6-24
話しは、少し遡る。
ミカエルは、明け方に、スロープックの城に到着した。
あれほど酷く降っていた雨は、止んで、太陽の陽射しが、雲の切れ間から射し込んでいた。
「おかえりなさいませ。突然の帰城、いかがなされましたか?」
留守居役を務めていた、ミーツ サイドンが、ミカエルを出迎えた。
「まずは、風呂だ。こんなずぶ濡れでは、話しもできん。」
ミカエルは、そう言って、一旦、風呂に入り、休む間も無く、執務室にやって来て、重臣達を集めた。
ミカエルは、妻を病気で亡くして、その後、娘を嫁がせていたが、着替えや身支度する等、身の回りの事については、侍女は、近づけず、自分で身なりを整える生活をしていた。
「実はな…。マイラ様の接待役を解任され、ワイランドへ出陣する事になった。」
ミカエルは、そう切り出した。
「何と…。ワイランドは、それほど切迫した戦況なのですか?」
ミーツが尋ねた。
「そうではないだろう。ルーサーが、カーツ様の顔色を覗って、援軍を頼んだのだ。それで、まず、私が、ルーサー軍の指揮下に入り、盤石にして、カーツ様がワイランドに入られる。そういう筋書きだろう。」
ミカエルは、悔しそうに話した。
「そのような事で、ルーサー軍の指揮下に入れとは、カーツ様は、どこまでミカエル様を侮辱されるのか!」
ミーツは、テーブルを拳で叩いた。
「そのような事なら、我慢もしよう。しかし、スロープックは、召し上げられ、ワイランドの北部を切り取り次第の国替えとは、あまりに厳しい…。」
ミカエルは、唇を噛み締めた。
「何ですと…。スロープックを召し上げて、敵の領地を切り取り次第とは、何という冷たいご沙汰。」
家臣達は、怒りに震えていた。
「しかし、今、この乱世を治められるのは、カーツ様しかおられぬのは確かだ。ここは、カーツ様の命に従い、ワイランドへ出陣する。切り取れば、切り取るだけ、我が領地ぞ。皆、力を貸してくれ。」
ミカエルは、悔しさを、押し殺して、家臣達に命じた。
ミーツ始め、家臣達は、涙を堪えながら、ミカエルに従った。
「ミーツよ。すまんが、しばらく横になる。出陣の準備を頼む。」
ミカエルは、ミーツに、声をかけた。
「畏まりました。準備が整いましたら、お声をかけさせていただきます。」
ミーツは、席を外した。
ミカエルは、皆が、いなくなると、ソファに、ドサッと倒れ込んで、ボロ雑巾のように眠った。
カーツは、陸路でキヨナに入り、軍勢を、宮廷の守りに付かせて、精鋭100人ほどで、自分の宮殿に入った。
そして、休む間もなく、挨拶に来る宮廷貴族達と面会した。
さらに、ランチ、お茶会、会談、夕食会と、分刻みのスケジュールをこなしていた。
その日は、あっという間に夜になり、その日の予定を終えたたカーツは、同伴したジェニファーと、ようやく夫婦水入らずの時間を過ごしていた。
「一体、暇な宮廷貴族どもは、何人いるんだ。もう深夜になろうとしているじゃないか。」
カーツは、ぼやいた。
「仕方ありませんわ。皆、カーツ様を、恐れていらっしゃるのですから。機嫌の一つも取ろうとお思いなのでしょう。」
ジェニファーは、カーツにお茶を入れた。
「まあ、確かにな。これからの世の中に、奴らは、いらんからな。焦りもするだろう。」
カーツは、吐き捨てるように言った。
「また、そのような事を…。そのような露骨な態度では、敵を作るばかりですよ。」
ジェニファーは、ため息を付いた。
「ああ?分かった、分かった。そんな事よりも…。ジェニファー、プライベートの時間で、一緒に茶を飲むのも、久しぶりだな。」
カーツは、ジェニファーの肩を抱いて言った。
「そうですわね。いつも、あなたは、私の事は、そっちのけですからね。」
ジェニファーは、カーツの頬をつねって微笑んだ。
「痛てて。お前は、嫁いで来た時から、何も変わらんな。これからも、ずっと、そのままでいてくれよ。」
カーツは、ジェニファーの耳元で囁いた。
「どうしたのです?そんな弱気な事を言うあなたは好きではありませんわ。」
ジェニファーは、少し、拗ねた顔をした。
「ふん…。相変わらず、口だけは、達者だな。まあいい。ジェニファー、天下が、完全に治まったら、俺は、マイラに全て任せるつもりだ。もちろん、いい婿も探す。そうすれば、あの、じゃじゃ馬も、少しは、落ち着くだろう。それを見届けたら、お前と海に出たい。この小さな島国の周りには、大きな大陸があると言うではないか。それを見て回ろう。」
カーツは、目を輝かせて言った。
「まあ!そんな事を、考えてらしたの?マイラに貧乏くじを引かせて、自分は物見遊山だなんて、愉快ですわ。ぜひ、お供いたします。」
ジェニファーは、声を上げて笑った。
「そうか!楽しみだな。マイラには、文句を言われそうだがな。」
カーツは、大声で笑った。
どこからともなく、声が聞こえていた。
「ミカエルよ。伝統と格式ある帝国政府を取り戻すのだ。私が、頼みにするは、ミカエル、お前一人ぞ。カーツは、人の顔をした魔王に相違ない。ミカエル、カーツ討伐を命ずる。」
天に浮かぶ大帝の姿をが、雲に吸い込まれるように消えていった。
「大帝…。」
ミカエルは、ハッと目を覚まして飛び起きた。
「夢か…。」
すでに夜は更けていた。
ミカエルは、変な汗をかいていた。
「もう夜更けか…。すっかり眠ってしまったな…。何という夢を見るのか…。それとも…、天のお告げとでも言うのか?」
暗闇の中で、ミカエルは、スッと立ち上がった。
「ミーツ!ミーツはいるか?」
ミカエルは、大声で、ミーツを呼んだ。
しばらくすると、ミーツが小走りでやって来た。
「お呼びでしょうか?ミカエル様。いかがなされました?こんな暗闇で、灯りも点けずに…。」
ミーツは、部屋の灯りを点けた。
「すまん…。少し寝すぎたようだ。ところで、出陣の準備は、できているか?」
ミカエルは、尋ねた。
「は!いつでも出陣できます。」
ミーツは、そう答えた。
「よし!ワイランドへ向けて出陣する。」
ミカエルは、心の中に、迷いを持ちながら甲冑に身を包み、ミーツと共に、20000の兵を率いて出陣した。
そして、キヨナとワイランドへ繋がる分岐点に差し掛かると、ミカエルは、一旦、進軍を止めた。
どのぐらい止まっていたのか?
しばらく馬上で考え込んでいたミカエルは、思い立ったように宣言した。
「我軍は、キヨナへ向かう!よいか!我々は、カーツを討つ!」
ミカエルは、ミーツ始め、諸将に告げた。
「今、今、何と?」
ミカエルは、思わず聞き返した。
「もはや、カーツは、信じるに足らず!我軍は、キヨナへ向かい、カーツを討ち、大帝をお支えし、宮廷を中心とした伝統と格式ある帝国政府を再興する。」
ミカエルは、そう演説した。
「は!畏まりました!」
ミーツは、声を震わせながら、全軍に伝令した。
それを、見届けると、ミカエルは、剣を抜いた。
「敵は!キヨナにあり!全軍!我に続け!」
ミカエルの号令に、地響きのような歓声が湧き上がった。
そして、ミカエル軍は、闇に紛れて、キヨナへと進軍を開始した。
明け方近く、まだ、陽は昇っていなかった。
カーツとジェニファーは、キヨナの宮殿で、まだ寝室で眠っていた。
「ん?」
カーツは、何か、外の異変を感じて、目を覚ました。
カーツが、体を起こしたのに気づいて、ジェニファーも目を覚ました。
「どうかなさいましたか?」
ジェニファーも、体を起こした。
「外が騒がしい。」
カーツは、呟いた。
すると、部屋の外から、ドアを大きくノックをする音が聞こえた。
「お休み中に、失礼いたします。」
ドアの外から声がした。
「構わん!入れ!」
カーツが、大声で怒鳴った。
「一大事にございます。カーツ様!宮殿が、何者かの軍勢に囲まれております。」
近衛騎士の小姓、ラル フォレストが、ドアを勢いよく開けると、跪いて、急を告げた。
「何!どこの軍勢だ!」
カーツは、立ち上がった。
「旗印は、桔梗の紋章。ミカエル様、謀反にございます!」
ラルは、的確に報告した。
「ミカエルが謀反だと…。」
カーツは、一瞬、言葉を失った。
「カーツ様…。」
ジェニファーが、カーツを見つめた。
すると、カーツは、大声で笑った。
「ミカエルめ、まんまと、やりおったわ。この期に及んでは、是非に及ばず。ジェニファー、お前は、女達を連れて、裏から脱出しろ。ミカエルは、女子供を手にかける奴ではない。急げ!」
カーツは、ジェニファーに命じた。
「でも、カーツ様は、いかがなされるのです。」
ジェニファーは、カーツの視線から目を逸らさずに言った。
「今は、女達を逃がすのが先だ!急げ!」
カーツは、ジェニファーに、強い口調で命じた。
「はい…。」
ジェニファーは、寝間着のまま、部屋の外へ走っていった。
「ラル、兵達を一階のテラスに集めろ。バリケードを築き、敵を一歩も近づけるな!」
カーツは、ラルに命じた。
「は!」
ラルは、部屋を出て、伝令に走った。