽きないマリアンヌを制して、アーサーが、割って入るように話しかけた。
「分かりましたわ。私は、カーツ様の妹として、また、あなた達の姉として、カーツ様の意向を伝えに来ました。心して聞いてください。直ちに降伏をすれば、領土安堵と王族の生命を保証します。拒絶すれば、その時点で、総攻めに入ります。これは、最後通告です。」
マイラは、単刀直入に、アーサーとマリアンヌに、カーツの意向を伝えた。
「姉上、降伏という選択肢は、我が国にはありません。最後の最後まで戦います。」
アーサーは、迷うことなく答えた。
マリアンヌは、黙って、その言葉を聞いていた。
「そうですか。では、ここからは、私の独り言です。すでに、オーガの負けは見えています。援軍は、望めないでしょう。落城となれば、アーサー様とアーサー様のお父様は、自決するしかないでしょう。そして、王族全て自決という選択肢もありますが、まだ幼いアーソン様、ティア様ら妹君のお命まで奪うのは、本意ではないはず。ティア様ら妹君は、マリアンヌ様の養女として、アーサー様と縁を切っていただいて、城を出ていただく。しかし、アーソン様は、王位継承第二位の方。マリアンヌ様の養子としても、カーツ様は、お許しにはならないでしょう。ですから、この場で、出家し、サリバーのカーリアに入っていただきます。時間がありません。決断が必要です。」
マイラは、ただ、独り言を言うように話し続けた。
「マイラ…。オーガが、降伏する事はないと見込んで、本当は、それを言いに来たのね。」
マリアンヌは、そう呟くと、俯いたまま、アーサーが、口を開くのを待った。
「姉上、ティアに会っていただけませんか。」
アーサーは、結論を言わずに、そう頼んだ。
「分かりました。」
マイラは、アーサーの頼みを承諾した。
マリアンヌは、頷いて、ティアを、部屋から連れてきた。
「ティアでございます。」
ティアは、礼儀正しく挨拶して、マイラに勧められて、ソファに座った。
「ティア、いいか?マイラ様に、つまり、私達の姉上に、今、思っている事を申し上げなさい。」
アーサーは、ティアに、そう言った。
ティアは、黙って頷くと、口を開いた。
「もはや、オーガは、滅びるのみ。でも、私は、お姉様だけは、生きていただきたいです。お姉様には、本当に良くしていただきました。私の望みは、それだけです。」
ティアは、涙を流しながら、マイラに言った。
「アーサー様、その結論で、よろしいか?」
マイラは、アーサーに尋ねた。
アーサーは、黙って、頷いた。
「待って。私だけ助かるなんて…。そんな事はできないわ。」
マリアンヌは、血相を変えて、言った。
「マリアンヌ様、落ち着いてください。分かりました。では、ティア様の望みが結論として、話を進めます。ファーとリア。そして、アーソンを呼んでください。」
マイラは、マリアンヌに、そう頼んだ。
「はい。」
マリアンヌは、落ち着きを取り戻して、3人を呼んできた。
「私は、あなた達の姉、マイラ ウィロード ビューラーです。分かりますか?」
マイラが、ファー達を見渡すと、皆、コクリと頷いた。
「はい。いいですか?アーソン、あなたは、たった今、出家し、サリバーのカーリアで修行をしてもらいます。ティア、ファー、リア、あなた達は、たった今、マリアンヌの養女となってもらいます。その上で、アーサーとマリアンヌは、離別してもらいます。そして、私と一緒に、ここから出ます。つまり、アーサーは、他人となります。マリアンヌが生きる道を決意する為には、こうするしかありません。私の言う事が分かったのなら、返事をしなさい。」
マイラは、強い口調で。皆に問いかけた。
「畏まりました。」
まず、アーサーが、目を閉じて、俯きながら答えた。
「畏まりました。」
ティアが、涙を堪えながら、返事をした。
ティアが返事をすると、アーソンも、ファーも、リアも泣きながら返事をした。
しかし、マリアンヌだけは、返事ができなかった。
俯いたまま、涙を流していた。
「マリアンヌ、妹達を助ける事ができるのは、あなただけです。しっかりしなさい!」
マイラは、マリアンヌに厳しい口調で諭した。
「畏まりました…。」
マリアンヌは、そう言うと、アーサーに、すがりついて泣きじゃくった。
「マリアンヌ、私の分まで生きてくれ。妹達を頼む。」
アーサーは、マイラを抱き寄せて、そう懇願した。
マリアンヌは、泣きながら、何度も頷いた。
アーサーは、マリアンヌを落ち着かせると、マイラに脱出の段取りを耳打ちされて、密かに、奥に控えていたハナンを呼んだ。
「ハナン、マリアンヌと妹達に、侍女の服装をさせてくれ。アーソンもだ。」
アーサーは、マイラに頼まれた通りに、ハナンに指示した。
「畏まりました。でも、廊下に警護の兵が見回りをしておりますので、支度部屋に行けません。」
ハナンは、困った顔で言った。
「グレイ、フレッド、警護の兵を何とかして。殺してはダメよ。」
マイラが、誰にもいない天井を見て命令した。
「さあ、支度部屋へ。私とアーサー様は、私の部下のいる部屋で待ちます。」
マイラは、そう言うと、部屋のドアを開けた。
「さあ、早く。」
マイラとアーサーは、廊下で気絶している兵を確認すると、ハナンとマリアンヌ達を支度部屋に行かせて、エリーザ達が待つ部屋に入った。
エリーザ達は、驚いて、ソファを空けて、立ち上がって胸に手を当てた。
「グレイ、フレッド、ご苦労でした。これへ。」
マイラが呼びかけると、二人が、マイラの前に跪いて現れた。
「二人は、気づかれないように、荷馬車を奪って、勝手口に付けて。そして、荷物の影にマリアンヌ様達を隠れさせて、城を出る。お前達は、馬車を操れ。アーサー様、門番には、サリバーへの土産を積んだ馬車だから、検閲不要と言い聞かせて下さい。」
マイラは、アーサーに、段取りを説明した。
「分かりました。」
アーサーは、大きく頷いた。