7
マイラは、城の地下にある牢にやってきた。
まず、マイラは、グレイの元へ向かう事にした。
グレイは、自害を防ぐ為に、椅子に座らされたまま、猿轡を付けられていた。
そして、更に、両手は、体の後ろで手錠をかけられて拘束され、廊の外から、警備兵に監視されていた。
「すまない。二人にさせてくれ。」
マイラは、警備兵に、そう頼んだ。
「分かった。あんたは、全て任されてるんだろ?」
警備兵は、鍵を一式渡すと、外に繋がる通路の鍵も開けたまま出ていった。
「入るぞ。」
マイラは、牢の鍵を開けると、中に入った。
「自害したいと言うなら構わない。ただ、私の話を聞いてからにしてくれないか?」
マイラは、グレイの向かい側に座ると、そう問いかけた。
グレイは、マイラの顔を見つめると、数回、頷いた。
マイラは、まず、グレイの猿轡を外してから、手錠も外してやった。
「で?話とは?」
グレイは、薬屋の時とは別人のように、鋭い視線をマイラに浴びせた。
「これを見なさい。」
マイラは、自分の剣をグレイに見せた。
「お前の剣が、どうした?」
グレイは、マイラを横目で睨んだ。
「手に取って、よく見ろ。」
マイラは、グレイに剣を手渡した。
「いいのか?俺は、お前を斬って逃げるかもしれないぞ。」
グレイは、剣を手に持って、マイラの顔を見据えた。
「そうしたいなら、そうしろ。だが、それは、剣をよく見てから決めろ。」
マイラは、グレイの目を、じっと見つめた。
「何?」
グレイは、鞘を掴んだまま、剣を四方から眺めた。
そして、柄の部分を見ると、細工に気づいた。
「これは…。細工がしてあるのか?開けてもいいか?」
グレイが尋ねた。
「ああ。だが、覚悟して開けろよ。」
マイラが言うと、フン、そう鼻で返事をして、グレイは、柄の部分の蓋を回した。
「こ、これは…!」
蓋を開けた瞬間、グレイの顔が青冷めた。
「失礼いたしました!」
グレイは、慌てて椅子から離れて、片膝を付くと剣の両端を手で持って、頭上に差し出した。
「うん。」
マイラは、剣を持つと、グレイに、椅子に座るように言った。
「その剣の紋章は、ビューラー家の物。あなた様は、サリバー女王、マイラ・ビューラー様でございますな?」
グレイは、椅子には座ったが、ガタガタと震えていた。
「そうだ、その通りだ。でも、国はもうないがな。さて、グレイ、お前は、サリバー出身の者だな?」
マイラは、尋ねた。
「はい、私は、元サリバーの騎士で、今は、ルーガンの間者に身を落としております。」
グレイは、左胸に右手を当てて、粛々と答えた。
「すまない。サリバーの王族たる私が不甲斐ないばかりに、多くのサリバーの民を苦しめている。心から詫びる。」
マイラは、グレイの手を取って、謝罪した。
「恐れ多い事でございます。私共にとって、マイラ様の存在は、生きる希望。ルーガンの間者として、テルプルに潜入して、マイラ様の消息を探っておりました。」
グレイは、涙ながらに語った。
「ミリーという娘とは、どういう関係?」
マイラは、尋ねた。
「ミリーは、私の娘です。」
グレイは、鼻を啜りながら、涙を拭った。
「娘?」
マイラは、少し驚いた顔をした。
「はい。でも、ミリーは、私が父親である事は知りません。サリバーで乱が起きた時、私は、妻と娘と生き別れになっていました。ルーガンの間者となって、テルプルを訪れるようになって、15年が経っていましたが、最近になって、偶然、妻と再会しました。しかし、妻は、すでに病になっていました。私は、娘がテルプルの宮殿で働いていると妻から聞き、正体を隠して、娘に近づき、情報を得る度に、お金と薬を渡していました…、最低な父親です。」
グレイは、声を絞り出して話した。
「病気の母親を助けたいかと近づいたのか?」
マイラは、冷たい視線をグレイに浴びせた。
「はい、娘は、当時、幼かったので、自分がサリバーの人間という事も、マイラ様の存在も知らないのですが、折を見て、ルーガンには、良い病院があると言って、娘と妻を連れて、テルプルを脱出するつもりでした。」
グレイは、俯いたまま答えた。
「そうか…。」
マイラは、しばらく、考えていたが、静かに口を開いた。
「私に仕える気はないか?与えられる物は何もないがな。」
マイラは、尋ねた。
「それは、望む所ですが、私は、サリバーを裏切ったようなもの。そんな私が、マイラ様に仕えるなど…。」
グレイは、恐縮した物言いをした。
「難しく考えるな。お前は、これからもルーガンの間者として働けばいい。但し、もう城には近づくな。奥方とエミーとも関わるな。この国には、関所がない。町を歩けば情報など、いくらでも入る。」
マイラは、グレイに命じた。
「仰せの通りには致します。しかし、申し訳ありませんが、マイラ様の意図が分かりません。」
グレイは、困惑した顔をした。
「ミリーと奥方の事は、私に任せろ。要は、生き延びて欲しいという事なんだ。いつになるかは分からないが、私が、お前たち親子を一緒に暮らせるようにしてみせる。」
マイラは、グレイの手を取って訴えかけた。
「何と!?マイラ様…。畏まりました。もし、マイラ様が立たれる時は、必ず、お力になります。」
グレイは、力強く答えた。
「ありがとう。では、このまま去れ。」
マイラは、グレイを連れて、城門まで歩いていった。
「では…。」
グレイは、深々と頭を下げた。
「疑いは晴れた。申し訳なかった。」
マイラも門番の手前、そう言って頭を下げた。
そして、グレイの姿が見えなくなるまで、見送った。
そして、すぐに取って返して、今度は、エミーのいる牢に向かった。
ミリーもグレイと同じように、猿轡をはめられて、手を後ろに回して手錠をかけられて椅子に座っていた。
「薬屋の疑いは晴れた。もう大丈夫だ。酷い戒めをして、すまなかったな。ここは、私を信じて話を聞いてくれないか?」
マイラが、穏やかな口調で尋ねると、ミリーは、小さく頷いた。
マイラは、ミリーの戒めを解いてやった。
「薬屋さんは?」
ミリーは、尋ねた。
「疑いは、晴れたと言ったろ。釈放された。」
マイラは、優しく答えた。
「でも、私は、宮殿の中の様子を紙に書いて、薬屋さんに渡していました。あの人は、間者だったのでは?」
ミリーは、力なく尋ねた。
「その事は、もう考えなくていい。お前は、病気の母親の為に、お金が欲しかったんだろ。だから。誘いに乗ってしまった。でも、お前の情報くらい、漏れた所で問題ない。母親の事は、私が考えるから、これからも、マチュアの為に働いてくれないか?」
マイラは、そうミリーに問いかけた。
「どうして母の事を?」
ミリーは、尋ねた。
「薬屋から聞いた。結果的に利用する形になったが、お前たち母子の力になりたかったそうだ。」
マイラは、言葉を選びながら、ミリーに説明した。
「そうでしたか…。私も、いけない事と分かっていて、薬とお金と引き換えに、情報を渡していましたから、同罪です。」
ミリーは、俯いた。
「大丈夫だ。今、お前が死んだら、母上様はどうなる?生き延びて欲しい。」
マイラは、ミリーの手を取って語りかけた。
「いいんでしょうか?」
ミリーは、泣きそうになっていた。
「うん。生きてこそ、償える事もある。当たり前の事だけれど、死んでしまったら、もう明日はないのだから。」
マイラは、そうミリーに答えた。
「分かりました。これから、私に何ができるか分かりませんが、誠心誠意、マチュア様の為に働きます。」
ミリーは、涙を流した。
「但し、二度と同じ事をしてはダメ。いいわね。」
マイラは、ミリーの頰を軽くツネって言い聞かせた。
「はい。ありがとうございます。」
ミリーは、頭を下げた。
マイラは、ミリーを連れて牢を出た。
そして、宮殿の炊事場に戻ってきた。
「ミリー!」
マチュアがミリーの姿を見つけた途端、走ってきて抱きしめた。
「疑いは、晴れた。」
マイラは、一言、マチュアに言った。
そして、軽くアイコンタクトを送って頷いた。
「マチュア様、ご心配をおかけしました。」
ミリーは、深々と頭を下げた。
「もう、いいのよ。さ、ミリー、もう夕食まで時間がないわ。支度を手伝って。」
マチュアは、ミリーに指示した。
「はい!」
ミリーは、涙を拭うと、持ち場に戻った。
「ありがとう、マイラ。ミリーを救ってくれて。」
マチュアは、微笑んだ。
「いや、ミリーは、何もしていない。大丈夫だ。ところで、マチュアは、ミリーの母親の事は知っているか?」
マイラは、尋ねた。
「え?お母様と二人暮らしだとは聞いていたけど。」
マチュアは、キョトンとしていた。
「ミリーの母親は、病だ。今回の件も、それが原因なんだ。力を貸してやって欲しい。」
マイラは、頭を下げた。
「え?そうだったのね。ミリーも言ってくれればいいのに。全然、知らなかったわ。早速、マリアンヌ様に相談するわ。」
マチュアは、そう答えた。
数日して、ミリーの母親は、マリアンヌが創設した養生所に入り、無償で治療を受ける事になった。
ミリーも、引き続き、炊事場で下働きを続ける事になった。
その夜、ハスウィンは、カーツの下へ行き、事の次第を報告した。
「間者は、そのまま帰したか。あのお姫様、なかなか、したたかだな。それに、決断も早い…。面白い。」
ハスウィンから報告を聞いたカーツは、ニヤリと笑った。
「したたか?よく分かりません。」
ハスウィンが、不機嫌に言った。
「俺は、関所を無くして、人の流れを自由にしている。それは、間者の出入りも自由にしているという事だ。ここで、マイラが間者を斬ったら、ルーガンに報告が行く。ルーガンは、警戒する。それでは困る。バカな国王が好きにやっていると思わせておいた方が都合がいい。それに、テルプル籠城の噂は、巷に拡がっている。この流れを止めたくない。」
カーツは、ほくそ笑んだ。
「なるほど、確かに。」
ハスウィンは、感心していた。
「それにだ…。あのお姫様、やる気だ。」
カーツは、楽しそうに笑った。
「はぁ?」
ハスウィンは、理解できていない様子だった。
「まあ、しばらくクレヴァンの下で門番をやらせておけ。」
カーツは、ハスウィンに命じた。
ハスウィンは、承知しましたと答えて、クレヴァンの元へ、向かった。
「クレヴァン、今夜は宿直か?ところで、マイラは?」
ハスウィンは城内の詰所にクレヴァンを尋ねた。
「あいつは、今日は、上がりだ。テントに帰った。」
クレヴァンは、ハスウィンと同じように、不機嫌な顔をしている。
「なんだ?不機嫌そうな面をして。」
ハスウィンは、尋ねた。
「マイラのやつ、お人好しにも、程があるぜ。間者を、サッサと逃しちまって。」
クレヴァンは、ブツブツ言っている。
「カーツ様は、褒めていたぞ。俺たち凡人には、まるで分からんがな。」
ハスウィンも、ぼやいた。
「カーツ様も、よく分かんねえなぁ。」
クレヴァンも、ぼやいた。
「それよりも、来年には、マチュアと結婚か。何としても、ルーガンに勝たないとな。」
ハスウィンは、クレヴァンの肩を叩いた。
「ああ。」
クレヴァンは、ヘラヘラと照れ笑いした。
「何だ、その腑抜けた顔は…。まあ、くれぐれも、不祥事は起こすんじゃねえぞ。」
ハスウィンは、詰所を出ていった。
ハスウィンが出ていった後、今度は、ルーサーがやって来た。
「よお。クレヴァン。差し入れだ。」
ルーサーは、温かい肉巻きを持ってきた。
「おお、すまんな。」
クレヴァンは、お茶を入れた。
「今度また、ルーガンに行ってくるからな。今度は、俺一人で行く。お前さんと一緒じゃ、何かと目立ち過ぎるからな。」
ルーサーは、ケラケラと笑った。
「何だよ。斬られても知らねえからな。」
クレヴァンは、ムッとした。
「まあ、向こうで知り合いも増えたからな。大丈夫だろ。」
ルーサーは、余裕の笑顔で話した。
「とにかく、油断は禁物だ。気をつけろよ。」
クレヴァンは、ルーサーに忠告した。
「心配してくれて、ありがとな。」
ルーサーは、クレヴァンの手をにぎっで礼を言った。
「大袈裟な奴だな。」
クレヴァンも笑顔を見せた。
「それで?今度は、何でルーガンに行くんだ?」
クレヴァンは、素朴な疑問をぶつけた。
「これは、国境で聞いた噂なんだが、あのセッサ様が亡くなったって言うのさ。だから、真相を調べに行くのさ。」
ルーサーは、そう説明した。
「そうか。そんな噂が出回ってるのか?それで?出発は?」
クレヴァンは、尋ねた。
「まあ、近いうちにな。それより、ジウに何か言われても気にするんじゃねえぞ。お前は、血の気が多いからな。城内の刃傷沙汰は、罪が重いからな。」
ルーサーは、クレヴァンに忠告した。
「ああ、分かったよ。じゃあな。」
クレヴァンは、そう言って、ルーサーと別れた。
その夜、クレヴァンは、詰所で宿直を務め、翌朝、仕事明けで詰所を出た。
そして、仮眠室で一眠りして帰る事にした。
「もうすぐ、結婚かぁ。」
クレヴァンは、ベッドに寝転がると、マチュアにもらった懐中時計を見つめていた。
「マチュア…。」
クレヴァンは、懐中時計を持ったまま、眠ってしまった。
どの位、眠っていただろうか?
昼近くになって、クレヴァンは、目を覚ました。
「よく寝たな。さて、宿直も明けたし、帰るとするか。まあ、マチュアは、仕事だから、家で、酒でも飲むか。」
クレヴァンは、そう呟いだが、何か、違和感を感じた。
「ん?何か、忘れてないか?」
クレヴァンは、一瞬、考え込んだ。
「わぁ!懐中時計がない!」
クレヴァンは、仮眠室の中を、慌てて探し始めた。
しかし、隅々まで、何度、探しても、懐中時計は、見つからなかった。
「何て事だ。とにかく、マチュアに謝りに行こう。」
クレヴァンは、宮殿の炊事場に向かう事にした。
その、ほんの少しの道のりが、途方も無く遠く感じられた。
そして、門まで辿り着くと、マイラが門番を務めていた。
「クレヴァン、どうしたんだ?宿直明けで休みだろ?」
マイラは、クレヴァンに声をかけた。
「それがな、マチュアにもらった大事な懐中時計を失くしちまったんだ。」
クレヴァンは、青い顔で答えた。
「え?ちゃんと探したのか?」
マイラは、尋ねた。
「仮眠室で手に持って見ていたんだ。そこから寝ちまってからが分からないんだ。」
クレヴァンは、項垂れた。
「そうか、とにかく、謝った方がいい。マチュアを呼んできてやろうか?」
マイラは、クレヴァンに尋ねた。
「ああ。すまん。頼むよ。」
クレヴァンが言葉を続けようとした時、ジウが通りかかった。
「どうかしたのか?クレヴァン?」
冷めた目つきで、ジウが尋ねた。
クレヴァンは、事の次第をジウに説明した。
「そうか…。そう言えば、仮眠室から、ルーサーが出ていくのを見たぞ。」
ジウは、そう含みのある言い方をした。
「何だと?貴様、何が言いたい?」
クレヴァンが、語気を強めた。
「俺は、ただ、ルーサーが仮眠室から出ていったと言っただけだ。それ以外に何もないさ。」
ジウは、嫌な笑みを浮かべた。
「貴様、ルーサーを疑っているのか?」
クレヴァンが、喰ってかかろうとするので、よさないか、マイラほそう言ってクレヴァンを止めた。
そこへ、間の悪い事に、ルーサーがやって来た。
「やあやあ、皆さん、お揃いで。」
ルーサーは、薪を背負って各部署を回っていた。
「薪の配給か?お疲れ様。」
マイラが声をかけた。
「ルーサー、お前、今朝方、仮眠室に行っただろう。」
ジウが尋ねた。
「ああ、今朝、掃除しに行ったな。クレヴァン、お前、よく寝てたな。」
ルーサーは、屈託のない笑顔で答えた。
「そういう事だ。」
ジウがクレヴァンに冷たく言った。
「何だよ、何かあったのか?」
ルーサーは、尋ねた。
「こいつが、仮眠室で寝ている間に、懐中時計が失くなったんだと。」
ジウの言葉に、ルーサーは、状況を察した。
「クレヴァン、俺は、盗ってねえ。」
ルーサーは、クレヴァンに訴えた。
「落ち着け。」
マイラは、ルーサーを制した。
「ムキになるのは、怪しいんじゃないのか?」
ジウが、薄ら笑いを浮かべながら言った。
「ルーサーは、そんな事はしねえ!」
クレヴァンは、ルーサーを庇ってジウに怒鳴った。
「ふん!そう言えば、ゴミ箱で、こんな物を拾ったぜ。」
ジウは、ポケットから取り出した物を、クレヴァンの足元に投げつけた。
「何?」
クレヴァンは、足元を見た。
そこには、踏みつけられたか、何かで叩き割られた懐中時計が転がっていた。
「これは…。」
クレヴァンは、手を震わせて壊れた懐中時計を拾った。
「何だ?それが、失くした時計だったのか?良かったな。見つかって。感謝しろよ。」
ジウは、クレヴァンに嫌味ったらしく言い放った。
「貴様!」
クレヴァンが剣に手をかけた。
「やめろ。クレヴァン。剣を抜いちゃ駄目だ。こらえるんだ!」
ルーサーが止めた。
「何だ?その目は、俺が盗んで壊したってのか?証拠は、あるのか?あ?」
ジウは、クレヴァンに絡んだ。
「おのれぇ。」
クレヴァンがルーサーを押しのけて、剣を抜こうとしたのを見て、マイラは、クレヴァンに言った。
「マチュアが悲しむ。剣から手を放せ。」
マイラに言われて、クレヴァンは、悔しそうに剣から手を放した。
「ふん…。だいたい、女に、うつつを抜かしているから、こういう事になるんだ。それに、泥棒猿に、髪を切った尼さんが部下とは、お前も気の毒な事よな。」
ジウは、クレヴァンを鼻で笑った。
「何…。」
クレヴァンが、呟いた瞬間だった。
突然、ジウが、その場にバサリと、うつ伏せに倒れた。
そして、地面が、流血で、どす黒く染まっていった。
マイラとルーサーが、ハッとしてクレヴァンに目をやると、クレヴァンが剣を抜いて、横一文字にジウを斬り倒して、一撃の下に彼を絶命させていた。
「クレヴァン、おめえ!」
ルーサーは、慌てて、ジウの脈を確かめた。
「これは…、ダメだ。」
そして、ルーサーは、首を横に振った。
「クレヴァン、剣を渡せ。」
マイラが、斬った態勢のまま固まっているクレヴァンに声をかけた。
しかし、クレヴァンは、固まったままだった。
「クレヴァン!剣を渡すんだ!」
マイラに一喝されて、クレヴァンは、頷いて、持っていた剣を渡した。
「ルーサー、クレヴァンから鞘を抜いて。」
マイラは、ルーサーに指示した。
「あ、ああ。」
ルーサーも、おどおどしながらクレヴァンの鞘を抜いて、マイラに渡した。
マイラは、クレヴァンの剣を鞘に入れると、呆然としているクレヴァンの頰を、何度か平手打ちした。
「炊事場の連中は、気づいてないな。いいか、お前は、ここにいなかった。いいな。」
マイラは、クレヴァンに強い口調で言った。
「ルーサー、お前は、クレヴァンを連れて、ここから離れろ。」
マイラは、ルーサーに指示した。
「でもよ、おめえは、どうすんだ?」
ルーサーが、尋ねるが、マイラは、早く!そう、気迫でルーサーを納得させた。
ルーサーは、呆けているクレヴァンを引っ張って、その場を立ち去った。
マイラは、異変を知らせる笛を自分で吹いて、他の門番を呼んだ。
そして、ハスウィンを呼んで欲しいと頼んだ。
しばらくして、ハスウィンが現場にやって来た。
そして、ジウの遺体を確認すると、部下に安置場に運ぶように指示した。
笛の音を聞いて、炊事場からも人が出てきて、門の周囲は、騒然となった。
「私が斬った。ジウには、遺恨があった。」
マイラは、ハスウィンに剣を渡した。
「この剣は、クレヴァンの物だな。」
ハスウィンは、剣を確認すると、そうマイラに尋ねた。
「そうだ。クレヴァンが斬ろうとしたのを、私が剣を取り上げて斬った。」
マイラは、周囲を寄せ付けないオーラで圧倒しながら、ハスウィンに対峙した。
「本当か?」
ハスウィンも負けじと気迫をマイラに浴びせながら尋ねた。
野次馬の中には、マチュア、エルネ、ミリー等もいて、心配そうに見つめていた。
「本当だ。」
マイラは、一言、答えると、自分の剣もハスウィンに差し出した。
「分かった…。行こう。」
ハスウィンは、厳しい表情で歩き始めた。
「マイラ!」
マチュア達が、マイラに呼びかけた。
「大丈夫だ…。」
マイラは、3人に微笑むと、ハスウィンの後ろを歩いていった。
「マイラ、城内での刃傷沙汰は、ご法度だ。一旦は、牢に入ってもらうぞ。俺は、カーツ様に報告する事になる。」
ハスウィンに言われて、マイラは、黙って頷いた。
ハスウィンに連れられて地下牢にやってきたマイラは、今度は、自分が地下の牢に入るのかと失笑した。
「皮肉な物だ。」
マイラは、一言、呟くと、牢に入った。
しばらくマイラは、する事もなく、寝転がって時間を潰していた。
どのくらい時間が経ったのか?
牢に近づく足音に気づいたマイラは、わざと気づかない振りで、通路側に背を向けた。
今までに聞いた事のない足音だった。
マイラは、足音が徐々に近づいて来るのを感じていた。
足音が牢の前で止まった。
しかし、それでも背を向けたまま寝転がっていた。
今度は、鍵の開く音がした。
そして、牢の戸が、嫌な金属音を立てながら開いた。
「入るぞ。」
誰かが入ってきた。
初めて聞く声だ。
マイラは、初めて気づいたかのように、体を起こした。
若い男、自分より少し年上だろうか?
しかし、美しい顔立ちとは裏腹に、やけに鋭い視線を浴びせてくる。
更には、圧倒的なオーラを感じた。
「おい、すまんが、椅子を二つ持ってきてくれ。」
男は、持ってきたランタンを床に置くと、警備兵に声をかけた。
彼は、慌てて、走って行って、椅子を持ってきた。
「座れよ。」
男は、腕組みをして、ふてぶてしく足を組んで、座った。
マイラも、警戒しながら、自分の椅子を置く位置を考えながら座った。
「何だ?斬られるのを警戒しているのか?」
男は尋ねた。
「ああ。人を平気で斬る目をしているので…。」
マイラは、男のオーラに負けないように、睨みつけた。
「ふん…。」
お前こそ、人を斬ったばかりなんだろ、男は、そう言いたげに、鼻で笑った。
「俺は、カーツ・ウィロード。この国の王だ。」
カーツは、手短に挨拶した。
「これは、失礼しました。私は、マイラ・ビューラーでございます。」
マイラも、名を名乗った。
「この国では、城内での刃傷沙汰は、ご法度だ。承知しているか?」
カーツは、尋ねた。
「承知しています。」
マイラは、答えた。
「一つ、分からない事がある。」
カーツは、マイラの目を、ジッと見つめている。
「何でしょう?」
マイラは、その視線から目を逸らさずに答えた。
「ジウを斬った剣は、クレヴァンの物だ。柄の部分の家紋から見ても、間違いない。何故、他人の剣を使った?」
カーツは、尋ねた。
「クレヴァンが、ジウを斬ろうとしたのを、私が剣を取り上げて斬った。それだけの話です。」
マイラは、微笑みながら答えた。
「ますます、分からない。何故、代わりに斬った?」
カーツは、興味深そうに椅子の背もたれに、更に、ふんぞり返った。
「私には、何もありませんが、クレヴァンには、マチュアがいる。守りたかっただけです。」
マイラは、涼しい顔で答えた。
「死罪、覚悟で…?」
カーツは、訝しげな顔で、マイラを見つめた。
「覚悟ですか?そんなものはありません。誰しも死ぬのは怖い。ただ、あなた様のお出ましに賭けたのです。」
マイラは、カーツを見つめた。
「俺が、出張ってくると読んだのか?」
カーツは、しばらく、考え込んていた。
そして、一回、黙って頷くと、口を開いた。
「なるほど、髪は切っても美しく気高い。それに、澄んだ目をしている…。ジェニファーもマリアンヌも骨抜きにされる訳だ…。」
カーツは、ため息をついた。
「恐れ入ります。死罪と言うのならば、どの道、ルーガンに滅ぼされて、共に死するのみです。もし、共に生きる道をお望みならば、私を野にお放ちください。ジウの命の重さに見合うだけの貢献をして見せましょう。」
マイラは、真剣な眼差しで、カーツを見据えた。
「俺には俺の勝算があるが?」
カーツは、予想しない提案に、少し、困惑させられたが、それを悟られない為に、そんな言い方をした。
「私がテルプルで兵を挙げ、ゲリラ達が味方したとして、所詮、焼け石に水。あなた様を持ってしても、テルプルは、滅びます。」
マイラは、真顔でカーツに訴えた。
「ふん、ズケズケと…。気に入らんな。ルーガン軍に所属する元サリバーの連中も加わったら、どうだ?」
カーツは、マイラに尋ねた。
「同じ事でしょう。どの道、数が違い過ぎるのです。ここは、私を野にお放ちください。テルプルを救うには、それしかないのです。私一人、クレヴァン一人の命を奪っている場合ではないのです。」
マイラは、静かにカーツに訴えかけた。
「俺は、どうすればいい?」
カーツは、マイラに一言、尋ねた。
「私の事は、お忘れになり、ルーガンの侵攻で、アンゼスを奪われたら、出陣してください。それまでは、籠城の構えを崩さないでください。」
マイラは、片膝をついて、左胸に手を当てた。
「…、分かった。マイラ・ビューラー。城内での刃傷沙汰、許し難し。国外追放とする。」
カーツは、立ち上がると、マイラに命じた。
「畏まりました。」
マイラは、頭を下げた。