12
「マリアンヌ様、今日は、学校もお休みですし、来賓もありません。お散歩でもしませんか?とても、いいお天気ですよ。」
エルネは、テラスから空を見上げて、マリアンヌに言った。
「マイラがいなくなって、まだ2ヶ月なのに、随分と昔の事のように感じるわ。」
マリアンヌは、ボーッと、空を見つめていた。
「マリアンヌ様が、そんな様子だと、皆の士気が下がります。マイラは、きっと元気にしていますわ。」
エルネは、マリアンヌを励ました。
「マイラの事だから、自分を犠牲にして、自らを追い込んでいなければいいんだけど。」
マリアンヌは、さらに遠くを見つめながら、そう呟いた。
「マリアンヌ様、マイラは、きっと大丈夫です。マリアンヌ様が信じてあげなくてどうするのですか?」
エルネは、少し、強めにマリアンヌに諫言した。
「そうね。しっかりしないといけないわね。エルネ、本当に久しぶりに今日は暖かいわね。お散歩に出ましょうか。」
マリアンヌは、そう言って微笑んだ。
早速、アーチャが、マリアンヌの着替えを手伝って、エルネとマリアンヌは、湖畔を、ゆっくり散策していた。
「よく、あの森からマイラの料理の良い香りがしてきたわね。一度でいいから、マイラの料理を食べてみたかったわね。」
マリアンヌは、マイラがテント生活をしていた森を指さした。
「そんな事を言っては、マチュアが悲しみますよ。」
エルネは、苦笑いした。
「マチュアの料理の方が、美味しいのは分かっているのよ。でも、マイラの料理には、違う美味しさがあるような気がするだけ。」
マリアンヌは、笑った。
「そうですね。そうかもしれませんね。あれ?あれは?」
エルネは、森を駆けていく馬を指さした。
「マイラの馬よ。マイラ以外、誰にも懐かなくて、森で放し飼いにしてるのよ。」
マリアンヌは、懐かしそうに、マイラの馬を見つめた。
「そうなんですね。」
エルネも、マイラの馬を見つめた。
「それは、そうと、ルーサーは、戻りましたか?」
マリアンヌは、エルネに尋ねた。
「クレヴァンとマチュアの話では、テルプルを出てから、一度も戻ってないようです。」
エルネは、そう答えた。
「そう。」
マリアンヌは、呟いた。
「ルーサーは、調子のいい事ばかり言って、信用されないけど、それでも周りから好かれるから不思議なんですよね。」
エルネは、呟いた。
「あら、ルーサーの事、よく分かっているのね。でも、申し訳ないけれど、私は、彼の事は、あまり好きではありません。」
マリアンヌが、人の好き嫌いを、はっきり言うのは珍しいので、よほど、生理的に合わないのだろう。
エルネは、そう思ったので、話を打ち切る事にした。
「少し、風が出てきましたね。お部屋に戻りましょう。」
エルネは、そう、マリアンヌに勧めた。
「そうですね。戻りましょうか。」
二人は、湖畔を眺めながら、宮殿に戻った。
スコットと別れたグレイは、自宅のある長屋へ向かっていた。
周囲に気を配りながら、いつものように遠回りして、自宅まで帰った。
幸い、特に、つけられている事も、自宅を見張っている者もいなかった。
「さて、単刀直入に言います。ルーガン軍の出陣は12月1日。2週間を切っています。まずは、ハン様に報告しましょう。」
グレイは、そう言いながら、旅支度を始めた。
「そうだな。俺もテルプルに繋ぎをつけなきゃならねえ。急ごう。」
ルーサーも、飛び起きて、旅支度を始めた。
そして、二人とも準備ができると、別々に出発して、砦に向かい、途中で合流して、その日のうちに、砦付近まで辿り着く事ができた。
「これなら、夜になるまでに砦に入れそうですね。」
グレイは、そうルーサーに話しかけた。
「いや、そうでもなさそうだ。」
ルーサーは、足を急に止めた。
「どうしました?」
グレイは、ルーサーに尋ねた。
「あんたらしくもねえな。ホッとすると殺られるぜ。」
ルーサーは、前を指さした。
「あれは?」
グレイは、前方から来る小隊規模の一団を見て、警戒を強めた。
「お前ら、テルプルの間者だな。武器を捨てろ。」
馬上からケイが剣を片手に警告した。
「何をおっしゃいます?我々は、ハン様を訪ねて砦に向かっている商人でございます。」
グレイもルーサーも、腰低くお辞儀した。
そして、護身用の短剣を捨てた。
「まあいい。話は砦で聞く。連れて行け。」
ケイは、部下に命じて、二人を捕縛して、砦に連行した。
「どういう事でしょう?彼らは、ハン様指揮下の下級騎士達のはず。」
荷馬車に乗せられて、運ばれるグレイとルーサーは、小声で話をしていた。
「まあ、砦に行けば、疑いは晴れるさ。」
ルーサーは、軽い感じで余裕の表情だった。
「しかし、もし、ハン様がルーガン側に付くつもりで動いていたら、これは、マズイ。」
グレイは、厳しい表情をした。
「ちょっと待ってくれよ。じゃあ、マイラは?」
ルーサーも表情を変えた。
「もし、そういう事なら、捕らえられているか、もしくは…。」
グレイは、俯いた。
「そんな事、あるわけねえ!」
ルーサーは、小声でキレた。
「おい!静かにしろ!」
見張りの兵に、二人は、剣を突き付けられた。
グレイとルーサーは、とりあえず観念して、様子を見る事にした。
ケイの小隊は、砦に到着すると、荷馬車から二人を降ろすと、別々の地下牢に連行した。
そして、それぞれ、牢に放り込まれた。
「ちょっと、冗談だろ!おい!マイラを呼んでくれよ。なあ!」
ルーサーは、鉄格子を両手で掴んで、ガチャガチャと揺すりながら叫んだ。
「マイラ様を呼び捨てにすんじゃねえ!だが、残念だったなあ。ここに姫様は、いやしねえよ。」
ケイは、そう突き放すように言うと、ルーサーの牢の前を通り過ぎて、グレイの牢の前を通って行った。
そして、ケイは、同じく鉄格子を両手で握りしめて、自分を睨むグレイに、紙包みを、ルーサーに気づかれないように渡した。
「これは…。」
グレイは、ケイから紙包みを受け取ると、瞬時に事態を把握して、自分もルーサーに気づかれないよう、ケイに紙包みを渡した。
ケイは、それを受け取ると、黙って頷いて、グレイにアイコンタクトを送って、地下牢から出ていった。
隣では、ルーサーが、ここから、出せ、出せと叫んている。
「しばらく我慢するように。…か。」
グレイが紙包みを広げて、心の中で読み上げた。
「どうやら、本当に捕まってしまったようてすね。」
グレイは、紙包みを細かく破り、床に捨てると、壁越しにルーサーに話しかけた。
「くそ!ハンの野郎、ルーガンに、つきやがった。」
ルーサーは、壁を蹴りながら叫んだ。
「落ち着いてください。今は、脱出のチャンスを待つしかありませんよ。騒いでも疲れるだけです。」
グレイは、ルーサーを諭した。
「脱出って?どうやって、ここから出ろってんだ?」
ルーサーは、怒鳴り散らした。
「それは、分からない。でも、とにかく、私は、いざという時の為に眠ります。」
グレイは、粗末なベッドに寝転んだ。
「何、気楽な事を言ってるんだ?全くよぉ。」
ルーサーも、そのうち、わめき疲れて、ふて寝した。
「今は、マイラ様を信じる他ない。」
グレイは、心の中で呟いた。
隣が、静かになったと思うと、ルーサーは、そのまま、イビキをかいて眠ってしまったようだった。
「気楽なのは、どっちだ?」
グレイは、苦笑いを浮かべた。
「姐さん。」
その夜、テントで焚き火をしているマイラに、ケイが声をかけた。
「捕縛した?」
マイラは、尋ねた。
そして、焚き火に当たるように言った。
「失礼します。」
ケイは、地べたに胡座をかいて座った。
「随分、夜は冷えるようになってきたね。」
マイラは、そう言うと、コーヒーを入れてケイに振る舞った。
「いただきます。」
ケイは、恐縮しながら、コーヒーを受け取った。
「二人は、元気そうだった?」
マイラは、ケイに尋ねた。
「いやもう、背の小さな野郎は、ギャーギャーわめいて、鬱陶しかったっす。でも、おっさんの方には、姐さんに言われた通り、伝言を渡しておきました。それから、グレイからこれを。」
ケイは、マイラに紙包みを渡すと、コーヒーを冷ましながら、すすった。
「さすがグレイだな。わかってくれたようだな。ところで、私のコーヒーは、エリーザに比べてどお?」
マイラは、いたずらっぽく尋ねた。
「いや、そりゃ、姐さんの方に決まってます。」
ケイは、焦りながら答えた。
「無理をするな。エリーザのコーヒーの方が、断然、美味しい。」
マイラは、笑った。
「そりゃまあね。へへへ。」
ケイは、頭を掻きながら、照れ笑いした。
「ケイ、エリーザ達も、従軍する事になる。守ってやれ。」
マイラは、ケイに命じた。
「はい!」
ケイは、直立不動で返事をした。
「これは…。」
マイラは、紙包みを広げると顔色を変えた。
「姐さん、どうしたんですか?」
ケイが、マイラの顔色が変わったのを見て尋ねた。
「ルーガンの出陣は、12月1日。」
マイラは、そうケイに告げた。
「何だって!」
ケイも血相を変えた。
「この事は、内密にね。私からハンに話すから。」
マイラは、ケイに口止めした。
「分かりました。決して話しません。」
ケイは、また直立不動で答えた。
「ルーシー、お風呂、空いたよ。」
勝手口からエリーザが出てきた。
「エリーザ、ケイが、私のコーヒーより、エリーザのコーヒーの方が美味しいと言っていたわ。」
マイラは、そう言って、エリーザに微笑むと、勝手口から中に入っていった。
「ルーシーのおかげね。ルーシーがいなかったら、今も、私は、ケイを、ただの怖くて嫌な人だと思ってたわ。」
エリーザは、そう言ってケイの横に座った。
「面目ねえ。姐さんのおかげで、目が覚めたってのか。必ず、お前を守ってみせるからよ。」
ケイは、へへへと照れ笑いした。
「うん。でも、無理しないで。みんなで生きのぴるの。約束して。」
エリーザは、ケイの手に、自分の手を、そっと乗せた。
「おお。分かってる。約束する。」
ケイは、照れながら、そう答えた。
しばらくして、マイラが戻ると、ケイとエリーザも、自分の部屋に戻っていった。
マイラは、それを見送ると、ボーッと焚き火に当たっていた。
「姫様、ルーサーとグレイを捕縛したとか…。」
ケイとエリーザがいなくなったのを見計らってか、ジーマがやって来た。
「ジーマか?ハンは、来なかったかの?」
マイラは、
「ハン様が動くと目立ちますんでね。俺が来たって訳です。」
ジーマは、苦笑いした。
「そうか…。実は、ケイの部下に、ルーサーを見張らせていた。」
マイラは、唐突に、そう言った。
「なるほど、あいつらは、それを、ルーガンの間者と思って、協力して慎重に動いたって訳ですか?。」
ジーマは、呟いた。
「ハンに、ルーガニアにテルプルの間者を捕えたと報告してもらって。」
マイラは、ジーマに、そう指示した。
「あくまで、ルーガン寄りだと思わせる算段ですか?」
ジーマは、腕組みした。
「そうだ。テルプルの間者の持っていた密書に、出陣の日取りは、12月1日とあったが、事実か?とな。」
マイラは、そう呟いた。
「なるほど、俺達は、味方として、テルプルの間者を捕えたのに、俺達を疑って、出陣を隠していたのかとルーガンに負い目を感じさせる訳ですね。」
ジーマは、なるほどと頷いた。
「そう。とにかく、ハンの軍が、ルーガンの味方だと信じさせる事が大事だ。こちらの意思も統一しておかないといけない。砦の中で、テルプルに付くか、ルーガンに付くかで割れては、元も子もない。」
マイラは、ジーマに、お前は、どうする?そう問いかけるような目で見つめた。
「分かりました。まずは、ハン様に報告してきます。」
ジーマは、立ち上がると、その場を去っていった。
ジーマから話を聞いたハンは、夜のうちに砦を出て、昼までにはルーガニアの宮殿に入っていた。
来賓室で、しばらく待たされると、ギーゲンの執務室に案内された。
「待たせたね。」
ギーゲンは、座りたまえと、ハンに勧めた。
「失礼します。」
ハンは、ソファに腰掛けた。
「君はコーヒーだったね。」
ギーゲンは、自分でコーヒーを入れて、ハンに振る舞った。
「恐れ入ります。」
ハンは、そう言って、一口、口を付けた。
高級な豆である事は、間違いなかったが、いつも、砦で飲む安いコーヒーの方が口に合う、ハンは、そう心の中で思っていた。
「それで、国境で何かあったのかね?」
ギーゲンも自分で入れたコーヒーを飲み始めた。
「今日は、陛下に文句を言いに参りました。」
ハンは、いたずらっぽく話を切り出した。
「ほお。文句?穏やかじゃないね。」
ギーゲンは、興味深そうに微笑んだ。
「昨日、テルプルの間者を捕えました。残念ながら、抵抗した為に、やむなく斬りましたが、こんな物を持っておりました。」
ハンは、テーブルの上に、密書を置いた。
「テルプルの間者が?見てもいいかね?」
ギーゲンは、尋ねた。
「どうぞ。」
ハンは、ギーゲンに密書を差し出した。
「ルーガン軍の出陣は、12月1日…。」
ギーゲンは、少しだけ眉を動かしたが、平静を装っているようだった。
「これは、事実でしょうか?」
ハンは、尋ねた。
「事実だ。漏れるとは思っていなかった。不快に思ったかね?」
ギーゲンは、ハンの表情の変化をじっと見つめた。
「我々をルーガン軍として認めていらっしゃらない、そういう事でしょうか?」
ハンは、怪訝な顔で答えた。
「そうではない。君の軍は、サリバーの民で構成されている。この事でゲリラどもがテルプルの軍と手を組み、君の軍が割れれば、厄介だろ?」
ギーゲンは、正論で固めた。
「しかし、信用されていないとなれば、士気は下がります。」
ハンは、正論に対して、正論で返した。
「なるほど。それは、そうだね。では、それは、素直に謝罪しよう。しかしね、理由は、もう一つある…。」
ギーゲンは、厳しい目でハンを見据えた。
「もう一つ?」
ハンは、察しは、ついたが、敢えて分からない顔をした。
「マイラ様だ。」
ギーゲンは、ソファに深くもたれ掛かると一言、呟いた。
「マイラ様?」
やはり…、ハンは、心の中で、そう思った。
「安否が定かではなかったが…。死んだという事で済めば良かったが、ルーガンでご存命との情報を得た。もし、マイラ様が兵を挙げるとなれば、テルプル、ゲリラ、君の軍、それに、西の国境の民全てが、敵になる可能性が出てくる。その結束の時間を作りたくなかったのだよ。」
ギーゲンは、そう、ハンに、真意を伝えた。
「なるほど…。しかし、私は、出陣の日を知ってしまった。それに、テルプルの他の間者がゲリラにも、この情報をすでに伝えたかもしれない。日程を変えますか?」
ハンは、ギーゲンの顔色の変化を見ていた。
「君も意地の悪い男だね。ここまで、秘密裏に勧めてきたのだ。今更、出陣を延ばしたら、兵達が暴発し、統率が取れなくなるのがオチだ。」
ギーゲンは、苦笑いを浮かべた。
「確かに…。」
ハンは、頷いた。
「では、こうしよう。もし、マイラ様が立つというのなら、サリバーの民が独立を望むというのなら、アンゼスまで侵攻した時点で、旧サリバーの領地を自治区として認めようではないか。マイラ様に上に立っていただくもよし、誰か代表者を上に立てるもよし。それは、サリバーの民で決めればよい。最初は、混乱を避ける為にルーガンの後ろ盾があった方がよかろう?力がつけば、独立戦争でも仕掛けてくればよい。君は、出陣までにゲリラと会談し、この情報を流し給え。念書も書く。」
ギーゲンは、ハンの返事を待つまでもなく、ペンを取り出して、念書を書いて、版を押した。
「分かりました。我々は、ルーガン軍に忠誠を誓いましょう。裏切る者は、処罰しましょう。しかし、マイラ様は、我々の元にはおられない。もし、ゲリラの元におられるとして、乗って来ますね?」
ハンは、尋ねた。
「それは、愚問だよ。マイラ様が、どこにいようと、それは、問題ではない。我々は、条件を提示したのだ。返事がなければ、敵とみなす。君の軍にはアンゼス攻略の先陣を務めてもらう。ゲリラとの会談が不調に終われば、君たちが討て。サリバーの民が反逆してきたら、一掃したまえ。全て、君たちで始末をつけるのだ!」
ギーゲンは、一気に捲し立てた。
「畏まりました。では、早速、ゲリラと話をして参ります。」
ハンは、平身低頭の姿勢を見せた。
「君の軍は、本隊が砦に到着したら、出陣してもらう。もし、裏切れば、我々も犠牲を払ってでも、前に進む。それを肝に命じておき給え!」
ギーゲンは、立ち上がって、念書をハンに投げつけた。
ハンは、ソファから立ち上がって、床に片膝を付いて、胸に手を当てた。
そして、念書を広い上げて、恭しく退出した。
かかった、ハンは、ほくそ笑んだ。
これで、間違いなくルーガン軍は、12月1日に出陣する。
どんな手を考えるにしても、話がしやすくなった。
ゲリラとの接触も楽になった。
セッサが生きていれば、その裏をかかれて、一網打尽にされていたに違いない。
ハンは、ダンの元に急いだ。
ハンが、ダンの隠れ家に着いたのは、昼も過ぎた頃だった。
周りは、昼間だというのに、寂れて、閑散としていた。
ちらほらと露店も見えたが、人の姿は、まばらだった。
「邪魔するよ。」
ハンは、勝手にドアを開けて、中に入っていった。
中では、ダンが昼間から酒を飲んで、潰れていた。
「醜いな。」
ハンは、見下した物言いで、ダンを蔑んだ。
「何だ?誰かと思えば、裏切り者の頭じゃねえか。」
ダンは、体を起こすと、そう切り返した。
「手厳しいな、そう言いたい所だったが、それは、見当違いだ。あの頃のサリバーは、テルプルのルーガンに挟まれて、どちらかにつかなければ、滅んでいた。あの時、テルプルについていたにしろ、結局は、お家騒は、起こっていた。当然、テルプルとルーガンが出てきて、各派閥の代理戦争となって、サリバーは、滅んでいた。」
ダンは、そう言って、イスに座った。
「それで、あんたらは、ルーガンの犬になって、俺達の仲間を討ち、しかも、姫様の命も狙った。その後、紆余曲折あったが、結局、姫様は、未だ行方知れずだ。その責任は、どう取ってくれる?」
ダンは、悪態をついた。
「俺も、もらうよ。」
ハンが、ダンの悪態を無視して、そう言うと、ダンは、欠けた茶碗をハンに放ると、酒の瓶をハンの手前に、ドンと置いた。
ハンは、黙って手酌すると、一口、酒を飲んだ。
「責任?そんなもの、取れる訳はなかろう。結果、国は滅んだのだ、どんな償いをしたところで、俺は許される人間ではないのだ。」
ハンは、茶碗の酒を飲み干した。
「いつになく、しおらしいな。それで、いつもの降伏勧告か?」
ダンは、皮肉っぽく、ハンを睨んだ。
「いや、そんな事ではない。俺は、ルーシーの案に乗ることにした。」
ハンは、唐突に口を開いた、
「ほお、あの小娘の作戦に乗ると言うのか?」
ダンは、ほくそ笑んだ。
「ああ。お前の所にも、何度か頼みに来たのだろ?」
マイラとリックは、これまで、何度となく、ダンに頼みに来ていたが、その度に、ダンは、態度を保留にしていた。
「ああ。話は分かったがな、さすがにふんぎりがつかん。」
ダンは、珍しく、歯切れの悪かった。
「ルーガンは、12月1日に出陣する。俺達にも出撃命令が出た。もう迷っている時間はない。」
ハンは、厳しい口調で、ダンに情報を与えた。
「何だと!年が明けてからじゃないのか?ギーゲンめ、俺達の裏をかく気か!」
ダンは、テーブルを拳で叩きつけた。
「ルーサーとグレイは、砦で預かっている。ルーサーには、テルプルに知らせに行かせる。グレイには、再び、ルーガン軍の動きを探らせる。後は、お前らだけだ。」
ハンは、そう静かに言った。
ダンは、それを聞くと、目を閉じて、しばらく考え込んでいた。
ハンも、特に急かす訳でもなく、じっと、ハンの答えを待っていた。
「分かった。ゲリラ達は、俺がまとめる。」
ダンは、そう結論を出した。
「そうか、感謝する。では、俺達も、俺が責任を持って、まとめる。」
ハンは、そう答えた。
「もう一つ。お前の腹が決まった所で話しておく。ダンよ。姫様は、ご健在だ。俺達が安全な場所に匿っている。俺達の行動を、姫様はお認めになっている。それを、皆に伝えてくれ。もちろん、信じる信じないは、お前らの自由だ。」
ハンは、そう告げると、邪魔した、そう言って立ち上がった。
「分かった。本気で攻めてこい。後は、うまくやる。」
ダンは、そう言って、ハンを見送った。
「頼む。」
ハンは、そう一言答えると、砦に戻った。
その日の夜、マイラは、任務を終えて、テントに戻ろうとしていたが、エリーザに呼び止められて、食堂で食事をしていかないかと誘われた。
「ルーシー、今日は、シチューが余ってしまったの。食べていってくれない?」
エリーザに言われて、マイラは、分かった、そう言って、誰もいなくなった食堂のテーブルのイスに座った。
エリーザは、マイラに夕食を用意してくれた。
「ありがとう。いただきます。」
マイラは、微笑むと、シチューを食べ始めた。
「すまない、行儀が悪いが、好きに食べるね。」
マイラは、テーブルマナーが面倒で、いつもは、自炊してテントで食べていた。
「うん。大丈夫。誰もいないから、パンをシチューに、たっぷり浸して食べると、美味しいものね。」
エリーザは、微笑んだ。
「ありがとう。」
マイラは、安心して、がっつくように食べ始めた。
すると、外から、誰かがやって来た。
「すまない。エリーザ、今日は、夕食を食べ損ねてね。まだ、残っているかね?」
それは、ハンだった。
「これは、ハン様。お珍しいですわね。」
エリーザは、大丈夫ですよ、そう言ってハンの夕食を用意した。
ハンは、いつもは自宅で夕食を摂る。
指揮官クラスは、基本的には、食堂では食事をしない事になっていた。
「ルーシー、ここ、いいかな?」
ハンは、マイラに尋ねた。
「はい、どうぞ。」
マイラは、行儀悪く食べていたので、苦笑いで、ハンを迎えた。
ハンが座ると、エリーザがテーブルに膳を持ってきた。
「ありがとう。すまないが、外してくれないか。後は、私がするから。」
ハンに言われて、畏まりました、そう言って、エリーザは、退出した。
「マイラ様、どうぞ、お気になさらず、お食べください。」
エリーザが、いなくなったのを確認すると、ハンは、そうマイラに話しかけた。
「ありがとう。ハンも食べて。」
マイラが言うと、いただきます、ハンは、胸に手を当てると、食べ始めた。
二人は、しばらく黙々と食べていたが、一段落ついた所で、ハンが口を開いた。
「ダンに会って来ました。」
ハンは、そう切り出した。
「そお。」
マイラも食べる手を止めて答えた。
「姫様の作戦に従うとの事です。」
ハンは、静かに、そう報告した。
「テルプルには?」
マイラは、一言だけ尋ねた。
「明朝に、ルーサーを解放して、テルプルに帰そうかと思います。」
ハンは、そう答えた。
「お願いね。私は、会わない方がいいから。」
マイラは、そう呟いた。
「畏まりました。グレイも再度、ルーガン軍の動きを探らせようと思いますが、よろしいですか?」
ハンは、マイラに尋ねた。
「ええ。お願いするわ。」
マイラは、頷いた。
「アンゼスを制圧して、ルーガン軍を迎え入れて、どうなさるおつもりですか?テルプルの奇襲を待つ算段で?」
ハンは、マイラを見つめた。
「アンゼスに本隊の先頭が入ると、一旦、隊列は街道に、はみ出して縦長に止まるそこで、何とかする。」
マイラは、そうハンに答えた。
ハンは、マイラの中で、どう動くかは決まっている、そう感じられた。
「マイラ様、私にだけは、心の内をお明かしください。」
ハンは、マイラに、そう願い出た。
「わかったわ、それは、約束する。でも、今は、テルプルの奇襲で決着を付ける。そういう作戦にしておいて。」
マイラは、ハンに、そう頼んだ。
「畏まりました。」
ハンは、ただ黙って頷いた。
「ありがとう。」
マイラは、そう答えると、片付けるわ、そう言って、マイラは、自分の膳とハンの膳を洗い場に下げると、食器を洗い始めた。
「マイラ様、私やジーマをご信頼ください。必ず、姫様をお守り致します。」
ハンは、背を向けて座ったまま話しかけた。
「さ、施錠するわ。おやすみなさい。ハン。」
マイラは、そう、ハンの背中に話しかけた。
「おやすみなさいませ、姫様。」
ハンは、立ち上がると、ハンは、食堂を出ていった。
マイラは、食堂の施錠をすると、勝手口から裏庭に出るとテントを見つめた。
そして、剣を抜くと中段の構えで、スッと剣を構えた。
しばらく、マイラは、ずっと剣を構えたまま、じっと前を見据えた。
そして、目を閉じると、軽く素振りを一回してみた。
「人を斬る覚悟をしなくてはね。」
マイラは、目を、カッと見開くと、今度は、本気で上段から剣を振り下ろした。
「自分を信じて、前に…、進むしかない。」
マイラは、剣を鞘に戻した。
「今夜は、月がきれいね。」
マイラは天を見上げると、そう呟いた。