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滝を斬る  作者: ninjin19
3/225

3

マイラとルーサーは、テルプルの首都、クリーゼに向かっていた。

クリーゼに近づくに連れて、人の往来も、露店も増えてくるのが、目に見えてよく分かった。

「日が暮れるまでにはクリーゼに着きてえな。門が閉まっちまうと、野宿になっちまう。」

ルーサーは、昼飯の蒸しパンを頬張りながら、ぼやいた。

マイラは懐の短剣を見つめていた。

ジーマに投げつけて壁に刺さっていたのを回収していたのである。

「あ、短剣にも紋章がある。」

今まで気が付かなかったが、短剣の柄の部分にも、ビューラー家の紋章が施されていた。

「どうした?食わねえのかい?」

ルーサーに尋ねられて、慌てて短剣を懐に隠すと、マイラも蒸しパンを食べ始めた。

「お前、テルプルに行くのはいいが、何か当てはあるのか?」

マイラは、尋ねた。

「そうだなあ。まずは、下働きでもいいから、城で雇ってもらう所からだな。クリーゼなら、働き次第で出世も思いのままさ。」

ルーサーは、裏付けのない自信に満ち溢れていた。

「そうか。」

マイラは、一言だけ答えた。

「マイラは、どうするのさ。腕も立つし、騎士として、仕官したらどうだい?テルプルの法は、男も女もねえ。腕次第だ。」

ルーサーは、興奮気味に話す。

「なら、まず剣を買わなきゃな。」

マイラは、そう言って微笑むだけだった。

「そうか…、すまねえ。本当なら、俺が弁償しなきゃならねえんだが、そのうち、出世したら、切れ味抜群の剣を買ってやるからな。」

ルーサーは、鼻息を荒くして熱弁した。

「ああ、楽しみにしてる。」

マイラは、微笑んだ。


二人は、夜が更ける前に、クリーゼの城下に入る事ができた。

普通、国の首都ともなれば、関所が設けられ、厳重に守られてチェックも厳しいが、ここの門番は、立っているだけで、時間になったら閉めるだけ、そんな感じだった。

夏も終わりかけで、陽も傾きかけると、少しひんやりした風が通り抜けていった。

そんな空気とは裏腹に、町の中は人の熱気で溢れていた。

しばらく歩くと、マイラは、ルーサーに言った。

「私は、河原の方でテントを張る。じゃあな。」

マイラは、突然、別れを切り出した。

「待ってくれよ。今日の宿代くらい出させてくれよ。」

ルーサーは、慌てて言った。

「いや、ここでお別れだ。元気でな。」

マイラは、そう言うと、軽く手を上げて、その場を去ろうとした。

すると、少し離れた所から、女性の悲鳴が聞こえた。

マイラは、立ち止まって、悲鳴が聞こえてきた方向へ振り返った。

すると、身なりの良い若い女性が、数人の若い男に絡まれていた。

たくさんの人が通りを行き交うが、誰も目を合わせようとしなかった。

「ねえ、俺たちと、遊ぼうよ。」

お決まりの文句で、男達は、女性の腕を囲んだ。

「すみません、先を急ぎますから、通してください。」

女性は、恐る恐る言うが、男の一人が女性の手を掴んで連れて行こうとした。

「そう言わずにさぁ。」

男達は、ニヤニヤと笑っている。

「離してください。」

女性は、掴まれた手を振り払おうとするが、無力だった。

「ゴロツキに絡まれてやがる。関わらない方がいい。」

ルーサーは、視線を逸らせた。

しかし、マイラは、スタスタと男達の輪に入って行ってしまった。

「おい、マイラ、待てよ。」

ルーサーは、恐る恐るマイラの後ろに隠れながら進んだ。

「おい、離してやれ。」

マイラは、男に話しかけた。

「何だぁ?」

男がそう、しかめっ面をしてマイラを睨んだかと思うや否や、男は、女性の手を放して、その場に崩れ落ちた。

そして、腹を押さえてピクピク痙攣している。

マイラが、男のみぞおちに思い切りボディブローを決めたのである。

「下がって。」

マイラは、女性の盾になるように立つと、他の男達に睨みを効かせたまま、倒れた男の顔を片足で踏みつけた。

「ここは、引いてくれないか?」

マイラは、短剣をちらつかせながら、男達に頼んだ。

「てめえ、ナメやがって…。」

踏まれた男は、悪態をつくが、人間頭を踏まれると身動きが取れない。

「殺したくないんだ。」

マイラは踏みつける足に力を入れて、短剣を振り上げた。

「やめろ、やめてくれ!」

ようやく自分の状況を理解して、男は、命乞いに走った。

「分かった。分かったから。勘弁してくれ。」

男達は、そそくさと逃げていった。

マイラは、男達が去っていくと、倒れている男の顔から足を離した。

「覚えてやがれ!」

男は、お決まりの捨て台詞を吐いて、這いつくばるようにマイラから離れると、態勢を立て直しながら、必死に走って逃げていった。

「大丈夫か?」

マイラは、女性に声をかけた。

「ありがとうございます。私は、マリアンヌと申します。」

マイラと同じくらいの年だろうか?

マリアンヌと名乗る女性は、丁寧にお辞儀した。

「俺は、ルーサーってんだ。いやぁ、あぶない所でしたね。」

マイラの後ろからルーサーが、調子よく現れた。

「あなたのお名前は?」

マリアンヌは、ルーサーの事は無視して、マイラに尋ねた。

「もう夜だし、この人、家まで送っていってあげようよ。」

ルーサーは、気楽な様子で割って入ってマイラに、言った。

マイラは、マリアンヌの様子を見て、あまり世間を知らなさそうに見えた。

これは一人にしておいては危ないと直感的に思った。

「私は、マイラと言います。彼の言う通り、夜道は危険です。家まで送りましょうか?」

マイラは、マリアンヌに尋ねた。

「よろしいのですか?明るいうちに帰ろうと思っているうちに遅くなってしまって。」

マリアンヌは、明るい表情を見せた。

「もちろんですとも。」

ルーサーが、勝手に仲立ちして、話は決まった。

マリアンヌが路案内をしながら、3人は、夜の町を歩いていった。

「しかし、夜だと言うのに、この明るさ。そして、人の多さ。クリーゼは、凄いな。」

ルーサーは、キョロキョロしながら歩いた。

「テルプルは、関所がありませんし、職業も自由に選べます。でも、その代わりに、色々な人が自由に出入りしますし、格差も大きいんです。」

マリアンヌは、町を歩きながら、二人にクリーゼの様子を案内した。


しばらく歩いていくと、町の中央部分には丘があって、そこには城が、そびえ立っていた。

そして、丘のふもとは、城壁で囲まれて、騎士階級の住まいや、宮殿が城を囲むように建てられていた。

そして、ふもとから川に向かって町が広がり、クリーゼ全体を壁で守っていた。

「だんだん町から離れているようだが、あなたの家は?」

マイラは、マリアンヌに尋ねた。

「丘の方ですわ。」

マリアンヌは、城の方を指さした。

騎士階級の家の娘だろうか?

マイラとルーサーは、マリアンヌを伴って、城の方へと向かった。

「ここです。」

マリアンヌは、城下町に入る門を指さした。

「私達は、庶民です。この中には入れません。後は、お一人で。」

マイラは、マリアンヌに言った。

「何、言ってるんだよ。俺だって一応、下級騎士だし、マイラは、お姫様じゃねえか。家まで送ってあげようぜ。」

ルーサーが悪気なく、そう言った。

「え?お姫様?」

マリアンヌがキョトンとしている。

「バカ!余計な事を言うな。」

マイラは、ルーサーの足を踏んだ。

「あ!いけねえ。マイラが、お姫様ってのは内緒だった!」

ルーサーは、念押しするように言った。

「お前なあ。」

マイラは、ため息をついて諦めた。

「あの、どちらにしても、お礼もしたいですし、夜も更けてきましたから、自宅にどうぞ。」

マリアンヌは、屈託の無い笑顔でマイラに勧めた。

「いや、私はここで。ルーサー、お前は仕官したいのだろ。お言葉に甘えて、お願いしてはどうだ。」

マイラは、そう言うと、引き返そうとした。

すると、門から騎士団が飛び出して来て、マイラとルーサーを囲んだ。

「貴様ら、マリアンヌ様に狼藉とは、いい度胸だ。」

馬に乗った若い騎士が、マイラとルーサーに怒鳴りつけた。

「ハスウィン・バシス、違うのです。」

マリアンヌが声をかけたが、ハスウィンは、部下たちに姫様を守れと命じて、部下たちはマリアンヌの前に盾となってならんだ。

そして、残りの騎士達が、マイラとルーサーを囲んだ。

「説明しても理解しそうにないな。」

マイラは、呟いた。

「武器を捨てて投降しろ。もう逃げ場はないぞ。」

ハスウィンは、剣先をマイラに向けた。

マイラは、クスッと笑った。

「何が、可笑しい。」

ハスウィンは、少しムッとしながら尋ねた。

「ルーサー、剣を貸せ。私の後ろを離れるな。」

マイラは、小声でルーサーに言った。

ルーサーは、頷いてからハスウィンに言った。

「分かった。剣を捨てる。」

ルーサーは、剣を腰から外した。

「よし。もう一人は、武器はないようだな。大人しくしていた方が賢明だぞ。」

ハスウィンは、ほくそ笑んだ。

マイラは、一瞬、スキが見えた瞬間ハスウィンに言い放った。

「ああ…。今は…な!」

ルーサーが腰から離して持っている剣の鞘から柄を掴んで、素早く剣を抜くと、そのまま剣を構えながら、騎士団の輪の真ん中で馬に乗るハスウィンへ、正面から突っ込んだ。

そして、剣をハスウィンに向けて投げつけた。

「うぉ!」

ハスウィンは、思わず体を後ろに反らして、綱を引いてしまったので、ハスウィンの馬が前足を高く蹴り上げて、大きく仰け反った。

その勢いで、ハスウィンは、落馬した。

そして、もんどりを打つハスウィンの鞘から、素早く剣を抜いた。

「動くな。兵を引かせろ。」

マイラは、落馬の痛みで悶るハスウィンに剣先を向けた。

「おのれ、小娘…。断る。殺せ。」

ハスウィンは、胡座をかいて観念した様子だった。

「では、マリアンヌ様、お命じください。兵を引けと。」

マイラは、兵に守られているマリアンヌに声をかけた。

「皆さん、引いてください。この方達は、私を救ってくださった、謂わば恩人です。非礼は許しません。」

マリアンヌは、一生懸命、声を出した。

「姫様、本当ですか?」

ハスウィンが、マリアンヌの方を見ると、彼女は、大きく頷いた。

「引け。姫様を城内にお連れしろ。」

ハスウィンは、そう命じた。

「お前たちにも来てもらう。疑いが晴れた訳ではないからな。」

ハスウィンは、そっぽを向いて悪態をついた。

「分かった。」

マイラは、ハスウィンに剣を返した。

「何だよ、その上から目線。」

ルーサーは、ブツブツ文句を言っている。

「やかましい!お前ら逃げるなよ。ついて来い。」

ハスウィンは、イライラしながら立ち上がると、剣を鞘に収めた。

マイラとルーサーは、騎士団に囲まれながら、ハスウィンの後ろをついて行った。

二人は、荷物を預かると言われて、実際は取り上げられ、牢屋に近いような、捕虜を入れる部屋に別々に入れられた。

だが、パンと水は支給されたし、ベッドもあるし、トイレも個室になっているので、マイラは、特に気にならなかった。

難を言えば、風呂がない点だったが、まあ、寝ることができれば、それで良かった。

しかし、ルーサーは、ずっと文句を言っているようだ。

どこからか、喚き声が聞こえる。

「姫様を助けたのに、これはなんだよ。ほぼ牢屋じゃねえか。」

ルーサーは、一晩中、文句を言っていた。

マイラの方は、至って冷静で、さっさと食事を済ませると、寝てしまった。


翌朝、ルーサーの下へ、ハスウィンがやって来た。

「入るぞ。」

ハスウィンは、部屋に入ると、喚き疲れて寝ているルーサーを叩き起こした。

「起きろ。」

ハスウィンに布団を引っ剥がされて、ルーサーは、何事かといった様子で、目を擦りながら目を覚ました。

「ほれ、飯だ。」

ハスウィンは、パンと水を、粗末なテーブルに置いた。

「俺は、近衛騎士団の団長、ハスウィン・バシスだ。お前、名前は?」

ハスウィンは、尋ねた。

「俺は、ルーサー・パン。アンゼスの生まれだ。」

ルーサーは、パンを頬張りながら話した。

「アンゼスか。仕官を求めてクリーゼに来たのか?」

ハスウィンは、尋ねた。

「ああ、そうさ。アンゼスは、まだまだテルプルの法が行き届いてねえ。俺は、出世を求めてクリーゼに来たんだ。」

ルーサーは、胸を張って話した。

「そうか。で、あの娘とは、どこで知り合った?」

ハスウィンは、続けて尋ねた。

「マイラの事かい?」

ルーサーは、口をモグモグさせている。

「あの娘はマイラと言うのか?そうだ。そのマイラの事だ。」

ハスウィンは、ルーサーの行儀の悪さに、顔をしかめながら返事した。

「マイラには、アンゼスで絡まれてるのを助けてもらったのが始まりでな。あいつも訳ありで、ルーガンの連中に追われてる身だ。何でも、元は姫様らしいって言うんだから驚きだよな。」

ルーサーは、ベラベラとマイラの事を話し続けた。

「ほう。それは、興味深いな。」

ハスウィンは、呟いた。

「で、お前は、どうする?仕官したいのか?」

ハスウィンが尋ねると、もちろんだと食い付いてきた。

「分かった。下働きからでもいいか?」

ハスウィンは、再び尋ねた。

「もちろんでさあ。お願いしますぜ。」

ルーサーは、土下座して頼んだ。

「よし、では、一応、騎士階級と認めてやる。城下町に、下級騎士の為の長屋があるから、そこを貸してやる。当面、必要な物は、大家に頼め。最低限の事はしてくれるはずだ。」

ハスウィンは、長屋の場所と大家の家の場所を紙に書くと、ここを訪ねろと言って、ルーサーに渡した。

「ありがとうございます。」

ルーサーは、大袈裟に礼を言った。

「明日から、働いてもらうからな。」

ハスウィンは、そうルーサーに命じた。

「分かったよ。マイラは、どうなるんだ?」

ルーサーは、尋ねた。

「あの娘は、まだ帰す訳にはいかん。お前は、何も考えず、城から出て、長屋に行けばいい。」

ルーサーは、入ってきた部下二人に腕を掴まれて、部屋の外へ引っ張り出された。

そして、引きずられるように城の門まで連れてこられて、門の外に放り出された。

「何だよ、この扱いは?でも、まあ、仕官できたから良しとするか。今に見てろよ。」

ルーサーは、心の中で、ここもアンゼスと同じかと思ったが、自分を引きずってきた衛兵と門番に、愛想よく挨拶して、長屋に向かった。


マイラは、部屋をノックする音で目を覚ました。

マイラが返事をすると、鍵の開く音がして、身なりの良い若い女性がドアを開けた。

「このような所に押し込めまして、誠に申し訳ございませんでした。私は、マリアンヌ・ウィロード様の学友、エルネ・アーノです。ここで、事を起こすのは得策ではありません。ここは、私の顔を立ててくださいませんか?」

エルネは、殺気を放つマイラに、穏やかに話した。

「分かった。」

マイラは、答えた。

「ありがとうございます。さあ、参りましょう。」

エルネは、マイラを部屋の外へ案内した。

エルネを先頭に、二人は宿舎を出ると入口に馬車が待っていた。

二人が乗り込むと、馬車は、宮殿に向かった。

宮殿まで、随分と距離があった。

湖や森を抜けて、馬車は、ゆっくりと進んていった。

馬車に乗っている間、マイラは、車窓を眺めているだけだった。

エルネも、そんなマイラを気遣ってか、声をかけなかった。

宮殿に到着すると、マイラは、来賓の控室に案内された。

「まず、お風呂にどうぞ。」

エルネにそう言われて、一気に気を許してしまった。

「いいのか?ありがたい。」

マイラは、思わず、笑顔を見せた。

「侍女を取り仕切ります、アーチャ・ネーボでございます。さ、マイラ様、こちらへ。」

「え?ちょ、ちょっと!?」

マイラは、侍女達に囲まれて、抵抗もできないまま、脱衣所に連れて行かれ、されるがままに服を脱がされ、短剣を取り上げられ、体を洗われ、浴槽に浸かり、体を拭かれ、無理矢理切った後ろ髪を整えられて、ドレスを着せられた。

「思った通りですわ、赤いドレスが、とってもお似合いです。スタイルもよろしくて羨ましい限りです。ですから、今後は、女性用の下着を、きちんと、つけていただきます、せっかくの豊かな胸の形が崩れてしまいます。それにしても、残念なのは、短くされた後ろ髪、よほど、お辛い事があったのですね。」

エルネも、アーチャも、侍女達も、すすり泣きしている。

「ドレスかぁ。」

マイラは、迷惑そうな顔で、ドレス姿の自分を眺めた。

マイラは、先生と呼んでいたメリッサから、勉学や宮殿での所作やマナーなど、様々な教育を、厳しく受けていた。

ある意味、リチャードの特訓の方が、まだマシと思うほどだった。

その時は、何で、こんな事をと思っていたが、いざ、こうなると、なるほどと思う。

どうやら、この先、テントで、気ままな自給自足とは、いかないかも知れない。

マイラは、ため息をついた。

「さあ、参りましょう。マリアンヌ様が、お待ちです。」

そんなマイラとは裏腹に、意気揚々としているエルネに先導されて、マイラは、マリアンヌの待つ来賓室に向かった。

そして、結構な距離を歩いた後、どうぞと勧められて、部屋に入った。

広大な部屋に大きなテーブルがあり、カウンターや、談笑スペース、そして、バルコニーからは、馬車で見た湖が一望できた。

「よくいらっしゃいました。さあ、こちらへ。」

あまりの豪勢な部屋に口をポカンと開けていたマイラに、マリアンヌが声をかけた。

「お招き光栄です。私は、マイラ・ビューラーと申します。」

マイラは、ドレスの両端を摘んで少しだけ上げて、きれいに挨拶した。

「申し遅れました。私は、マリアンヌ・ウィロードです。」

マリアンヌも同じように挨拶した。

マリアンヌに勧められて、マイラは、バルコニーに設けられたテーブルの席に座った。

エルネが、紅茶と菓子などを用意して、マリアンヌは、マイラに、どうぞと勧めた。

マイラは、テーブルマナーに法って、紅茶を飲んだ。

「マイラ様、改めまして、昨日は、ありがとうございました。そして、ハスウィンが、無礼を働いた事はお許しください。」

マリアンヌは、改めて謝罪した。

「いいえ、よい家臣をお持ちです。褒めて差し上げてください。」

マイラは、逆に、ハスウィンを称賛した。

「まあ、何て寛大な…。ハスウィンも喜びますわ。さて、マイラ様、お連れの方が、あなたをお姫様と仰っていましたが、よろしければ、事情をお話しいただけないでしょうか?」

マリアンヌは、尋ねた。

「連れとは、ルーサーの事ですね。彼は、無事でしょうか?」

マイラは、尋ねた。

「この宮殿の中でも、奥の区域は、女性しか入れません。お連れの方は、仕官をお望みとの事でしてので、ハスウィンに任せました。ご心配には及びません。」

マリアンヌは、そう説明した。

「そうですか。よろしくお願いいたします。あ、話が逸れましたね。隠しても、いずれ分かるでしょうから、申し上げます。私は、今は無きサリバー王国の第一王女です。髪を切り、死んだ事にして、ルーガンの追手から逃げて参りました。」

マイラは、エルネに、短剣をマリアンヌに渡すように言った。

エルネは、短剣を持ってくると、マリアンヌに渡した。

マイラは、柄の部分の蓋を開けるように逝った。

「これは…。」

マリアンヌは、蓋を開けて、柄の部分の紋章を見つめた。

「ビューラーというのは、あのビューラー家の事でしたのね。」

マリアンヌは、鎮痛の面持ちで、短剣を見つめていた。

「マイラ様、失礼しました。短剣は、お返しします。」

マリアンヌは、その場でマイラに短剣を返した。

「ありがとうございます。でも、この服装に短剣は、似つかわしくありませんね、。エルネ様に預かっていただきましょう。」

マイラは、短剣をエルネに渡した。

穏やかな笑顔とは裏腹に、背中からは、刺すなら刺してみろという威圧感のようなオーラが、エルネに向けられていた。

思わず、エルネは、跪いて、両手で短剣を受け取った。

「所で、マイラ様、これから、どうされるおつもりですか?」

マリアンヌは、尋ねた。

「まだ、決めてはおりません。」

マイラは、微笑んだ。

「それでしたら、私の学友として、しばらく、この宮殿で過ごされてはいかがですか?マイラ様が姫君の立場から逃れる事はできません。もし、事あれば、クリーゼの民が巻き込まれる可能性があります。でも、ここなら、その心配はありません。今後の事を、ゆっくりの考えみてはいかがですか?」

マリアンヌは、マイラに、この宮殿に留まるように勧めた。

「では、あの森にテントで住まわせてください。やりたい事があるのです。もちろん、学友としての務めは果たします。」

マイラは、湖の向こうにある森を指さした。

「分かりました。お好きになさって。短剣は、お返ししましょう。」

マリアンヌは、そう言ったが、忠誠の証だと言って、マイラは断った。

その言葉に、マリアンヌは感激して、マイラに、キャンプ道具一式と馬を与えた。


マイラは、早速、森まで歩いていくと、テントを張った。

マリアンヌから身を守る為以外の狩りは禁じられたので、支給された食料を調理して食べた。

テントを張った場所の近くには、自分がかつて修行していたような小さな泉があり、同じように小さな滝が落ちていた。

マイラは、膝の下ほどの深さの意味に足を入れると、滝の下まで歩いていった。

「は!」

回し蹴りを入れてみる。

滝の水は、一旦は弾かれたが、変わらず落ちていく。

「や!」

今度は、手刀を入れてみる。

当たり前だが手応えは無い。

陽が傾くまで滝に対峙したが、何も答えは出なかった。

「でも、この森はいい。危険を感じない。まあ、人工的に作られた感じがするから当然か。」

鳥の囀りしか聞えない環境に、マイラは、少しの寂しさを感じた。

夜になると、マイラは、また自分で自炊すると、早々にテントに潜り込んだ。

ようやく、のんびりと過ごせる、マイラは、久し振りに、ぐっすり眠った。

「静かだ…。」

マイラは、呟いた。

翌朝からは、学友としてマリアンヌに仕える事になり、宮殿内の女学校に通う事になった。

普段は男装が、許可されたが、朝に必ず風呂に入るように言われて、学友としての時間は、宮殿内での女性のフォーマルな服装を義務付けられた。

女子しかいない宮殿で、マイラには、貴族や騎士階級の娘達にはないオーラがあった。

その姿は、周りの女子生徒達をざわつかせた。


「マイラ様。」

宮殿内の教室でマリアンヌが声をかけてきた。

「今日からは、マリアンヌ様に仕える身です。マイラとお呼びください。」

マイラは、片膝を付いて胸に手を当てた。

「そうですか。分かりました。では、マイラ、おはよう。」

マリアンヌは、微笑んだ。

「おはようございます。」

マイラも挨拶した。

すると、エルネもやって来た。

「おはよう、私のことは、エルネって呼んでね。」

「では、私の事も、マイラと呼んで。」

マイラは、そう答えた。

「マイラ、やはりこれは、あなたが持つべきです。お気持ちは十分いただきました。お返ししましょう。」

マリアンヌは、短剣をマイラに手渡した。

「分かりました。では、ありがたく。」

マイラは、短剣を受け取った。

最初の授業は歴史だったが、現れたベテランの女教師の授業は退屈な物だった。

全て、メリッサに習った事ばかりだったし、メリッサの教え方の方が、楽しかった。

その様子を察知したのか、女教師ミーヤ・アントは、マイラに問題を解くように指名した。

周りが、少し、ざわついた。

「はい。我が国、最古の王朝は、ザドペグ王朝と言われておりますが、文献において神話の要素が強く、研究者の間では、グマナン王朝が最古ではないかと論争になっております。」

更に、説明を続けようとするマイラを、よろしい、そう女教師は、少し驚いたのを隠して指示した。

周りは、更にざわめいた。


授業が終わると、マイラは女子生徒達に囲まれて質問攻めに遭っていた。

マイラは、この女子生徒達の親達も貴族や騎士階級だろうから、全部、情報を与えておいた方が、後々、面倒くさくないと思って、都度、生い立ちを説明した。

「はい、はい、そこまで。」

マリアンヌが女子生徒達を嗜めると、一斉に囲みは解かれた。

「皆さん、人のプライベートに立ち入るのは、淑女として恥ずかしくてよ。」

マリアンヌの言葉に、皆、挨拶して散っていった。

「これから大変よ、マイラ。」

マリアンヌは、クスクス笑った。

「やはり、言葉遣いや立ち振る舞いが疲れます。」

マイラは苦笑いした。

「マイラ、これから、もっと疲れるわよ。」

エルネも、クスクス笑った。

午後の授業の剣術では、再び、ミーヤが担当だった。

「貴族や騎士の階級では、例え、女子であっても、いざとなれば剣を持たねばなりません。」

ミーヤは、練習用の木の剣を持たせて、素振りをさせた。

皆、弱々しい振りをする中で、マイラだけは、鋭い振りを見せていた。

「はい、そこまで。では、マイラ、私と立ち合いを。」

ミーヤは、マイラを指名した。

「マイラ、気をつけて。先生、容赦ないから。」

エルネが耳打ちした。

「分かった。」

マイラは、言葉遣いを忘れて、立ち上がった。

「いざ!」

ミーヤが上段の構えで対峙した。

誘っている、斬りに来いと…、マイラは中段の構えで対峙した。

二人共、じりじりと間合いを詰め合うが、お互いに出方を見ている。

何という我慢強さ、さすが年の功。

普通なら、焦れて、先に動くはずなのに、ミーヤは、微動だにしない。

マイラは、右手を放して左手に剣を持ったまま、ゆっくりと剣先を下げていった。

「でやぁ!」

その一瞬を突いて、ミーヤが踏み込んで、剣を振り下ろして来た瞬間にマイラは剣を放して膝を落とし両手で真剣白刃取りで、ミーヤの剣の刃を頭上で受け止めた。

ミーヤがそのまま、力づくで剣を下に振り下ろそうとする様子は、真剣そのままだった。

強引にマイラの頭上へ剣を振り下ろそうとしているが、マイラは刃の部分を両手で挟んだまま、横に倒すように力に捻りを加えていく。

すると、徐々に、ミーヤの力が奪われていく。

「は!」

ミーヤが耐えきれなくなっているのを感じ取ったマイラは、一気に両手を横に勢いよく倒した。

ミーヤは、剣から手を放して、横に転がるように倒れた。

マイラは、奪った剣をきちんと柄で持って、倒れたミーヤの首筋に剣先を向けた。

「参った!」

ミーヤは、そうマイラを下から睨みながら、そう手を上げた。

マイラは、ミーヤに手を差し伸べて、体を起こしてやった。

そして、剣を返した。

「今日の授業は、ここまでです。」

ミーヤは、一言、そう言って、去っていった。

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