6-32
一揆の農民達は、山道を太鼓を鳴らしながら、行進を続けた。
その中に、紛れて、マイラ達は、スムーズに山を越える事ができた。
「ここからは、イーゼの領内だ。もうここまででいい。カール、これは、ほんの御礼だ。何かの足しにしてくれ。」
マイラは、残った金貨を全て、カールに与えた。
「ありがとうございます。ここからは、カーツ様に制圧された土地ですから、道中、お気をつけて。」
カールは、頭を下げた。
マイラは、農民達と別れを告げて、イーゼの領内に入った。
「金、全部、渡して良かったのですか?金が無ければ、船主は、動かないのでは…。」
ウィルは、ブツブツとぼやいた。
「そんなことより、お前は、私の正体を知ってから、ずっと、敬語だな。」
マイラは、ムッとして言った。
「それは、当たり前です。身分が違うのですから。」
ウィルは、胸に手を当てて答えた。
「くだらんな。私とお前の間には、そんな垣根は無いと思っていたけどな。」
マイラは、拗ねた顔をした。
「ったく…。お姫様ってのは、ワガママな生き物だな。分かったよ。これまで通りでいくよ。それで、いいか?」
ウィルは、尋ねた。
「ワガママは、余分だが、それでいい。しかし、この辺りは、漁業が盛んだと聞いていたが、皆、雨戸を閉めてしまっているな。」
マイラは、海の見える丘から、漁師町を眺めながら呟いた。
「ここらは、カーツ様に反抗して、カーリア教徒や一揆の連中も巻き込んで、結果的に大虐殺のあった地域だ。キヨナの事変が耳に入っているとすれば、領主達は、ミカエルに付く。となれば、東へ向かう船は、止められているはずだ。」
ウィルは、言った。
「そうか、今は、誰が味方か分からないから、領民は、息を潜めているのだな。」
マイラは、そう理解した。
「ああ、それに、この漁師町に繋がる街道沿いは、検問が敷かれているだろうからな。何とか、ここから船に乗るしかないな。」
ウィルは、渋い顔をして言った。
「まあ、とにかく、夜になったら、頼んで回ってみよう。」
マイラは、夜になるのを待って、山道から繋がる街道を、避けて、農民達から教わった獣道から、茂みを抜けて、町に入る事にした。
フレッドは、イーゼの手前までやって来ていた。
「旅の人、薬は、いかがかな?」
茶店で、一服していると、薬屋に扮したグレイに声をかけられた。
「ちょうど、腹の調子が悪かった所だ。一つ、もらおうか。」
フレッドは、グレイに金を渡した。
「街道は、全て、ミカエル軍が、抑えている。この辺りは、カーツ様に制圧されてはいたが、いざ、こういうことになれば、一気に反テルプルに流れている。忍びの連中も、彷徨いている。街道から、イーゼに入るのは、無理だ。港も抑えられているから、東の航路は、止まっている。」
グレイは、耳打ちした。
「しかし、それでは、マイラ様は?」
フレッドは、小声で、尋ねた。
「ここは、マイラ様を信じるしかない。俺は、キヨナへ戻り、状況を探る。お前は、しばらく、様子を見てから、ルーガニアに、戻って状況を、知らせろ。」
グレイは、そう言うと、ありがとうございましたと、腰低く、頭を下げて、その場を立ち去った。
「店主、イーゼの親類の様子を見に行きたいのだが、街道は、進めそうですか?」
フレッドは、尋ねた。
「やめた方がいい。イーゼに繋がる街道は、検問だらけだし、港も閉じてる。とにかく、誰かれ構わず、怪しいと思ったら、連行されちまうんだから、悪いことは、言わねえ。引き返した方がいい。」
店主は、そう忠告した。
「そうか…。」
フレッドは、金を店主に渡すと、ごちそうさま、そう言って、しばらくイーゼに向かって歩き始めた。
「確かに、グレイ様の言われた通り、民間人の成りを、しているが、明らかに忍びの連中が、うろうろしているな。」
「これは、返って、騒ぎを大きくする。そうなれば、余計に、マイラ様の身が危ない。やはり、ここは、引き返すしかないか。マイラ様、どうか、ご無事で。」
フレッドは、やむを得ず、イーゼの手前の宿屋に入り、様子を見る事にした。
話しは、戻る。
月明かりだけが、道を照らしていた。
いつもなら、夜の漁に出る船の明かりや、漁師達が集う酒場の明かりで、昼のように、明るく、賑わっているのだが、皆、家に閉じこもってしまっていた。
「閑散としてるな。」
マイラ達は、獣道を通って、検問を掻い潜って、町に入り込んだ。
漁師町は、人の往来も、船の往来も無く、閑散としていた。
「すまない。旅の者です。船を出してもらえないだろうか。」
マイラとウィルは、何軒か、ドアを叩いて、呼びかけてみたが、返事すら、返ってこなかった。
「これは、かなり、厳しそうだな。」
ウィルは、呟いた。
しばらくの間、マイラとウィルは、そんな事を繰り返していたが、呼びかけに応じる者は無く、途方に暮れていた。
「ウィル、あれを。」
マイラが指を指すと、船着き場で、役人らしき騎士達数名と、船乗り達が揉めていた。
「状況が分からない。気づかれないように、近づこう。」
マイラ達は、声が聞こえる所まで、何とか近づいて、小屋の陰から、様子を見ていた。
「妹が病なんだよ。ここんとこ、港も街道も止められて、薬がねえって、医者も、お手上げなんだよ。熱が高くて、陸路じゃ、もう歩けねえんだ。だから、サリバーの南の港まで船を出させてくれよ。サリバーなら、病院も薬もある。頼むよ。」
若い漁師の男が、役人達に、出港の許可を求めているようだった。
漁師の船で働いている若者達も、頭を下げたが、役人達は
許可を出さなかった。
マイラは、小屋を窓から覗いてみた。
すると、妹らしき幼い女の子が、荷車に乗せられたまま、毛布に包まって寝かされていた。
「気の毒だが、今は、非常時だ。諦めてもらうしかない。」
役人は、認めようとしなかった。
「ウィル、私は、この少女を助けたい。手を貸してくれるか?」
マイラは、小声でウィルに尋ねた。
「全く、酔狂な姫様だな。自分の置かれた状況、分かってるのか?だが、そういうの、嫌いじゃないぜ。」
ウィルも、小声で答えた。
「だが、あの役人達だって、領主に命じられてやっていることだ。言ってみれば、罪の無い者を斬る事になるかもしれない。」
マイラは、呟いた。
「その罪、俺も、背負ってやる。行くぞ!」
ウィルは、剣を抜いて、飛び出した。
「おい!」
マイラも、続いて、剣を抜いて、飛び出した。
「下がっていろ。」
マイラは、漁師達を、自分達の後ろへ下がらせた。
「すまないが、ここは、引いてくれないか?」
マイラは、役人達に尋ねた。
「何だ?一揆の農民か?ここは、お前らの出る幕ではない。死にたくなければ、失せろ。」
役人の一人が、手で、失せろという仕草をした。
「私は、お前達を死なせたくないと言っているんだ。言っておくが、私は、強いぞ。」
マイラが、警告すると、ウィルも、俺も、強いぞ、そう続けて言った。
「分からん奴らだ!」
一人の役人が、マイラに、斬り掛かってきたが、マイラは、素早く、一瞬で、避けた。
「許せ…。」
斬り掛かってきた役人は、斬ろうとしていたマイラが、消えてしまったように見えて、そのまま、勢い余って、前につんのめった。
そこを後ろに回ったマイラが、上段から剣を振り下ろした。
役人は、背中から、一刀両断にされて、うつ伏せに倒れて絶命した。
あまりの剣の鋭さに、倒れてから、流血して、地面を、どす黒く染めた。