忠誠を誓う系幻獣人が増えてしまいました
身体が、重い。けど、ゆっくりと覚醒していくのを感じる。
あれ、私、どうしたんだっけ? まだ眠っていたい気持ちを抱えつつ、ゆるゆると目を開けた。
「エマ様!? ああ、気付かれたのですね! どこか具合の悪いところは!? 気分はいかがですか! ああっ、本当に良かった……!」
「シル、ヴィオ……?」
最初に目に飛び込んできたのは今にも泣きそうなシルヴィオのご尊顔。美形は泣きそうな顔でも美形なんだなぁ、なんてことをぼんやりと考える。
えーっと。シルヴィオがいるということは、ここは……朝露の館? それもどうやら私の部屋のようだ。あ、あれ? 夢だったのかな?
「シルヴィオ、落ち着け。……エマ、身体は起こせるか?」
「アンドリュー……は、い。わっ」
「エマ様っ」
次に視界に入ってきたのは同じく心配顔のアンドリューだった。
言われたように身体を起こそうとしてみたけど、思っていた以上に力が入らなくてそのままバランスを崩す。それをすぐさまシルヴィオが支えてくれた。
「ありがとうございます、シルヴィオ」
「いいのですよ、このくらい。お茶を淹れましょうか? それともお水が良いでしょうか?」
シルヴィオがものすごく甲斐甲斐しい……。でも今は素直にそれに甘えようと思います。だって、本当に身体が重くて。それ以外の不調はないんだけど、重すぎて眩暈がする。なんだろう、これ。
「気を失う前のことを覚えているか?」
「気を……あ、そっか。私、コクで……」
シルヴィオにもらった水を一口飲み、アンドリューに聞かれたことでようやく少しずつ思い出してきた。
たしか、コクでジュニアスとジーノを解放した後、禍獣の群れと国王軍に遭遇して……。国王軍を助けてほしいって無茶をお願いしたあと、マティアスとジュニアスに解放の力を使ったんだっけ。
右手の甲に視線を落とす。紋章は刻まれているけど、今は光を放つこともなくいつも通りだ。
銀色に輝いていた、よね? あれはうまくいったんだよね? 夢ではなかった、ってことかな。
「話はマティアスたちから聞かせてもらった。エマ、聖女の力を使ったんだな」
「聖女の力……マティアスとジュニアスへの、力の解放のことですか?」
アンドリューに問いかけると、そうだと頷かれる。マリエちゃんの使った封印の力も聖女の力と呼ばれていたんだって。なるほど……。
「聖女の力は無尽蔵に仕えるわけではない。幻獣人たちや私たちがいくらでも己の力を使えないのと同じだな」
「エマ様が倒れられたのも、恐らくその力を使い過ぎたためでしょう……」
そ、そうだったんだ。
アンドリュー曰く、初めて使った力だからこそ制御や限界を知らないから意識を失うまで使ってしまったのだろう、とのこと。そんなリスクもあったんだ。今度からは気を付けたいけど、自分でわかるかどうかが心配だな。
「あっ、コクに行ったみんなは無事に戻ってきているんですか!?」
結局、私は途中で意識を失ってしまったからあの後どうなったのかわからない。無事に禍獣の群れを食い止めてドアまで戻って来られたのかな? 私だけじゃなくて、みんなも。それが心配だった。
「ああ、エマ様はお優しいですね。残念ながら……」
「えっ!? まさか誰かが犠牲に……?」
「いえ。残念ながら全員無傷で戻ってきてしまいました……。毒野郎辺りは戻って来なくても良かったんですがね」
な、なぁんだもう。ビックリさせないでっ! 舌打ちをしながらそう言うシルヴィオは割と本心からそう言っている気がして苦笑を浮かべてしまう。
でも、みんなが無事で良かった。本当に。
ふと、周囲を見回すと部屋の隅に黒と赤紫のグラデーションな髪をオールバックにした執事が立っていた。ドアが開け放たれていて、その横に腕を組んで壁に寄りかかっているような状態。
「ジーノ? あの、そんなところでどうしたの?」
「ああ。どうやら、聖女の力を行使したエマ様を主君と認めたようですよ。それでいて、女性の部屋だからという配慮でドアを開けておき、自分は見張りとして立っているようです。オレが信用されていないみたいで癪に障りはしますが、配慮の行き届いた行動ではありますね」
し、シルヴィオが他の男性を褒めた……!? これはものすごいことだと思う。
そんな驚きが先にきてしまって聞き流すところだったけどちょっと待って。
今、主君って言った……?
「エマ。目が覚めて良かった。貴女の力は我ら幻獣人の希望であり禍獣の王を倒すのに必要不可欠。さらに、自らの体調を顧みず我らを逃そうと力を行使してくださった。その恩義に報いねばならない。俺は貴女を守る盾となることを決めた。貴女をお守りするためならこの命、いくらでも投げ打つ覚悟だ」
相変わらず喋る時はめちゃくちゃ喋る人だな……。っていうか、お、重い! 決意が重すぎる! い、いや、別にわかってて気を失うまで力を使ったわけではないのですが!?
甲斐甲斐しさナンバーワンのシルヴィオに加え、忠誠を誓ってくれる幻獣人がもう一人増えてしまってものすごく困惑しています。う、敬われるような人間じゃないんですけどぉ……。
「諦めて主君となることを認めた方が良いですよ。エマ様が認めないと、ジーノは恐らく自分の未熟さゆえだと認識してさらに張り切るだけですので。そうと決めたら譲らないんですよ、ジーノは頭が固いんですよねぇ」
えぇ……。つまり、いくら私が主君になれるような器じゃないと説得を試みても無駄ってこと、だよね。不本意!
不本意だけど、認めるしかなさそう。幻獣人のこうと決めたら曲げない性質をそろそろ理解してきたのだ、私は。
「あ、あの。私はとても頼りないのですが……その、よろしくお願いしますね、ジーノ」
「我が主はとても謙虚な方だ。種族柄、身体が弱いことは知っている。それも含めて気を配ることを約束しよう」
「あ、あはは……」
もはや何も言うまい。それに、全力で助けてくれる存在って言うのは今の弱い私にはありがたいし。この扱いに慣れる気はしないけれど、せっかくなので頼りにさせてもらおうと思います。
まだ体調も万全ではないだろうからと、もう一度休むようにアンドリューに告げられる。
アンドリューと心配顔のシルヴィオが名残惜し気に部屋を去るのを見送り、全員が部屋の外に出て扉が閉められたところで私は再びベッドに潜り込んだ。
解放するべき幻獣人はあと二人。急がなきゃいけないけれど、そのためには一刻も早く体調を戻さないとだね。
緊張する気持ちをどうにか抑え込みつつ、私は身体を休めるために目を閉じた。