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滝を斬る  作者: ninjin19
14/225

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 マイラは、エリーザと共に、砦に近い場所で、なるべく店の多い町を選んでやって来た。

マイラは、いつもの警備の軍服に革のトランクケースを持っている。

さすがにルーガン軍の出陣の噂が広まっていて、町を逃げ出す者、大丈夫だと残る者、様々な人の思惑が交差して、町は混乱していた。

「ルーシーが町に出るなんて珍しいわね。それにしても、混乱してるわね。ルーシーと一緒でなければ、怖くて来れなかった。でも、戦争になるなんて、気が滅入るわ。従軍するとなると、危険だしね。」

エリーザは、ため息をついた。

「うん。でも、出来うる限り、私達が守るから、協力して。それから、今日は、すまない。いつも基本、自給自足の生活だから、買い物となると慣れてないんだ。」

マイラは、恥ずかしそうに答えた。

「いいのよ。それで?何を買いたいの?」

エリーザは、尋ねた。

「カツラ。」

マイラは、微笑んだ。

「え?カツラ?」

エリーザは、驚いた顔をした。

「うん。私もエリーザ達と一緒に従軍するでしょ。こんな頭じゃ、ルーガン軍の本隊の方に失礼だし、一応、私も女だから。」

マイラは、心にもない言葉を並べて、そう言った。

「ルーシー!そうよね。私、少し、安心したわ。ルーシーは、オシャレとか全然、気にしない子だと思ってた。そうよ、ルーシーは、すっごいかわいいんだから、行きましょ、行きましょ。」

エリーザは、想像以上に喜んで、マイラの手を引いて歩き始めた。

「うん。」

マイラは、予想外のエリーザのテンションの高さに戸惑いながら、先を急いだ。

エリーザがやって来たのは、婦人服の専門の店のようだった。

女性用の下着から普段着、ドレスまで、幅広く取り扱っていた。

「隣の部屋は、貴族階級ぐらいしか入れなさそうだな。」

マイラは、そう言うと、エリーザと一緒に、一般客のエリアに歩いていった。

結婚式や式典の為に、カツラを利用する女性は、少なくなかった。

それは、長いストレートの髪が女性の美しさであり、フォーマルな装いとされているからだった。

「ルーシー、どれがいい?」

エリーザは、金色、銀色、黒色、長い中にも様々な長さのカツラが、きれいに整然と陳列してあった。

「そうだな…。」

マイラは、しばらく考え込んでいると、店主を呼んだ。

「何か御用でしょうか?」

お世辞にも身なりが良いとは言えないマイラに、店主は、少し、訝しげな目でマイラを見ながら、やって来た。

「すまないが、このドレスに合うカツラをみつくろってくれないか?」

マイラは、トランクケースを無造作に床に置くと、ケースを開いた。

ケースの中には、マリアンヌにもらった赤いドレスが入っていた。

「ルーシー、これ、最高級のシルクじゃないの!?どうしたの?」

エリーザは、驚いてケースの中を覗き込んだ。

そんなエリーザを押しのけるように、店主が割って入ってきて、ドレスをやたらと賛辞して、色々とカツラを勧めてきた。

「このドレスですと、うちでも最上級の物で合わせた方がよろしいかと思いますので、こちらは、いかがでしょうか?それから、ドレスに合う靴もご用意いたしましょう。」

店主は、美しい黒髪で、マイラの腰の辺りまで伸びているカツラと美しい赤いハイヒールをを勧めてきた。

「これにしよう。」

マイラは、靴を履いてみて、カツラは、手にとって見て、即決した。

「ルーシー、カツラ、試着しないの?」

エリーザは、驚いて、思わず声をかけた。

「被れればいい。それで、結局、いくらだ?」

マイラは、特に感情もなく、答えた。

「そうですな…。」

店主は、何かぼったくろうというような目をしていた。

マイラは、まあ、商人とは、そんなものだろうと、特に気にしなかった。

「ルーシー、これ、きっと高いわよ。大丈夫?」

エリーザが心配そうにマイラを見た。

「エリーザ、大丈夫。心配ない。店主、このドレスも明日までに手入れしてもらいたい。」

マイラは、そう言うと、金貨が満杯に入った袋をドンと勘定場に置いた。

店主は、自分が言おうとしていた金額の遥かに多い金貨を出されて、目が点になっていた。

エリーザも、驚いて、固まっていた。

「これで足りるか?」

マイラは、無表情で店主に尋ねた。

「もちろんでございます。お手入れも、即座にさせていただきます。」

店主は、態度をコロリと変えて、平身低頭で頭を下げた。

「では、明日までに必ず砦に届けてくれ。ルーシーの物だと言ってくれれば分かるようにしておく。これは、重要な仕事だ。明日の日暮れまでに間に合わなければ、命は無いと思え。」

マイラは、冷たい目で店主を見据えた。

「畏まりました。必ず、お届けいたします。」

店主は、冷や汗をかきながら仕事を受けた。

「無事、届ける事ができたら、もう一袋、金貨を渡す。確実に仕上げてくれ。」

マイラは、言うだけ言うと、エリーザに行こう、そう言って店を出た。

「待って、ルーシー。」

エリーザも慌てて、店を出てきた。

「どうも、居心地が悪くて、面倒くさくなった。」

マイラは、苦笑いした。

「面倒くさいって。あんなに金貨を払ってしまって、大丈夫?それに、あのドレス、どこで手に入れたの?あんな凄いドレス、普通は手に入らないわよ。」

エリーザは、訳が分からなくなって、捲し立てた。

「あれは、ある高貴なお方を、たまたま助けた時があってね。そのお礼みたいな物。あの金貨も、その方にもらったものなの。それを使う為に金貨を使ったんだから、問題ないでしょ。それに、あの強欲そうな店主の上を行きたかったの。面白かったでしょ?」

マイラは、微笑んだ。

エリーザは、はぁ、と、ポカーンとしていた。

「でもルーシー、ギーゲン様をもてなす機会があったとして、あれは、やり過ぎじゃないの?」

エリーザは、マイラに尋ねた。

「どうかな?目立つのに、越したことはないんじゃない。」

マイラは、珍しく声を上げて笑っていた。


翌日、ちょうどマイラのドレスとカツラ、そして靴が届いた後、ルーガン軍の本隊が砦に到着し、分かれて駐留する事になった。

ギーゲンは、砦の来賓を迎える部屋に入り、砦もほぼ、本隊に明け渡す形になった。

食事も砦の食堂では、対応できないので、砦の来賓を招く広間ではギーゲンの側近クラスの将校をルーガンから連れてきた侍女達が受け持ち、士官クラスは、食堂を使う事になっていた。

一般の兵卒は、ルーガン本隊の衛生兵が炊き出しを行い、配給していた。

その夜、ギーゲンは、ハンを部屋に呼び、夕食を共にしていた。

「先陣の準備はできているのかね?」

ギーゲンは、尋ねた。

「大丈夫です。明日の早朝、出発し、夜討ちをかけます。翌々日の朝には、アンゼスを制圧できるでしょう。ゲリラが絡んできても、物の数ではないでしょう。」

ハンは、そう説明をした。

「さすがだね。問題は、その後だ。」

ギーゲンは、横目でハンを見つめた。

「何かご懸念でも?」

ハンは、尋ねた。

「砦からアンゼスまでの街道は、大軍が進むには狭い一本道だ。アンゼスまで全軍が到着するまでが、隊列が縦一列になり、一番、守りが手薄になる。」

ギーゲンは、そう話した。

「ルーガンの領内でテルプルが奇襲を企てるのは不可能でしょう。ゲリラにしても、我々が駆逐して先行します。むしろ、心配なのは、アンゼスに駐留した後でしょう。各隊は、分散して駐留します。テルプルは、アンゼスが落ちる事は、覚悟しているはずです。その上で、奇襲となれば、そこでしょう。」

ハンは、そう分析した。

「君は、奇襲は、アンゼスに入ってからと言うのかね?」

ギーゲンは、意外そうな顔をした。

「あまりにも籠城の準備が、あからさまのような気がします。テルプルの領内は、相変わらず、関所も無く出入り自由です。本隊が入った後、間者がクリーゼに情報を送り、テルプルの部隊が、ギーゲン様のいる宿舎をピンポイントで奇襲して来たら、万が一という事もあります。」

ハンは、そう答えた。

「君の言う事も一理あるね。」

ギーゲンは、少しの間、考えているようだった。

「やはり、退路を塞がれるのが、一番、厄介ではないかと…。」

ハンは、そう申し出た。

「策はあるのかね?」

ギーゲンは、そう尋ねた。

「アンゼスに入った後ですが、まず砦に繫がる街道に近い位置にギーゲン様の陣を置き、そこを中心に扇型に兵を配置します。私の軍は、アンゼスの城や宮殿の周りを固めます。

そうすれば、テルプルやゲリラ、そして、内部の裏切り、全てを見通す事ができるでしょう。万が一、奇襲を受けた場合、一旦、ギーゲン様は、近衛兵団と共に、砦に向かってください。砦には、門番くらいしかおりませんから、もし、砦の兵が裏切っていたとしても、近衛兵団のみで落とせましょう。」

ハンは、そう策を唱えた。

「私は、君が裏切るとは思っていないよ。」

ギーゲンは、少し、笑みを浮かべた。

「私の知らない所で、動いている者がいるかもしれません。用心に越したことはありません。」

ハンは、そう進言した。

「城なり、宮殿なりに陣を構えるのは、かえって危険と言うのだね。」

ギーゲンは、また、少し、考えているようだった。

「まあ、言い出せば、キリがないと言ってしまえば、それまでですが…。」

ハンは、考え込むギーゲンに、そう言葉をかけた。

「そうだね。どこかで私自身が決断しなくてはね。まず、君の軍は、明日、出陣し、アンゼスを攻略してもらいたい。制圧した後、我々、本隊は、アンゼスに入り、君の言うように兵を配置し、屋外に陣を構えよう。奇襲に備えつつ、兵達に休息を与え、補給が済んだら、クリーゼに侵攻する。」

ギーゲンは、そうハンに命じた。

「畏まりました。出陣の準備にかかります。」

ハンは、胸に手を当てると、部屋から出ていった。


出陣の朝が、ハンは、ジーマの本隊を先頭に、一番後方にエリーザの指揮する衛生兵達の馬車を配置し、ケイの小隊に護衛を命じた。

マイラは、衛生兵達と共に、エリーザの乗る馬車に同乗する事になった。

マイラは、男装をして馬車に乗り込み、ドレスやカツラなど、フォーマルな物をトランクに入れて、エリーザに託した。

「ルーシー、ルーシーだけが頼りよ。よろしくね。」

エリーザは、不安そうにマイラに声をかけた。

「大丈夫。何があっても、大きな声をあげたりしないで。いいわね。」

マイラは、何台かの馬車に分かれてに乗り込むエリーザ達、衛生兵に、声をかけた。

「さあ、早く、それぞれ荷物を持って、馬車に乗って。」

エリーザも皆に指示した。

「エリーザ、姐さんだけでなく、俺達も付いてる。心配ない。」

ケイも、そう声をかけて、馬に跨った。

「ありがとう、ケイ。」

エリーザは、そう言って、馬車に乗り込んだ。

「ケイ、頼んだぞ。」

マイラは、そう言うと、馬車に乗り込んだ。

そして、出発の合図が先頭から出て、ハンの軍は、街道を進み始めた。

「ジーマ、中間地点で、ゲリラが仕掛けてくる。ダンとは示し合わせてあるが、本気で捕えろ。それで、ゲリラとの戦いは終わる手はずになっている。分かっているな?」

ハンは、ジーマに確認をした。

「はい。承知しています。ただ、ルーガンの目をごまかす為に、ゲリラは、本気で仕掛けてくるはずです。なるべく早く、ダンを捕えます。」

ジーマは、そう答えた。

ハンの軍は、アンゼスまでの一本道の街道を進軍していった。

「ここからは、ゲリラの勢力範囲だ。気をつけろ。」

ハンは、全軍に伝令をした。

「みんな、大丈夫だから、何があっても落ち着いて。静かに。いいわね。」

マイラは、そう言うと、耳を研ぎ澄ました。

「来る。」

マイラは、馬車の窓から馬で並走するケイに伝えた。

「ケイ、何か潜んでいる。馬車の隊を囲むように隊列を整えろ。こっちからは、仕掛けるな。守り抜け!」

マイラは、ケイに命じた。

「分かりました。姐さん。」

ケイは、指示通り、守りを固めて進んだ。


しばらくの間、急に静かになった。

「静か過ぎる。」

横目にマイラが暮らしていた森が見えている。

「来るぞ!」

マイラがケイに叫ぶと、森に潜んでいたゲリラの集団が前方の側面から襲って来た。

「足を止めるな。ひたすら進め!いいな!」

ハンからの伝令が走っていく。

前方で戦闘が始まり、隊列の足が止まってしまった。

「姐さん、あの兵力なら、俺達も加われば、あっという間だ。応援に行かせてくれ。」

ケイが窓越しに言ってきた。

「油断するな。まだいる。」

マイラは、大丈夫、そうエリーザ達に声をかけて、馬車を降りた。

後方の側面から、少数のゲリラ達が襲って来た。

「後ろだ!馬車を守れ!」

マイラは、剣を抜いた。

「誰か腕の立つ者はいないか?俺は、ダン・ロット。一騎打ちを所望する。」

ダンは、前方での戦闘を避け、あえて、少数で後ろから攻めてきた。

「あの野郎、ひねくれた事を!」

ジーマは、戦いながら呟いた。

ゲリラ達は、まだ、互角に戦っている。

「気を抜くな!ジーマ!」

ハンも戦いながら叫んだ。

ダンは、ゲリラ達が持ちこたえているうちに、捕まろうと考えていた。

「私が受けよう。」

マイラが前に出た。

「姐さん、俺が行きます。」

ケイが馬から降りて言うが、大丈夫、一言、そう言って前に出ていった。

無言の迫力に圧されて、足を止めた。

「ほお、受けるか?お前ら、手を出すんじゃねえぞ。」

ダンも後方の部下に指示した。

ダンが引き連れているのは、まだ若い兵たちだった。

「そうか、助けたいのだな。」

マイラは、小声で呟いた。

「私は、ルーシー・ポウ。お相手する。」

マイラは、剣を構えた。

「本気で来ないとケガをするぞ。」

ダンが警告して上段から斬りかかって来る。

マイラは、すり足で後ろに下がって、それを避けた。ダンは、前につんのめったが、そこから剣を返して下からマイラに斬りかかった。

ダンは、手加減をしていない。

完全にマイラを斬るタイミングだった。

しかし、気づけば、ダンは、剣を下に弾き飛ばされていた。

ダンの剣が土の上で跳ねて、転がった。

マイラが、瞬時に上から、物凄い速さで剣を振り下ろして、その力に負けて、柄の部分から手が離れてしまったのである。

「何?見えなかった…。しかも、俺が力負けしただと!」

ダンは、振り下ろされた剣筋が全く見えなかった事にショックを受けて、しびれた手を押さえて片膝を付いた。

「ケイ!捕らえて!」

ポカンとしているケイに、マイラは、叫んだ。

「は、はい!」

ケイは、慌てて、往生して地面に胡座をかいているダンを捕えた。

「お前達、退きなさい!素直に退けば、この男の命は助ける。退きなさい!」

マイラが叫ぶと、若い兵達は、逃げていった。

「ケイ、この男を前方に連れて行って。兵を退かせるのよ。」

マイラは、ケイに指示した。

「へい。姐さん。」

ケイは、ダンを連れて戦闘状態の前方に向かった。

「お前らの仲間を捕えた。戦闘を中止しろ。」

ケイが叫んだ。

「ケイ、やったか。お前は、ダンだな。リーダーは、すでに捕えた。退け。退けば、リーダーの命は、助けてやる。退け!」

ハンが、叫んだ。

すると、次第に、ゲリラ達の動きが止まって戦闘が鎮まっていった。

「おのれ、卑怯な。退け!」

どこからともなく声がして、ゲリラ達は、森の中に散り散りに引き上げていった。

「すまんが、しばらく付き合ってもらうぞ。」

ハンは、ダンに声をかけた。

「ふん。分かってるよ。」

ダンは、そっぽを向いた。

そして、捕縛されたダンは、ケイの馬の後ろに両手を後ろに縛られたまま乗せられた。

「あんた、いい腕だが、姐さんには、敵わねえさ。」

ケイは、ダンに話しかけた。

「ふん、剣を弾き飛ばされるなんざ、生まれてこの方、初めてだ。とんでもないない奴に、一騎打ちを挑んだもんだ。」

ダンは、吐き捨てるように言った。

「でも、あんたのおかげで、同士討ちせずに済んだんだぜ。結果オーライだな。」

ケイは、笑っていた。

捕まるのは予定通りで、初めから負けるつもりだったが、実戦だったら、斬られて死んでいただろう。

ダンは、素直に負けを認めていた。


アンゼスでは、領主のリン・ミチカと指揮官に任命されたルーサーが、クレヴァンや側近達と執務室で会議をしていた。

そこへ、ハンの軍が国境に迫っていると報告が入ってきた。

「さて、今、迫っている軍は、ルーガンの先方隊です。それでも、アンゼスの守備隊より遥かに巨大な軍です。我々は、降伏します。これは、リン様もご承知の事。よろしいですね。」

ルーサーは、側近達を見渡した。

「不本意だろうが、従ってくれ。」

リンも一言だけ口添えをした。

「まずは、降伏の使者を立てます。私がクリーゼから連れてきました、このクレヴァンを遣わします。皆さんは、各部署に開城の準備に入ってください。ギーゲン公が入城された際に、さすが、テルプルと言われるように、城内を徹底的に清掃して、全ての武器は、武器庫に、整頓して保管してください。兵達の剣も全て没収して、自宅に待機させてください。住民は、逃げる者は逃げるように通達が出ていますから、すでに残る者しかいないはず。彼らも、自宅待機させてください。可哀想ですが、これに従わない者は、斬り捨ててください。」

ルーサーは、予め書いてきた書面を元に、皆に説明した。

「カーツ様のおられるクリーゼの籠城の準備が整うまで、戦って時間を稼ぐのではなく、迎え入れて時間を稼ぐ。そういう事だ。」

リンは、補足して、そう皆に説明をした。

「さすがは、リン様だ。その通り。まずは、国境の宿を接収して、ギーゲン公の仮の宿舎としましょう。向こうも警戒しておられるでしょうから、まずは、そこで、謁見をお願いしましょう。」

ルーサーは、ニコニコとリンを褒めた。

「分かりました。国境の上級騎士御用達の宿を接収しましょう。ルーガニアの宿の質より、こちらの方が、数段上のはず。手配いたします。」

側近の一人が発言した。

「それは、それは、ありがたい。では、あなたにお願いしましょう。カーツ様に機転の効く方がいらっしゃると、お伝えしましょう。カーツ様は、私のような下賤の者も取り立ててくださるお方。この難局を乗り切れば、きっと登用してくださるでしょう。」

ルーサーは、ニコニコと、その側近の手を握った。

「私は、ひいきにしております商人がおります。できうる限りの上質な寝具や家具を宿に用意させましょう。」

側近達は、先程までのルーサーを蔑んだ目で見たのを掌返しで、協力を申し出て、ルーガン軍をもてなす準備を急ピッチで始めた。

会議の後、リンは、尋ねた。

「私が、ギーゲン公をお迎えしよう。形にとしては、それが無難だろう。」

リンが、ルーサーに協力を申し出た。

「ありがたい事です。領主自ら、ギーゲン公をお迎えすれば、きっと、お喜びになるでしょう。」

ルーサーは、腰低く、頭を下げた。

「これで、テルプルは、助かるのか?」

リンは、呟いた。

「カーツ様を信じましょう。きっと何か策をお持ちのはずです。」

ルーサーは、ニコニコとリンに話した。

「分かった。では、それぞれ、手配にかかってくれ。クレヴァン殿、使者の方、よろしく頼む。」

リンは、そうクレヴァンに軽く頭を下げた。

「畏まりました。必ず、役目を果たします。」

クレヴァンは、そう言って、執務室を出た。

すると、ルーサーも追いかけて出て来た。

「降伏する事は、向こうは知らねえ。できれば、マイラに先に会えるといいんだが、できなければ、マイラに協力する意思を伝えてくれ。」

ルーサーは、クレヴァンに念書を渡した。

「分かった。」

クレヴァンは、直ぐに、馬に跨がり、城を出ていった。


「ハスウィン、籠城の準備は、どうなってる?」

クリーゼでは、カーツがハスウィンを呼んで話をしていた。

「食料の買い占めや、住民の誘導は、順調に進んでおります。」

ハスウィンは、そう報告した。

「よし、そろそろ、よかろう。50人ほど腕のある奴を選抜しろ。人選は、任せる。」

カーツは、そう耳打ちした。

「畏まりました。しかし、50人というのは…?」

ハスウィンは、首を傾げた。

「中途半端に奇襲しても、返り討ちに遭うだけだ。いいか、相手の懐に入り込むのよ。」

カーツは、ほくそ笑んだ。

「選抜したら、それぞれ、バラバラにクリーゼを出て、アンゼスに入る。ハスウィン、お前は、俺と一緒に、クリーゼを出る。影武者でジェニファーでも座らせておけ。」

カーツは、ハスウィンに命じた。

「分かりました。先に使いをアンゼスに走らせ、宿など、手配させます。」

ハスウィンは、そう引きつりながら答えた。

「いいだろう。任せる。だが、気取られるなよ。ルーサー達にも、ルーガンの連中にもな。」

カーツは、鋭い目で、そう言った。

「畏まりました。早速、手配いたします。」

ハスウィンは、早足で、執務室を出ていった。

「随分と楽しそうですわね。」

ジェニファーが控室から出てきた。

「聞いていたのか?」

カーツは、呟いた。

「私を影武者にしておけとは、男装でもさせるおつもりですか?」

ジェニファーは、嫌味っぽく話しかけた。

「冗談だよ。俺は、出陣するが、対外的には籠城だ。指揮を頼む。いかにも、俺は、やる気のないように見せかけてくれ。」

カーツは、真顔でジェニファーに頼んだ。

「分かりました。いずれにせよ、まともに戦っては、ルーガンの大軍には敵いませんからね。思うようにやってください。ただ、結果が良くても、悪くても、必ず、私の元へ戻って来てください。それは、約束してください。」

ジェニファーは、カーツを見つめて懇願した。

「分かった。約束する。」

カーツは、そう言って、ジェニファーにキスをすると、執務室を出ていった。


カーツが動き出した頃、クレヴァンは、馬上で、白旗を片手に持って振り、ハンの軍の先頭が見える位置に来ていた。

「私は、テルプルの騎士。クレヴァン・ドック。指揮官とお話ししたい。」

クレヴァンは、大声で隊列に向かって呼びかけた。

すると、合図が、かかって隊列は止まった。

そして、馬に跨がった騎士が近づいて来た。

「私は、ルーガン先行軍の指揮官、ハン・ゾウンだ。」

ハンは、馬上から、クレヴァンに相対した。

クレヴァンは、馬から降りると片膝を付いて、白旗を置いた。

「アンゼス領主、リン・ミチカの念書を持って参りました。」

クレヴァンは、念書を懐から出して、両手に持って、差し出した。

「ご苦労。」

ハンも、馬から降りると、念書を受け取った。

ハンは、念書を開いて、その場で読み始めた。

「なるほど、無条件降伏の申し出か?」

ハンは、クレヴァンに尋ねた。

「私は、念書をお渡しせよと命じられただけでございます。」

クレヴァンは、そう答えた。

「承知した。では、アンゼスへの先導を頼む。」

ハンは、クレヴァンを盾にしてアンゼスに進む事にした。

「すまんな。罠の可能性もあるからな。」

ハンは、後ろからクレヴァンに話しかけた。

「分かってます。ところで、マイラは、どうしてます?いるんでしょ?」

前を向いたまま、クレヴァンは、ハンに尋ねた。

「ジーマ、ルーシーを連れて来い。」

ハンは、馬で並走するジーマに声をかけた。

「分かりました。」

ジーマは、少し、渋い表情をして、後方に馬を走らせた。

「ルーシー。」

ジーマは、馬上から馬車の窓をノックした。

「はい。」

マイラが窓を開けて顔を出した。

「ハン様が、前に来いと言っている。」

ジーマは、そう言って、先に前に走って行った。

「乗せてってくれればいいのに。ケイ、代わって。」

マイラは、ケイに声をかけて馬を借りると、馬車の警備を頼んで、前方に走っていった。

「ハン様、何でしょう?」

マイラは、ハンに追いついて、尋ねた。

「お前に客だ。」

ハンは、前を走るクレヴァンを指さした。

「客?」

マイラは、馬を更に前へと走らせた。

「クレヴァン!」

マイラは、驚いて声をあげた。

「よお、久し振りだな。あん時は、悪かったな。」

クレヴァンが並走しながら言った。

「いや、それより、マチュアは、元気か?」

マイラは、尋ねた。

「ああ、俺達、結婚したんだ。」

クレヴァンは、照れながら話した。

「そうか、おめでとう。」

マイラは、微笑みかけた。

「ああ。」

クレヴァンも微笑んだ。

「それで、どうして、ルーガン軍の先頭を走ってるんだ?」

マイラは、尋ねた。

「降伏の使者だ。アンゼスは、ルーガンに降伏する。だが、俺達が降伏するのは、偽装だ。考えがあるなら協力する。」

クレヴァンは、少し、マイラに寄ってきて、耳打ちした。

「カーツ様の命令か?」

マイラもクレヴァンに耳打ちした。

「ああ。」

クレヴァンは、頷いた。

「ルーサーも来ているのか?」

マイラは、尋ねた。

「アンゼスの降伏の指揮を取ってる。」

クレヴァンは、簡単な言葉で答えた。

「分かった。アンゼスに着いたら、極秘に会えるように手配してくれ。」

マイラは、クレヴァンに頼んだ。

クレヴァンは、黙って頷いた。

マイラは、馬を減速させて、ハンとジーマと並走した。

「アンゼスに入ったら、ルーサーと会いましょう。」

マイラは、それだけ言って、後方に下がった。

「ケイ、ありがとう。」

代わろう、そう窓から言おうとすると、ケイとエリーザが、笑顔で話しているのを見て、そのまま、何も言わず馬に乗って、馬車と並走した。


ハンの軍は、アンゼスへと入った。

そして、クレヴァンに先導されて、アンゼスの城に入城した。

そして、ルーサーらに出迎えられて、ハンとジーマが、リンと会見する為に、来賓室に案内された。

ハンの軍は、城を固めるように警備についた。

マイラ達、衛生兵の馬車も城に入り、炊事場を確認した。

こうして、アンゼスは、無血開城という形で、ルーガンに降伏した。

この知らせは、それぞれの伝令によって、ルーガン軍本隊とクリーゼのカーツに伝えられた。

そして、ルーガン軍本隊は、大軍だけに隊列をしっかり組んで、ゆっくりとしたペースでアンゼスへと向かっていった。

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