9-15
ミルリが、執務室から出ると、すでに外は騒がしくなっていた。
「お待ちください。何卒!何卒!」
警備の騎士や侍女に囲まれて、マイラは、天下御免の札をかざして、廊下を突き進んでくる。
「構わん。皆の者、下がれ。」
ミルリが命じると、皆が、そそくさと引いていった。
「久しぶりね。ミルリ。」
そこには、廊下に仁王立ちするマイラの姿があった。
「これは!?マイラ様!突然、いかがなされました?」
ミルリは、慌てて跪いた。
「エルネ様より、天下御免の札をいただいた。宰相様に会わせてもらおう。」
マイラは、案内せよとミルリに命じた。
「確かに天下御免の札は、宰相様が、エルネ様の為に用意されたもの、しかしながら、宰相様は、多忙の身でございます。しばらくのお時間をいただけないでしょうか。」
ミルリは、平身低頭で頼んだ。
「控えよ!この札は、宰相様のご命令と同じ権威を持つ。」
マイラは、尊大な態度で、ミルリを見据えた。
「失礼いたしました。案内致します。」
ミルリは、平身低頭して、ルーサーのいる庭園へと、マイラを先導した。
そこには、大勢の美しい侍女達に囲まれて、お茶を楽しむルーサーの姿があり、笑顔で、ティアがルーサーに寄り添っていた。
マイラは、剣を抜くと、ミルリを押しのけて走っていった。
「ルーサー!」
マイラは、叫んだ。
侍女達は、悲鳴を上げて逃げ惑ったが、ティアは、冷めた目でルーサーを盾にするように隠れた。
「わぁぁ!?マイラぁ!どうしたぁ?」
ルーサーは、驚いて、声を上げた。
「これを見ろ!」
マイラは、天下御免の札を、ルーサーに投げつけた。
「これは、天下御免の札じゃねえか?」
ルーサーは、そう呟いた。
「そうだ…。お前が、エルネに与えたものだな。」
マイラは、剣先をルーサーに向けた。
「そうだけどよ。これは、何のつもりだぁ?」
ルーサーは、ひきつりながら言い返した。
「マイラ様。このような事をしてはなりません。お引きください。」
追いついてきたミルリが、ルーサーとマイラの間に割って入った。
ティアは、黙って後ろから見ている。
「私は、今、ルーサー自身なのよ。自分が自分を斬って何が悪い。ミルリに命じる。そこを退きなさい。」
マイラは、ミルリに命じた。
「ミルリ。ええから。退け。」
ルーサーは、ミルリに命じた。
「しかし…。」
ミルリが、口籠っていると、ルーサーは、ミルリを蹴り飛ばした。
「ミルリ。本当に斬られるぞ。退いとれ。」
ルーサーは、芝生の上に、ドンと座った。
「自分の出した札のせいで斬られるんなら、しょうがないわ。ようわからんが、ほれ。やれ。」
ルーサーは、両手を広げた。
「セルネは、もう長くない。良い医者や薬を用意するよりも、ルーサー自身が顔を出す事が大事なのよ。エルネの気持ちも考えてあげて。今すぐにでも、ダイザッカに行くべきよ。それに、ティア。あなたも、一度くらい、お見舞いに行きなさい。」
マイラは、剣を鞘に納めると、そう言った。
「何だとぉ?ミルリ、どういう事だぁ。オメェは、セルネは、命に別状は無いと報告しとったじゃねえか!」
ルーサーは、ミルリに怒鳴った。
「申し訳ございません。宰相様に心配をおかけしてはいけないと思い…。」
ミルリは、ひれ伏して詫びた。
「宰相様。直ぐにダイザッカに参りましょう。」
ティアが、初めて口を開いた。
「おお。そうだな。そうだな。」
ルーサーが立ち上がった所で、ミルリに家臣が何か伝えてきた。
「何?また、天下御免の札を持った者が手紙を?分かった。」
シンディが、エルネに言われて、至急の手紙を運んできたのである。
ミルリは、手紙を受け取ると、ルーサーに渡した。
「何だあ。また、天下御免かぁ?」
ルーサーは、ムッとしながら手紙を読んだ。
すると、ルーサーは、体を震わせて、その場に崩れ落ちた。
「どうなさいました?」
ティアが、ルーサーに尋ねた。
「セルネが、死んでまったわぁ。」
ルーサーは、オイオイと泣き始めた。
「ティア。あなたもあなたよ。自分自身から見舞いに行こうともしなかったなんて。見損なったわ。」
マイラのは、そのまま、踵を返すと、キヨナを去っていった。
ティアは、無言のまま、マイラの背中を睨んだまま見送った。
「エルネ。心から、哀悼の意を捧げます。立場上、私は、帰国します。葬儀には、クレアを出席させます。」
マイラは、セルネに祈りを捧げると、シンディと共に帰国した。
セルネの葬儀がすむと、ルーサーは、喪に服するとして、自ら謹慎して、部屋に閉じこもっていた。
そして、しばらくして、ティアが、ルーサーを尋ねた。
「宰相様。もう、御自分をお責めになるのは、おやめください。」
ティアは、耳元で囁いた。
「取り返しのつかんことをしてしまった。エルネに顔向けができん。」
ルーサーは、ボソボソと話した。
「セルネ様の為にも、更に国を大きくする事が、何よりの手向けになりましょう。」
ティアは、そう言った。
「国を…?」
ルーサーは、これ以上、どうするというような顔をした。
「そうです。国を大きく、豊かにするのです。ダイニッポニアの北の海を挟んだ大陸があります。それを制覇するのです。大陸の王になることこそ、宰相様の使命と存じます。」
ティアは、そうルーサーに囁いた。
「さ。いつものお酒を、ご用意いたしました。お部屋の空気も変えましょう。さ、お香を」
ティアは、いつものお香を焚いて、ルーサーに酒を飲ませた。
「おお。何だか力が湧いてきたわ。」
ルーサーは、酒を飲み干すと、雄叫びを上げて立ち上がった。
「さ。いつものように、私を可愛がってくださいませ。」
ティアは、ベッドの方へ歩いていき、ルーサーを手招きした。
「おお。そうだな。そうだな。」
ルーサーは、よろよろとベッドに歩いていくと、そのまま、バッサリと倒れた。
そして、夢の中で、ティアの幻を抱き続けた。
「ふん。汚らわしい。この帝国は、私がいただくのよ。」
ティアは、ニヤリと笑うと、部屋を出ていった。
数日して、突然、ルーサーが、ダイザッカにやって来た。
「エルネぇ!エルネぇ!」
ドタバタとエルネの部屋に、ルーサーは、駆け込んできた。
「ルーサー様。どうされたのです。」
エルネは、驚いて、とにかくお茶をと、興奮気味のルーサーを宥めた。
「おお。すまんすまん。セルネの事は、知らんかったとは言え、本当にすまん事をした。俺はな。セルネに報いるためにも、この国を、もっと豊かにすると決心したんだ!」
ルーサーは、捲し立てた。
「それは、立派なお考えです。でも、天下は統一されました。これからは、国民の為に、安寧な世を、お作りください。」
エルネは、そうルーサーに言った。
「その為にだ、北の大陸を制覇して、巨大な帝国を作ろうと思う。差し当たって、大陸の半島に上陸して、領国として、そこから、大陸の国々を従えていく寸法だ。」
ルーサーは、捲し立てた。
「大陸制覇!?そのような無謀な事は、おやめください。国民は、まだまだ、疲弊しております。今は、国内を安寧にする時です。」
エルネは、そう訴えた。
「国民を、更に豊かにする為には、更なる領土拡大が必要なんだ。心配せんでも、勝算はある。エルネは、留守を守っておってくれりゃええ。」
ルーサーは、エルネの肩を叩いて、心配しないように宥めた。
「どうしても、大陸へ…?」
エルネは、俯いた。
「もちろんだぁ。大帝のお許しをいただいて、各国の領主に勅命を出す。」
ルーサーは、そう鼻息を荒くして宣言した。
「では、せめて、せめてマイラだけは、国内に置いてくださいませ。私の無二の親友です。側にいてもらいたいのです。」
エルネは、泣いて頼んだ。
「うーん。マイラには、陣頭に立って、指揮してもらいたかったがなぁ…。まあええわ。国内の事も目を光らせとかないかんからな。分かった。それは、約束するからよ。」
ルーサーは、エルネを抱きしめて言った。