2-3
「さて、交代の時間だ。」
アナンは、立ち上がると、そう言った。
「夜は、嵐になるぞ。気をつけろ。」
マイラは、アナンに忠告した。
「何を?この雲一つ無い快晴の夏日に、嵐だと?笑わせるな。」
アナンは、捨て台詞を吐いて、持ち場に帰って行った。
「まあ、好きにしろ。」
マイラは、アナンを見送ると、ペグを深く打ち込んで、風の対策を始めた。
そして、雨水が溜まらないように、溝を掘り始めた。
門番の連中は、指をさしてケラケラと笑っていたが、マイラは、意に返さず、午後の時間を雨風対策に勤しんでいた。
そして、夜が近づいて来た頃には、マイラの風雨対策は、完了していた。
それを見透かしたかのように、突然、空は、厚い雲に覆われ、風が強く吹き始め、土砂降りの雨が地面を叩き付けた。
「うわ!本当に降ってきやがった。」
雨具を用意していなかったアナン始め、門番達は、ずぶ濡れになって、慌てふためいた。
城内の露店や、洗濯物を干していた信者たちも慌てて、片付けを急いだ。
「降ってきたな。」
マイラは、リュックから保存食の干し肉を取り出して、それを口に加えた。
「ちょうどいい…。」
事前に、洗濯物も洗い物も外に出しておいたので、全てを一気に洗い、飲水も溜めて、さっさと取り込んだ。
洗濯物は、テント内に干して、洗い物も片付け、水の溜まった水筒を棚に置いた。
水は、天気の良い日に一度、お湯にすれば飲水になる。
マイラは、ひとまず、のんびりと雨音を聞きながらくつろいでいた。
「よし、これで、しばらくは、生きていけるな。」
マイラは、次第に大きくなる雨音と風の音を聞きながら、転がった。
そんな中、アナンは、夜の当番で、門の警備をしていた。
「全く、よく降る。あいつの言う通りになったな。」
アナンは、ずぶ濡れになりながら、詰め所に戻って、雨合羽を着て、門の前に立っていた。
アナンの視界に、マイラのテントが映っていた。
「しかし、凄えな。この嵐に、あいつのテントは、ビクともせん。」
アナンは、変に感心していた。
「これは、ひどい天気になりましたな。」
マーニルは、教会内の面会室でクレアと話をしていた。
教会内には、面接室があり、その奥に、クレアの居住スペースがあった。
「そうですね。今日は、外の警備の者も、詰め所で待機させてください。この嵐では、外部からの侵略は無いでしょう。」
クレアは、マーニルに指示した。
「まあ、可能性は低いでしょうな。城門を閉めていれば、問題無いでしょう。外は危険ですし、早速、門を全て閉じ、兵達を城内に退避させます。」
マーニルは、そう答えた。
「お願いします。」
クレアは、窓に打ち付ける雨を見つめると、マーニルにも気をつけてと言い添えた。
「それでは、伝令して来ますので、クレア様、おやすみなさい。」
マーニルは、雨合羽を着て、城内、門の周囲を回って、信者たちを建物の中に退避させた。
「アナン、お前も中に戻れ。」
マーニルは、最後の一人となっていたフレッドに声をかけた。
「はい。マーニル様、あの娘、大丈夫でしょうか?」
アナンは、テントを指さした。
「まだ、残っていたのか?しかし、信者で無い者を入れる訳にはいかん。神に無事を祈ってやれ。」
マーニルは、そうアナンに言った。
「はい…。」
二人は、門の中に入っていった。
「兵を中に入れたか。こういう天候こそ、防備を固めるべきなのに…。」
マイラは、体を起こすと、そう呟いた。
その瞬間、外の異変を感じ取った。
「これは…。」
マイラは、雨の中を気配を消しながら侵攻して来る集団の足音を感じていた。
「15人…。忍びか?」
マイラは、ランプの灯りを吹き消すと、剣を持った。
足音は、次第に近づいて来ていた。
微かに水溜りを跳ねながら、気配を消してテントに近づく足音を感じる。
「まず、私を殺るつもりか…。」
テントは囲まれている。
マイラでなければ、気づかぬうちに殺られているところだ。
周りの者が、一斉に剣でテントを串刺しにしたが、そのギリギリのタイミングで、マイラは、テントの外に飛び出て、前転したその勢いで、立ち上がった。
そして、剣を構えた。
「貴様、何者だ?ただの旅人ではなさそうだな。」
忍びのリーダーと思われる男がマイラに対峙した。
「なるほど、貴様ら、フローラを追ってきたのか。」
マイラは、男を睨みつけた。
「フローラと顔見知りか?まあいい。奇跡は、二度は続かんよ。」
マイラを忍びの集団が囲んだ。
「殺れ!」
リーダーの合図で一斉に斬りかかってくる。
マイラは、まず、前に突き進むように一人の忍びを剣で突き刺すと、そのまま、体当りして、血路を開いた。
そこから、剣を抜いて、体制を立て直して振り返ると、
陣形が崩れて直線上に並び立つ忍び達を、斬り倒しながら、突破した。
ほんの一瞬の間で、マイラは、リーダー以外の忍びを、反撃も許さないまま、殲滅した。
マイラの後ろには、14人の骸が、横たわっていた。
「やるではないか。一か八かで囲みを突破し、血路を開いて、囲みが崩れて直列になった敵を撫で斬りとは、尋常ではない。」
リーダーの男は、吐き捨てた。
「ひょっとしてフローラは、くノ一か?」
マイラは、尋ねた。
「あいつは、敵のスパイの男に惚れて、俺たちを裏切った。おかげで、俺たちは、ほぼ全滅の憂き目にあった。まあ、その惚れた男って奴も、フローラを騙していて、あいつは、居場所がなくなった。つまりだ、双方から命を狙われた訳だ。」
リーダーの男は、半笑いだった。
「それで、カーリアに…。」
マイラは、呟いた。
「そうだ。俺たちは、旧サリバーに雇われていた忍びだった。ダンに合流する予定だったが、フローラの裏切りでルーガンに闇討ちされた。」
男は、舌打ちした。
「フローラが惚れた男と言うのは、ルーガンの者だったのか?」
マイラは、尋ねた。
「そうだ。あいつは、ゲリラに潜り込んでいたスパイだった。まあ、フローラに、俺たちの方が、ルーガンと内通しているとか何とか、言葉巧みに騙したんだろう。」
その男は、怒りに震えていた。
「なるほど。それで、復習という訳か?」
マイラは、鋭い視線を向けて尋ねた。
「ああ。」
男は、下段から斬り込んできた。
マイラは、すり足で交代して避けるのと同時に、今度は、自分が、さらに下段から男の喉元へ、剣を突きつけた。
「剣を捨てろ。」
マイラは、そう男に警告した。
「殺せ。俺も行き場の無い男だ。仲間の元へ送ってくれ。」
男は剣を捨てた。
「お前が死んだら、仲間の弔いは、誰がする?復讐など、無意味だ。フローラを殺した所で、何かが解決する訳でもなかろう。それどころか、私に、仲間を討たれるハメになった。それでだ、今度は、私に復讐するのか?復讐は、復讐を生むだけで終わりは無い。もう、この辺で終わりにしたらどうだ。」
マイラは、剣を鞘に納めた。
「ああ…。う、うあぁぁぁ!」
男は、膝から水溜りに崩れ落ちると、大声で泣き叫んだ。
「去れ。」
マイラは、男に命じた。
男は、黙って頷くと、雨の闇に溶けるように去っていった。
その後、ずぶ濡れのまま、マイラは、雨に打たれていた。
血塗られた剣の刃は、激しい雨で浄化されていった。
「雨を斬る。」
マイラは、縦一文字に落ちてくる雨の筋を斬ろうとした。
パンっと雨粒は、刃を通さず、弾け飛んだ。
「もう一度…。」
マイラは、何度となく、雨を斬ろうと試みたが、雨粒は、弾け飛ぶだけだった。
しばらくすると、通用門の扉が開いて、雨合羽を着たマーニルが出てきた。
「フローラを追って来た者達か?」
マーニルは、尋ねた。
「やむを得ず、斬り捨てた。そちらの教会で、葬ってやってくれないか?」
マイラは、そう頼んだ。
「承知した。嵐が去ったら、人を使って、埋葬しよう。」
マーニルは、そう答えた。
「あなたも、フローラが抜け忍だと見破っていたのか?」
マイラは、尋ねた。
「まあ、年の功という奴だな。」
マーニルは、微笑んだ。
「私は、テントに戻るが、よく外の騒動に気がついたな。まあ、それより、明け方まで、嵐は続く。あなたも中に戻った方がいい。」
マイラは、そう言うと、剣を鞘に納めた。
「忠告、感謝する。私も運が悪い。たまたま外堀の水が溢れないか見に来れば、この騒ぎだ。全く、お前の目的は何だ?ただの興味本位だけではあるまい?」
マーニルは、唐突に尋ねた。
「目的?」
マイラは、そう一言だけ答えた。
「そうだ。サリバーかルーガンの忍びか?何を探ろうとしている?」
マーニルは、尋ねた。
「自分の目で見て、知りたいのさ。お前達が何者であるか?」
マイラは、そう答えると、テントの方に歩き出した。
「残念だが、そのテントは、斬り刻まれて、寝床にはなりそうもないな。」
マーニルは、そうマイラの背中に告げた。
「そうだった…。まあ、木の下で、ジッとしていれば大丈夫だろう。」
マイラは、マーニルの方へ振り向くと、そう微笑んだ。