幻獣人の力を「解放」しました
私の説明を聞いた後、ギディオンとジーノのそれぞれが同意を示してくれた。
「面白いねぇ。いいんじゃない? それ試すのってあの双子でしょ? 失敗しても死にはしないよ、あの二人なら」
「ふむ。俺も問題ないと愚考する。なぜならあの二人は幻獣人の中でも最もタフだ。もし力が暴走しても逃げる余力くらいは残せるはず。それに、おそらくその考えは正しい。この姿は本来の力が引き出せないだけでいくら力が湧いてきてもコントロール出来るという感覚がある。現状を打破するためにぜひやるべきだ」
つ、つまりやれってことですね!? 緊張するけど、二人から大丈夫だというお墨付きをもらったのだからやってみるしかない! あとは、私が失敗せずに出来るかどうか。
……ううん、出来る。なんとかなる気がする。自分で信じることも大事だよね、きっと。
なんにも出来ない私だけど、少しでも力になれることがあるって信じないと!
早速、行動開始! といきたいところだけど、私の力を使うには対象者にある程度近付かないといけない。
うっかり禍獣に当ててしまったら、禍獣が力の解放をしてしまうかもしれないもの。
慎重に、素早く、確実に。……あ、自信がなくなってきた。
「俺がエマを双子の近くまで連れて行こう」
「あぁ、ジーノは隠密行動が得意だから適任だねぇ。前の聖女サマの時も、封印対象に近付く時はジーノが運んでいたっけ」
隠密行動だなんて、忍者っぽいですね……! 見た目は執事みたいなのに。
ええい、覚悟を決めよう。弱気になっちゃダメ。というか、基本ネガティブな私がどうにか気持ちを奮い立たせられる時間は僅かなんだから、今がチャンスとも言える。
「お願いします!」
「うむ」
いつだって、勢いに任せて何かをやるなんてことはなかった。不安で、自信がなくて、ついあれこれ考えた挙句、私には無理だって結論が出てしまっていたから。
でも、彼らといると考える時間を与えられない。だって、思いついたらすぐ行動に移すんだもの。
私の背をグイグイ押して、腕をグイグイ引っ張って、あっという間に私は渦中に引きずり込まれる。
だけど、たぶんそうしてもらえるのが私には合っているんだと思う。
ウジウジ悩んで行動しようとしない私を、無理矢理にでも動かしてもらえた方が多少は役に立つってわかった。
「しっかり掴まっているように。エマは力がない。ゆえに俺もお前を少し強めに抱く。苦しくても許せ」
「わ、わかりまし……ぐぇ」
左腕に私を座らせるように縦抱きをしてくれていたジーノは、そのまま右腕でも私をしっかりホールドしてくれた。完全に抱き締められている状態だけど、とてもときめくような状態ではない。
なんせホールドの力が言葉通り強めだからだ。おかげで変な声が出た。
でも、そうしないと振り落とされかねないってことだよね? 最近は彼らのことも少しわかってきたからこの程度では動じません! 苦しいけど!
「では、参る」
「はい……っ!」
潰されるって程ではないからなんとか耐えられる力だ。それより、私もちゃんと掴まって落とされないようにしないとね。
……って。
う、うあぁぁぁぁっ! は、はや、速っ!? ジュニアスに抱えられたのとは比べ物にならないくらい速い! 息も出来ないってどういうことぉ!?
だけど、それはほんの数秒のこと。フッと呼吸が楽になった時にはすでに私たちは戦場にいた。ひ、ひぇ。
い、いやいや、怖気づいちゃダメ。戦いに来たわけじゃないんだから落ち着かないと。
そんな私の震えを感じ取ったのか、ジーノがあやす様に私の背をトントンと叩いた。気分は赤ちゃんです。
「大丈夫だ。俺が絶対にお前を守る。どんな攻撃でも避けてみせるから心配はいらない」
状況と場所が違えばものすごく胸キュンな言葉だったのだろうけど、当然ながらそんな雰囲気は微塵もありません。
でも、すごく心強い! さっきの移動速度があるからね。説得力もある。
よし、それなら私の身はジーノに委ねて、マティアスとジュニアスを探さないと。
「目的の二人はあそこに」
私がキョロキョロと辺りを見回したのを見て、的確に欲しい情報をくれるジーノ。痒い所に手が届く執事スタイルの忍者さん。助かります!
「マティアス! ジュニアス!」
「なっ、ダメ聖女!?」
「っ!?」
私が大声で呼びかけると、禍獣への攻撃に大忙しな二人が同時に振り向く。そして驚愕の目でこちらを見た。
そりゃあね、ちょっと突いただけで死んでしまいかねない私が戦場にいるんだものね。けど、説明は後!
お説教はあとで受けるとして、今すぐ彼らの力を「解放」しないと。ちょうど二人は背中合わせで戦っており、近くにいる。
きっと同時に、いける……!
ジーノに頼んでもう少しだけ近付いてもらった私は、二人に向かって右手のひらを翳す。どうか、うまくいきますように!
「『解放』せよ!!」
その瞬間、右手の甲に刻まれた紋章が銀色に輝く。私を中心に風がブワッと巻き起こり、髪が靡いた。所々が銀色に変わった私の髪も同じように光っているのが視界に入る。
数瞬後、光は手に集まっていき、そのまま手のひらを向けた対象へと光が真っ直ぐ向かっていく。
そう、マティアスとジュニアスの二人へと。
「こ、れは……!」
「力、出る……!」
銀色の光に包まれた二人は自身の変化に気付いたようだ。たぶん、説明なんていらない。感覚で理解してくれたんだと思う。
そこからの二人はもう、なんというか、すごかった。だ、だって、それ以外に言いようがないんだもの!
マティアスの攻撃は広範囲に及んだけれど、国王軍を避けて器用に禍獣だけに当たっていくし、ジュニアスの地響きも禍獣の足下だけが崩れ落ちていく。
力がさらに強大に、けれどコントロールは緻密で。幻獣姿と人型の良いとこ取りが出来たみたいだ。
「う、うまく、いった……?」
相変わらず私の手からは銀色の光が溢れており、その光が細い糸のようなものでマティアスとジュニアスの二人に繋がっている。不思議すぎる。
「さすが聖女。この力はとてつもない。きっと今度こそ禍獣の王に勝てる」
さり気なく安全な場所まで移動したところで、ジーノがどこか興奮気味にそう言った。声色も表情もあまり変わってはいないんだけど、雰囲気がさっきまでとは違う気がしたから。
「ヒヒッ、これなら国王軍も逃げ切れるだろうけどさぁ。安全が確認できたと認識次第、エマサンを狙ってくるんじゃない? 僕たちは先に扉に向かうのが得策だと思うなぁ」
合流したギディオンが言うことは最もだった。混乱が収まれば、国王軍は本来の目的を果たそうとしてもおかしくないもの。
「た、確かにそうかも……でも、あの二人は」
「気配で察知するはずだ。問題ない。それに今のヤツらならあっという間に追いつけるだろうから心配いらない」
そっか。それなら、大丈夫かな?
それを聞いた瞬間、急に身体がずっしりと重くなる感覚が私を襲う。安心したから? いやまだ逃げ切れたわけじゃないんだから。
というか、割とシャレにならないくらいしんどい。な、なに、これ。力が、入らない……?
「っ! おい、エマ!?」
消えゆく意識の中、焦ったようなジーノの声を聞いた気がした。