6-36
「とにかく、まず、私の部屋に。」
マイラは、ターニャに、そう囁いた。
ターニャは、頷いて、マイラを連れて、部屋に入った。
部屋に入ると、ターニャは、急に泣き出して、マイラに抱きついた。
「全く…。心臓が止まるかと思ったじゃないですか!でも、本当に、よくぞ、ご無事で。どれだけ心配した事か…。」
ターニャは、号泣した。
「心配をかけたな。」
マイラは、よしよしと、ターニャを宥めた。
そして、ようやくターニャが落ち着くと、微笑んだ。
「まずは、風呂に入りたい。それから、内密に、私の甲冑を。」
マイラは、ターニャに頼んだ。
「畏まりました。すぐに、お風呂の用意を致しましょう。お食事も用意いたします。」
ターニャは、いつマイラが帰ってきてもいいように、常に、風呂を清潔に保っていた。
「食事は、不要だ。すまない。一人にしてほしい。」
マイラが、言うと、ターニャは、頷いて、着替えと甲冑を用意しにいった。
マイラは、服に入ると、勢いよく、湯船に浸かった。
「兄上様、せっかちが過ぎます。」
マイラは、ゾーラからここまで、初めて、涙を流した。
そして、湯船に潜って、ブクブクと息を吐き尽くすと、ザバーっと顔を上げた。
「プハー!」
マイラは、大きく息を吸っては吐いた。
「ミカエル殿、堪忍が、足りませんでしたね…。残念です…。」
マイラは、ゆっくりと湯船を出ると、着替えの間に移った。
「マイラ様、お召し替えを、」
ターニャ始め、担当の侍女達が、マイラの体を丁寧に拭き、甲冑を身に纏うまで、丁寧に、仕上げていった。
そして、短くなってしまった髪に、皆が、涙を流しながら、整えた。
「マイラ様、如何でしょうか?」
ターニャは、尋ねた。
「うん。」
マイラは、頷くと、剣を装着し、兜を抱えた。
「馬を用意しろ。」
マイラは、そう言うと、部屋を出て、密かに勝手口から馬小屋に回った。
そして、馬に跨ると、ゆっくりと、城の正面広場まで進んでいった。
そして、城の方を向くと、剣を抜いた。
「皆の者!マイラ ウィロード ビューラーである。これより、謀反人ミカエルを討伐する。私に従う者は、直ちに出陣せよ!」
マイラは、声高らかに叫んだ。
「何?マイラ様だと?」
ハンとマーニルは、今後の事を協議していたが、その声に、立ち上がった。
「リック…。お前、何か隠していないか?」
ハンは、ちょうど、マイラを追うようにサリバニアを出発して、報告に来ていたリックを睨んだ。
「申し訳ありません。先程に報したイーゼからの船に、マイラ様は乗っておられました。とりあえず、行方不明にしておけと申されて。」
リックは、ひれ伏して侘びた。
「全く、あのお方は…。」
ハンとマーニルは、ホッとため息をついた。
「出陣の合図を全軍に出せ!俺達も急ぐぞ。」
3人は、とりあえず甲冑を着て、慌てて、外に出た。
「ご無事のご帰還、何よりにございます。出陣の準備は、整っております。カーツ様のご遺言により、国境の守りも固めております。」
ハンは、マイラの顔を見た途端、涙が溢れて止まらなくなった。
「ハン、鬼の目にも涙とは、この事だな。」
マイラは、笑った。
「恐れ入ります。」
ハンは、涙を拭った。
「ハン、留守は、頼んだ。一気にサリバーまで進軍する!続け!」
マイラは、一人で、城門から外へ駆けていった。
「全く、あのお方は!」
マーニルとリックも、慌てて馬に跨ってマイラを追った。
「各隊、準備でき次第に、マイラ様を追え!急げ!」
ハンは、各隊に指示した。
次々と、騎馬隊、近衛騎士団達が、マイラを追って出撃していった。
サリバーに入った頃には、マーニルとリックの隊と、女近衛騎士団が追いつき、港近くに陣を張った。
知らせを聞いたフレッド、ジーマ、ダンも駆けつけた。
「ご無事で何よりです。」
「リック、病院へ行く。供をせよ。私が戻るまで、兵達を休ませろ。戻ったら、一気にテルプル領内を抜けて、キヨナへ攻め上る。」
マイラは、リックと共に、病院に向かった。
皆に出迎えられたが、マイラは、そのままでよいと言って、ランの病室に向かった。
「イーゼ漁師のジンとやら、サリバー女王、マイラ様である。」
リックがドアを開けるとマイラは、中へ入った。
「あんたが…。女王って?ええ!?」
ジンは、腰を抜かした。
「女王様…。」
ランが慌てて起きようとするので、そのままでよい、マイラは、そう微笑んだ。
「ジン、お前のおかげで助かった。どうだろう?私の国の船団で働かないか?漁師をしたいと言うなら、サリバーにも、いい漁場があるが、どうだろう?」
マイラは、尋ねた。
「助けただなんて、滅相もない。こっちこそ妹を助けてもらって。喜んで、サリバーの船団で働きます!」
ジンは、ひれ伏して答えた。
「ラン、港の近くに住まいを用意する。もちろん、船員の分もな。元気になったら、皆で暮らすといい。」
マイラは、ランに声をかけた。
「はい。ありがとうございます。」
ランは、涙を流しながら答えた。
マイラが、陣に戻ると、ジーマが、血相を変えてやって来た。
「マイラ様、ルーサー軍の使者が、陣に来ております。マイラ様、直に目通りを願っておりますが…。」
ジーマは、マイラに尋ねた。
「分かった。会おう。」
マイラは、陣の上座に座って、使者を招いた。
「私は、ルーサー パンの家臣、ミルリでございます。」
ミルリは、跪いて、胸に手を当てた。
「ご苦労です。さ、お座りなさい。」
マイラは、椅子を用意させた。
「恐れ入ります。では、主よりの口上を代読させていただきます。」
ミルリは、そう言って、書状を広げた。
「サリバー女王、マイラ殿。この度の事変において、貴殿の無事を信じて、この書状を送る。我が精鋭なるルーサー軍は、ビハイパインで、事変を知り、謀反人、ミカエルを討伐するべく、モーリーと和睦の後、4日でプリマーロまで、大返しを敢行した。一晩の休息の後、一気にゾーラまで進軍し、ロナウド軍と合流、キヨナ国境付近で、ミカエル軍と対峙し、数時間で、これを殲滅した。ミカエル軍は、退却したが、スロープックの城は、自ら火を放ち、全員が自決、ミカエルは、逃走の途中、落ち武者狩りで討たれた。残念ながら、ウェルビーンの城は、ミカエル軍退却の際に放火され、焼け落ちたが、カーツ様、ジェニファー様の仇は、忠実なる家臣のルーサーが取ったが故に、貴殿は、安心して自国の守りを固められよ。 以上でございます。」
ミルリは、書状を恭しく、マイラに差し出したので、マーニルが、代わりに受け取って、マイラに差し出した。
「なるほど。戦勝について、心からお祝いを申し上げる。兄上様も、さぞ、お喜びでしょう。そうお伝えあれ。」
マイラは、そう微笑みかけた。
ミルリは、マイラに、ジッと見つめられて、顔を赤らめると、失礼いたします、そう言って、去っていった。
「何という無礼な書状だ。こちらを見下した口上ではないか。今からでも斬って、首を、ルーサーに送りつけてくれる。」
ダンは、立ち上がって怒りを顕わにした。
「ダン、落ち着け。マイラ様、いかがしましょう?」
ジーマは、マイラに下知を求めた。
「やられたな。10日以上かかるはずの工程を、わずか4日とはな。リー キウ殿にいただいた国一つ分の価値のティーカップを祝いに送っておいて。さあ、帰ろう。」
マイラは、陣払いを指示した。
「お待ちください。ここは、キヨナへ参りましょう。何もしないでは、今後に、関わります。それに、そのような貴重な品をくれてやるなど…。」
ジーマは、反論した。
「私は、毎日、あのカップで、お茶を飲んでいた。あんなものは、ただのカップだ。よく洗っておけ。」
マイラが、笑うと、皆は、呆れた。
「それにだ。今、行ったら、どうなる?ウィロード家の家臣同士の争いに巻き込まれる。ハスウィンにロナウド。マリアンヌ様も巻き込んで、勢力争いが、必ず起こる。それよりも、西で争いをしているうちに、カイノの空白の領地を獲得して、力を付けた方がいい。さあ、帰るぞ。」
マイラは、皆を見渡した。
「畏まりました。」
皆が、揃って返事をした。