8-15
先行したカーンは、マイラの上洛の軍勢が、ダイザッカに向かっているという知らせを、早馬を飛ばしてダイザッカのルーサーに知らせた。
ルーサーは、大いに喜んで、途中で宿泊するロンビーチ。そして、ダイザッカの城内の敷地にマイラの軍勢の全ての人員が、陣を張る事なく、ホテル等の部屋で泊まれるように手配りし、帯同している重臣には、それぞれの城の宮殿内に部屋を用意させた。
ロンビーチでは、マイラには、宮殿内のルーサーとエルネが住宅として使用していた居住区を用意したが、ダイザッカでの宿舎を決めかねていた。
「ミルリ、マイラの宿舎が決まらん。何か良い知恵は、ないか?」
ルーサーは、せかせかと執務室を歩き回りながら呟いた。
「迎賓館を丸ごと宿舎にしてはいかがでしょうか?」
ミルリは、そうルーサーに進言した。
「迎賓館か!あれなら宮殿よりも敷居が高く、城よりは低い。それは、ええ!すぐに準備せえ!手抜かりは、許されんぞ!」
ルーサーは、捲し立てた。
「畏まりました。」
ミルリは、早速、準備に取り掛かった。
「宰相様。」
ティアら三姉妹が、執務室に入ってきた。
「おお。どうした?こんな所に来て。」
ルーサーは、ティアらに尋ねた。
「マイラ姉様を、お迎えするに辺り、侍女には任せず、まずは、宰相様自ら、接待なさいませ。そのお手伝いは、私どもが務めましょう。」
ティアが、そう進言した。
「俺がか?」
ルーサーは、腕組みして考え込んだ。
「そうです。その席で、玉座の間での対面で、宰相様の顔を立てていただけるように、頭を下げるのです。」
ティアは、渋るルーサーに言った。
「そんな事をせんでも、マイラは、心得てると思うがなぁ。」
ルーサーが呟くと、ティアは、ルーサーに詰め寄った。
「マイラ様を侮ってはなりません。先手、先手を取っていかなければ、皆の前で、とんでもない事を言い出したら、宰相様も、無下にはできないでしょう。」
ティアは、説教するように言った。
「とんでもない事?わかんねえなぁ…。」
ルーサーは、そうブツブツと言った。
「まだ、臣下の礼を取った訳では無いのです。ギブルニアやクリーゼ等を要求してきたりしたらいかがしますか?」
ティアは、一喝した。
「そんな事、あいつが言ってくるかなぁ?」
ルーサーは、考え込んだ。
「ダイザッカを守護する為には、この地を守る必要があると言われたら、任せるしかなくなります。ここは、完全に服従させるのです。」
ティアは、そう入れ知恵した。
「うーん…。分かった。分かった。そうしよう。」
ルーサーは、ティアの言葉を受け入れた。
「ありがとうございます。では、私共が、侍女の代わりを務めましょう。」
ティアらは、そう言って退室していった。
翌日の夕刻、カーンの軍勢に先導されて、マイラの軍勢が、ダイザッカの城内に入り、ミルリの案内の元に、各宿舎に振り分けられた。
マイラの希望で、シンディとサンディは、マイラと共に、宿舎となった迎賓館に入った。
そして、セレモニーの際にルーサーとエルネが使う部屋を用意して、マイラらを案内した。
「こちらが宿舎になります。しばらく、お休みください。」
ミルリは、そう言うと、奥に姿を消した。
「器は、立派でも、灯りは、点っていないし、暖房も付いていない。軍勢を、ホテルに振り分けたのも、事実上の武装解除のようなもの。いざとなったら、脱出しましょう。」
シンディは、殺気を漲らせた。
「食事にも気を付けなければなりません。私が口にするまでは、飲食は、お控えください。」
サンディも、警戒を解かなかった。
「そうだな。今度は、お前達も、一緒にイーガの山を越える事になるかもな?」
マイラは、声を上げて笑った。
「笑い事ではありません。せっかく後ろ髪が肩より伸びたのです。またマイラ様が後ろ髪を切るような事になったら、私は、生きた心地が致しません。」
シンディは、たしなめるように言った。
「私は、短いほうが好きなんだけど…。」
マイラは、後ろ髪を気にしながら呟いた。
「マイラ様!」
シンディとサンディが、声を合わせて諌めた。
「冗談よ。」
マイラは、微笑んだ。
マイラ達が、そんな話をしていると、部屋の外の気配が、急に騒がしくなった。
「マイラ様。」
シンディとサンディが、剣に手を掛けた。
「マイラぁ!俺だぁ。ルーサーだ。」
部屋の中へ、ルーサーが飛び込んで来た。
シンディとサンディは、慌てて胸に手を当てて後ろに下がった。
「ミルリぃ!これは、何だぁ!灯りも点けんと。暖房も点いとらんじゃないかぁ!」
ルーサーは、怒鳴り声を上げた。
すると、ミルリが、血相を変えて侍女達と共に、部屋に入ってきて、急いで灯りを点け、暖房も用意した。
「全くぅ!使えん奴だぁ。やる事やったら、さっさと出ていけ!」
ルーサーは、ミルリらを早々に追い出した。
「マイラ。ごめんなぁ。今日は、みんな緊張してるんだぁ。まあ、とにかく、待ちかねたわぁ。母上様もセルネも連れて来てくれてなぁ。ありがとうな。ありがとうな。」
ルーサーは、両手でマイラの手を取って、何度も、礼を言った。
「シンディ、サンディ。席を外しなさい。」
マイラが、そう言うと、ルーサーは、言った。
「構わん。構わん。さあ。飯食おう。な。」
ルーサーは、部屋に用意されたテーブルに、マイラを案内した。
「はい。」
マイラは、ルーサーに手を引かれて、テーブルに付いた。
シンディとサンディは、扉を挟んで控えていたが、ルーサーが、手招きをして言った。
「お前ら、何をしとる?こっち来い。一緒に食おう。」
ルーサーは、何度も手を招いた。
二人が、躊躇していると、マイラが、黙って手招きをしたので、二人は、下座に座った。
それを見計らったかのように、ティアとファー。そして、リアが、酒と料理を運んできた。
「マイラ姉様。ご無沙汰しておりますわ。さ、お酒をお注ぎ致します。」
ティアが、マイラのグラスに酒を注いだ。
「ティア。久し振りね。」
マイラが、ティアに微笑みかけると、続いて、ファーがルーサーに、酒を注ぎ、リアが、シンディとサンディに、酒を注いだ。
「さあ、乾杯しよう。」
ルーサーが、言うと、サンディが、素早く、お毒見させていただきます、そう申し出た。
「そうね。私、お姉様の事、嫌いだから、毒を入れたかも知れないものね。」
ティアが、マイラの顔を覗き込みながら、妖艶に微笑んだ。
「ティア。何を言い出すんだ。」
ルーサーは、慌てて言った。
すると、マイラは、平然とグラスを持った。
「まあ。ティアは、悪い子ね。」
そして、サンディを手で制すると、そう言った。
「宰相様。乾杯。」
それを受けて、ルーサーも乾杯、と返した。
マイラは、シンディとサンディの心配そうな表情をよそに、ルーサーより早くグラスの酒を飲み干した。
「ティア。私を殺したかったら、もっと強い毒を入れなきゃね。」
マイラは、微笑んだ。
ティアは、一瞬、ムッとしたが、恐れ入りますと、微笑み返した。
「マイラも、ティアも、悪い冗談は、やめてくれぇ。毒なんぞ入っとらんわ。もう、その辺にしとけ。な」
ルーサーは、苦笑いしながら、割って入った。
食事が終わると、ティア達は、片付けをして、お茶を用意した。
「すまんが、みんな、席を外してくれんか?」
ルーサーが、ティア達とシンディ達に声をかけた。
マイラは、アイコンタクトをシンディとサンディに送った。
すると、ティア達が、挨拶をして、シンディとサンディを案内して、席を外した。
「マイラ。明日は、玉座の間で、各国の王やら、重臣やらを前に対面の式典をやるんだけどよ。形だけでいいから、頭を下げてくれんかなぁ?」
ルーサーは、頭を下げて頼んだ。
「では、宰相様が、持ってらっしゃる懐刀をいただけないかしら?」
マイラは、ルーサーの胸元を指さした。