7-1
ミカエルが討たれた後、カーツの家臣達は、今後のウィロード家の行末を話し合う為に、クリーゼの宮殿に集まって会議を開いていた。
「ルーサー、この度は、カーツ様の仇討ちを果たし、一番の功績である。カーツ様も、さぞかし、お喜びであろう。さて、暫定として、家臣筆頭の私が、議事を進める。皆の意見を聞いた後、採決は、宿老クラスで行う規定だが、ターキーが、戦線にいて、間に合わぬから、ルーサー、ロナウド、ツネン、私の4人で行うが、よろしいか?」
ハスウィンが、家臣達の前で申し出ると、皆が、頷いた。
「今後のウィロード家の事だが、カーツ様には、お子も、男の兄弟もおられぬ。従って、マリアンヌ様に女王になっていただくのが最善と考えるがどうか?」
ハスウィンは、皆に尋ねたが、異議なしの声が、会場に響いた。
「異議あり!」
一人、ルーサーが、手を上げた。
「それは、筋が違う。」
ルーサーは、立ち上がって言った。
「筋が違う?どういう事だ?カーツ様のお血筋は、マリアンヌ様しか、おられぬのだぞ!」
ハスウィンは、反論した。
「マリアンヌ様は、一度、マザ家に嫁いでらっしゃるからな。王位の継承権は無いはずだ。宮廷から、然るべきお方を、ウィロード家の、ご養子として迎え、マリアンヌ様の弟になって頂いて、然るべき姫を迎える。これが、王位継承の規定だからよ。それを、曲げては、ウィロード家は、まとまらんだろ。」
ルーサーは、そう主張した。
「しかし、それでは、カーツ様のお血筋が、途絶えてしまうではないか!」
ハスウィンは、怒鳴った。
会場は、一気に、張り詰めた空気になった。
「それは、運命だからな。法的にも、マリアンヌ様には、王位継承権は、無い!」
ルーサーは、強く反論した。
議論は、平行線を辿った。
「では、皆での採決には、従うか?」
ハスウィンは、ルーサーに尋ねた。
「俺は、ウィロード家の家臣だからよ。それは、従う。だがよ、法は、守らねえといかんと思うけどな。」
ルーサーは、そう返事した。
「皆も、それでいいか?」
ハスウィンは、皆に尋ねた。
すると、一瞬、会場は、静まり返った。
結局、一人、一人で投票を行い、4人の採決に従うと、皆が、書面に、サインした。
「では、4人で、採決を取る。次の王位は、マリアンヌ様に継いでいただく。賛成の者は、挙手を。」
ハスウィンは、真っ先に手を上げた。
しかし、ルーサーだけでなく、ロナウドも、ツネンも、手を上げなかった。
「お前ら、どういう事だ。お前ら、ルーサーに付くのか?」
ハスウィンは、立ち上がって、激昂した。
「まあ、座りなされ。ハスウィン様。さ、採決を、続けてくださいな。」
ルーサーは、ニコニコとハスウィンに話しかけた。
「分かっておるわ!ルーサーの案に、賛成の奴!」
ハスウィンは、怒鳴った。
まず、ルーサーが、手を上げた。
それに続いて、ロナウドも、ツネンも、手を上げた。
「貴様ら…。ルーサー、策を弄したな。」
ハスウィンは、立ち尽くしていた。
「俺は、疲れたからよ。奥に下がるわ。」
ルーサーは、さっさと退席した。
「ハスウィン、まあ、座れ。」
ロナウドが、ハスウィンを宥めた。
「3人にしてくれ。」
ロナウドが諸将に言うと、皆も退席した。
「俺も、お前達も、カーツ様の仇討ちに出遅れた。だが、ルーサーは、どうだ。ワイランドから、僅か4日で大返しして、ミカエルを討った。今回の事変において、一番の功績であることに間違いはない。しかも、ルーサーの言った事は、極めて正論だ。そうは、思わないか?」
ロナウドは、静かに尋ねた。
「ロナウド、ツネン、貴様、会議前に、談合していたな?領地でも、保証してもらったか?」
ハスウィンは、二人を責めた。
「そうだ。しかし、残念だが、マリアンヌ様に王位継承権が無いのは事実。それを曲げては、家中は、まとまらないぞ。」
ロナウドは、持論を述べた。
「しかし、奴は、宮廷から呼ぶお方を、傀儡として、ウィロード家を乗っ取るつもりとしか思えん。それが、分からんお前でもなかろう。」
ハスウィンは、ロナウドとツネンに言った。
「だがな、ルーサーは、テル モーリーと和睦している。それに、宮廷の貴族達とも繋がりが深い。もし、ここで、我らと決別すれば、テルと手を組む事は、十分に考えられるし、よもやすれば、宮廷から、逆賊扱いにされる可能性もある。ウィロード家の為にも、ここは、ルーサーを、味方に置いておいた方が得策とは思わんか?」
ロナウドは、ハスウィンを、諭した。
ハスウィンは、しばらく、唇を噛み締めながら、考え込んでいた。
「分かった。だが、養子縁組までは、マリアンヌ様と妹君は、我が領地で、お守りする。ルーサーの手には渡さん。」
ハスウィンは、そう断言した。
「お前は、ウィロード家の筆頭だ。ルーサーも反対はしないだろう。」
ロナウドは、ルーサーに、その条件は、受け入れさせると答えた。
ハスウィンも、ロナウドとツネンの執り成しで、マリアンヌの件を承諾し、ルーサーも納得して、この会議は、閉幕した。
ハスウィンは、会議が終わると、マリアンヌに謁見して、会議の結果を報告した。
「そうですか…。ハスウィン、私は、ルーサーが好きではありません。彼が、成り上がり者だからとか、そういう事ではありませんよ。理屈ではないのです。嫌いなのです。更に、信用もできません。ですから、ルーサーの好きにさせたくはありません。そこで、私は、考えました。私は、あなたを兄としてウィロード家に迎えましょう。」
マリアンヌは、そう申し出た。
「何をおっしゃいます。マリアンヌ様は、カーツ様の実の妹君。一介の家臣の私と縁組など許されませぬ。」
ハスウィンは、跪いて、固辞した。
「よく聞いてください。まずは、会議の決定に基づいて、私は、あなたの城に入ります。確か、北国のノースノーに新たに城を建てているそうでしたね。」
マリアンヌは、話を切り出した。
「はい。仰せの通りにございます。」
ハスウィンは、マリアンヌに言われて、椅子に座った。
「いずれ、ルーサーが、宮廷からの縁談を持って来るでしょうから、そこで、私は、それを断ります。そして、あなたを兄として迎えた上で、妹達を、養女として、ティアを女王とします。これなら、王位継承権はティアの物になりましょう。血は繋がっていなくとも、ルーサーの傀儡になるよりは、ウィロード家の為になるでしょう。」
マリアンヌは、そうハスウィンに持論を展開した。
「そういう事でしたら、畏まりました。私は、ウィロード家に、養子として入りましょう。」
ハスウィンは、マリアンヌの気持ちを汲み取って、承諾をした。
「あーあ。マリアンヌ様は、俺が、お世話したかったなあ。」
プリマーロに戻ったルーサーは、ぼやいた。
「お控えください。どのみち、ハスウィン様とは、戦になります。のんびりはしておれません。」
カーンが、ルーサーを窘めた。
「そんで?マイラは、どうした?」
ルーサーは、尋ねた。
「戦勝祝いとして、この国一つ分のティーカップを預かって参りました。」
ミルリが、ティーカップの入った木箱を、ルーサーに手渡した。
「これを餌に、逃げたか。まあええ。しばらく好きにさせておけ。俺達が、ウィロード家の中で争っているうちに、カイノの空地を切り取るつもりだろう。」
ルーサーは、ティーカップを眺めながら呟いた。
「しかし、あの状況から、よく生還したものですな。」
カーンは、素直に感心した。
「よお覚えとけ。女だと思って舐めてたら、根絶やしにされるぞ。ハスウィンやロナウドなど問題ではない。最終的には、マイラだとな。」
ルーサーは、厳しい表情で、カーンに言った。
「肝に命じます。」
カーンは、跪いて答えた。