8-10
ロンビーチにやって来たルーサーは、宮廷の敷地内の邸宅で、久しぶりに、夫婦水入らずの時間を過ごしていた。
「ルーサー様、今日は、チーが、ずっとカズンに抱きついていて、こちらも赤面してしまうほどでしたよ。」
エルネは、ルーサーにお茶を入れると、金銀で装飾されたリビングのソファに座った。
「まあ、あいつは、チーだけの為に生きとる奴だからな。もうちょっと、俺の為に戦ってくれんかな?」
ルーサーがケラケラと笑うと、エルネもクスリと笑った。
「ルーサー様、何か私に用があって来たのではないのですが?ミルリの付き添いで来た訳ではないのでしょ?」
エルネは、ルーサーに、静かな物腰で尋ねた。
「さすがは、俺の女房だわな。全部、お見通しだな。」
ルーサーは、エルネの手を握って、答えた。
「サリバーの事ですか?先の戦では、ルーセンが、随分とご迷惑をかけたとか。申し訳ありません。」
エルネは、そう言って、頭を下げた。
「何も、お前が謝ることは、なんにもない。それよりもな。マイラが、中々、上洛してくれねえんだよ。」
ルーサーは、トホホという顔をした。
「なるほど…。マイラの事ですか…。私の身内を人質に出したいのですか?」
エルネは、一つ、ため息を吐くと、そう尋ねた。
「はっきり言うなぁ。返す言葉もねえ。もう、マイラと戦はできねえ。帝国内が、とんでもない事になる。何とか、あいつには折れてもらいてえんだよな。」
ルーサーは、エルネに甘えるような声で言った。
「ルーセンでは、役不足でしょうねぇ…。」
エルネは、困った顔をした。
「そうだなぁ。あいつではなぁ…。」
ルーサーは、呟いた。
「分かりました。妹のセルネを、人質に出しましょう。」
セルネは、エルネの3才年下の18才。
明朗活発なエルネとは正確が違い、大人しい物静かな女性だった。
「すまねえな。本当に、すまねえな。あいつが、屈服したらよ。すぐにでも取り返してやるからな。」
ルーサーは、エルネの両手を握って、何度も礼を言った。
「でも、マイラが、それで上洛するかどうか…。」
エルネは、不安げな顔をした。
「あいつも鬼じゃねえ。お前が妹を人質に出したとなれば、きっと来てくれるさ。」
ルーサーは、力強く言った。
ルーサーの一行が、ロンビーチに到着したと聞いて、ティア達三姉妹は、ルーサーへ挨拶を済ませると、そそくさと部屋に戻った。
そして、ティアは、自室に、ミルリを呼んだ。
「ミルリにございます。姫様におかれましては、ご機嫌麗しゅう。」
ミルリは、胸に手を当てた。
「皆の者。外してくれる?」
ティアは、侍女達に、席を外すように命じた。
男と二人きりになるのを良しとせずに、侍女達は、難色を示したが、ティアは、大丈夫だと言って、席を外させた。
「ミルリ、何を突っ立っているの?こっちにいらっしゃい。」
ティアは、手招きをして、ミルリを呼んだ。
「いえ。お近くに行くのは、恐れ多いので…。」
ミルリは、ソファに足を組んで座るティアに、そう言って、ドア近くの壁際に立っていた。
「そ…。じゃあ。私が、あなたの近くにいくわ。」
ティアは、颯爽と立ち上がると、ミルリの前まで歩いていった。
「恐れ入ります。」
ミルリは、胸に手を当てて頭を下げた。
「ミルリ。顔を、よく見せて。」
ティアが、ミルリの顔の前に、自分の顔を近づけた。
「ティア様…。近過ぎます…。」
ミルリは、壁に背が付くまで、後退りしたが、ティアは、それでも、ミルリの顔に自分の顔を近づけてきた。
「ティア様、おやめください。」
ミルリは、背中に変な汗をかきながら声を震わせた。
「私が怖いの?」
ティアは、鼻先をミルリの鼻先に軽く触れさせて尋ねた。
「そのような事は、決して…。」
ミルリは、生唾を飲み込んで、そう言うのが精一杯だった。
「ふーん。」
ティアは、両の手のひらをミルリの両頬を包むように当てると、ジッと、ミルリの目を見つめた。
「何を…。なさるおつもりですか?」
「ミルリ。私の容姿を、どう思う?」
ティアが、囁いた。
「は…。それは、もちろん、お美しい限りでございます。」
ミルリは、震えた声で、答えた。
「あら。嬉しいわ。ミルリ。褒めてくれたお礼よ。」
ティアは、そう囁くと、自分の唇を、ミルリの唇にそっと押し当てた。
ミルリは、予想外の出来事に、瞳孔が開いたまま、固まっていた。
ティアは、しばらくすると、ミルリの上唇を甘噛みしながら、そっと、自分の唇を離した。
「な、何を…。ティア様…。」
ミルリは、狼狽えた様子で、体を震わせた。
「あーあ。キスしちゃった。悪い子ねぇ。」
ティアは、くすぐるように、ミルリの下顎を撫でた。
「私は、何も…。自分からは、何もしておりません。」
ミルリは、そう弁明した。
「あなた、鏡を見てみたら。口の周りに、私の口紅が、べっとり付いてるわよ。今、私が、声を上げたら、あなたが、何を言おうと、お·わ·り。」
ティアは、ミルリから離れると、またソファに座って、艶めかしく足を組んだ。
「そ、そんな…。私は…。」
ミルリは、その場に崩れ落ちて、お許しくださいを連呼して、ひれ伏した。
「どうしようかなぁ。そうねぇ…。これからは、私に、あなたの全てを捧げる事を誓えるかしら?」
ティアは、ミルリに尋ねた。
「誠心誠意、お仕え致します。どうか、お許しください。」
ミルリは、さらにひれ伏して誓った。
「うん。よろしい。洗面台、使いなさい。」
ティアは、クスクス笑いながら、ミルリに言った。
ミルリは、慌てて洗面台に走って顔を洗うと、失礼します、そう言って逃げようとした。
「待ちなさい。本題は、これからよ。」
ティアは、ミルリを呼び止めた。
「はい!」
ミルリは、慌てて戻って来た。
「いい?城ができたら、私達三人も、城に呼ぶべきだと進言するのよ。」
ティアは、笑顔でミルリに言った。
「は?それは、何故?でしょうか?」
ミルリは、尋ねた。
「返事は?」
ティアは、冷たい視線でミルリに返事を求めた。
「は、はい!」
ミルリは、慌てて、部屋を出ていった。
「フフ。復讐は、これからよ。」
ティアは、不敵に笑みを浮かべると、そう呟いた。
「夕暮れ時になると、随分と、涼しくなってきたわね。」
マイラは、宮殿の庭先で、シンディと剣の稽古をしていた。
「はい。それにしても、マイラ様の剣は、更に洗練されてきましたね。正に、水の流れのような剣筋。」
シンディは、タオルをマイラに渡しながら言った。
「落ちてくる雨を剣先が通るくらいにはしたいわね。まだ、雨粒となって弾けてしまう。」
マイラは、汗を拭いながら微笑んだ。
「私には、及びもつかない境地でございます。」
シンディは、舌を巻いた。
「シンディ、お風呂に行きましょう。付き合いなさい。」
マイラは、そう言うと、有無を言わさず、シンディを連れて、自分専用の風呂にシンディを連れて行った。
「ターニャ。シンディにも侍女を付けてあげて。」
マイラは、ターニャに命じた。
「マイラ様、お許しくださいませ。自分でできます。」
シンディは、必死に断った。
「いつも私も、そう思いながら、風呂に入っているのよ。シンディも道連れよ。」
マイラに言われて、シンディは諦めて、侍女に全てを委ねた。
二人は、全裸になると、湯船に浸かった。
シンディは、美しく引き締まったマイラの体のラインと豊かな胸に見惚れながら、顔を赤くしていた。
「どうした?そっぽを向いていては話ができない。」
マイラは、そう言って、シンディに声をかけた。
「申し訳ありません。私のような下賤な者が、マイラ様のお肌を直に見るのは恐れ多くてですね…。」
シンディは、モゴモゴと口籠った。
「気にするな。」
マイラは、微笑んだ。
しかし、胸の小さなシンディは、自分の胸を気にしながら、マイラの方を見た。
「あなたは、十分に美しいわ。二度と自分の事を下賤などと言わないで。」
マイラは、シンディを抱きしめて言った。
「マイラ様…。もったいない事でごがいます。」
シンディは、涙ながらに答えた。
「しかし、あれからルーサーは、静かですね。」
シンディは、言った。
「そうね。宰相の任命式までに、私を屈服させるために、あれやこれやと手を打ってくるわね。」
マイラとは、呟いた。
「また兵を出してくるでしょうか?」
シンディは、尋ねた。
「分からないわね。でも、いつでも出陣できる体制は整えておいて。いいわね。」
マイラは、シンディに命じた。
「はい。畏まりました。」
シンディは、気を引き締めて答えた。