2-11
ノリスの顔から笑いが消えた。
そして、この男の言葉は、ハッタリではないと感じ始めていた。
それは、この死をも恐れぬフレッドの態度で見て取れた。
周りの部下達も、これは、大変な事になったという事を認識して、静かに席に座って、ノリスを見つめている。
自軍が戦線を突破してしまったら、もう止めることは難しい。
戦闘は、始める事よりも、止める事の方が難しい。
止めるなら今しかない。
ノリスは、指揮していて初めて足が震えた。
そして、一度、目を閉じて、フーっと大きく息を吐いた。
「進軍を止めさせろ。」
ノリスは、部下に命じた。
一瞬、ざわついたが、皆、この判断を理解して、各方面に伝令が放たれた。
「女王陛下のご意向に従う。使者殿、休戦の使者になっていただけないか?」
ノリスは、フレッドの前に跪いた。
「承知しました。」
フレッドは、またたく間に姿を消した。
そして、戦火を掻い潜って、教会に向かった。
「反乱軍の攻撃が止まりました。」
マーニルに、報告が入ってきた。
「分かった…。反撃せず、戦闘体制のみ維持しろ。」
マーニルは、そう指示した。
「グレイ殿、どうやら、向こうも承知したようですな。」
マーニルは、大きく息を吐いた。
「間もなく、手の者が報告に参りましょう。」
グレイが、そう返事をするかしないかのうちに、教会に侵入したフレッドがグレイの元へやって来た。
「反乱軍の頭目、ノリス殿は、武装解除に応じる事を承知しました。」
フレッドは、そうグレイに報告した。
「では、反乱軍の陣と教会の中間地点にある病院。すぐにでも、ここでノリスと会おう。クレア様には、私が報告する。」
マーニルは、そう静かに話した。
「では、私は、ノリス殿に、伝えて参ります。」
フレッドは、瞬時に姿を消した。
マーニルは、グレイをその場に待たせて、シェルターに戻った。
「クレア様、我々は、サリバー女王、マイラ様の仲裁に従い、反乱軍と休戦し、武装を解除した上で、サリバー軍を入場させます。それで、よろしいですか?」
マーニルは、クレアに尋ねた。
「人道支援をお願いしたのです。女王陛下のご意向に従いましょう。マーニル、良しなに取り計らってください。」
クレアは、そう言って、静かに微笑んだ。
「では、反乱軍と話し合って参ります。もうしばらく、こちらでご辛抱ください。」
マーニルは、そうクレアに頭を下げた。
「分かりました。マーニル、くれぐれも気をつけて。」
クレアは、そう言って、マーニルを見送った。
中間地点の病院の会議室にマーニルとノリスが対面したのは、その日の夕刻だった。
双方にグレイとフレッドが付き添って、立会人となった。
「この内乱の処理については、後日、話し合うとして、早速、休戦に向けて、打ち合わせを行いたい。」
グレイが二人に睨みを効かせると、マーニルとノリスは、黙って頷いた。
「まず、武装解除の前に、兵を引かねばならない。互いに白旗を立て、兵達を元々の基地に順次引かせて、武装解除という手順でどうか?」
マーニルが口を開いた。
「承知した。こちらも徹底するが、小競り合いが起こらないように、統制を頼む。その後の事だが、使者殿に立会人になっていただき、我ら二人ででサリバー軍を誘導する。サリバー軍は教会を中心に進駐し、中央広場に陣を張っていただくという事でどうか?」
ノリスも意見を述べた。
「承知した。では、誓約書を交わして、早速取り掛かっていただく。明日中にとなると、急がねばなりません。」
グレイは、頷いた。
「クレア様の処遇は、どうなる?」
最後に、マーニルとノリスが口を揃えて尋ねた。
「今は、我らもお答えしかねる。」
グレイは、言葉を濁した。
「そうか…。」
二人は、俯いた。
「フレッド、私は、ここに残る。マイラ様に、報告を。」
「承知しました。」
フレッドは、砦に向かった。
小砦からサリバニアへ、早馬の伝令が到着したのは、マイラがカーリアに人道支援を行うと決めた数日前だった。
「ご苦労。」
ハンは、伝令からマイラの手紙を受け取ると、玉座の間に皆を集めた。
「カーリアで何かありましたか?」
エリーザは、ハンに尋ねた。
「分からないが…。これはマイラ様からの手紙だ。」
ハンは、手紙を開封した。
そして、先んじて内容を読み始めた。
それをエリーザ、ダン、ジーマは、固唾を飲んで見つめていた。
ハンが読み終わると、まず、エリーザが尋ねた。
「マイラ様は何と?」
ハンは、読んだ手紙を畳むと、何か感情を抑えるように深呼吸した。
「早急に、私の甲冑と公式のドレスを小砦に届けてください。以上。だそうだ。」
ハンは、冷静を装って皆に聞かせた。
「どういう事でしょうか?」
エリーザは、困惑した顔をした。
「分からんな。マイラ様の言う通りにしてやればいいんじゃないのか?」
ジーマが呆れ顔で言った。
「いや、これは、カーリアで異変が起こったに違いありません。ここは、出陣せねばなりますまい。兵を出しましょう。」
ダンが、そう主張した。
「いや、ここは、マイラ様に任せよう。兵が必要なら、そう書いてあるはずだ。エリーザ、侍女を数名連れて、秘密裏にマイラ様に届けてくれないか?」
ハンは、そうエリーザに頼んだ。
「公式のお召し物が必要だと言う事は、マイラ様は、王として何か動かれるという事だろう。お世話を頼む。」
ハンは、エリーザに命じた。
「畏まりました。参りましょう。」
エリーザもため息混じりで答えた。
そして、急いで準備をすると、商人の馬車に偽装して出発した。
マイラは、皆が落ち着かないからと来賓室に押し込められていた。
「こんな所は、落ち着かないんだけどな。」
マイラは、ブツブツとぼやいていた。
そこへ、フレッドが報告に来た。
「マイラ様、カーリアは、双方、こちらの要求を飲みました。明日中には、双方、武装解除が完了できるでしょう。」
「ご苦労でした。」
マイラが答えると、フレッドは、再び姿を消した。
その後で、エリーザが侍女達を引き連れて、ドタバタと来賓室へ突入してきた。
「マイラ様!ご無事ですか?」
エリーザは、マイラにすがりつくように声をかけた。
「エリーザ、わざわざ来てくれたの?」
マイラは、ありがとう、そう微笑んだ。
「マイラ様、このような無茶な事は、お慎みください。私は、生きた心地がしませんでしたわ。」
エリーザが、説教を捲し立てている間、侍女達は、持ってきたマイラの物を、テキパキと整理していった。
「それに、そのような見苦しい格好。早速、お召し替えを」
エリーザは、マイラに言った。
「すまんすまん、でも、小砦には、ちゃんと風呂が付いているから、大丈夫だから。」
マイラが言うと、エリーザは、捲し立てるように、説教をした。
「ただ、湯船に浸かっていただけでしょう。ちゃんとしていただきます。」
マイラは、有無を言わさず、侍女達に風呂に連行されていった。
「エリーザさん、よろしいか?」
リックが来賓室に入ってきた。
「エリーザさん、着いて早々、手を焼いたみたいですね。」
「全く…。それで、ケイは?」
エリーザは、尋ねた。
「戦闘配備の状態が続いてますからね。僕は、交代で中に入ってきました。明日、カーリアは、武装を解除する予定ですから、明後日、マイラ様は、公式にカーリアに入られると思います。」
リックは、そう説明した。
「なるほど、それで…。まあ、公式の場では、ちゃんとしなければならないと思っていただけただけでも良しとしなきゃね、」
エリーザは、ため息を付いた。