9-6
「リュウは、まだ、ワラノニアへの参陣を渋っているのか?一体、何を考えているのか?あの子は!」
リュウの母親、ビユウは、再三のルーサーからの参陣命令を拒絶するリュウに苛立っていた。
リュウは、幼い頃に、風土病の影響で右目を失明し、常に眼帯を装着していた。
母であるビユウは、リュウの父で、自分の夫であるテルウの死後、そんなリュウには国主は、無理と判断して、一度は、弟のジロに家督を継がせようと画策したが、リュウの直属の家臣達によって、ジロ派の家臣は、一掃され、リュウは、15才で、アーズの国主になった。
リュウは、自身をカーツの生まれ変わりと名乗り、17才になるこの春までに、戦を繰り返して、東北南部を手中に治めていた。
そんな中での、ルーサーからの参陣の命令は、リュウにとって、迷惑な話であった。
自ら軍を率いてアーズを離れれば、東北の北部の国々から侵攻の恐れがあったからだ。
それらを牽制しながら出陣するのには、準備に時間がかかり、心情的にも、ルーサーの軍門に下るのは、面白くなかった。
「母上。兄上を邪険に言うのはお止めください。東北北部は、まだまだ不安定な状況です。ただ出陣という訳にはまいりません。」
弟のジロは、そう言って、リュウを庇った。
「それもだ。参陣命令に、すぐに従っていれば、国境の中立を宰相様に、お願いもできた。参陣命令を無視して、戦闘を続けたリュウに問題があったのだ。」
ビユウは、歯ぎしりを噛んだ。
「母上。とにかく、ここは、あまり騒いではなりません。これで、お家騒動となれば、それこそ、宰相様から罰を受けましょう。」
ジロは、ビユウをなだめた。
「それは、そうだが…。」
ビユウは、それ以上、何も言わなかった。
「リュウ様。サリバーのマイラ様より、今からでも遅くないから、一刻も早く参陣せよと、何度も書状が届いております。」
アーズニアの城で政務を取っていたリュウに、腹心であるコジューロが報告してきた。
「今更、どうにもならねえ。動けば、敵国が北から攻めて来やがるし、行けば、宰相に殺される。こうなったら、敵国の領地を奪うだけ奪って、ワランと組んで宰相に勝つしかねえ。」
リュウは、執務室の椅子にふんぞり返って座りながら言った。
「確かに…。八方塞がりですね。」
コジューロも、頭を抱えた。
「失礼致します。」
リュウの妻のメゴイラが、執務室にやって来た。
「メゴイラ。ここには、来るなと言ってるだろうが。」
リュウが、困り顔で言った。
「コジューロ。あなたが付いていながら、何をボヤボヤしているのです。一刻も早く、ワラノニアに参陣するのです。」
メゴイラは、コジューロを叱責した。
「は…。申し訳ございません。」
コジューロは、頭を下げた。
「俺が、ボヤボヤしているだと。」
リュウが、立ち上がって、メゴイラを睨んだ。
「その通りです。もはや、宰相様は、大帝陛下の名代。早々に出陣して参陣すべきです。仮に、その間に、敵が攻めてきても、攻めてきた方が、賊軍となりましょう。アーズニアは、東北でも南部。援軍が来るまで持ちこたえられましょう。」
メゴイラは、散々、リュウに説教した。
「うーん…。」
リュウは、言い返せず、口籠ってしまった。
「リュウ様。メゴイラ様の仰せも、ごもっとも。いかがなされますか?」
コジューロは、リュウの顔色を見た。
「しかしなぁ。」
リュウは、腕組しながら考え込んだ。
すると、ドアの向こうから、大きな笑い声が聞こえた。
「誰だ!笑い声をあげているのは!」
リュウは、剣を取ると、剣を抜いて鞘を投げ捨てた。
「リュウ様。おやめになった方がよろしいかと…。コジューロは、控えていなさい。」
メゴイラは、ため息をつきながら呟くと、コジューロの動きを制した。
コジューロは、後ろに控えた。
「うるせえ。入ってこい!叩き斬ってやる!」
リュウは、叫んだ。
すると、ドアを蹴りながら開けて、一人の女騎士が入ってきた。
「何だぁ?てめえ。どこの配下だ?」
リュウは、剣先を女騎士に向けた。
「東北の暴れ竜と聞いていたが、トカゲの間違いか?」
女騎士は、尋ね返した。
「貴様ぁ!」
リュウは、女騎士に斬り掛かった。
一瞬だった。
どう剣が走ったのか、全く、見えなかった。
リュウは、剣を床に叩き落とされてしまっていた。
そして、片膝をついて、痺れた手を抑えながら、悔しそうに唇を噛み締めた。
「何だ?剣の腕前も、口ほどではないな。」
女騎士は、微笑んだ。
「貴様…。何者だ?」
リュウは、女騎士を睨んだ。
「リュウ様。お控え下さい。サリバー国王。マイラ様ですよ。」
メゴイラが胸に手を当てながら、リュウの前に出た。
コジューロも慌てて胸に手を当てて、跪いた。
「マイラだと…。」
リュウは、呟いた。
「まあ、そんな事はどうでもいい。数は、少なくて構わない。数日中にでもワラノニアに出陣するのよ。後は、私が何とかする。とにかく急いで。」
マイラは、そうリュウに言った。
リュウは、しばらくの間、考え込んでいた。
メゴイラもコジューロも、じっとリュウを見つめていた。
「分かった。母上に、ご報告して、ワラノニアに出陣する。」
リュウは、そう声を絞り出した。
「マイラ様。ありがとうございます。心より、お礼を申し上げます。」
メゴイラは、そう礼を述べた。
「礼には及ばない。それから、一言だけ忠告しておくわ。心配するのは、敵国からの侵攻ではない。自分の国です。謀反の芽は、必ず、摘み取ってから出陣するのです。カーツ様の生まれ変わりを自負するのならば、そのくらい、厳しくならねばなりません。よいですね。」
マイラは、そう言うと、素早く身を翻すと、部屋を出ていった。
「コジューロ、お見送りを。」
メゴイラが命じると、コジューロは、慌てて、マイラを追って行った。
マイラは、シンディとサンディのみを引き連れて、アーズニアに来ていた。
メゴイラに内密に書状を送って、アーズニアに入ったのである。
「マイラ様、この度は、何とお礼を申し上げたら良いか。今回は、私もどうしたら良いか、答えを出しかねておりました。」
コジューロは、そうマイラに申し述べた。
「独眼竜の右目が、何を弱気な事を言っている。お前が、迷ったら、リュウ殿の視界は、半分、暗闇になってしまう。私の忍びの調べでは、謀反の動きがある。よくよく手配りして対処をせよ。」
マイラは、そう言うと、颯爽と駆けて帰って行った。
マイラは、グレイに、アーズの内情を調べさせ、その上で、メゴイラを通じて、話をするのが良いと考えたのである。
「マイラ様。リュウ様は、出陣してくるでしょうか?」
シンディが、尋ねた。
「リュウ殿も、分かってはいるのよ。でもね。認めたくないのよ。負けたって事を。だから、分からせてあげたのよ。これで、素直に参陣すると思うわ。」
マイラは、微笑んだ。
そして、リュウは、出陣の報告をする為に、ビユウの部屋を訪れていた。
「母上、遅ればせながら、ワラノニアに参陣致します。留守の事は、ジロに任せます。」
リュウは、ビユウに言った。
「そうか。ついに決断したか。今宵は、ここで、夕食を取っていきなさい。せめてもの、私からの花向けよ。出陣前に、親子水入らずでお話ししましょう。」
ビユウは、優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えます。」
リュウは、笑顔で答えた。