命令なんて出せる立場にないのはわかっています
私の絶叫を聞き流し、マティアスを先頭に全員が走り出す。私を抱えたままのジュニアスはもちろんのこと、今解放されたばかりのジーノやあのギディオンでさえ文句も言わずにマティアスの後を追っていた。な、納得したの!?
「別に、戦争しようってんじゃないわよ。仕方ないでしょ。朝露の館に戻るドアがあっちにあるんだから」
「あ……」
言われてみればそうでした。カノアがこの場にいないのだから、私たちはあのドアの下まで戻らなきゃいけないんだ……!
それはつまり国王軍がいた場所ということで、しかも禍獣の群れもいて……。
「ぶ、無事に戻れるでしょうか……!?」
「この場に留まり続けたって同じことよ。今の解放でヤツらにも居場所が知れたでしょうしね」
うわぁ! 色々と詰んでた! というか、口ぶりから察するに予想がついていましたよね? 事前に教えてもらうとかそういう……。
まぁ、知っていたところでやることは変わらない、か。慌てふためいて余計な時間がかからない分、最善だった気もするし……釈然としない、けど仕方ない。うぅ。
「ヒヒッ、いずれ見つかるなら手っ取り早くこちらからって考えか。マティアスって見た目に反して脳筋だよねぇ」
「はったおすわよ、ギディオン」
でも、確かにこの薄暗い毒の霧の中にいつまでもいたいとは思えないし、保護をし続けてくれているギディオンの負担にもなるかもしれない。
それなら、多少危険でも急いでドアの下に向かった方がいいと私も思う。怖いけど!
「ジュニアスは引き続きダメ聖女を守んなさい。ギディオンは毒霧を国王軍の方に集めてちょうだい。ジーノはアタシが取り逃がした敵を」
走りながらマティアスが的確な指示を出していく。
もう今後ずっとマティアスに先導してもらいたい気持ちです。ものすごいリーダーシップ。みんなが無言で頷いて従っているし。
かくいう私も黙って頷くことしか出来ません。すごく助かります。
今の私に出来るのは黙ってジュニアスにしがみつくことだけ。喋ったら舌を噛みそうだしね……。
コクでの解放を終えた今、私はただのお荷物なんだもの。余計なことはせずに彼らに身を委ねるのが最善だよね。
「ヒヒヒ、来た来た。国王軍の後ろから禍獣の群れ。熱烈な歓迎だねぇ?」
「……あれ、ただ禍獣から逃げているだけじゃないでしょうね? 敗走だなんて、国王軍も大したことないわね」
う、わぁ。私の目では確認が出来ないけど、遠くの方に砂煙のようなモヤモヤは見える。そこはもしかしなくても地獄絵図なのでは。
というか、国王軍でさえ逃げないとまずいくらいに禍獣の群れがいるってことだよね?
……幻獣人たちにやってもらいたいことの一つに、禍獣の数を少しでも減らすっていうのがあったから、本来ならそれもやってもらうべきなんだろうけど……。
今はまず私を逃がすのが最優先なんだよね。私自身に価値はないけど、聖女の価値はとても大事。
わかってる。わかってるけど……。
「迂回しつつ突っ切るわよ。この混乱の中でダメ聖女を狙ってくる根性があったなら国王軍を見直してもいいけれど、面倒なのはごめんだわ」
みんな、当然のように国王軍を助けるという考えはないみたい。それもわかってる。きっと禍獣の王に操られて半分正気じゃないことも。
ううん、正気じゃないからこそ放っておいていいのかなって思ってしまう。
だって、国王軍ってことは、アンドリューの知り合いだっているはず、だよね? 敵対勢力ではあるかもしれないけど、もしも正気に戻ったら、和解が出来たなら、いずれはアンドリューの力になってくれるかもしれない人たちだ。
ジュニアスにしがみつきながら、混乱の最中にある国王軍の横側をものすごい速さで駆け抜けていく。
視認は出来ないけれど、呻き声や叫び声、恐怖に慄く悲鳴が耳に届いてくる。
私には何も出来ない。ただのお荷物だ。わがままを言ったら他ならぬ幻獣人たちに迷惑がかかる。それどころか、危険に晒してしまう。
ここで彼らに怪我をさせたり、消耗させるわけにはいかない。禍獣の王との決戦のために少しでも力を温存しないといけないんだもの。
それが最善。私は黙って運ばれていればいい。
わかってる。わかっているのに。
「……っ、お願い! 彼らを、国王軍を少しでも助けてっ!!」
「はぁっ!?」
「……ヒヒ」
「!」
「……」
時間と体力の無駄だよね。指示だけすればいい私と違って、動くのは彼らだもん。偉そうにって思う。何も出来ないくせに口を出すなって。
それでも、やっぱり黙って通り過ぎるのは辛くて仕方ない。甘い考えなのもわかっているのに。
気付けば私は大きな声で彼らにお願いしていたのだ。
「……ヒヒッ、デジャヴかと思ったね」
「アンタと同感なんて癪だけれど。アタシも同じことを思い出したわ」
きっと馬鹿にされるし呆れられる。もしくは無視してそのまま通過してしまうと思ってた。
だけど、彼らは私の叫びを聞いて足を止め、諦めたようにため息を吐いている。
あ、あれ? どうして……。
「何度も言ったよねぇ? 僕ら、聖女サマの命令には従うしかないわけ」
「えっ!? 今のって命令になるんですか!?」
「はぁぁぁ、そのセリフも全く同じってどういうことよ……」
まさか今のが命令扱いになるなんて思いもしなかったもの!
うっ、無意識とはいえ彼らに命令しちゃったんだ、私。ご、ご、ごめんなさいーっ!
「と、ところで、そのデジャヴとか全く同じとかって、なんのことです……?」
必死で謝った後、恐る恐る聞いてみる。すると、マティアスが肩をすくめて小さく笑った。……笑った?
「アンタ、前の聖女と同じことを言ったのよ。姉なんですって? 性格も顔も似ていないくせに、そういうところだけは似るのね。嫌になっちゃう」
「マリエちゃんが……」
まさか、マリエちゃんも同じことを言っていたなんて。ううん、考えてみれば、マリエちゃんなら真っ先にそう言う気がする。私みたいに葛藤する前に、思いついた瞬間に頼んでいそう。
そう思ったら、なんだか自信が出てきた。あのマリエちゃんと同じことをしていると思ったら、勇気がわいてきたから。
我ながら単純だし、結局は彼らに迷惑をかけることになるのだけれど。
「……本当に申し訳ないと思っています。でも、やっぱりお願いしたいです。せめて、国王軍が無事に逃げられる時間を稼いでもらえませんか?」
だから今度は、迷うことなく彼らにお願いを口にすることが出来たんだ。