8-17
意外だった。
こんなに、すんなり取り次いでもらえるとは、思わなかった。
しかし、チーが断って来るかもしれない。
マイラは、とりあえず、成り行きに任せる事にした。
「お方様が、会ってくださるそうだ。中へ。」
門番は、通用門を通してくれた。
侍女が、商人達が利用している宮殿の商談室のような部屋に通してくれて、そこで、しばらく待たされた。
「仕官志望の者とは、そなたか?」
しばらくすると、チーが、部屋に入って来た。
「久し振りね。チー。」
マイラが声をかけると、チーは、驚いて尋ねた。
「マイラ様!?このような所へ!!いかがなされました?」
チーは、慌てて扉を閉めて、胸に手を当てて跪いた。
「ロンビーチの宮殿は、息が詰まるから、逃げてきたわ。」
マイラは、あっけらかんと笑った。
「はぁ。」
チーは、呆れていた。
「とにかく、こちらへ。」
チーは、マイラを来賓室へ案内した。
「カズンも、随分と出世したみたいね。」
マイラは、チーに、これまでの労をねぎらった。
「これも、マイラ様のおかげでございます。」
チーは、胸に手を当てて感謝の言葉を述べた。
「それは、違う。チーが、カズンのことを、しっかりと支えてきたからこそよ。」
マイラは、チーの手を取って言った。
「恐れ多い事でございます。」
チーは、涙ぐんで言った。
「カズンは?」
マイラは、尋ねた。
「はい。まだダイザッカの城の工事が続いていまして、駆り出されております。」
チーは、寂しそうに言った。
「そうか。ダイザッカの城は、巨大都市をそのまま城にした想像を超えた鉄壁な城だ。人は、いくらいても足りないでしょうね。まあ、しばらくは、カズンも多忙ね。」
マイラは、チーを慰めた。
「はい。主人と私は、結婚した時、一国の王になりたいという目標を立てました。未だに、その目標は、達成できていませんが、最近になって、お金が無くても、一緒に駆け抜けていた頃が懐かしく感じられる事があります。」
チーは、染み染みと語った。
「チー。そんな事は、互いに年を取ってからにしなければダメよ。二人は、まだまだ、これから。お互いに、生き抜い行こう。」
マイラは、チーをたしなめた。
「はい。そうですね。」
チーは、気持ちを新たにした。
「私は、二度、後ろ髪を切ったが、その度、生き延びた。今回も、宰相様に臣下の礼を取って、軍門に下る結果になったけど、それでも、私は生き抜いていくわ。天下は、王のものじゃない。天下は、天下の為にあると、私は思うのね。チー、もし、カズンと、あなたが道に迷う事があったら、この言葉を思い出して。」
マイラは、そう語った。
その夜、チーは、手料理を振る舞って、二人で談笑した。
夕食が終わると、チーは、お茶を用意した。
「あの、今更なのですが、宮殿の方は大丈夫なのですか?」
チーは、尋ねた。
「うん。部下に私のドレスを着せて、身代わりにしてきたから大丈夫よ。今のロンビーチには、私を身近に見た事のある者はいないから、バレないと思う。」
マイラの言葉に、チーは、苦笑いするしかなかった。
風呂にも入り、夜も遅くなってきた所で、再び、チーがやって来た。
「そろそろ、床の用意を。」
チー自身が、ベッドメイクをしようと、マイラに声をかけた。
「チー、一緒に寝よう。チーは、ベッドで。私は床でいい。」
マイラは、あっけらかんと言った。
「何を仰せです。そのような事は、できません。」
チーは、思いっきり拒絶した。
「チー。こういう事も、必要なのよ。まず、チー自身が、この部屋に泊まってみることも大事だし、私も、硬い床の上で眠る事も、大事なのよ。」
マイラは、そう言うと、チーに布団を持ってこさせた。
「マイラ様。私、何か騙されていません?」
チーは、布団を敷くと、マイラに尋ねた。
「ハハハ。バレちゃったかぁ。私は、本当なら、テントの中で、自然の音を感じながら、眠りたいの。フカフカのベッドは、寝心地が悪くて仕方がないわ。」
マイラは、笑いながら、布団に潜り込んだ。
「畏まりました。」
チーは、それ以上は、何も言わず、ベッドに入った。
「マイラ様。一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
チーは、尋ねた。
「うん?何?」
マイラは、尋ね返した。
「マイラ様には、お慕いしている殿方は、いらっしゃらないのですか?」
チーは、尋ねた。
「次の王は、皆で決めればいいと思っているの。だから、結婚も、出産も、考えてないわ。」
マイラは、そう答えた。
「いえ。そうではなくて、単純に、マイラ様は、どんな殿方を好きになるんだろうと思っただけなんです。マイラ様は、容姿端麗、質実剛健を絵に書いたようなお方です。好意をお持ちの殿方も多いと思いますよ。」
チーは、そう質問の意味を説いた。
「ありがとう。チー。まあ、そうだなぁ。一緒に星を見たいと思う人かな。」
マイラは、そう一言だけ答えた。
「まあ。可愛らしい。マイラ様も、乙女でいらっしゃるのね。安心しました。」
チーは、頬を赤くして言った。
「からかうな。おやすみ!」
マイラは、逆ギレ気味に、布団に潜り込んだ。
チーは、クスッと笑って、おやすみなさいませと言って、眠りについた。
よく朝、商人が出入りする勝手口に、薬屋が現れた。
「薬屋でございます。奥方様に呼ばれて参りました。」
侍女が、チーにそれを伝え、チーは、すぐに察知して、早速、勝手口に向かった。
「奥方様。ご注文の品をお届けに上がりました。」
グレイは、薬袋を、チーに手渡した。
「確かに。」
チーは、薬袋の中の手紙を、こっそりと見た。
マイラ様の忍びでございます。中には、手紙がマイラ宛とチー宛の二通があり、チー宛には、マイラ様は、こちらですか?
と、そう書いてあった。
「この薬の効き目は確かですか?」
チーは、尋ねた。
「はい。」
薬屋は、マイラからもらった紋章入りの忍者刀を、ちらりと見せた。
「では、代金を。」
チーは、奥で手紙を書くと、薬屋に手渡した。
「ありがとうございます。」
薬屋は、去っていった。
「マイラ様。薬屋と名乗る者が、こちらを。」
チーは、朝食を食べるマイラに、薬袋を手渡した。
「ああ。グレイか。見つかってしまったようだな。」
マイラは、渋々と、手紙を読んだ。
「何かございましたか?」
チーは、尋ねた。
「正午に発つそうだ。もどって来て欲しいと言ってきた。」
マイラは、ため息を一つついた。
「では、私が、マイラ様にご挨拶したいという事で、登城いたしましょう。マイラ様には、侍女になりすましていただきます。」
チーは、そう提案した。
「分かったわ。」
マイラは、侍女の格好に着替えて、チーと共に、登城した。
そして、来賓室で、面会をして、シンディと入れ替わった。
「マイラ様。よくぞ。ご無事で。チー様には、何とお礼を申し上げてよいか?」
シンディは、チーに、何度も頭を下げた。
「マイラ様のような器の大きな方を王に持つと、皆さんも、大変ですね。」
チーは、シンディとサンディを労った。
「マイラ様。今後は、このような事は、お控えください。生きた心地がしなかったではありませんか。」
サンディは、泣きながら言った。
「大袈裟だな。すまん、すまん。」
マイラは、二人の肩を抱いて言った。
「マイラ様。道中、お気をつけて。」
チーが、別れの挨拶をした。
その日の正午。
マイラは、軍勢を引き連れて、ルーガニアへと帰って行った。。