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滝を斬る  作者: ninjin19
11/225

11

 ルーサーは、ルーガニアに潜伏していた。

マイラが追放になった事で、テルプルからマイラが出陣する事が無くなった今、どうやってマイラを旗頭にして、ゲリラとハン達を味方につけるか、画策を続けていた。

だが、いかんせん、胡散臭さが払拭できず、ルーサー主導での動きは無かった。

ただ、そのおかげで、マイラは、自由に動く事ができているのも事実だった。

とにかく、マイラが軍を起こせば、山は動く、ルーサーは、そう考えていた。

「薬屋でございます。」

ルーガニアの露店で昼食を摂っていると、グレイが話しかけてきた。

「おお、ちょうど喰い過ぎた所だ。何か胃の薬は、ねえのかい?」

ルーサーは、腹を押さえて尋ねた。

「それは、それは。」

グレイは、薬袋をルーサーに渡した。

「これは、代金だ。」

ルーサーは、紙包みを手渡した。

「ありがとうございます。」

グレイは、去っていった。

ルーサーは、何事も無かったかのように、食べ終わると、ごちそうさんと言って、店主に代金を支払って店を出た。

そして、潜伏先の安宿の一室に戻った。

粗末なベッドに転がると、グレイの薬袋から紙切れを取り出した。

「ハン様からか。姫様は、ルーシー・ポウとして、自分の配下に加える。また、姫様自身がダンとも接触。ルーガン軍に対抗のご意思。ルーガン軍の出陣の日取りをご所望…か。」

ルーサーは、胡座をかいてベッドの上で腕組みしていた。

「ちょうど手詰まりになっていた所だ。マイラを手助けして、手柄を立てるぜ。」

ルーサーは、そう呟くと、風呂屋に行って、小綺麗な身になると、貴金属や宝石を扱う商人に化ける時の、品の良い服装に着替えた。

そして、貴金属や宝石を入れた鞄を抱えると、宿を出た。

ルーサーは、ゲリラやハン達に、サリバー復活という報酬は、提示していたが、それを信用して動いてもらうには、有益な情報の提供が必要だった。

それで、ルーサーは、宮殿に出入りする事を考え、宝石商人の資格を偽造し、さらに、テルプルの間者を通じて、貴金属と宝石を受け取り、宮殿の出入りを許されるようになっていた。

「どうも、宝石商人のマルコスでございます。」

ルーサーは、宝石商人専用の通用門から商談室に入り、客を待った。

各宝石商人には、曜日と時間が決められていて、客が来なければ、次週の同じ時間という事になっていた。

客は、基本的には王族に仕える女中や執事が、王族の希望に応じて買い求める形式で、直接、商人から買い求める事は無かった。

女中や執事自身も、仕えている王族が知られる事を避ける為に、名前や身分を名乗らないのが規則だった。

今日は、初老の執事の一人が部屋にやって来た。

比較的、よく利用してくれる上得意であった。

「これは、これは。いつもご利用ありがとうございます。」

ルーサーは、腰低く、胸に手を当てた。

「今日はな、ネックレスを探しておるのだ、なかなか主人の希望に沿う物が見つからなくてな。」

執事は、困り顔をしていた。

「ネックレスでございますか?どのような細工がお望みでしょうか?」

ルーサーは、執事に尋ねた。

「特に、何が良いとというのは無いのだ。しかし、主人の意中の姫君が、どんなに高価な贈り物を送っても、受け取っていただけぬのだ。」

執事は、苦悩の表情をしている。

「なるほど、お相手の姫君は、慎重なお方なのでしょう。恐らく、どんどん、ご主人様に不信の心を抱いてらっしゃるのでしょう。」

ルーサーは、静かに分析した。

「どういう事だ?高価な宝石は、誠意の証ではないか。」

執事は、困惑した顔をしていた。

「恐らく、この姫君は、素晴らしい、お人柄なのでしょう。違いますか?」

ルーサーは、尋ねた。

「無論だ。清楚で美しく、お優しいお方であるから、主人は、好意を持たれたのだ。」

執事は、力説した。

「それなら、尚更、高価な物は、逆効果というものです。そこで、こちらは、いかがでしょう。」

ルーサーは、紫色の宝石のネックレスを敷物の上に置いた。

「この辺りでは見かけぬ代物だな。しかし、地味ではないのか?」

執事は、不信な顔をした。

「これは、南の国から買い求めましたアメシストという宝石でございます。愛の守護石と言われている宝石です。」

ルーサーは、そう紹介した。

「愛の守護石…。」

執事は、じっとアメシストのネックレスを見つめていた。

「この石は、金貨15枚と、宝石としては、そんなに高価な物ではありません。細工も非常にシンプルですから、謙虚な姿勢を表現できましょう。愛の守護石であり、癒しと平穏を与えると言われているこの石を贈る事で、高価な物で気を引こうとしているのではなく、ご主人様の愛に邪心が無い事、真実の愛であるという証となりましょう。」

ルーサーは、真摯に執事に説明した。

「なるほど、確かに、そうかもしれぬ。しばし、待たれよ。」

執事は、一旦、部屋を退出して、奥に戻っていった。


しばらくして、意気揚々と執事が、戻ってきた。

「主人は、大変、そなたの提案に感銘を受けてな。買い求めるという事だ。しかし、これまで金貨100枚、200枚とつぎ込んできたが、本当に大丈夫だろうか?」

執事は、腕組みした。

「誠心誠意、お心を伝えて、受け入れられなけれは、いっそ身を引くのも、姫君への愛の証となりましょう。」

ルーサーは、そう話した。

「そうであるな。それも、主人に伝えよう。」

執事は、頷いた。

「それにしましても、巷では、もうすぐ戦争になると、もっばらの噂でございますな。戦争ともなりますと、私のような贅沢品の商売は、あがったりですよ。」

ルーサーは、帰り支度をしながら話を切り出した。

「確かにな。非常時になると、王族でさえ、倹約が求められるからな。儲かるのは武器商人くらいであろうな。」

執事も、項垂れた。

「本当に。特に宝石などは、海運、陸運が命ですから、戦闘が始まりますと、街道や港が封鎖されて、お手上げです。」

ルーサーも、困り顔を見せた。

「そうか。お前は、どこから石を運んてきておる?」

執事は、尋ねた。

「テルプルの港から荷揚げして、街道を通ってルーガンに持ってきております。」

ルーサーは、地図を広げて説明した。

「そうか、ここだけの話だが、早々にテルプルより西か、ルーガニアより東に逃げた方がよい。ギーゲン様は、秋の収穫が終わり次第、春を待たずに出兵のご意向だ。」

執事は、そう善意で教えてくれた。

「何と!しかし、冬の時期になれば、雪が降るというのに、何と大胆な。」

ルーサーは、驚いた顔をした。

「気象の学者によると、この冬は、暖冬らしいのだ。天文の分野では、テルプルよりルーガンの方が進んでおるからな。真冬になる前に、テルプルを制圧する話になっておる。」

執事は、とにかく、早く避難をするよう力説した。

「これは、ご親切に、ありがとうございます。早速、準備をいたしましょう。」

ルーサーは、腰低く礼を述べた。

「しかし、口外は、ならんぞ。命は無いぞ。」

執事は、表情を厳しくして忠告した。

「それは、もちろん。ご厚意を裏切るような真似はいたしません。」

ルーサーは、深々とお辞儀をして宮殿を跡にした。

そして、宿に戻ると、早々に身支度をして、宿をを出た。

「しかし、軍の準備をしている気配が全く無いのは、さすがだな。ゲリラの連中も、ハン様も、全く気づいていなかった。グレイも、この事は掴んでいなかった。とにかく、早急に出陣の日程を掴まねえと。」

ルーサーは、そう呟くと、宿に戻った。


ルーサーと情報を交換した薬屋とは、グレイの事だった。

グレイは、ルーサーからの情報を、伝える為に、急いでハンの砦に向かった。

そして、ルーサーが、ルーガニアの宮殿に入った頃、ハンの砦に到着していた。

グレイは、ハンの間者で、常に情報を、彼らに伝えていた。

「ハン様、薬屋が来ております。」

その夜、自宅でくつろいでいたハンに、雇っている初老の家政婦が伝えに来た。

「会おう。」

ハンは、応接間に通すように家政婦に言った。

「ハン様、ご無沙汰しております。」

グレイは、腰低く、お辞儀した。

「座ってくれ。」

ハンは、グレイに座るように促した。

「それでは、失礼いたします。」

グレイは、荷物を置いてソファに腰掛けた。

「それで?今日は、何を持ってきてくれたのかな?」

ハンは、尋ねた。

「こちらを。」

グレイは、ルーサーから受け取った紙包みをハンに手渡した。

「うん。」

ハンは、紙包みを広げた。

「これは…。」

ハンは、紙包みを灰皿に置くと、マッチで火を付けた。

「セッサ様が亡くなられていたか。」

ハンは、俯いた。

「ルーサーの情報を元に、探りを入れてみましたが、ここ最近、セッサ様の姿を見た者もいませんし、病院の関係を当たっても、それらしき人物の入院した形跡もありませんでした。」

グレイは、ハンに報告した。

「そうか、セッサ様が亡くなったとすると、深読みしなくても良さそうだな。セッサ様の策は、どこに罠が仕掛けられているか分からないからな。薬屋、ルーガン軍の動きは、早いかもしれない。ルーサーと合流して、ルーガン軍の出陣の時期を探ってくれ。」

ハンは、グレイに命じた。

「しかし、出陣の日程は、ハン様にも命令として届きましょう。改めて探る必要があるのですか?」

グレイは、不思議そうな顔をした。

「ギーゲンは、我々を信用していない。利用できるか、できないか、それだけだ。情報を与えて裏切られては困るだろう?恐らく、こちらに近づくまでは命令は無い。」

ハンは、断言した。

「なるほど…。確かに。分かりました。私は、ルーサーと合流して、早急に情報を掴んでまいります。」

グレイは、そう言うと、ありがとうございましたと、お辞儀をして、腰低く去っていった。


ルーガニアでは、秘密裏に出兵の準備が進められていた。

「物の値段は上がっていないな。相場を安定させながら物資を調達せよ。それから、徴兵も決まった人数から増やすな。それで十分だ。」

ギーゲンは、セッサ亡き後の右腕であるカーペン・モトに尋ねた。

「抜かりはありません。間者の情報ではテルプルは、我々の出兵を来春と見て、籠城の準備をしております。今、アンゼスを叩けば、クリーゼは戦わずして降伏するでしょう。」

カーペンは、自信有りげに答えた。

「だが、籠城と見せかけて奇襲してくるという事もある。速攻でアンゼスを落として街道で隊列が止まらぬようにする事が重要だ。セッサなら、籠城と決めつけたりはしない。」

ギーゲンは、カーペンに自戒を求めた。

「申し訳ありません。更に慎重に作戦を立てます。」

カーペンは、謝罪した。

「いや、謝る必要は無い。セッサと比べでいる訳ではないのだ。私は君を信頼している。気を悪くしないでくれ。」

ギーゲンは、カーペンの肩に手をやった。

「恐れ多い事です。陛下、作戦としては、まず、西の国境まで軍を進め、ハンの軍に、後ろから牽制をかけながら、アンゼスを攻めさせます。万一、ゲリラと組んで謀反を起こした場合は、殲滅してからアンゼスを私の軍で落とします。アンゼスを落としたら、速やかに進軍して、狭い街道で止まる事の無いようにします。アンゼスからクリーゼは、街道も広くなりますし、側道もありますから、隊列を分散して進軍します。早急にアンゼスを落として、本隊をアンゼスに到達させる事ができれば、勝てると考えております。」

カーペンは、地図を広げて説明した。

「うん。いいだろう。ところで、カーペン。」

ギーゲンは、座りたまえ、そうカーペンに促した。

「はい。失礼します。」

カーペンは、ソファに座った。

「サリバーの姫の事だが…。」

ギーゲンは、声のトーンを落とした。

「マイラ様の件ですか?」

カーペンが尋ねると、ギーゲンは、黙って頷くと、口を開いた。

「死んだとも、テルプルに逃げたとも言われていたが、最近、テルプルを追放されたという噂が拡がっている。君の方で何か掴んでいるか?」

「マイラ様が、テルプルに逃げ込み、そして、追放になったというのは、間違いないと思われます。しかし、そこからの消息が分かりません。恐らく、通行手形を偽造して、偽名を使って入国しているのではないかと思われます。」

カーペンは、歯切れの悪い回答をした。

「やはり、ゲリラと共に兵を挙げる気か?」

ギーゲンは、大きく息を吐いて、ソファにもたれ掛かった。

「それは、どうでしょうか?しかし、ゲリラの動きに変わりは見られません。もし、姫君が、ゲリラと共に兵を挙げるとなれば、何か間者の網に引っかかると思いますが…。」

カーペンは、懐疑的な顔をしている。

「ハンが、匿っているという事は?」

ギーゲンは、呟くように尋ねた。

「ハンの軍は、変わらず、ゲリラ狩りに精を出しています。まあ、彼らの軍は、旧サリバーの人間で構成されていますからね。可能性はあります。」

カーペンは、答えた。

「ハンの所に間者を送った所で、内々に消されるだけだろう。彼らは、従ってはいるが、内情を漏らす事はあるまい。もし、ハンが、姫君を担ぎ出したとなったら、構わず、兵を送れ。偽王を立てて、謀反を起こしたとして、討てば良い。」

ギーゲンは、そうカーペンに指示した。

「畏まりました。出陣の準備が整い次第、報告に参ります。」

カーペンは、退室した。

「セッサよ、なぜ、姫君を助けた?私を試しておいでか?」

ギーゲンは、目を閉じて呟いた。


目まぐるしく状況が動いていく中、マイラは、ルーシーとして、砦の女中達の警備を続けていた。

その日の早朝、マイラは、テントを打つ雨の音で目を覚ました。

「雨の音…。」

着替えて外に出ると、剣を抜いた。

「横一文字。」

一粒の雨を狙って横から斬る。

速く、滑らかに弾かないように剣先を通す。

マイラは、ずっと滝の無い場所では、この訓練を続けていた。

しかし、雨粒の中を瞬時に、剣先を通す事はできるようになったが、切ったという感覚にはならなかった。

いつもの決めた時間を終えると、剣を鞘に入れた。

「見事な剣の捌きですな。」

後ろから声をかけられた。

「ハンか…。なかなか斬れないね…。」

マイラは、呼吸を整えると、そうボヤいた。

「お話がございますが、後ほどにいたしましょうか?」

ハンは、そう切り出して、傘を差し伸べた。

「いや、すぐに着替える。」

マイラは、テントに潜り込むと、しばらくして、着替えを済ませて出てきた。

「お待たせしました。で?改まって何?」

マイラは、傘をさすと、ハンに尋ねた。

「グレイから知らせがありまして、セッサ様が亡くなったようです。お伝えしておいたほうがよろしいかと思いまして。」

ハンは、そう耳打ちした。

「そう。セッサ様が亡くなったの…。」

マイラは、胸に手を当てて黙祷した。

「ハン、セッサ様は、私に、この乱世の行末を見届けて欲しいと言われた。」

マイラは、そう、切り出した。

「そうでしたか…。まあ、いずれにせよ、ルーガンの出陣の時期は、早急に調べます。もし、よろしければ、お心の内を、お聞かせください。」

ハンは、恭しく尋ねた。

「ルーガンの兵力に対してテルプルの兵力は、10分の1に満たない。アンゼスの守備隊など、この砦の兵力の半分以下だ。仮に、ゲリラがアンゼスの守備隊に加わったとしても、この砦の兵力には及ばない。もっと言えば、この砦の軍も守備隊に加わったとしても、ルーガン本隊の先方の半分くらいだろう。どう?」

マイラは、尋ねた。

「はい。仰る通りです。」

ハンは、頷いた。

「現状、サリバー復活の兵を挙げて、立ち上がった所で、踏み潰されるのがオチ。だから、まず、あなたの軍でゲリラを制圧して、アンゼスを攻略してルーガン軍を迎え入れる。もちろん、ゲリラとは、示し合わせて。そして、何か祝宴などを催して、女中達の中に潜り込んで私がギーゲン様を斬る。打ち損じても、そこをテルプルの本隊が奇襲すれば、或いは、勝てるかもしれない。」

マイラは、ハンに、そう明かした。

「また、無茶な事をお考えですな。」

ハンは、苦笑いした。

「そうかしら?皆が協力すれば、できるのでは?もうセッサ様は、この世にいない。見破る人間はいない。」

マイラは、微笑んだ。

「しかし、あまりに危険なのでは?」

ハンは、考え込んだ後に呟いた。

「もし、私が討たれたら、テルプルのカーツ様を頼りなさい。ハンとダンと二人でサリバーを切り盛りしていけばいい。王のいない国があっても面白いじゃない。」

マイラは、笑った。

「カーツ様を?信用して良いのでしょうか?」

ハンは、疑いの眼差しで尋ねた。

「では、サリバー女王として命じる。私の作戦を実行し、サリバー復活の為に邁進せよ。万一、私が亡き後は、カーツ様を頼り、ハンとダンで政権を作り、国を復活させ、皆で国を治めよ。」

マイラは、そう優しく、ハンに命じた。

「何と?王の無い国を?」

ハンは、予想外の事に驚いた顔をした。

「王がいれば、良くも悪くも王が全ての責任を持つ。でも、いなければ、民が責任を持てばいい。その代わり、言い訳はできない。皆が国を支えなければ、たちまち争いになり、国は滅びる。」

マイラの放った言葉と、そのオーラに圧されて、思わずハンは、片膝をついた。

「何とも壮大なお考えに感服いたしました。畏まりました、お心に従います。」

ハンは、左胸に手を当てた。


ルーサーは、ルーガン軍が出陣の準備を急いでいる所までは掴んだが、詳しい日程を掴めないでいた。

手詰まりになって寄で焦りながらも、ベッドでゴロゴロしていた。

「お客さん、薬屋さんが来てるよ。」

宿の女将に言われて、通してくれと声をかけた。

「ハン様は、元気だったか?」

ルーサーは、寝返りを打って、グレイの方を向いた。

「はい。マイラ様には、お会いできませんでしたがね。」

グレイは、荷物を置くと、イスに座った。

「そうか、どうせ、あいつは、砦の敷地内にテントを張って、気楽にやっているよ。ところで、セッサ様の事は伝えたか?」

ルーサーは、グレイに尋ねた。

「はい。ハン様は、セッサ様が、いなくなったとなれば、軍の動きは速くなるから、軍の動きに注意するように言われて参りました。」

グレイは、そう、ルーサーに告げた。

「さすが、ハン様だな。俺が掴んだ情報では、ルーガン軍は、年内に出陣する。だけど、出陣の日程となると、手詰まりだ。」

ルーサーは、体を起こすとボヤいた。

「なるほど、それで、ふて寝をしていたという訳ですね。」

グレイは、苦笑いを浮かべた。

「ああ。ルーガン軍は、出陣を、悟られないように、物の値段や動きを厳重に統制している。色々、潜り込んでみたが、出陣間近までは分かっても、そこからが分からねえ。」

ルーサーは、腕組みして首を傾げた。

「なるほど。では、私も探ってみましょう。」

グレイは、ルーサーに申し出た。

「うん、頼むよ。しかし、俺は、少し、この辺りで顔が知られてきたからな、動きにくくなってきた。」

ルーサーは、渋い顔をした。

「なるほど、少し焦って動き過ぎましたか?宿の周りをルーガンの間者らしき者が見張っています。ですから、私の家に移りましょう。しばらく隠れていた方がいい。」

グレイは、そう勧めた。

「すまない。そうさせてもらうよ。」

ルーサーは、宿から引き上げることにした。

グレイとルーサーは、裏口から密かに宿を出て、町外れの粗末な長屋にやって来た。

どうやら、ルーガンの間者には、気づかれずに済んだようだった。

「ここです。」

グレイは、指を指した。

「狭くて小汚ない家ですが、上がってください。」

グレイは、そう言って中に入っていった。

「いや、泊めてもらえるだけで十分だ。すまねえな。」

ルーサーは、そう言って中に入った。

「部屋は、ここと俺の部屋しかないので。申し訳ありませんが、ここで、適当に寝てください。」

グレイは、そう言って、フトンを床に直に置いた。

「ありがとな。」

ルーサーは、そう礼を言って、荷物を隅に置いた。

「ルーサー殿は、まだ飲めませんか?」

グレイは、ルーサーが頷くと、自分のグラスに酒を注いだ。

そして、ルーサーのグラスには、水を注いだ。

そして、有り合わせのツマミを持ってきた。

「それで、ルーガン軍は、本当に動くのでしょうか?」

グレイは、尋ねた。

「春に出兵と見せかけて、近々、出兵する段取りだ。間違いねえ。」

ルーサーは、表情を固くして言った。

「そうか、それで、日取りが分からない、そういう事ですか?」

グレイは、尋ねた。

「そうだ、ガードが固くて、さっぱり分からねえ。」

ルーサーは、首を捻った。

「それで、焦って動き過ぎたのですね。やはり、あなたは、しばらく動かない方がいい。よし、ちょっと考えがありますから、明日は、ここで待機してください。」

グレイは、そうルーサーに指示した。

「分かった。でも、助けがいる時は、いつでも言ってくれ。」

ルーサーは、グレイに力強く言った。

「ありがとうございます。私は、薬屋です。その筋から探ってみましょう。あなたは、とにかく、今は、おとなしくしていてくだしい。動きにくいですからね。」

グレイは、そう答えた。

「分かった、分かった。ここで、ゴロゴロしてるよ。」

ルーサーは、ニコニコしながら答えた。


グレイは、基本的には個人相手の行商をしているが、昔は、間者として薬屋に化ける為に薬問屋で修行をしていて、病院などにも出入りをしていた。

その人脈を頼って、訪ねてみる事にした。

「スコットさん、ご無沙汰しています。以前、薬問屋で奉公しておりましたグレイでございます。」

グレイは、古くから病院の事務を勤めているスコットを頼って訪問した。

何軒か病院の担当者を訪ねたが、自分を覚えている人間は、中々、見つからなかった。

「ああ、懐かしい人が来たね。問屋さんで修行していた人だね。もう20年は経つかな?」

スコットは、驚いた顔をして尋ねた。

最初に会った頃が40代くらいだったから、もう60を過ぎた辺りだりうか。

「覚えておいででしたか。はい、あの頃は、右も左も分からず、スコットさんには、温情で、よく買っていただきました。」

グレイは、腰低く、感謝の言葉を並べた。

「そうだった、そうだった。あの頃は、あんたもサリバーから逃げてきて大変だったろう。今は、どうしてるんだい?」

スコットは、応接室に通してくれた。

「はい。おかげさまで独立して行商で生活しております。」

グレイは、微笑んだ。

「それは、何よりだね。」

スコットは、うんうんと頷いた。

「実は、今日、お尋ねしたのは、私は、今、西の地方で行商しているのですが、最近、人々が東へ移動を始めていて、商売にならないのてす。この辺りは、ルーガニアに近いですし、何かご存知ないかと思いまして。」

グレイは、嘘の情報をスコットに話した。

「ああ、それなら、悪いことは言わない。あんたも、東の地方に商売を移した方がいい。」

スコットは、声のトーンを落とした。

「何かご存知なのですね。」

グレイは、身を乗り出した。

スコットは、しばらく考え込んでいたが、口を開いた。

「これは、ここだけの話にして欲しい。よろしいか?」

スコットは、グレイに念を押した。

グレイは、黙って頷いた。

「軍から、ルーガニアより東の地区の王立の病院へ、医師を一人ずつ従軍させるように密命があった。私の友人の医師が従軍する事になって、内々に別れの挨拶があった。兵たちの健康診断や予防接種等の事前準備で、すでにルーガニアに医者達が入っている。出陣は、12月1日だそうだから、もう2週間を切っている。早く、ルーガニアより東に避難したほうがいい。」

スコットは、沈痛な表情で話した。

「これは、また…。」

グレイは、わざと驚いて見せた。

「恐らくテルプルとの国境線のアンゼス辺りは、戦場になる。いくらルーガンが大軍とは言え、全く無傷とはいくまい。」

スコットは、呟いた。

「しかし、西の国境線を守る砦は、いつものようにゲリラ狩りに明け暮れています。出陣の命令が行ってないのでしょうか?」

グレイは、腕組みして見せた。

「それは、何とも…。ただ、西の砦は、旧サリバーの兵で構成されているからね。ギリギリまで情報を伏せておきたいのかもしれないね。」

スコットは、そう推理した。

「それは、正しい見方かもしれませんね。まあ、このルーガニアが戦場になる事はありますまい。私は、早々に東に商売を移しましょう。」

グレイは、丁重にスコットに礼を言った。

「ああ、それがいい。私は、あんたに何もしてあげられないが、達者でな。」

スコットは、グレイの手を握って、そう別れの言葉を送った。

「はい。それでは、これで…。」

グレイは、病院を出て、周囲に気を配りながら町外れの自宅に向かった。

「こんなに秘密裏に出陣の準備が整っていたとは、セッサ様が亡くなったとは言え、さすが、ギーゲン様。恐らく、本隊は、3万。ハン様の軍が700。ゲリラは、多くても100。テルプルの本隊は、恐らく3千。アンゼスの守備隊が300。それでなくても勝負にならないのに。この電光石火。とにかく、早く、情報をマイラ様とカーツ様に伝えなければ。」

グレイは、つけられていないか、遠回りの道をもどかしく思いながら、ルーサーの待つ自宅へ急いだ。

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