2-4
「来い。外は危険だ。」
マーニルは、一言だけ言うと、城門の方へ歩き始めた。
「いいのか?」
マイラは、尋ねた。
「分からん。しかし、この状態で野宿は無理だ。」
マーニルは、そう呟くと、軽く手招きした。
確かに、風は吹き荒れ、猛烈な雨が地面を叩きつけていた。
そして、外堀の水も溢れそうな水位まで上がってきていた。
「さあ、風邪を引くぞ。」
再びマーニルに促されると、マイラは、軽く頷いた。
二人は、通用門から、中に入っていった。
「あれが、教会だ。お前には城にしか見えんだろうがな。」
マーニルは、中央にそびえ立つ巨大な建物を指さした。
「確かに…。」
マイラは、そう呟いた。
教会の正門を通ると、来賓の泊まる区画に案内された。
「この部屋は、来賓用だ。部屋の中には、風呂も暖炉もある。着替えとお湯、飲み物は、後で持って行かせる。」
マーニルは、そうマイラに告げた。
「すまない。」
マイラは、素直に部屋に入った。
しばらくすると、若い女が、まず、お湯を持ってきた。
「失礼します。お湯は、これだけですから、浴びる程度ですが、どうぞ。その間に、着替えなど持って参ります。」
女は、そうマイラに言った。
マイラは、剣をベッドの下に隠すと、脱衣所で服を脱いだ。
「これで少しは、さっぱりする。」
マイラは、短剣だけを風呂場の中まで持って行くと、すぐに手に取れる場所に置いた。
そして、大事にお湯を使いながら、そう呟いた。
「ルーシーさん、着替えを置いておきます。」
扉の向こうの脱衣室から、先程の女が、着替えを持ってきた事を告げた。
しかし、声だけを聞くと、何か聞き覚えのある声だった。
「お前は、フローラか?」
質素だが、若い女性らしい格好をしていたから、最初は分からなかったが、その女の声は、確かにフローラのものだった。
「はい。今夜の所は、お休みください。お水は、テーブルに。」
フローラは、そう言って、去っていった。
マイラが、用意されたパジャマを着てリビングに戻って来ると、フローラの言った通り、テーブルには、水差しとコップが用意されていた。
「とりあえず、寝るか。」
先程ベッドの下に隠しておいた剣を取り出すと、マイラは、剣を布団に忍ばせて眠った。
「明日の朝には止むだろう。」
マイラは、そう呟いた。
翌朝、窓から射し込む朝陽で、マイラは目を覚ました。
それを見計らったように、ドアのノックをする音が聞こえてきた。
「どうぞ。」
マイラは、上半身を起こすと、布団の下に忍ばせている剣に手を当てた。
「失礼します。」
フローラが入ってきた。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
フローラは、尋ねた。
「ああ。」
マイラは、一言答えた。
「昨日の服は、戦闘で、かなり傷んでいる様子なので、新しい物を用意いたしました。外の遺体は、早朝にフレッド達が、埋葬しましたのて、ご安心を。」
フローラは、そう話した。
「すまない。」
マイラは、また、一言だけ答えた。
「お着替えが済んだら、朝食をお持ちします。ご一緒してもよろしいですか?」
フローラは、尋ねた。
「構わない。」
マイラが、頷くと、フローラは、ありがとうございますと言って、退室した。
「これは、女物かぁ。しかも来賓用のつもりか?これは、ドレスじゃないか。うーん、まあ仕方ない。」
マイラは、着替えを済ますと、落ち着かない様子でフローラを待った。
「失礼します。」
フローラが朝食の用意をして入ってきた。
テーブルに配膳を済ますと、マイラの了承を得てから、自分も座った。
「ドレスをご自分でお召しになるなんて、お手伝いしましたのに。」
フローラは、そう申し訳無さそうに言った。
「気にしないで。どうもこれを着せられると、言葉遣いもおかしくなる。」
マイラは、切なそうに吐露した。
「まあ。」
フローラは、困っているマイラの顔を見て笑った。
その後、二人は、黙々と食事を摂り、フローラが食後のお茶を入れた。
「さて、私は、旧サリバーの軍人の娘でしたが、父は、王宮で、先帝をお守りする為に戦いましたが、敢え無く戦死、母と逃げ落ち、ゲリラの村で育ちました。」
フローラは、自分の生い立ちから話し始めた。
「そして、母も亡くなり、ゲリラに身を投じるようになりました。」
フローラは、フレッドが語った通りの事を話した。
「結果、何の罪も無い昔の仲間をルーシーさんに斬らせる事になってしまいました。身分を偽り、しかも、このような事になり、申し訳ありませんでした。」
フローラは、沈痛な面持ちで、マイラに謝罪した。
「カーリアは、治外法権と聞く。ここにいれば、罪に問われる事もないでしょ。その為に、あなたはここに来た。違う?それに、もうサリバーにゲリラは存在していないわ。もう、あなたの罪を問う者もいない。ここで、一生、神に仕えればいい。」
マイラは、そうフローラに告げた。
「では、私は、どう償えば良いのですか?」
フローラは、俯いた。
「それは、自分で答えを見つける他ありませんね。ここのかんがえでは、神に仕える事が、贖罪なのでしょ?」
マイラは、そうフローラを見据えた。
「それは、そうなのですが…。」
フローラは、そう呟いた。
マーニルは、クレアと面会していた。
「教会の建物、居住区、外壁、全て被害はありませんでした。それから、嵐に乗じて、外から侵入を企てた一団をルーシー殿が殲滅しました。」
マーニルは、そう報告した。
「その一団とは、何者ですか?」
クレアは、早速、興味を示した。
「旧サリバーのゲリラに所属する忍びの一団でして、フローラは、その一団からの抜け忍でした。彼らは、その裏切りを粛清する為に、侵入を企てたようです。」
マーニルは、そう報告した。
「ルーシーさんは、何故、彼らと戦ったのでしょう?」
クレアは、少し、困惑した顔をして呟いた。
「まあ、先に口封じの為に襲われて、反撃した。というのが、正直な所でしょう。」
マーニルは、そう分析した。
「何か考えがあってという訳でなく、身を守る為に戦っただけ、そういう事ですか?」
クレアは、少し、拍子抜けした顔をして呟いた。
「どうされました?フローラを守る為にとか、この教会を守る為にとか、そういう理由を期待されていましたか?」
マーニルは、微笑んだ。
「ええ。もう少し、踏み込んで言えば、それを口実に教会に入ろうとしていたのかと…。」
クレアは、ため息を付いた。
「どうされました?」
マーニルは、クレアの表情に、そう尋ねた。
「人の為、教会の為、となれば、それを口実に入ろうとしても無駄ですと、食事と金貨でも与えて追い返せばいい。しかし、これでは、我らの意思で中に入れた事になる。金を渡した所で、受け取らないでしょう。自分を守りたかっただけなのですから。マーニル、一本取られましたね。」
クレアは、マーニルに微妙な笑みを向けた。
「いえ、あの娘は、何も考えてはいないのです。ただ、あのテントで野宿をしていただけなのです。まあ、結果的に、参りましたと言う他ありません。」
マーニルは、苦笑いした。
「それで、どうするのです?それは、それとして、追い出そうと思えば、何とでもなりそうですよ。」
クレアは、そう、横目でマーニルを見つめた。
「とにかく、追い出す。それで、よろしいのですか?」
マーニルは、逆に尋ねた。
クレアは、しばらく目を閉じて、考えている様子だった。
「何故か、無性に、彼女に興味をそそられるのです。私自身が会ってみましょう。それに、ひょっとしたら、ここの兵を総動員しても、彼女には勝てないかもしれない。そんな気さえするのです。それは、マーニル、あなたもでなくて?」
クレアは、マーニルを、さらに強い視線で見つめた。
「はい。それは、確かに…。」
マーニルも頷いた。