6-26
ミカエル軍の先陣が、階段付近まで到達した時には、館内は、炎に包まれていた。
その階段の前に、槍を持ったジェニファーが、仁王立ちしていた。
「女は、引け!」
ミカエル兵が、忠告するが、ジェニファーは、槍を構えて、一撃を加えた。
「引けと言うのが、分からんか!」
ミカエル兵達が、一斉に剣を抜いた。
ジェニファーは、複数の敵を相手に、斬りかかって来る何人ものミカエル兵達を、一撃で突いては倒し、倒しては突き、ミカエル兵達を、前へ通さなかった。
「弓隊、前へ!放て!」
燃え盛る炎の中、ジェニファーは、健闘していたが、ミカエル軍の弓隊が到着し、一斉に矢を放った。
「!」
無数の矢を、槍で、懸命に払ったが、ジェニファーの身体に、何本もの矢が、突き刺さったが、何とか踏ん張って、立ち続けた。
「ここから先は!一歩も通さぬ!」
ジェニファーは、よろめきながら、槍を構えて叫んだ。
「ジェニファー様だ!射つな!射つな!」
ミカエルが、先陣を、押しのけて前に出た。
「ミカエル、それ以上、近寄るな。来れば、斬る。もう、この階段は、焼け落ちる。もはや、前には進めぬ。立ち去れ!」
ジェニファーは、そう叫ぶと、仰向けに倒れて、絶命した。
そして、その亡骸を覆うように、階段が焼け落ち、炎が、一気に広がった。
「引けえ!」
ミカエルは、そう命じて、館内から、撤退した。
宮殿は、完全に炎に包まれて、突入は不可能になった。
煙に咳込み、炎を避けながら、カーツは、ヨロヨロと壁伝いに廊下を進んでいった。
そして、崩れかけたドアを蹴破って、寝室に入り、部屋の奥に進んでいった。
炎に包まれた部屋ので、カーツは、一人、立ち尽くしていた。
少しの間、呆然とした後で、カーツは、天を仰いだ。
「ん?」
カーツの瞳から、一筋だけ、涙が流れていった。
それは、もう、いつ泣いたか覚えていない位ぶりの涙だった。
「ふ…。」
カーツは、一瞬、微笑んだ。
「ふん!人並みに、悔しいか…。え?カーツよ!」
カーツが、鞘から剣を抜いて、鞘を投げ捨てると同時に、周囲の炎は、更に激しく燃え広がっていった。
「マイラ…。さらばだ!」
カーツが、自ら剣で自決すると同時に、部屋の天井が焼け落ち、カーツは、瓦礫と炎の波に飲まれて、そのまま、床ごと、1階に崩れ落ちていった。
宮殿は、夜が明けてからも、全てを焼き尽くすまで燃え続けた。
「マイラ…。さらばだ!」
夜が明けた頃だろうか?
カーツの声が聞こえた気がして、マイラは、飛び起きた。
そして、悪寒と冷や汗に震えながら、ハァハァと息を切らした。
「マイラ様…。」
どこからともなく、声がした。
「グレイか?」
マイラは、尋ねた。
「はい。お休みの所を、申し訳ありません。」
グレイが、跪いて現れた。
「構わない。何かあったか?」
マイラは、尋ねた。
「ミカエル様、ご謀反。カーツ様、ジェニファー様は、宮殿に籠城し、応戦中。カーツ様は、マイラ様には、何も考えず、とにかく逃げろと。そして、ルーガニアにも、謀反を知らせよと仰せられましたので、フレッドを向かわせました。」
グレイは、かなり簡潔にまとめて報告した。
「ご苦労。しかし、すぐに出てもらわねばならない。少しの間だが、奥で休んでくれ。」
マイラが指示すると、グレイは、畏まりましたと言って、奥に下がった。
「誰かある!」
マイラが、呼びかけると、シンディとクレアが、急いでやってきた。
「お呼びでしょうか?」
二人は、胸に手を当てた。
「ミカエル殿が、謀反を起こした。カーツ様の安否は確認されていない。いずれにしても、ミカエル軍は、私も狙ってくるに違いない。クレア、お前の修道女の服は何着ある?」
マイラは、尋ねた。
「はい。数着は、持参しておりますが…。」
クレアは、答えた。
「よし、皆で、それに着替えて、ゾーラのカーリアに向かう。」
マイラは、クレアに指示した。
「はい。早速、お持ちします。」
クレアは、急いで修道女の服を用意した。
そして、3人で着替えを済ますと、客間へ急いだ。
「早朝から、いかがなされましたか?」
チャーが、何事かと起きてきた。
「キヨナで謀反が起こった。我らは、直ぐに、ここを発つ。」
マイラは、即決して、チャーに言った。
「謀反!?一体、どなたが?」
チャーは、顔を青くして尋ねた。
「ミカエル殿だ。カーツ様の安否は、不明だ。一刻の猶予も無い!」
マイラは、立ち上がると、玄関に歩き始めた。
それに続いて、シンディとクレアも従った。
オロオロしながらも、見送りだけはと、チャーも付いてきた。
「チャー殿、馬を1頭、貸してくれ。」
玄関で、マイラは、チャーに頼んだ。
「はい。それは、構いませんが…。」
狼狽えながら、立っていたチャーが答えた。
「助かる…。グレイ、すまないが、馬で、北国のハスウィンの陣へ迎え!ワイランドのルーサーは、遠過ぎる。北国勢に事態を知らせてくれ。」
マイラは、そうグレイに命じた。
「畏まりました。」
グレイは、馬に乗って、北国街道に向かって駆けていった。
「マイラ様、我々が警護に付きましょう。」
チャーが、そう申し出た。
「無用だ。かえって目立つ。世話になった。」
マイラは、有無を言わさず、クレアの道案内で、シンディと共に出ていった。
「お気をつけて。」
チャーは、そう言って、三人を見送った。
3人は、まだゾーラの町に、キヨナの異変が伝わる前に、カーリアに辿り着くことができた。
「シスターモレノ。私は、サリバーのカーリアにおりましたクレアです。しばらく、休息を取らせてくださいませ。」
クレアは、モレノに頼んだ。
「これは、シスタークレア…。とにかく、中へ。お連れ様も、どうぞ。」
モレノは、3人を迎え入れた。
そして、自分の部屋に案内した。
「シスターモレノ。こちらは、サリバー女王、マイラ様にございます。」
クレアは、マイラをモレノに紹介した。
「マイラ様!?これは、失礼いたしました。」
モレノは、胸に手を当てて、頭を下げた。
「突然、すまない。キヨナでミカエル殿の謀反が起こった。遅かれ早かれ、ミカエル軍は、私を追ってくる。そこで、私は、早急に、ゾーラを脱出して、イーガの山を越えなければならない。そして、イーゼの港に出て、何とか海路で、ルーガニアに戻りたい。ついては、このクレアとシンディを匿ってもらいたい。」
マイラは、モレノに頼んだ。
「何をおっしゃいますか!私どもも、お供いたします。」
シンディとクレアが、血相を変えて申し出た。
「ダメだ。私は、ここで、自決した事にする。お前達は、私に、祈りを捧げる為に、出家した事にする。」
マイラは、強い口調で、二人に言った。
「しかし、一人でイーガ越えなど、危険です。せめて、シンディをお連れください。」
クレアが懇願した。
「ミカエル軍には、私の同行者は知られている。二人とも、ここに残っていなければ、敵を欺けない。」
マイラは、そう言うと、懐刀を取り出して、鞘を口で咥えて刀を抜くと、背中まで伸びた髪を肩より上の所を、片手で、鷲掴みにすると、刀で、バッサリ切り落とした。
「マイラ様!何という事を!」
クレアとシンディは、悲鳴を上げた。
「シスターモレノ、私の髪と懐刀、そして、剣を置いていく。ミカエル兵が、現れたら、マイラは、カーツ様の死を悟り、殉死した。そして、同行の家臣2名は、祈りを捧げる為に、出家したと言って聞かせてはくれないか。」
マイラは、モレノに頼んだ。
「しかし、まだ、カーツ様が亡くなられたと決まった訳では…。」
モレノは、口を濁した。
「いや、兄上様の指示は、とにかく逃げろだった。生きてはおられまい。」
マイラは、そう静かに言った。
「畏まりました。髪をお切りになったマイラ様のお覚悟に添うように致しましょう。」
モレノは、マイラの頼みを聞き入れた。