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滝を斬る  作者: ninjin19
196/225

9-23

その日の夜、エルネは、ルーサーに付き添って看病をしていた。

ルーサーは、穏やかな顔で眠り続けていた。

「エルネ様、少し、お休みください。私が付き添っておりますから。」

ティアが、いつになく優しい言葉をかけた。

「ティア。ありがとう。それでは、お言葉に甘えて、少し休ませてもらうわ。」

エルネは、憔悴した顔で、部屋を出ていった。

それを見届けると、ティアは、ルーサーの耳元で、囁き始めた。

「ふふふ。散々、夢の中でティアを弄んだのだから、もう、この世に未練はないでしょう。ルーサー、分かりますか?私は、マリアンヌです。よくお聞きなさい。カーツ様も、お待ちです。さ、地獄においでなさい。己の欲の為に、今まで多くの人を殺し、多くの女を犯し、お前のようなものは、人ではない。猿と言うのよ。お前にも良心のカケラがあると言うのなら、この一晩のうちに、お逝きなさい。地獄に落ちて、猿にも生まれ変われず、炎で焼かれてしまいなさい。天国から、お前が地獄で焼かれるのを見届けてあげる。」

ティアは、ルーサーを、冷たい目で見据えた。

「マリアンヌ様…。お許しください。お許しください。私は、国を治めねばなりませぬ。カーツ様、お待ち下さい。お待ち下さい。うあぁぁぁ…。」

ルーサーは、苦しみだした。

「カーツである。許さぬ。お前の役目は終わったのだ。所詮、お前は、王の器ではない。さあ、地獄へ来い。地獄で、俺に仕えよ。焼かれるまで、灰になるまで、俺に仕えよ。」

ティアは、更に、そう囁いた。

「お許しを!お許しをぉ!」

ルーサーは、叫び始めた。

「誰か!大宰相様のご様子が!医者を!医者を!」

ティアは、慌てて見せて、大声で助けを呼んだ。

ミルリとエルネ、そして、医者が部屋に駆け込んできた。

しばらく医者が、ルーサーを処置して、薬を飲ませて、ひとまず眠らせた。

しかし、ルーサーは、脂汗を流しながら、苦しそうに寝息を立てた。

その夜、ルーサーは、うめき声を上げて、のた打ち回りながら、生死の境を彷徨ったが、翌朝を迎える事ができた。

エルネは、一晩中、ルーサーに付き添って、そのまま、眠ってしまっていた。

「エルネぇ。ここは…どこだぁ?」

翌朝の日が昇った頃、ルーサーの声に、エルネは、飛び起きた。

「ルーサー様!ここは、ダイザッカの宮殿ですよ。良かった。あなたは、ずっと眠っていたのですよ。」

エルネは、ルーサーの手を取って喜んだ。

「そうかぁ。ヒーゴニアから運ばれたんかぁ?」

ルーサーは、そう言うと、必死に起きようとした。

「無理をしないで。マイラが、ヒーゴニアから付き添ってくれたのよ。」

エルネは、ルーサーを止めた。

「そうかぁ。あいつには、世話になりっぱなしだなぁ。」

ルーサーは、力なく笑った。

「ミルリを呼んでくれ。」

ルーサーは、エルネに頼んだ。

エルネは、すぐに、ミルリを呼び出した。


「ええか。俺の言う事を書き留めよ。」

ルーサーは、ミルリに命じた。

「畏まりました。」

ミルリは、そう答えて、ペンを取った。

「俺の跡継ぎは、ティアとする。宮廷に、宰相就任の要請をせよ。国内の政治は、ティアの下に、マイラ、クレヴァンを大老としておいて、ミルリとカーンが補佐せよ。大陸出兵の指揮権は、マイラに一任する。」

ルーサーは、そう言うと、震える手で、ベッドから手を出して、書面にサインした。

「エルネ、判を押してくれ。」

ルーサーは、エルネに、そう頼んだ。

「畏まりました。後ほど、判を持ってきますわ。」

エルネは、そう返事をしたが、その場で判を押さなかった。

「エルネぇ。寂しい思いばかりさせて、すまんかったなあ。今思えば、マイラがテントで寝取った頃が、一番、楽しかったわぁ。」

ルーサーは、そう、うわ言のように話した。

「そうね。あの頃は、楽しかったわね。」

エルネは、涙を流した。

「エルネぇ…。早く…。早く判を…。」

突然、ルーサーの呼吸が止まった。

「ミルリ!医者を!」

エルネは、叫んだ。

「はい!」

ミルリが、慌てて医者を呼びに戻った。

医者は、脈を測り、あらゆる処置を試みた。

しかし、ルーサーの息は、戻らなかった。

「御臨終です。」

医者は、エルネに頭を下げると、部屋を、静かに去っていった。

エルネは、しばらく、ルーサーの手を取って泣きじゃくっていた。


この事は、秘密にする為に、エルネは、ミルリ、マイラ、カーン、ティアを呼び出して、今後の事を協議した。

「まずは、ご遺体を内密に運び、弔いを行います。大宰相様の死は、3年間秘密にして、その間に、大陸政府と和睦し、半島から兵を引き揚げさせます。私が、ヒーゴニアで指揮を執りますから、クレヴァン様に、ダイザッカに戻っていただきます。」

ミルリが、そう進言した。

「そうね。マイラ、どう思う?」

エルネは、マイラに尋ねた。

「それで良いと思います。」

マイラは、そう答えた。

「それから、遺言状を完成させる前に、ルーサー様は、亡くなってしまった。この遺言状には、判がない。なので、公的な効力はありません。ただ、これに沿って、国を治めてもらうことを、私は希望します。」

エルネは、そう話した。

「白々しい。判を押さなかったのは、エルネ様のご意思でしょう?」

ティアが、エルネに言った。

「いいえ。判を押そうとする前に、ルーサー様は亡くなってしまったのです。それは、ミルリが証人です。」

エルネは、言った。

「はい。その通りでございます。」

ミルリは、頭を下げた。

「ふん!」

ティアは、そっぽを向いた。

「それよりも、まだ、夏も盛りだ。ご遺体が腐敗すれば、秘密が漏れる恐れがある。早くご遺体をカーリアに移して弔いをする必要がある。ミルリ、早速、手配を。」

マイラは、ミルリに命じた。

「早速、宰相気取りですのね。」

ティアが嫌味を言うと、マイラは、静かに話した。

「そんな小さな了見では、あなた自身も宰相になどなれないわ。控えなさい。」

マイラが言うと、ティアは、返す言葉を失って、素直に従った。

ルーサーは、棺に納められると、魚を運ぶ荷車に載せられ、勝手口から外に繋がる裏門から秘密裏にカーリアに運ばれた。

そして、クレアが、手を回して、内密に葬られた。


数日して、ミルリと入れ替わるようにクレヴァンが帰ってきた。

そして、エルネに挨拶を済ませると、マイラと秘密裏に会談を行った。

「クレヴァン、すまなかった。こんなに早く病状が悪化するとは思わなかった。私も、臨終には立ち会えなかった。」

マイラは、クレヴァンに詫びた。

「いや、それは、気にするな。それよりも。半島の戦況は、芳しくないが、何とか和睦できそうだ。表向き、ミルリが、交渉に入れば、和睦でまとまるように、裏交渉は、できている。このまま冬に入れば、キーヨの軍は、餓死して全滅だ。早く兵を引きたい。」

クレヴァンは、苦渋に満ちた顔で話した。

「そうね。もう一つ、心配なのは、ミルリよ。あの子は、真面目過ぎる。引き揚げてきた諸将と対立しなければ良いのだけど。」

マイラは、そう心配した。

「それは、避けられない。国内を安定させる為には、俺とお前が、共にいる必要がある。そうなれば、ヒーゴニアには、ミルリが行くしかない。カーンは、何かと野心があると勘繰られているしな。キーヨとミルリは、犬猿の仲だ。ミルリが、どこまで大人になれるか。そこにかかっている。」

クレヴァンは、そう話した。

「それに、ティアも心配だわ。遺言状が無効になった事で、エルネ様と対立を深めている。このままでは、私とクレヴァンで、国を二分した戦争になる。」

マイラは、珍しくため息をついた。

「そうだな。」

クレヴァンは、それ以上、何も言わなかった。

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