2-1
サリバー建国から初めての夏が来た。
テルプルがミナル攻略に集中している中、マイラは、国内の整備に力を注いでいた。
そんな中で、マイラは、何とか森の中の滝に行って、滝を斬る修行の答えを見つけたかったが、周りに反対されて、なかなか砦を抜け出せなかった。
しばしば、雨が降ると、以前、テントを張っていた中庭で剣の鍛錬をしていた。
六人衆を取りまとめて国内情勢を把握しながら、内政を整えていった。
砦の周りには自然と人が集まり、街が形成され、マイラは、
砦の周辺の地域を首都として、サリバニアとした。
その夜、砦では、定例の会議が行われていた。
「実は、ルーガンとの国境地帯にカーリアという地域があるのですが、以前からカーリア教会の勢力下にあって、ルーガンの統治の時代から自治を認められていまして、政治不介入を貫いています。ルーガンも何度か制圧を試みましたが、結局、失敗して今に至ります。サリバー建国に当たって、何度も話し合いをしたいと申し入れたのですが、政治不介入を主張して、門を開こうとしないのです。」
ダンが、そう進言してした。
「カーリアか…。かなり強固な城壁で囲まれているしな…。教会と言っても、あれは要塞だ。それに、港も持っている。しかも、各地の信者たちの中には商人も含まれていて、武器も含めて物資を港から搬入している。さらには、出奔したルーがニアや旧サリバーの軍人も含まれている。厄介だな。」
ハンが、マイラに説明するように話した。
「自立しているなら好きにさせておけばいいじゃない。」
マイラは、あっけらかんと言った。
「姐さん、そう簡単な話じゃないんすよ。」
ケイが、呆れ顔で言った。
「どういう事?」
マイラがキョトンとしていると、皆が、ため息をついた。
「確かに、貧困に苦しむ者、病に苦しむ者、カーリアに駆け込む者は、様々ですがね。犯罪者や、脱走兵も匿っているんです。カーリアは、出るも留まるも本人次第、再び、カーリアを出て問題を起こすケースも多発してるんですよ。」
ジーマが説明した。
「マイラ様、ここは、まず書状を送って、話し合いの道筋をつけてはどうでしょう?」
リックが進言した。
「ふーん。」
マイラは、しばらく考え込んでいた。
「マイラ様、もしや、直接、乗り込もうとか考えてませんよね。」
エリーザが、心配そうに話しかけた。
「まさか…。ちょっと考えるわ。」
マイラは、立ち上がると、部屋に戻って行った。
「エリーザ、監視を怠るな。必ず、マイラ様は、抜け出す。」
ハンがエリーザに指示した。
「分かりました。侍女達にも申し伝えます。」
エリーザも慌てて、マイラを追った。
「マイラ様ぁ。」
エリーザは、マイラの部屋の前まで来ると、マイラの名を呼んだ。
「エリーザ様、マイラ様なら、お風呂に行きたいと…。」
侍女が、そう説明した。
「お風呂?誰か、お供しているでしょうね?」
エリーザは、冷や汗をかきながら、尋ねた。
「はい。いつもの入浴担当の侍女達をお連れになって。」
侍女は、そう言って風呂の方を指さした。
「そお…。」
取り越し苦労だったか、エリーザは、少しホッとして、マイラの帰りを待った。
マイラは、風呂に入る前に、トイレに行きたいと言って、脱衣所でドレスを侍女に脱がせてもらって、トイレに入った。
普通、貴族は、ドレスを着たまま侍女に手伝ってもらって用を足すのだが、マイラは、それを嫌がり、このシステムができた。
「さてと…。」
トイレに隠してあるロープを大理石の柱にくくりつけて、窓から垂らして、下着のまま、中庭に降りた。
そして、これも印を付けた木の下に隠してある、平民の男装の服に着替え、旅用のリュックを背負って、コソコソと馬小屋に向かった。
愛用の剣は、護身用だと言って、トイレも風呂も、常に持って入るので持ち出すことができた。
剣を背負って愛馬、ウィンディに跨ると、肩より少し伸びた髪をポニーテールにして結ぶと、通用門からコソコソと出ていった。
しばらくすると、入浴に付き添った侍女達が、血相を変えて走って来た。
「エリーザ様、申し分けありません。」
侍女達は、片膝を付いて、頭を垂れた。
「どうしたのです?」
エリーザは、平静を装って尋ねたが、嫌な予感しかしていなかった。
「お手洗いに行きたいと仰せられて、その、お手洗いの窓から、下着姿で出ていかれたようでして…。」
侍女は、マイラが脱ぎ捨てたドレスをエリーザに見せた。
「やられたぁ!」
エリーザは、地団駄を踏んだ。
「やはり、行かれたか。」
後ろからハンが声をかけた。
「申し訳ありません。マイラ様に逃げられました。」
エリーザは、ハンに謝罪した。
「そうか…。探しても見つかるまい。マイラ様が戻られるまで、我々で国内を治めよう。全く、無事に戻られるまでは、生きた心地がせん。」
ハンは、エリーザの肩を軽く叩いた。
「はい…。」
エリーザも祈るような仕草をした。
マイラは、男装をして、肩より少し伸びた髪を、ポニーテールのように結んでいる。
愛馬のウィンディに跨って、サリバーの西の国境沿いの方へ走って行った。
「ふーん。確かに、あれは要塞だな。」
マイラは、カーリアに入る城門に繋がる道に入ると、遠くに見えるカーリアの城壁を見つめた。
そして、マイラは、またウィンディを走らせて、カーリアに向かって駆けていった。
街道を駆けていくと、次第に人気がなくなって、林道が続いた。
少し仮眠をして、また駆けて行くと、夜明けが近くなってきたのか、辺りが、少しずつ明るくなってきた。
その林道を、更に駆けていくと、道端にうずくまる人影を見つけた。
マイラは、馬を下りると、近づいて行った。
「大丈夫か?」
マイラが声をかけると、同じ年格好の女の子が、力なく顔を上げた。
「お見逃しください。私は、カーリアに行きたいのです。」
女の子は、そう訴えた。
「町から逃げて来たのか?」
マイラは、尋ねた。
「はい。」
女の子は、力なく答えた。
「何も食べていないのか?」
マイラは、懐から蒸しパンの包を出すと、女の子に水筒と一緒に渡した。
「食べて。話は、それから。」
女の子が、慌てて食べようとしたので、ゆっくり、ゆっくりね、そうマイラは、諭した。
女の子は、気を落ち着かせると、黙々と蒸しパンを食べた。
「ありがとうございます。ここ何日か、まともに食べていなかったので。」
女の子は、泣きながら言った。
「名は?」
マイラは、尋ねた。
「フローラ。フローラ サペリ」
女の子は、そう名乗った。
「何故、カーリアに行きたい?」
マイラは、フローラに尋ねた。
「私は、両親の借金のカタとして、ルーガニアに売られる途中でした。途中で私の乗る馬車が、別の人買いに襲われて、私は、そのどさくさで、逃げることができたんです。カーリアの事は、聞いていましたから、そこへ逃げようと。」
フローラは、そう話した。
「そうか。私もカーリアに行く。乗っていくか?」
マイラは、尋ねた。
「良いのですか?」
フローラは身を乗り出した。
「ああ。」
マイラは、フローラをウィンディに乗せるとその後ろに乗った。
フローラは、マイラの胸の膨らみを背中に感じて、驚いた。
「女性だったんですね。」
マイラは、馬を走らせると、ああ、そう一言だけ答えた。
「疑わないのですか?」
しばらく馬を走らせると、フローラは、尋ねた。
「何か隠しているのか?」
マイラは、尋ねた。
「いえ…。」
フローラが口籠ると、マイラは、言った。
「なら、それでいいだろ?」
マイラは、尋ねた。
「はい。」
フローラは、頷いた。
マイラは、馬を走らせた。
どのくらい走ったか、夜が明けて、太陽が登った頃、巨大な城壁が見えてきた。
「カーリアの門です。」
フローラが、そう言った。
「門番がいるな。」
マイラは、木の陰に隠れて馬を降りた。
そして、馬を木に繋ぐと、待っててと言い聞かせて歩いていった。
門には、武装した兵が数名、立っていた。
「ここは、カーリアの教会か?」
マイラは、門までやって来ると、単刀直入に尋ねた。
「そうだ。」
兵の一人が一言だけ答えた。
「中に入りたい。」
マイラは、そう申し出た。
「入信者か?」
兵は、槍で通せんぼをして、尋ねた。
「いや、入りたいだけだ。」
マイラは、微笑んだ。
「だめだ、だめだ。引き返せ。ここに入れるのは入信者だけだ。」
兵は、更に槍の通せんぼを強調した。
「お前では話にならないな。上を出せ。」
マイラは、槍を手で払い除けて兵に言った。
「痛い目に遭わないと分からんようだな。」
兵は、槍先をマイラに向けた。
「痛い目?」
マイラは、一言、呟くと、ハハハと大声で笑った。
「何が、おかしい!」
兵が槍の持ち手の方でマイラを叩きにかかった。
マイラは、スッとそれを避けて、前につんのめった兵の首の後ろを横から手刀で打ち付けた。
兵は、そのまま気絶して、うつ伏せで倒れ込んだ。
「どうした?」
数人の兵たちが槍を持って走って来た。
「大人しく立ち去れ!」
兵達が槍を向けた。
「お前たち、上を呼んでくれないか?」
マイラは、兵達に尋ねた。
「貴様ぁ!」
兵達が、本気で槍で突いて来た。
マイラは、その瞬間に剣を抜いて、全ての兵達が突き出した槍先の付け根の木の部分を、上から、下から、斜めから、一気に斬り落とした。
兵達は、たじろいだが、残った槍の棒部分を投げ捨てると、今度は剣を抜いて、斬りかかって来た。
「はぁ!」
一人の兵が振り下ろした剣を下から刃を受けて、弾き飛ばした。
剣は天にクルクルと回転しながら上がって、兵は、しびれた手を抑えてうずくまった。
そして、剣は、後方に落ちて、刃の部分から土に突き刺さった。
他の兵がたじろいだのを見逃さずに、マイラは、剣を鞘に納めて、兵達の懐に飛び込んでは、ボディブローを炸裂させ、また、次の兵の懐に飛び込んでボディブローを炸裂させるという速攻を繰り返し、どんどん集まってきた外の兵達を片付けた。
「責任者と話がしたい。門を開けてくれないか。」
マイラは、固く閉まった城門に向かって呼びかけた。
しばらくすると、城門の横の通用門が開いて、一人の男が出てきた。
「派手に暴れたものだ。名をお尋ねしたい。」
背の高い、冷ややかな目をした中年の男が尋ねた。
「私の名は、ルーシー ポウ。一人、入信者を連れてきている。だが、私は、中に入りたいだけだ。許可を求める。」
マイラは、男に問いかけた。
「そなた、娘か?勇ましいな。入信者は、認めよう。しかし、そなたは、立ち去られよ。」
男は、そう告げた。
「あなたでは、話にならないようだな。責任者を出してくれ。」
マイラは、そう男に告げた。