6-20
チーは、申し訳無さそうに、最上段まで上がっていき、マイラの手招きを頼りに、大帝の後ろを通って、マイラ側の横に胸を当てて、頭を下げた。
「大帝、この者が、チーでございます。」
マイラは、チーを紹介した。
「おお、そなたが、チーか。マイラのドレス、見事である。構わぬ、顔を見せよ。」
大帝は、チーに声をかけた。
チーが、固まっているので、マイラが、声をかけた。
「チー、表を上げなさい。」
マイラに言われて、ようやく、チーは、ぎこちなく顔を見せた。
「恐れ入り奉ります。チーでございます。」
チーは、声を裏返らせながら、名乗った。
「おお、美しい娘ではないか。そなたの夫は、果報者よな。」
大帝は、そう声をかけた。
「ありがとうございます。夫は、城持ちを目指して、微力ながら、天下、国家の為に命を賭ける者でございます。」
チーは、声を震わせながら、話した。
「ほお。城持ちとは、大きな志しよな。チーよ、何か家の大事あらば、迷わず、マイラを頼れと、夫に伝えよ。道が開けようぞ。」
大帝は、笑いながら、チーに声をかけた。
「畏まりました。夫婦ともども、お言葉を胸に刻みます。」
チーは、恭しく、胸に手を当てた。
「ハハハ。うん、素直で良いな。のお、マイラ。」
大帝は、目を細めた。
「はい。チーの内助の功で、きっと、夫 カズンも奮起する事でしょう。」
マイラは、そう言って、微笑みかけた。
「そうであるな。チーよ、下がって良いぞ。夫と共に、食事を楽しむが良い。」
大帝に言われて、チーは、挨拶をして、足を震わせながら、フロアに降りて行った。
「マイラよ。カーツは、天上人を目指しているのか?」
宴が進んていく中で、大帝は、ポツリとマイラの耳元に言葉を漏らした。
「大帝、兄上様をお信じください。信じられなくなった時が、宮廷の最期となりましょう。どうか、迷われませぬように。」
マイラも、大帝の耳元に言葉を返した。
「最期とは、はっきり言うのだな。そなたは、カーツを、信じているのだな。」
大帝は、何度か頷いた。
「はい。今後の宮廷の繁栄には、兄上様の力が、お役に立つ事でしょう。さて、大帝。私も、フロアに下がらせていただきましょう。あまり、上座におりますと、兄上様が、嫉妬いたしますので。」
マイラは、恭しく挨拶した。
「ハハハ。そうか。カーツは、嫉妬するか。マイラ、楽しい時間であったぞ。」
大帝は、そう言って、声を上げて笑った。
「マイラ様、こちらから。」
ミカエルが、マイラの下半身が、下から顕わになるのを懸念して、奥の侍女達の通路に案内して、下に降りるように案内した。
「気を遣ってくれたのですね。ミカエル殿。ありがとう。」
「いえ、それでは、このフロアに控えておりますので、ご用がありましたら、何なりと、お申し付けください。」
ミカエルは、フロアの端の方へ歩いて行った。
マイラは、フロアに出ると、諸将を労い、酒を注いで回った。
「カーツ様も、マイラのように、フロアに降りてみますか?」
ジェニファーが、フロアの和気あいあいの雰囲気を見つめながら、カーツに尋ねた。
「ふん、ああいうお遊戯じみた事は、マイラに任せておけばいい。俺は、大帝より下なのだと、思われれば、それでいいんだ。」
カーツは、ふてくされた顔で、酒を飲んだ。
「マリアンヌは、マリアンヌで、まるで、お人形のようですわね。」
ジェニファーは、ため息混じりで、呟いた。
「放っておけ。」
カーツは、吐き捨てるように言った。
「マリアンヌ様ぁ!」
マイラが、大きな声で、手招きして呼んだ。
「ティア、ファー、リア、いらっしゃい!」
マイラが、大きな声で呼んだ。
「マイラには、敵わないわね。さ、行きましょう。」
マリアンヌに促されて、三姉妹も、フロアに降りた。
諸将達が、胸に手を当てて挨拶した。
「さ。こちらへ。」
マイラが手招きして、立食のテーブルに呼んだ。
「マリアンヌが食べなかったら、妹達も食べづらいでしょ。さ、美味しい物が、いっぱいあるわよ。食べなさい。」
マイラは、ティア達に勧めた。
マリアンヌの顔色を窺っていた三姉妹だったが、マリアンヌが、頷いたので、一斉に食べ始めた。
「マイラ、ありがとう。私も、食べようかな。」
マリアンヌも、食事を摂り始めて、マイラと二人で、談笑を始めた。
「マリアンヌ様、ご無沙汰しております。エルネでございます。」
エルネが、挨拶にやってきた。
「エルネ、元気そうですね。」
マリアンヌが、声をかけた。
「はい。夫の事は、申し訳ございませんでした。お許しいただける事とは思いませんが、せめて、お詫びだけでもさせてくださいませ。」
エルネは、頭を下げた。
「エルネ、今日は、無礼講と、大帝が仰せよ。楽しく、お話ししましょう。」
マイラは、そう言って、間に入って、三人は、昔話に花を咲かせた。
しかし、ティアの目は、エルネに対して、敵意のある目をしていた。
マイラは、それが、少し気がかりだった。
「カーツをこれへ…。」
宴もたけなわになると、大帝が、カーツを呼んだ。
カーツは、最上段に上がり、胸に手を当てて挨拶した。
「お呼びでしょうか?」
カーツが尋ねると、大帝は、まあ、座れと、マイラが座っていた席を指さした。
「は…。」
カーツは、席に座った。
「マイラがな。カーツが、嫉妬するから、下に降りると申してな。お前は、嫉妬深いのか?」
大帝は、微笑んだ。
「マイラが、余計な事を申しまして、申し訳ございません。確かに、私も人間ですので、疎まれれば、逆らいたくもなり、望まれれば、合力したくもなりましょう。できることならば、皆で、力を合わせ、天下を泰平にしていきたいのです。」
カーツは、そういう答え方をした。
「そうか…。お前を神と、もてはやす者もあるそうだが、そうか。お前も人間であるか。さて、今宵は、久しぶりに楽しい時間であった。さあ、夜も更けた。お開きにせよ。」
大帝は、カーツに命じた。
「は。畏まりました。」
カーツは、閉会を宣言し、皆が大帝を見送り、それぞれが退席した。
大帝は、その夜を寝所で過ごし、キヨナの宮廷に戻った。
それを見送ると、諸将も、自分の領地へ、順次、帰っていった。
カズンは、チーと共に、エルネを護衛して、オーガニアに帰り、そのまま、ワイランド攻めのルーサーの陣に戻る為に、出発した。
マイラは、部屋で待つように言われた為に、そのまま待機することになった。
しばらくすると、ミカエルが、今後の予定を報告しに、やってきた。
「マイラ様、すでに、ご承知かと思いますが、これからのご予定をお知らせいたします。」
ミカエルは、書面をマイラに手渡した。
「今日は、カーツ様が、直々に、ウェルビーンの城を、ご案内させていただきます。シンディ殿、クレア殿も、同行を許可いたします。夜は、カーツ様と共に、お食事を。翌日ですが、カーツ様は、キヨナに向かわれ、庶務を処理させていただきますので、マイラ様は、ゾーラの町を見物して、一泊していただき、キヨナに、お越しいただきます。キヨナでは、カーツ様と共に、宮廷に挨拶回りをしていただきます。全て、予定が済みましたら、カーツ様は、本軍を率いて、ワイランドへ出陣し、マイラ様は、ルーガニアへ帰国の運びとなります。」
ミカエルは、丁寧に、予定を説明した。
「引き続きの接待役、ご苦労です。ミカエル殿、よろしく頼みます。」
マイラは、ミカエルに声をかけた。
「畏まりました。では、しばらく、おくつろぎください。」
ミカエルは、奥に下がった。
「今日は、チーが最初に作ってくれたドレスを着て行こう。昨日のドレスは、手入れを頼む。シンディは、私の剣の手入れを頼む。」
マイラは、二人に言った。
「畏まりました。」
二人は、頷いた。