2-15
「さて、ごちそうになった。記念に、この服をもらっていいだろうか?」
マイラは、女房衆に尋ねると、そんな物で良ければと、口々に答えた。
「ありがとう。そうだ、礼と言っては、何だが、甲冑を置いて行こう。何か困ったら売るといい。けっこう良い物らしいから。」
マイラは、そう言って立ち上がった。
「本当によろしいのですか?」
漁師長が尋ねた。
「ああ。そうだ…。後々、迷惑がかかるといけないからな。書くものはある?」
マイラは、ペンと紙を受け取ると、甲冑を礼としてこの村に授けると記して、花押を書いた。
そして、それを漁師長に手渡した。
「恐れ多い事です。村の宝と致します。」
皆がひれ伏した。
「ブライ、剣を。」
マイラがブライに声をかけると、ブライは、両手で剣を掲げてマイラに差し出した。
「大義。天下国家の為と言うならば、まず、この村の為に働け。いいな。」
マイラは、剣を背負うとブライにそう語りかけた。
「ははぁ。」
ブライは、片膝を付いて胸に手を当てた。
「マイラ様、これからどちらへ?」
ブライは、立ち上がると尋ねた。
「私か?そうだ、中央の病院に行くんだったな。」
マイラは、ウィンディに跨った。
「この辺りは、治安も不安定です。私が手綱を引きましょう。」
ブライは、そう申し出た。
「そうか、では、頼もうかな。」
マイラは、そう言って微笑んだ。
そして、漁師達に見送られて、漁師村を後にした。
フレッドは、信者達に聞き取りをしながら、マイラの足取りを追っていた。
「さすがに真紅の甲冑は、目立つからな。まあ、それも、マイラ様は、ご承知の上にだろうがな。あっちか…。という事は、港へ向かったのか?しかし、あっちは治安が不安定だ。いや、あのお方の事だ、敢えて立ち寄ったか?」
フレッドも、段々、マイラが分かってきた。
そんな予想が容易に立てられた。
フレッドは、俊足を飛ばして港へ向かう。
「これは…。」
祭りでもあったかのような様子に、フレッドは、一抹の不安を感じていた。
しばらく辺りを歩いていると、漁師達が、マイラの甲冑を大事に運ぼうとしていた。
「あれは!?」
フレッドは、慌てて、野次馬の女房衆に声をかけた。
「随分と立派な甲冑だが、あれは一体?」
フレッドが尋ねると、女房衆は、興奮気味に捲し立てた。
「サリバーの国王様が来ているのは、知っているだろ?お忍びで、この港町に来てたんだよ。」
「ほお、それは、それは。」
フレッドが、驚いて見せると、女房衆は、更に捲し立てた。
「私らが粗末な料理をお出ししたら、たいそうお気に召して、礼だと言って、あの甲冑をくださったのよ。」
やられた…、それを聞いたフレッドは、思った。
「それで、どんなお召し物で出発された?」
フレッドは、尋ねた。
「私らが着るような、シャツとズボンで。地元の若い者が、手綱を引いて行ったよ。」
女房衆に言われて、フレッドは、マイラを再び、追った。
マイラとブライは、町に向かって馬を進めた。
「そうだ、ちょうどいい。ブライ、お前も会見場まで付いて来い。」
マイラは、そう馬上からブライに声をかけた。
「いえ、私は、ただの道案内を買って出ただけですから。」
ブライは、そう言って首を横に振った。
「このままでは、いずれ、ゲリラは、掃討される可能性が高い。今が頭の下げ時だ。お前が橋渡しになれば、いらぬ争いを回避できるかもしれん。どうだ?」
マイラは、尋ねた。
「うーん、分かりました。最後まで、お供します。」
ブライは、そう返事した。
「そうか、それは、心強い。頼んだぞ。」
マイラは、微笑んだ。
その後、二人は、ゆっくりとしたペースで中央の町へ向かっていった。
「マイラ様、この調子なら、夕刻には、病院につけるでしょう。」
ブライは、町の方向を指さして言った。
「そうか…。ところで、お前は、どうしてカーリアに来たんだ?信者になりたかったのか?」
マイラは、尋ねた。
「いや、俺は、子供の頃、サリバーが、ルーガンの統治を受けている時の内戦で両親を失って。とにかく逃げているうちに、この辺りで行き倒れているのを、カーリアの修道女に助けられました。それからは、カーリアの軍人として育てられたのですが、いつか、故郷に戻りたいと思って生きてきた所で、あの小砦の建設が始まりました。これでは、一生、ここから出られないと思い、反乱軍に参加して、何とか小砦を突破して、故郷に戻りたかった。まあ、そんな安直な話です。」
ブライは、そう、自虐的に胸の内を話した。
「お前の身の上を聞けば、王族として詫びなければならない。しかしな、もう、お前の故郷は、ここカーリアとは言えないか?この破壊された町を、いや、自分達が破壊してしまった町を、自分の手で何とかしたいとは思わないか?」
マイラは、ブライに尋ねた。
「それは…。」
ブライは、口ごもった。
「まあ、他人に惑わされず、己と向き合え。そうすれば、答えは自ずと出る。」
マイラは、そうブライを諭した。
町に近づくにつれて、人の往来も多くなってきた。
それと同時に、路上で炊き出しを待つ者、救護所で横たわる者も目立つようになってきた。
「フレッド、付けているのは分かっているわ。出てらっしゃい。」
マイラは、馬から降りると、そう呼びかけた。
「やはり、気づいておられましたか。」
フレッドが、片膝を付いて現れた。
「さすがね、漁師の村から追いかけて来たのね。」
マイラは、微笑んだ。
「はい。何とか追いつきました。皆が心配しております。早くグレイ様の元へ参りましょう。」
フレッドは、そうマイラを諌めた。
「それは、すまないと思っている。でも、少し、考えがある。」
マイラは、フレッドに、やんわり、まだ戻らないと告げた。
「ブライ、この辺りで使える宿は無いかしら。」
マイラは、唐突に尋ねた。
「え?でも、マイラ様、夕刻には病院に着けますよ。」
ブライが口を挟んだ。
「ちょっと気が変わったのよ。」
マイラは、そう、あっけらかんと話した。
「はぁ…。宿って言うのか、信者が集会で使う保養所ならありますが。」
ブライは、そう答えた。
「そこでいいわ。フレッドは、エリーザにドレスを持ってくるように言って。もちろん、内々に。ブライ、お前は、病院に行って、マーニル達に、明日の午後3時に、ここに来るように伝えて。よく考えれば、病院には、患者達もいるだろうから、騒がせたくないわ。」
マイラは、そう言って微笑んだ。
「畏まりました、では、私は、小砦に参ります。おい、若造、何者か知らんが、マイラ様に何かあったら、ただではすまんからな。」
フレッドは、ブライを恫喝した。
「わーってるよ。おっさん。」
ブライも身を乗り出して答えた。
「さ、時間がないわ、頼んだわよ。」
マイラに制されて、フレッドは、去っていった。
フレッドと別れたマイラとブライは、町に入る前の少し景色の良い丘にある小さな保養所に到着した。
「ブライ、正体を明かすな。いいな。」
マイラは、そうブライに指示した。
「はい。それは、心得てます。」
ブライは、そう答えた。
受付で申し込みをすると、内戦の間は、閉めていたので、部屋は全て空いているという事だった。
「では、部屋を2つ頼む。」
ブライは、そう言って、マイラから預かった金貨で宿泊代等を払った。
「じゃ、俺は、マーニル様の所に行って来ますから、馬を借ります。」
ブライは、そうマイラに言った。
「ああ、気をつけてな。」
マイラは、そう言ってブライを見送った。