5
話は、一週間ほど前に遡る。
マイラと別々の生活になったルーサーは、毎日、忙しなく働いていた。
一日の中で、ルーサーの仕事は、馬小屋の掃除、城内の通路の掃除、薪の配達など多岐に渡っていた。
その日、城内の通路の掃除をしていたルーサーは、麻の服を着た青年に声をかけられた。
「最近、道がきれいになったと思っていたら、お前が掃除していたのか?」
青年は、感心したように周りを見渡した。
「はい、何でも、ここの王様は、大のきれい好きだそうで。」
ルーサーは、ニコニコしながら、ホウキで通路を掃いたり、ゴミや石ころを拾っている。
「お前は、こんな平民にも丁寧な口の聞き方だな?」
青年は、尋ねた。
「ここは、騎士や貴族の身分のお方しか入れねえ。出入りの平民は、許可証をぶらさげてるが、あなた様には、それが無い。という事は、騎士か貴族だろうし、年も俺より上っぽいですしね。失礼があったら命に関わりますよ。」
ルーサーは、そう冗談めかして笑った。
「なるほどな。お前は、最近、ハスウィンに雇われた小物か?」
青年は、尋ねた。
「はい。俺は、ルーサー・パンと言います。」
ルーサーは、深々と頭を下げた。
「そうか。人に名乗らせて、俺も名乗らぬ訳にはいかんな。俺は、カーツ・ウィロード。この国の王だ。よろしくな。」
カーツは、軽い口調でで言った。
「え?本当に?それにしちゃあ、粗末な格好ですねぇ。」
ルーサーは、訝しげな顔でカーツを眺めた。
「確かにそうだな。こんな格好じゃ、王様には見えないか?」
カーツは、ルーサーに尋ねた。
「外見では、王様には、とても見えませんね。まぁ、それが狙いってんなら話は別ですがね。」
ルーサーは、悪気なく笑顔で答えた。
「ハハハ!そうか…。で、お前、俺を信じてみるか?」
カーツは、大笑いしてから尋ねた。
「はあ?よく分からねえけど、あなた様は、俺を馬鹿にしねえから、信じますよ。」
ルーサーは、片膝をついて、お辞儀した。
「そうか…。分かった。」
カーツは、そう言って去っていった。
その夜、ルーサーが仕事を終えて、城下の騎士の階級の居住区にある長屋の一室に帰ってきた。
騎士と言っても、ピンキリで、ルーサーのような下級騎士で小物の仕事をしているような者は、粗末な長屋暮らしが一般的だった。
ただ、家賃は、召し抱えた上役が面倒を見るのが習わしだった。
「邪魔するぞ。」
ハスウィンが、有無を言わさずドアを開けると、カーツが中に入ってきた。そして、ドアを閉めて、ハスウィンも入ってきた。
「これは、これは、王様に、ハスウィン様。」
ルーサーは、一瞬、驚いたが、平身低頭して二人を迎えた。
カーツもハスウィンも麻の服を着て、身分を隠している。
「隣に住んでいるのはクレヴァン・ドックだな。」
カーツは、ハスウィンに尋ねた。
「はい。」
ハスウィンが答えると、カーツは、呼んでこいとハスウィンに命じた。
ハスウィンは、外に出ていくと、しばらくしてクレヴァンを連れてきた。
「ハスウィン様、一体、何なんですかぁ?」
クレヴァンは、ブツブツ言いながら入ってきた。
「よお、クレヴァン、最近は悪さはしてないだろうな?」
カーツが尋ねると、クレヴァンは、腰を抜かしたように座り込むと、慌てて片膝を付いて胸に手を当てた。
「国王陛下、失礼いたしました。」
クレヴァンが顔を青くしているのを見て、カーツは、声を上げて笑った。
「固くなるな、こっちへ来い。」
カーツは、クレヴァンを手招きした。
椅子が一つしかなかったので、4人は、床に座り込んで密談を始めた。
「城に出入りしている商人達によると、ルーガンの動きが騒がしくなってきたらしい。恐らく、出兵の準備に入っている。」
カーツが、切り出すと、緊張感が高まった。
「それは、間違いないのですか?」
ハスウィンが身を乗り出した。
「間違いない。ルーガンは、宿老の重鎮、セッサ・ダインを宣戦布告の使者として、派遣を決めたらしいからな。テルプルにも、ルーガンの外交筋から会談要請が来ているが、恐らく、内容は、その事だろう。」
カーツは、包み隠さず話した。
「で、セッサ殿は、いつ、こちらに?」
ハスウィンは、カーツに尋ねた。
「来週になるだろうな。ケビンが向こうとスケジュールを調整している。」
カーツは、そう答えた。
「まずは、降伏勧告でしょうな?」
ハスウィンは、そう推測した。
「まさか受け入れるのですか?」
クレヴァンが身を乗り出した。
「ルーガンとテルプルでは、国の法も制度も違い過ぎる。それに、向こうは大国だ、余った役人を、こっちに派遣されてみろ。食い物にされるだけだ。受け入れる訳にはいかないな。」
カーツは、嫌悪の表情を浮かべた。
「では、戦争になるんですか?」
ルーサーは、露骨に嫌そうな顔をした。
「話し合いって訳にはいかんだろうな。ところで、ハスウィン、ルーガン軍は、どの位の兵力になる?」
カーツは、厳しい視線で、ハスウィンを見た。
「そうですなぁ…。ルーガンの兵力からすると、2万は越える大軍でしょうな。」
ハスウィンは、渋い顔をした。
「2万?それでは歯が立たない…。」
クレヴァンは、絶句した。
「え?テルプルは、何の位の兵力なんですか?」
ルーサーは、恐る恐る尋ねた。
「5千がやっとだな…。」
カーツは、冷めた笑みを浮かべた。
「それは、エライ事ですね。」
ルーサーも、事の大きさに、ただ、神妙な顔で話を聞いていた。
「それでだ…。」
カーツは本題に入った。
「ルーガン軍は、必ず、旧サリバー領を通過しなければならない。そこで、兵力を少しでも削ぎたい。」
カーツは、地図を拡げた。
「ルーサーとクレヴァンは、ルーガンに潜入して、ゲリラに協力を取り付けろ。マイラは、生きている、そして、立ち上がる、それを強調しろ。加えて、俺が、ルーガンを撃滅できれば、サリバーを復活させ、独立を確約したと言え。俺の念書も渡す。但し、最終的に、マイラが君主になるかは、マイラに一任とする。ハスウィンは、残って、ルーガンが攻めてくるという噂を流し、俺が、弱腰になって籠城すると言っていると、事あるとごとに愚痴を言え。俺は、マイラに軍に加わるように話をする。マイラが軍に加われば、更にサリバーの連中がルーガンに抵抗するだろう。」
カーツは、そう3人に命じた。
「分かりました。しかし、マイラの件は、マリアンヌ様が、承知しますでしょうか?」
ハスウィンは、腕を組んで首を傾げた。
「マリアンヌには、恨まれるだろうな。随分とマイラを可愛がっているようだからな。マイラを利用するとなれば、腹を立てるだろう。しかし、テルプルか滅亡してしまっては、元も子もない。」
カーツは、呟いた。
「はい。それは、そうですが…。」
ハスウィンは、言葉を濁した。
「では、ルーサーとクレヴァン、早々にルーガンに出発してくれ。頼んだぞ。」
カーツは、そう言うと、ハスウィンと出ていった。
ルーサーとクレヴァンは、平民の成りをしてアンゼスからルーガンに潜入した。
テルプル領からルーガン領に入ると、一気に人の賑わいに差が出た。
寂れた感じは無いのだが、どこか、活気がなかった。
自由のレベルの差なのではないかと二人は感じていた。
そして、関所では、渡された偽造の証明書を使って入国した。
「ルーサー、カーツ様に、ああは言われたが、これからどうする?」
クレヴァンは、途方に暮れていた。
「俺に当てがある。クレヴァンは、剣の腕が立つから、やばくなったら助けてくれ。」
クレヴァンは、性格的に分け隔てがない。
新参者で身分の低い騎士のルーサーは、誰にも相手にされていないが、クレヴァンだけは、違った。
クレヴァンは、中級の騎士の家に生まれたが、ケンカに遊びに全力過ぎて、親から勘当されてしまい、ハスウィンに拾われた身だった。
「おお、分かった。そういう事なら任せとけ。」
クレヴァンは、裏付けのない自信に満ちた言葉を放った。
「頼もしい限りだ。さて、とりあえず、飯だ。」
ルーサーは、クレヴァンと一緒に露店の店に入った。
蒸しパンと水を頼んで、空腹を満たすと、ルーサーは、クレヴァンに耳打ちした。
「クレヴァン、何かあったら頼むぞ。」
「おおよ。」
クレヴァンも小声で答えた。
「ごちそうさん。」
ルーサーは、お金を払うと、店主に尋ねた。
「すまねえが、この当たりでゲリラの溜まり場とか知らねえか?」
ルーサーは、直球で尋ねた。
「お前さん、滅多な事を口に出すもんじゃない。この辺りは、ゲリラだけでなく、ルーガンの密偵も多い。どっちに目をつけられても良いことはない。」
店主は、小声でルーサーに忠告した。
「そうかい。そりゃ、大変だ。気をつけるよ。」
ルーサーは、クレヴァンと一緒に店を出た。
すると、早速、男達に囲まれた。
「貴様ら、何者だ?」
一人の青年が睨みながらルーサーに詰め寄った。
「俺は、ルーサー・パン。あんたは?ゲリラの人かい?」
ルーサーは、あっけらかんと答えた。
クレヴァンは、いつでも剣を抜けるように態勢を整えた。
「やけに、はっきり聞く奴だな。俺は、ダン・ロット。確かにゲリラをやっている。」
ダンは、殺れ、と男達に合図した。
「クレヴァン、頼む。」
ルーサーは、サッとクレヴァンの後ろに隠れた。
クレヴァンは、ルーサーの前に立ち塞がった。
「お前ら、そんな構えじゃ、俺に斬られるだけだぞ。やめとけ、やめとけ。」
クレヴァンは、男達に忠告した。
「ガキが、舐めやがって!」
一人の男が斬りかかってきた。
「やめとけって!」
クレヴァンは、サッと剣を避けて、態勢を崩した男の首筋を、後ろから強くチョップした。
「ぐえ…。」
男はその場で崩れ落ちた。
「だからさ、やめとけって。」
クレヴァンは、男達に忠告した。
「お前ら、下がれ。」
ダンが、そう言って前に出てきた。
「あんたがやるのかい?」
クレヴァンは、先に剣を抜いた。
「ああ。」
ダンも剣を抜いた。
その瞬間、クレヴァンが上段から斜めに剣を振り下ろした。
ダンは、避けながら自分の剣で防御して、クレヴァンの剣を弾いて、クレヴァンは、後ろに態勢を崩した。
そして、態勢を立て直して、再度、振り下ろしてきたクレヴァンの剣を、ダンは、摺り足で後方に移動して、前に、つんのめったクレヴァンを、今度は、ダンが中段から、水平に、斬りにかかった。
クレヴァンは、咄嗟に仰け反りながら、ダンの剣先を自分の剣で弾きながら転げながら逃げた。そして、俊敏に態勢を立て直して剣を構えた。
ダンは、それを見て、自分も剣を構え直して、二人は、互いに対峙した。
しばらく、二人は、間合いを取り合っていたが、今度はダンが勢いよくクレヴァンに斬りかかり、クレヴァンは、剣で防御しながら、耐えていたが、次第に、後ろにある壁際に追い詰められていった。
そして、クレヴァンが苦し紛れで出した剣を、ダンは、返す剣で、振り払うようにして、地面に叩き落とした。
クレヴァンの剣は、床で跳ねながら回転して転がっていった。
剣を、拾いに行くにも、ダンが剣先を突き付けていて、身動きが取れなかった。
クレヴァンは、丸腰で、完全に壁に背を付ける格好になった。
「口ほどにもないな。」
ダンは、剣先の平らな部分を、クレヴァンの頰をヒタヒタと当てた。
「殺れよ。」
クレヴァンは、両手を下げて、ダンを見据えた。
「いい覚悟だ!」
ダンは、上段から剣を振り下ろして、一気にカタを付けようとした。
ダンの剣が、クレヴァンの肩に入った瞬間、クレヴァンは、隠し持っていた短剣を下からダンの喉元へ、突き出した。
ハッとして、ダンは、剣を振り下ろす動きを止めた。
クレヴァンの服の肩の辺りが切れていて、血が滲んでいる。
「どうする?相討ちでいいか?」
クレヴァンは、尋ねた。
「相討ちだと?このまま続けたら、死ぬのは俺だけだ。」
ダンは、血の付いた剣の刃を、自分の服の脇に軽く挟んで拭うと、鞘に収めた。
それと同時に、クレヴァンも短剣を鞘に収めた。
「俺は、あんたらに話をしに来ただけだ。話を聞いてくれよ。」
ルーサーが、何事も無かったかのように、隅っこから出てきた。
ダンは、部下たちを追い出すと、見張りを命じ、店主には、騒いで悪かったと金貨を何枚か渡して、何か出してくれと頼んだ。
そして、席にどっかりと座った。
ルーサーとクレヴァンもテーブルを挟んで、席に座った。
「お前ら、何者だ?」
ダンは、尋ねた。
「俺たちは、テルプルの者だ。カーツ様の使いで、あんた達に会いに来たんだ。」
ルーサーは、あっけらかんと言った。
「テルプル?ゲリラの連中は、テルプルと事を構えたりはしねえよ。あの時、俺たちは、瀕死の状態だったが、結果的にテルプルの侵攻で、俺たちは、生き延びたんだからな。まあ、サリバー自体は、無くなっちまったがな…。」
ダンは、店主が持ってきた蒸しパンを、鷲掴みにして食べた。
そして、食えよ、そう言った。
「そういう事じゃねえんだ。実は、ルーガンが西への侵攻を開始するらしいんだ。それを阻止する為に、マイラが軍を出す。そん時は、あんたらに協力して欲しいんだよ。それから、ルーガン軍に組みしてる元サリバーの軍人と話がしてえ。」
ルーサーは、ダンに頭を下げた。
「マイラ?マイラとは、あのマイラ様か?」
ダンは、顔色を変えて立ち上がった。
「ああ、そうだけど、落ち着け。まあ、座れ。」
クレヴァンは、ダンに声をかけた。
ダンは、ああ、そう言って、ドサッと腰を下ろした。
「マイラは、テルプルで無事に暮らしてる。それから、マイラが、お姫様だってのは、俺も知ってる。でも、俺とマイラは、友達だから、マイラ様とは言わねえ。」
ルーサーが言うと、ダンは、ルーサーに対する態度を変えて、背筋を伸ばした。
「マイラ様は、生きておられるのだな。マイラ様は、行方不明だが、亡くなった可能性が高いと言う話だった。ルーガンは、慰霊碑を建てて、敬意を表すと発表したが、ゲリラ達は納得していない。」
ダンは、唇を噛み締めた。
「カーツ様は、マイラが軍を起こし、ルーガンを撃滅した暁には、サリバーの復活と独立を確約された。これが、念書だ。但し、マイラが君主になるかは、マイラに一任するとある。本物かどうかは、あんたらのお仲間に詳しいのがいるだろ?鑑定してもらってもいいぜ。」
ルーサーは、ダンにカーツの直筆の念書を差し出した。
「確かに…。そこまで言うなら本物たのだろう。マイラ様は、独立が成れば、サリバーの王位に就くご意向か?」
ダンは、更に恐縮してルーサーに尋ねた。
「マイラは、テルプルで穏やかに暮らしてる。マイラが出陣する意図は、俺には分からねえ。」
ルーサーは、正直に答えた。
「嘘でも、サリバーの為に立つと言えないのか?食えない奴だな。」
ダンは、吐き捨てるように言った。
「俺は、嘘は付かねえ。マイラの心は、マイラだけの物だからな。」
ルーサーは、はっきり答えた。
「ルーサーは、バカだが嘘は付かん。どうだ?話に乗ってみないか?」
クレヴァンが割って入った。
「クレヴァン、バカはねえなぁ。」
ルーサーは、ニコニコしているだけだ。
「うるせえ、俺が死にかけてるのに、ずっと隠れていやがって。」
クレヴァンは、ブツブツと言った。
「マイラ様の心は、マイラ様だけの物か…。」
ダンは、腕組みして、しばらく考え込んでいた。
「いいだろう。乗ろう。他のゲリラ達には、俺が話をつける。それでいいか?」
ダンは、尋ねた。
「本当かい?これは、ありがたい。」
ルーサーは、笑顔を弾けされて喜んだ。
「問題は、ルーガンに付いた連中だ。」
ダンは、しかめっ面をした。
「あいつらは、ルーガンの統治で、治安が保たれ、民が標準的な暮らしが出来ている事のみを良しとしている。テルプル軍にいるマイラ様に、馳せ参じるだろうか?」
3人は、しばらく、考え込んていた。
そこから、答えがないまま、夜になった。
3人は、ルーサー達の宿に場所を移して話をする事にしたが、良い考えは、浮かばなかった。
夕食が終わった頃、宿の女中がルーサー達の部屋にやって来た。
「お客さん、テルプルから来ている若者に会いたいと、ご老体が、来ているんですが、どうします?」
女中は、面倒臭い感じで、ドアの向こうから声をかけてきた。
「何?」
クレヴァンとダンは、剣を持った。
「ああ、そうかい。来てもらってくれ。」
ルーサーは、穏やかに答えた。
女中は、分かりましたと、一旦、いなくなった。
「お前、刺客だったらどうするんだ?」
クレヴァンは、ムッとした。
「この辺りは、ゲリラ狩りも盛んだ。軽率だぞ。」
ダンも、ルーサーに怒りを向けた。
「あんたら二人がいれば、大丈夫ざ。」
ルーサーは、余裕で、くつろいでいる。
「邪魔するよ。」
安宿には、部屋に鍵などついていない。
老人は、声をかけると、勝手に入ってきた。
クレヴァンとダンは、いつでも剣を抜けるような態勢でいる。
「血の気の多い兄さん方じゃな。わしは、一人だ。こんな老いぼれ一人に何ができようか。」
老人は、笑いながら、座った。
「あんた、何者だ?」
クレヴァンが尋ねた。
「わしか?ルーガンの宰相、セッサ・ダインというもんだ。」
セッサの眼光に、クレヴァンとダンは、剣から手を離した。
「ルーガンの宰相さんが、何の用だい?」
ルーサーは、あっけらかんと尋ねた。
「わしは、今からカーツ殿に会いに行く所でな。テルプルからネズミが忍び込んだと聞いて、どんなネズミか見に来たのよ。」
セッサは、ケラケラと笑った。
「何?」
クレヴァンは、再び、殺気を放った。
「おぬし、いい眼をしておるな。」
セッサは、クレヴァンに、そう声をかけると、話し始めた。
「わしは、ギーゲン様が、この乱れた世の中を正せる唯一のお方と思って、仕えてきた。サリバーの件も、正義を持っての出陣じゃった。しかしな、ギーゲン様とて、すでに40を過ぎている。わしは、若い連中が、ギーゲン様を越える事ができるか?それが見たくなったのよ。」
セッサは、懐から紙包みを取り出して、それを拡げた。
「そこの小さいの。これに見覚えがあろう?」
セッサは、ルーサーに尋ねた。
そこには、マイラが切った後ろ髪が、紐に縛って置いてあった。
「これは、マイラの…。」
ルーサーは呟いた。
「これを、ハン・ゾウンという男に渡すと良い。後は、彼が、ルーガンこそ正義と思うか?そうは、思わないか?それ次第だ。」
セッサは、ルーサーに、持っていけ、そう言った。
「今から、わしは、宣戦布告をする為にテルプルに向かう。そして、姫君には、この剣をお返しするつもりじゃ。この意味をよく考えて欲しい。」
セッサは、ルーサー達に、そう話を締めくくった。
「さて、邪魔したな。見送りはいらんよ。」
セッサは、立ち上がると、声をかけるルーサー達に、振り返ることなく、部屋を出ていった。
「あのジジイ、大した迫力だったな。俺は、剣を抜く事ができなかった。」
ダンは、悔しそうな顔をした。
「しかし、酔狂と言うか、食えねぇジジイだ。」
クレヴァンも舌打ちした。
「でも、これで、元サリバーのルーガン兵と話ができる。ハンと言えば、元サリバーの人間なんだろ?」
ルーサーは、ダンに尋ねた。
「ああ、だが、一歩、間違えば、殺されるぞ。」
ダンは、険しい顔をした。
「多分、大丈夫だ。今度は、俺一人で行ってくるよ。お前らがいるとケンカになりそうだからな。で、どこに行けばいいんだ?」
ルーサーは、笑いながら尋ねた。
「お前、正気か?奴らは、ゲリラ狩りのプロみたいな連中だぞ。」
クレヴァンが、ルーサーを止めた。
「同感だな。交渉するなら、それなりのルートを使って、互いに護衛を連れて臨むべきだ。」
ダンも反対した。
「いやいや、あの人達にもメンツがある。コソッと話しした方がいい。だから、教えてくれ。彼らは、どこにいるんだい?」
ルーサーは、尋ねた。
「ハンのアジトは、国境近くの砦だ。」
ダンは、一言、答えた。
「そうかい。恩に着るぜ。もし、3日経っても帰ってこなかったら、クレヴァンは、テルプルに戻ってくれ。ダンは、ゲリラ狩りに備えてくれ。」
ルーサーは、そう二人に指示した。
「分かった。だが、無茶するなよ。」
クレヴァンとダンは、ルーサーが、言い切ったので、従う事にした。
ルーサーは、翌日、一人で国境にある砦に向かった。
砦に通じる山道には、幾つも関所が設けてあって、物々しい雰囲気だった。
ルーサーは、その関所を訪ねていった。
「ちょっといいかい?俺はルーサー・パンって者だ。」
関所の衛兵にルーサーは、声をかけた。
「何だ?ここから先は一般人は、入れない。引き返せ。」
衛兵は、手で、シッシッとやった。
「これでも俺は、テルプルの騎士だ。ハン・ゾウン様に会いに来たんだ。」
ルーサーは、衛兵に正直に身分を証した。
「何だと?怪しい奴め。」
衛兵が槍をルーサーに突きつけた。
「手荒な真似は止めた方がいい。俺は、セッサ様に言われて、ここに来てる。俺をここで殺したら、あんたの方がヤバい事になるぜ。」
ルーサーは、ニコニコと衛兵に話した。
「何!セッサ様だと?いい加減な事を言うな!」
衛兵は、キレ気味に迫った。
「嘘だと思うなら、マイラ様の件で、セッサ様から預かってる物があると伝えてくれよ。それで、ハン様が俺を斬れと言うなら、潔く斬られる。俺は逃げも隠れもしねえよ。とにかく、もたもたしてると、あんたがヤバくなるぜ。」
ルーサーは、その場に座り込んだ。
「わ、分かった。そこで待ってろ。」
衛兵は、何か奥の方へ行って、ヒソヒソと何か話しているようだった。
そして、また別の衛兵が、伝令で走っていったようだった。
どのくらい待ったのか…。
ルーサーは、眠たくなって、座り込んだまま、うつらうつらしていた。
「おい、起きろ。」
ルーサーは、そう声をかけられて、ハッとして目を覚ました。
「あ、すまねえ。寝ちまってたか。」
ルーサーは、ヨダレを袖で拭って声の主を見上げた。
「お前は、あの時の男か?」
声の主は、ジーマ・ウィルボーンだった。
「あんた、あん時の…。知ってる人が来てくれて良かった。」
ルーサーは、あっけらかんと言った。
「呆れた奴だ。まあいい、来い。」
ルーサーは、ジーマと共に砦に向かい、部下達に、声をかけないように指示して、ある一室に入った。
「で?本当にセッサ様の使いなのか?」
ジーマは、尋ねた。
「これをハン様に渡すように言われて来た。」
ルーサーは、マイラの後ろ髪を見せた。
「これは、あの時のマイラ様の後ろ髪か?」
ジーマは、ルーサーが、そうだと答えると、疑う事なく片膝をついて胸に手を当てた。
「マイラは、もし、ルーガン軍が西に攻めてきたら、テルプル軍に加わって、戦うつもりだ。ゲリラの連中には、マイラに加勢する約束を取り付けた。後は、あんたらだ。マイラに手を貸してやってくれねえか?」
ルーサーは、直球でジーマに訴えかけた。
「マイラ様が…。ちょっと待ってろ。」
ジーマは、慌てて部屋を出ていった。
しばらくして、ジーマが戻ってきて、ルーサーを、ハンの執務室に案内した。
「ジーマ、よくよく、この男とは、縁があるようだな。」
ハンは、執務室から、ジーマ以外の部下に、席を外すように命じた。
そして、ジーマには、部屋に誰も近づかないように、ドアの前で見張るように命じた。
「さあ、これで、この部屋の中にいるのは、君と私の二人だけだ。これで満足か?」
ハンは、鋭い視線をルーサーに浴びせた。
「はい。ありがたい事です。」
ルーサーは、素直に頭を下げた。
「それで、マイラ様は、テルプルにおられるのか?」
ハンは、尋ねた。
「はい。」
ルーサーが答えると、ハンは、しばらく目を閉じて、黙っていた。
「それで?私に用とは?」
ハンは、尋ねた。
「マイラは、ルーガンが攻めて来たら、テルプル軍に加わって出陣します。カーツ様は、ルーガン軍を撃滅したら、サリバーを復活させて、マイラが望むなら、王位に就けると確約してます。その念書は、ゲリラの連中に渡したから、調べてもらえれば分かるはずです。」
ルーサーは、そう説明した。
「それで、セッサ様は、何と?」
一通り、ルーサーの話を聞くと、ハンは、ルーサーに、また尋ねた。
「あの人の言ってる事は、難しくてよく分からねえんだが、とにかく、あんた様に、マイラの後ろ髪を渡してくれってのと、若い連中が、ギーゲン様に勝てるのか興味があるみてえな事を言ってた。」
ルーサーは、自分なりに最大限、考えて理解した事を、ハンに説明した。
「そうか…。分かった。カーツ様には、こうお伝えしろ。テルプルには味方しない、しかし、マイラ様には味方するとな。」
ハンは、そう明言した。
「その通りに言えばいいのかい?」
ルーサーは、ハンに確認した。
「そうだ、それで、カーツ様も、ゲリラの連中も理解する。」
ハンは、分かったら、さっさと帰れ、そう言った。
「分かりました。それじゃあ、確かに、これは渡しましたよ。」
ルーサーは、席を立った。
そして、ハンは、ジーマに安全な場所まで送っていくように命じた。
ルーサー達がテルプルに戻るのと入れ違いで、セッサがルーガンに戻ってきた。
しかし、首都のルーガニアに入った所で倒れてしまい、病院に運ばれる途中で息絶えた。
「セッサよ、何も語らず、旅立つとはな。全く、大した軍師よ。最後は、私自身で答えを出せと言うのか?」
訃報を聞いたギーゲンは、涙を隠しながら呟いたと言う。