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滝を斬る  作者: ninjin19
7/225

7

 マイラは、城の地下にある牢にやってきた。

まず、マイラは、グレイの元へ向かう事にした。

グレイは、自害を防ぐ為に、椅子に座らされたまま、猿轡を付けられていた。

そして、更に、両手は、体の後ろで手錠をかけられて拘束され、廊の外から、警備兵に監視されていた。

「すまない。二人にさせてくれ。」

マイラは、警備兵に、そう頼んだ。

「分かった。あんたは、全て任されてるんだろ?」

警備兵は、鍵を一式渡すと、外に繋がる通路の鍵も開けたまま出ていった。

「入るぞ。」

マイラは、牢の鍵を開けると、中に入った。

「自害したいと言うなら構わない。ただ、私の話を聞いてからにしてくれないか?」

マイラは、グレイの向かい側に座ると、そう問いかけた。

グレイは、マイラの顔を見つめると、数回、頷いた。

マイラは、まず、グレイの猿轡を外してから、手錠も外してやった。


「で?話とは?」

グレイは、薬屋の時とは別人のように、鋭い視線をマイラに浴びせた。

「これを見なさい。」

マイラは、自分の剣をグレイに見せた。

「お前の剣が、どうした?」

グレイは、マイラを横目で睨んだ。

「手に取って、よく見ろ。」

マイラは、グレイに剣を手渡した。

「いいのか?俺は、お前を斬って逃げるかもしれないぞ。」

グレイは、剣を手に持って、マイラの顔を見据えた。

「そうしたいなら、そうしろ。だが、それは、剣をよく見てから決めろ。」

マイラは、グレイの目を、じっと見つめた。

「何?」

グレイは、鞘を掴んだまま、剣を四方から眺めた。

そして、柄の部分を見ると、細工に気づいた。

「これは…。細工がしてあるのか?開けてもいいか?」

グレイが尋ねた。

「ああ。だが、覚悟して開けろよ。」

マイラが言うと、フン、そう鼻で返事をして、グレイは、柄の部分の蓋を回した。

「こ、これは…!」

蓋を開けた瞬間、グレイの顔が青冷めた。

「失礼いたしました!」

グレイは、慌てて椅子から離れて、片膝を付くと剣の両端を手で持って、頭上に差し出した。

「うん。」

マイラは、剣を持つと、グレイに、椅子に座るように言った。

「その剣の紋章は、ビューラー家の物。あなた様は、サリバー女王、マイラ・ビューラー様でございますな?」

グレイは、椅子には座ったが、ガタガタと震えていた。

「そうだ、その通りだ。でも、国はもうないがな。さて、グレイ、お前は、サリバー出身の者だな?」

マイラは、尋ねた。

「はい、私は、元サリバーの騎士で、今は、ルーガンの間者に身を落としております。」

グレイは、左胸に右手を当てて、粛々と答えた。

「すまない。サリバーの王族たる私が不甲斐ないばかりに、多くのサリバーの民を苦しめている。心から詫びる。」

マイラは、グレイの手を取って、謝罪した。

「恐れ多い事でございます。私共にとって、マイラ様の存在は、生きる希望。ルーガンの間者として、テルプルに潜入して、マイラ様の消息を探っておりました。」

グレイは、涙ながらに語った。

「ミリーという娘とは、どういう関係?」

マイラは、尋ねた。

「ミリーは、私の娘です。」

グレイは、鼻を啜りながら、涙を拭った。

「娘?」

マイラは、少し驚いた顔をした。

「はい。でも、ミリーは、私が父親である事は知りません。サリバーで乱が起きた時、私は、妻と娘と生き別れになっていました。ルーガンの間者となって、テルプルを訪れるようになって、15年が経っていましたが、最近になって、偶然、妻と再会しました。しかし、妻は、すでに病になっていました。私は、娘がテルプルの宮殿で働いていると妻から聞き、正体を隠して、娘に近づき、情報を得る度に、お金と薬を渡していました…、最低な父親です。」

グレイは、声を絞り出して話した。

「病気の母親を助けたいかと近づいたのか?」

マイラは、冷たい視線をグレイに浴びせた。

「はい、娘は、当時、幼かったので、自分がサリバーの人間という事も、マイラ様の存在も知らないのですが、折を見て、ルーガンには、良い病院があると言って、娘と妻を連れて、テルプルを脱出するつもりでした。」

グレイは、俯いたまま答えた。

「そうか…。」

マイラは、しばらく、考えていたが、静かに口を開いた。

「私に仕える気はないか?与えられる物は何もないがな。」

マイラは、尋ねた。

「それは、望む所ですが、私は、サリバーを裏切ったようなもの。そんな私が、マイラ様に仕えるなど…。」

グレイは、恐縮した物言いをした。

「難しく考えるな。お前は、これからもルーガンの間者として働けばいい。但し、もう城には近づくな。奥方とエミーとも関わるな。この国には、関所がない。町を歩けば情報など、いくらでも入る。」

マイラは、グレイに命じた。

「仰せの通りには致します。しかし、申し訳ありませんが、マイラ様の意図が分かりません。」

グレイは、困惑した顔をした。

「ミリーと奥方の事は、私に任せろ。要は、生き延びて欲しいという事なんだ。いつになるかは分からないが、私が、お前たち親子を一緒に暮らせるようにしてみせる。」

マイラは、グレイの手を取って訴えかけた。

「何と!?マイラ様…。畏まりました。もし、マイラ様が立たれる時は、必ず、お力になります。」

グレイは、力強く答えた。

「ありがとう。では、このまま去れ。」

マイラは、グレイを連れて、城門まで歩いていった。

「では…。」

グレイは、深々と頭を下げた。

「疑いは晴れた。申し訳なかった。」

マイラも門番の手前、そう言って頭を下げた。

そして、グレイの姿が見えなくなるまで、見送った。

そして、すぐに取って返して、今度は、エミーのいる牢に向かった。

ミリーもグレイと同じように、猿轡をはめられて、手を後ろに回して手錠をかけられて椅子に座っていた。

「薬屋の疑いは晴れた。もう大丈夫だ。酷い戒めをして、すまなかったな。ここは、私を信じて話を聞いてくれないか?」

マイラが、穏やかな口調で尋ねると、ミリーは、小さく頷いた。

マイラは、ミリーの戒めを解いてやった。

「薬屋さんは?」

ミリーは、尋ねた。

「疑いは、晴れたと言ったろ。釈放された。」

マイラは、優しく答えた。

「でも、私は、宮殿の中の様子を紙に書いて、薬屋さんに渡していました。あの人は、間者だったのでは?」

ミリーは、力なく尋ねた。

「その事は、もう考えなくていい。お前は、病気の母親の為に、お金が欲しかったんだろ。だから。誘いに乗ってしまった。でも、お前の情報くらい、漏れた所で問題ない。母親の事は、私が考えるから、これからも、マチュアの為に働いてくれないか?」

マイラは、そうミリーに問いかけた。

「どうして母の事を?」

ミリーは、尋ねた。

「薬屋から聞いた。結果的に利用する形になったが、お前たち母子の力になりたかったそうだ。」

マイラは、言葉を選びながら、ミリーに説明した。

「そうでしたか…。私も、いけない事と分かっていて、薬とお金と引き換えに、情報を渡していましたから、同罪です。」

ミリーは、俯いた。

「大丈夫だ。今、お前が死んだら、母上様はどうなる?生き延びて欲しい。」

マイラは、ミリーの手を取って語りかけた。

「いいんでしょうか?」

ミリーは、泣きそうになっていた。

「うん。生きてこそ、償える事もある。当たり前の事だけれど、死んでしまったら、もう明日はないのだから。」

マイラは、そうミリーに答えた。

「分かりました。これから、私に何ができるか分かりませんが、誠心誠意、マチュア様の為に働きます。」

ミリーは、涙を流した。

「但し、二度と同じ事をしてはダメ。いいわね。」

マイラは、ミリーの頰を軽くツネって言い聞かせた。

「はい。ありがとうございます。」

ミリーは、頭を下げた。


マイラは、ミリーを連れて牢を出た。

そして、宮殿の炊事場に戻ってきた。

「ミリー!」

マチュアがミリーの姿を見つけた途端、走ってきて抱きしめた。

「疑いは、晴れた。」

マイラは、一言、マチュアに言った。

そして、軽くアイコンタクトを送って頷いた。

「マチュア様、ご心配をおかけしました。」

ミリーは、深々と頭を下げた。

「もう、いいのよ。さ、ミリー、もう夕食まで時間がないわ。支度を手伝って。」

マチュアは、ミリーに指示した。

「はい!」

ミリーは、涙を拭うと、持ち場に戻った。

「ありがとう、マイラ。ミリーを救ってくれて。」

マチュアは、微笑んだ。

「いや、ミリーは、何もしていない。大丈夫だ。ところで、マチュアは、ミリーの母親の事は知っているか?」

マイラは、尋ねた。

「え?お母様と二人暮らしだとは聞いていたけど。」

マチュアは、キョトンとしていた。

「ミリーの母親は、病だ。今回の件も、それが原因なんだ。力を貸してやって欲しい。」

マイラは、頭を下げた。

「え?そうだったのね。ミリーも言ってくれればいいのに。全然、知らなかったわ。早速、マリアンヌ様に相談するわ。」

マチュアは、そう答えた。

数日して、ミリーの母親は、マリアンヌが創設した養生所に入り、無償で治療を受ける事になった。

ミリーも、引き続き、炊事場で下働きを続ける事になった。


その夜、ハスウィンは、カーツの下へ行き、事の次第を報告した。

「間者は、そのまま帰したか。あのお姫様、なかなか、したたかだな。それに、決断も早い…。面白い。」

ハスウィンから報告を聞いたカーツは、ニヤリと笑った。

「したたか?よく分かりません。」

ハスウィンが、不機嫌に言った。

「俺は、関所を無くして、人の流れを自由にしている。それは、間者の出入りも自由にしているという事だ。ここで、マイラが間者を斬ったら、ルーガンに報告が行く。ルーガンは、警戒する。それでは困る。バカな国王が好きにやっていると思わせておいた方が都合がいい。それに、テルプル籠城の噂は、巷に拡がっている。この流れを止めたくない。」

カーツは、ほくそ笑んだ。

「なるほど、確かに。」

ハスウィンは、感心していた。

「それにだ…。あのお姫様、やる気だ。」

カーツは、楽しそうに笑った。

「はぁ?」

ハスウィンは、理解できていない様子だった。

「まあ、しばらくクレヴァンの下で門番をやらせておけ。」

カーツは、ハスウィンに命じた。

ハスウィンは、承知しましたと答えて、クレヴァンの元へ、向かった。

「クレヴァン、今夜は宿直か?ところで、マイラは?」

ハスウィンは城内の詰所にクレヴァンを尋ねた。

「あいつは、今日は、上がりだ。テントに帰った。」

クレヴァンは、ハスウィンと同じように、不機嫌な顔をしている。

「なんだ?不機嫌そうな面をして。」

ハスウィンは、尋ねた。

「マイラのやつ、お人好しにも、程があるぜ。間者を、サッサと逃しちまって。」

クレヴァンは、ブツブツ言っている。

「カーツ様は、褒めていたぞ。俺たち凡人には、まるで分からんがな。」

ハスウィンも、ぼやいた。

「カーツ様も、よく分かんねえなぁ。」

クレヴァンも、ぼやいた。

「それよりも、来年には、マチュアと結婚か。何としても、ルーガンに勝たないとな。」

ハスウィンは、クレヴァンの肩を叩いた。

「ああ。」

クレヴァンは、ヘラヘラと照れ笑いした。

「何だ、その腑抜けた顔は…。まあ、くれぐれも、不祥事は起こすんじゃねえぞ。」

ハスウィンは、詰所を出ていった。

ハスウィンが出ていった後、今度は、ルーサーがやって来た。

「よお。クレヴァン。差し入れだ。」

ルーサーは、温かい肉巻きを持ってきた。

「おお、すまんな。」

クレヴァンは、お茶を入れた。

「今度また、ルーガンに行ってくるからな。今度は、俺一人で行く。お前さんと一緒じゃ、何かと目立ち過ぎるからな。」

ルーサーは、ケラケラと笑った。

「何だよ。斬られても知らねえからな。」

クレヴァンは、ムッとした。

「まあ、向こうで知り合いも増えたからな。大丈夫だろ。」

ルーサーは、余裕の笑顔で話した。

「とにかく、油断は禁物だ。気をつけろよ。」

クレヴァンは、ルーサーに忠告した。

「心配してくれて、ありがとな。」

ルーサーは、クレヴァンの手をにぎっで礼を言った。

「大袈裟な奴だな。」

クレヴァンも笑顔を見せた。

「それで?今度は、何でルーガンに行くんだ?」

クレヴァンは、素朴な疑問をぶつけた。

「これは、国境で聞いた噂なんだが、あのセッサ様が亡くなったって言うのさ。だから、真相を調べに行くのさ。」

ルーサーは、そう説明した。

「そうか。そんな噂が出回ってるのか?それで?出発は?」

クレヴァンは、尋ねた。

「まあ、近いうちにな。それより、ジウに何か言われても気にするんじゃねえぞ。お前は、血の気が多いからな。城内の刃傷沙汰は、罪が重いからな。」

ルーサーは、クレヴァンに忠告した。

「ああ、分かったよ。じゃあな。」

クレヴァンは、そう言って、ルーサーと別れた。


その夜、クレヴァンは、詰所で宿直を務め、翌朝、仕事明けで詰所を出た。

そして、仮眠室で一眠りして帰る事にした。

「もうすぐ、結婚かぁ。」

クレヴァンは、ベッドに寝転がると、マチュアにもらった懐中時計を見つめていた。

「マチュア…。」

クレヴァンは、懐中時計を持ったまま、眠ってしまった。

どの位、眠っていただろうか?

昼近くになって、クレヴァンは、目を覚ました。

「よく寝たな。さて、宿直も明けたし、帰るとするか。まあ、マチュアは、仕事だから、家で、酒でも飲むか。」

クレヴァンは、そう呟いだが、何か、違和感を感じた。

「ん?何か、忘れてないか?」

クレヴァンは、一瞬、考え込んだ。

「わぁ!懐中時計がない!」

クレヴァンは、仮眠室の中を、慌てて探し始めた。

しかし、隅々まで、何度、探しても、懐中時計は、見つからなかった。

「何て事だ。とにかく、マチュアに謝りに行こう。」

クレヴァンは、宮殿の炊事場に向かう事にした。

その、ほんの少しの道のりが、途方も無く遠く感じられた。

そして、門まで辿り着くと、マイラが門番を務めていた。

「クレヴァン、どうしたんだ?宿直明けで休みだろ?」

マイラは、クレヴァンに声をかけた。

「それがな、マチュアにもらった大事な懐中時計を失くしちまったんだ。」

クレヴァンは、青い顔で答えた。

「え?ちゃんと探したのか?」

マイラは、尋ねた。

「仮眠室で手に持って見ていたんだ。そこから寝ちまってからが分からないんだ。」

クレヴァンは、項垂れた。

「そうか、とにかく、謝った方がいい。マチュアを呼んできてやろうか?」

マイラは、クレヴァンに尋ねた。

「ああ。すまん。頼むよ。」

クレヴァンが言葉を続けようとした時、ジウが通りかかった。

「どうかしたのか?クレヴァン?」

冷めた目つきで、ジウが尋ねた。

クレヴァンは、事の次第をジウに説明した。

「そうか…。そう言えば、仮眠室から、ルーサーが出ていくのを見たぞ。」

ジウは、そう含みのある言い方をした。

「何だと?貴様、何が言いたい?」

クレヴァンが、語気を強めた。

「俺は、ただ、ルーサーが仮眠室から出ていったと言っただけだ。それ以外に何もないさ。」

ジウは、嫌な笑みを浮かべた。

「貴様、ルーサーを疑っているのか?」

クレヴァンが、喰ってかかろうとするので、よさないか、マイラほそう言ってクレヴァンを止めた。

そこへ、間の悪い事に、ルーサーがやって来た。

「やあやあ、皆さん、お揃いで。」

ルーサーは、薪を背負って各部署を回っていた。

「薪の配給か?お疲れ様。」

マイラが声をかけた。

「ルーサー、お前、今朝方、仮眠室に行っただろう。」

ジウが尋ねた。

「ああ、今朝、掃除しに行ったな。クレヴァン、お前、よく寝てたな。」

ルーサーは、屈託のない笑顔で答えた。

「そういう事だ。」

ジウがクレヴァンに冷たく言った。

「何だよ、何かあったのか?」

ルーサーは、尋ねた。

「こいつが、仮眠室で寝ている間に、懐中時計が失くなったんだと。」

ジウの言葉に、ルーサーは、状況を察した。

「クレヴァン、俺は、盗ってねえ。」

ルーサーは、クレヴァンに訴えた。

「落ち着け。」

マイラは、ルーサーを制した。

「ムキになるのは、怪しいんじゃないのか?」

ジウが、薄ら笑いを浮かべながら言った。

「ルーサーは、そんな事はしねえ!」

クレヴァンは、ルーサーを庇ってジウに怒鳴った。

「ふん!そう言えば、ゴミ箱で、こんな物を拾ったぜ。」

ジウは、ポケットから取り出した物を、クレヴァンの足元に投げつけた。

「何?」

クレヴァンは、足元を見た。

そこには、踏みつけられたか、何かで叩き割られた懐中時計が転がっていた。

「これは…。」

クレヴァンは、手を震わせて壊れた懐中時計を拾った。

「何だ?それが、失くした時計だったのか?良かったな。見つかって。感謝しろよ。」

ジウは、クレヴァンに嫌味ったらしく言い放った。

「貴様!」

クレヴァンが剣に手をかけた。

「やめろ。クレヴァン。剣を抜いちゃ駄目だ。こらえるんだ!」

ルーサーが止めた。

「何だ?その目は、俺が盗んで壊したってのか?証拠は、あるのか?あ?」

ジウは、クレヴァンに絡んだ。

「おのれぇ。」

クレヴァンがルーサーを押しのけて、剣を抜こうとしたのを見て、マイラは、クレヴァンに言った。

「マチュアが悲しむ。剣から手を放せ。」

マイラに言われて、クレヴァンは、悔しそうに剣から手を放した。

「ふん…。だいたい、女に、うつつを抜かしているから、こういう事になるんだ。それに、泥棒猿に、髪を切った尼さんが部下とは、お前も気の毒な事よな。」

ジウは、クレヴァンを鼻で笑った。

「何…。」

クレヴァンが、呟いた瞬間だった。

突然、ジウが、その場にバサリと、うつ伏せに倒れた。

そして、地面が、流血で、どす黒く染まっていった。

マイラとルーサーが、ハッとしてクレヴァンに目をやると、クレヴァンが剣を抜いて、横一文字にジウを斬り倒して、一撃の下に彼を絶命させていた。

「クレヴァン、おめえ!」

ルーサーは、慌てて、ジウの脈を確かめた。

「これは…、ダメだ。」

そして、ルーサーは、首を横に振った。

「クレヴァン、剣を渡せ。」

マイラが、斬った態勢のまま固まっているクレヴァンに声をかけた。

しかし、クレヴァンは、固まったままだった。

「クレヴァン!剣を渡すんだ!」

マイラに一喝されて、クレヴァンは、頷いて、持っていた剣を渡した。

「ルーサー、クレヴァンから鞘を抜いて。」

マイラは、ルーサーに指示した。

「あ、ああ。」

ルーサーも、おどおどしながらクレヴァンの鞘を抜いて、マイラに渡した。

マイラは、クレヴァンの剣を鞘に入れると、呆然としているクレヴァンの頰を、何度か平手打ちした。

「炊事場の連中は、気づいてないな。いいか、お前は、ここにいなかった。いいな。」

マイラは、クレヴァンに強い口調で言った。

「ルーサー、お前は、クレヴァンを連れて、ここから離れろ。」

マイラは、ルーサーに指示した。

「でもよ、おめえは、どうすんだ?」

ルーサーが、尋ねるが、マイラは、早く!そう、気迫でルーサーを納得させた。

ルーサーは、呆けているクレヴァンを引っ張って、その場を立ち去った。

マイラは、異変を知らせる笛を自分で吹いて、他の門番を呼んだ。

そして、ハスウィンを呼んで欲しいと頼んだ。


しばらくして、ハスウィンが現場にやって来た。

そして、ジウの遺体を確認すると、部下に安置場に運ぶように指示した。

笛の音を聞いて、炊事場からも人が出てきて、門の周囲は、騒然となった。

「私が斬った。ジウには、遺恨があった。」

マイラは、ハスウィンに剣を渡した。

「この剣は、クレヴァンの物だな。」

ハスウィンは、剣を確認すると、そうマイラに尋ねた。

「そうだ。クレヴァンが斬ろうとしたのを、私が剣を取り上げて斬った。」

マイラは、周囲を寄せ付けないオーラで圧倒しながら、ハスウィンに対峙した。

「本当か?」

ハスウィンも負けじと気迫をマイラに浴びせながら尋ねた。

野次馬の中には、マチュア、エルネ、ミリー等もいて、心配そうに見つめていた。

「本当だ。」

マイラは、一言、答えると、自分の剣もハスウィンに差し出した。

「分かった…。行こう。」

ハスウィンは、厳しい表情で歩き始めた。

「マイラ!」

マチュア達が、マイラに呼びかけた。

「大丈夫だ…。」

マイラは、3人に微笑むと、ハスウィンの後ろを歩いていった。

「マイラ、城内での刃傷沙汰は、ご法度だ。一旦は、牢に入ってもらうぞ。俺は、カーツ様に報告する事になる。」

ハスウィンに言われて、マイラは、黙って頷いた。

ハスウィンに連れられて地下牢にやってきたマイラは、今度は、自分が地下の牢に入るのかと失笑した。

「皮肉な物だ。」

マイラは、一言、呟くと、牢に入った。

しばらくマイラは、する事もなく、寝転がって時間を潰していた。


どのくらい時間が経ったのか?

牢に近づく足音に気づいたマイラは、わざと気づかない振りで、通路側に背を向けた。

今までに聞いた事のない足音だった。

マイラは、足音が徐々に近づいて来るのを感じていた。

足音が牢の前で止まった。

しかし、それでも背を向けたまま寝転がっていた。

今度は、鍵の開く音がした。

そして、牢の戸が、嫌な金属音を立てながら開いた。

「入るぞ。」

誰かが入ってきた。

初めて聞く声だ。

マイラは、初めて気づいたかのように、体を起こした。

若い男、自分より少し年上だろうか?

しかし、美しい顔立ちとは裏腹に、やけに鋭い視線を浴びせてくる。

更には、圧倒的なオーラを感じた。

「おい、すまんが、椅子を二つ持ってきてくれ。」

男は、持ってきたランタンを床に置くと、警備兵に声をかけた。

彼は、慌てて、走って行って、椅子を持ってきた。

「座れよ。」

男は、腕組みをして、ふてぶてしく足を組んで、座った。

マイラも、警戒しながら、自分の椅子を置く位置を考えながら座った。

「何だ?斬られるのを警戒しているのか?」

男は尋ねた。

「ああ。人を平気で斬る目をしているので…。」

マイラは、男のオーラに負けないように、睨みつけた。

「ふん…。」

お前こそ、人を斬ったばかりなんだろ、男は、そう言いたげに、鼻で笑った。

「俺は、カーツ・ウィロード。この国の王だ。」

カーツは、手短に挨拶した。

「これは、失礼しました。私は、マイラ・ビューラーでございます。」

マイラも、名を名乗った。

「この国では、城内での刃傷沙汰は、ご法度だ。承知しているか?」

カーツは、尋ねた。

「承知しています。」

マイラは、答えた。

「一つ、分からない事がある。」

カーツは、マイラの目を、ジッと見つめている。

「何でしょう?」

マイラは、その視線から目を逸らさずに答えた。

「ジウを斬った剣は、クレヴァンの物だ。柄の部分の家紋から見ても、間違いない。何故、他人の剣を使った?」

カーツは、尋ねた。

「クレヴァンが、ジウを斬ろうとしたのを、私が剣を取り上げて斬った。それだけの話です。」

マイラは、微笑みながら答えた。

「ますます、分からない。何故、代わりに斬った?」

カーツは、興味深そうに椅子の背もたれに、更に、ふんぞり返った。

「私には、何もありませんが、クレヴァンには、マチュアがいる。守りたかっただけです。」

マイラは、涼しい顔で答えた。

「死罪、覚悟で…?」

カーツは、訝しげな顔で、マイラを見つめた。

「覚悟ですか?そんなものはありません。誰しも死ぬのは怖い。ただ、あなた様のお出ましに賭けたのです。」

マイラは、カーツを見つめた。

「俺が、出張ってくると読んだのか?」

カーツは、しばらく、考え込んていた。

そして、一回、黙って頷くと、口を開いた。

「なるほど、髪は切っても美しく気高い。それに、澄んだ目をしている…。ジェニファーもマリアンヌも骨抜きにされる訳だ…。」

カーツは、ため息をついた。

「恐れ入ります。死罪と言うのならば、どの道、ルーガンに滅ぼされて、共に死するのみです。もし、共に生きる道をお望みならば、私を野にお放ちください。ジウの命の重さに見合うだけの貢献をして見せましょう。」

マイラは、真剣な眼差しで、カーツを見据えた。

「俺には俺の勝算があるが?」

カーツは、予想しない提案に、少し、困惑させられたが、それを悟られない為に、そんな言い方をした。

「私がテルプルで兵を挙げ、ゲリラ達が味方したとして、所詮、焼け石に水。あなた様を持ってしても、テルプルは、滅びます。」

マイラは、真顔でカーツに訴えた。

「ふん、ズケズケと…。気に入らんな。ルーガン軍に所属する元サリバーの連中も加わったら、どうだ?」

カーツは、マイラに尋ねた。

「同じ事でしょう。どの道、数が違い過ぎるのです。ここは、私を野にお放ちください。テルプルを救うには、それしかないのです。私一人、クレヴァン一人の命を奪っている場合ではないのです。」

マイラは、静かにカーツに訴えかけた。

「俺は、どうすればいい?」

カーツは、マイラに一言、尋ねた。

「私の事は、お忘れになり、ルーガンの侵攻で、アンゼスを奪われたら、出陣してください。それまでは、籠城の構えを崩さないでください。」

マイラは、片膝をついて、左胸に手を当てた。

「…、分かった。マイラ・ビューラー。城内での刃傷沙汰、許し難し。国外追放とする。」

カーツは、立ち上がると、マイラに命じた。

「畏まりました。」

マイラは、頭を下げた。

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