6-35
リックは、病院に着くと、受付に駆け込んだ。
「病院です。お静かに!」
リックは、受付の看護婦に注意され、すまないと、謝罪した。
「今日、港から急患が搬送されたはずだが、付き添いの者に面会したい。」
リックは、そう受付の看護婦に申し出た所に、マイラとジンが、ロビーにやって来た。
マイラは、リックと目が合った瞬間、ジンの後ろから、人差し指を唇に当てて、合図を送った。
そして、漁師達の事情を説明した。
「それは、難儀をしたな。妹が回復するまで、滞在を許す。」
リックは、病院の近くにある宿を用意し、皆で滞在できるように取り計らった。
「ありがとうございます、恩に着ます。」
ジンは、素直に礼を言った。
「農民の娘は、事情を聞きたい。同行せよ。」
リックは、マイラに、高圧的な態度で言った。
「畏まりました。」
マイラは、丁寧にお辞儀をした。
「おい、大丈夫かよ?」
ジンは、心配そうに尋ねた。
「心配ない。お前達も疲れただろう。ランの事は、一旦、病院に任せて、皆で、宿をに行くといい。」
マイラは、ジンに、そう言うと、リックと共に、病院を後にした。
「マイラ様、馬車を用意いたしました。サリバニアの城へ参りましょう。」
リックは、マイラに言った。
「リック。ジーマに、イーゼからの船の船員の話として、イーガから山を越えてきた手負いの少女を乗せたが、船内で息絶えたから、遺体は、やむを得ず、海に葬ったと言っていると伝えろ。それが、マイラかどうかは分からないともな。」
マイラは、リックに、そう言った。
「何を言っているのです?皆が、マイラ様の消息を血眼になって探しているのですよ。一刻も早く、城に、お戻りください。」
リックは、血相を変えて言った。
「消息不明にしておいた方が、ミカエル軍も、周辺国も慎重になるだろうからな。私は、このままルーガニアに向かう。イーゼの漁師達の事は、頼む。」
マイラは、そう言うと、リックのみぞおちに、思い切り拳を入れた。
「ぐは!」
リックは、いきなりボディブローを受けて、気を失って倒れた。
「許せ…。」
マイラは、リックの馬を奪って、ルーガニアに繋がる街道へ走っていった。
話は、少し遡る。
フレッドは、混乱しているテルプル領内を抜けて、サリバニアに入った。
「フレッド、無事だったか…。」
待ちかねていたジーマとダンが、血相を変えて走ってきた。
「カーツ様とジェニファー様は、ミカエル軍に討たれたと見ていい。マイラ様は、イーガの山を越えて、イーゼから船に乗ったと見ている。イーゼから船は入っていないか?イーゼから直接、ルーガニアに行くのは無理だ。必ず、サリバーの港で補給するはずだ。」
フレッドは、尋ねた。
「そうか!今、リックが、港を確認しに行っている。それに、乗っておられるかも知れん。」
ジーマとダンは、声を弾ませた。
そうしているうちに、リックが戻って来た。
「ジーマ様、一大事です…。」
リックは、沈痛な表情で、ジーマの執務室に入ってきた。
「リック、どうした?」
ジーマ達は、声を揃えた。
「イーゼからサリバニアに入った船の船員達によりますと、イーゼから手負いの娘を乗せたそうなのですが、航海の途中で息絶えたと…。この時期なので、やむを得ず、海に葬ったと申しております。」
リックは、マイラに言われた通り、そうジーマ達に報告した。
「何だと!!…。」
ジーマ達は、言葉を失った。
「待てよ。その息絶えた娘が、マイラ様とは限らんだろ。フレッドも、マイラ様が、船に乗ったのを、見た訳ではないだろ。それに、その船が、フレッドが見た船かどうかも、はっきりしてないのだからな。」
ダンが、そう言うが、皆から言葉は出て来なかった。
「それで、船員達は、どんな少女だったと言っているんだ?」
ジーマは、尋ねた。
「はい。農民の娘のようだったが、背丈は高く、剣を持ち、短い髪型だったと…。」
リックは、言った。
「髪が短い?マイラ様は、背中まである美しい黒髪をお持ちだ。その時点で、違うだろ?」
ジーマは、リックに詰め寄った。
「いや、マイラ様は、ゾーラのカーリアで、殉死を偽装した節があります。その時に、髪を切った可能性は、十分にあります。」
フレッドは、重い口調で、そう言った。
「何という事だ…。フレッド、疲れている所、すまんが、ルーガニアに、この事を知らせてくれ。対応を協議しなくてはなるまい。」
ジーマは、呟いた。
「畏まりました。」
フレッドは、姿を消した。
リックは、心の中で、申し訳ありませんと、呟いた。
それと共に、マイラが無事にルーガニアに辿り着く事を祈った。
マイラは、馬を走らせて、サリバニアとルーガニアの境界線まで来ていた。
途中、付近の農民に、女物の衣類と食べ物を売ってもらうと、幼い頃に住んでいた森に入っていき、泉のほとりに行き、馬を繋ぐと、大きな木の下に落ち着いた。
「日が落ちる前に、体を洗うか。」
マイラは、全裸になると、泉に入って、体を清めるように水浴びをした。
そして、剣を持つと、小さな滝の前まで進んでいって、滝と対峙した。
一振り、二振りと、何回も何回も、無心に、流れ落ちる滝に対して、一心不乱に剣を振り続けた。
「斬れないものだな…。」
マイラは、日が落ちて来たのに気づいて、泉から上がった。
そして、農民に売ってもらった衣服に着替えた。
「ようやく、さっぱりした。」
マイラは、焚き火を焚きながら、そう呟いた。
そして、蒸しパンを頬ばりながら、星空を見上げた。
「とにかく、明日中に、ルーガニアに入って、出陣の準備をしなくてはな。」
マイラは、短くなった後ろ髪を気にしながら、木の幹にもたれて仮眠を取った。
明け方になった所で、起床し、再び、馬に跨った。
「流石に、少し冷えたな。」
マイラは、そう一言だけボヤくと、森を抜けてルーガニアに向かった。
そして、通行手形を使って、砦を抜けて、ルーガニアへ続く街道に入っていった。
「ハンもマーニルもよくやっている。街道は、何事も無かったかのような賑わいだ。」
マイラは、国内が変わりない事を感じながら、ルーガニアへと向かっていった。
マイラは、変わらぬ国内の様子を見て、安堵の表情を浮かべながら、呟いた。
ルーガニアの城へは、その日の夕刻には着く事ができた。
マイラは、裏門に回って、いつも城を抜け出す時に門を開けてもらっている門番がいないか辺りを探した。
この門番は、いつも抜け出しているのがマイラだとは知らなかった。
城内で働いている侍女の振りをして、病気の親を見舞いに行くと行っては、こっそりと出入りさせてもらっていた。
「すみません。門番さん、城内に入れてください。」
マイラは、その門番を見つけると、腰低くお願いした。
「おお、いつも大変だな。」
門番は、通用口から、マイラを中に入れてやった。
マイラは、侍女の更衣室に忍び込んで、剣をスカートの中に隠すと、何食わぬ顔で、城内のターニャを探した。
そして、マイラの部屋の掃除をしに来たターニャを見つけると、後ろから声をかけた。
「ターニャ様、よろしいでしょうか?」
マイラは、俯いて尋ねた。
「うん?どうしたの?」
ターニャは、振り返って尋ねた。
「ターニャ、静かに。」
マイラは、ターニャの耳元で、囁いた。
「!」
ターニャは、思わず、声が出ないように両手で、自分の口を塞いだ。